プロメテウスの神託

流川おるたな

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序章

6話目 メイドの諸星環奈

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 何処かの国の老武将のように老いてますます盛んな「鉄人黒川」こと黒川宗一郎は、一応メイド服を着てメイドらしい姿をしたメイドの「諸星環奈」のあまり芳しくない手伝いを借りつつ、屋敷一階の調理場にて三人分の夕食作りに精を出していた。

 鉄人黒川が包丁で野菜を切る手を休めず視線は手元に向けたまま、明らかに暇を持て余しているメイドの諸星環奈にお願いする。

「環奈さん、そこにつっ立っているだけでは暇でしょう。そこの冷蔵庫から仕込んである牛肉を取り出していただきたいのですがよろしいでしょうか?」
 
 彼にとっては50近くも歳の離れた孫の如き年齢の諸星環奈に対し、丁寧で腰の低い物言いに若干の違和感はあるものの、黒川宗一郎の人格の大きさが読み取れる。否、人が目下にこのような物言いをする時は相手を尊重などせず、悪い言い方をすれば「馬鹿にしている」とも取れそうな気がするけれど...

「ええ~!今わたしはワインを呑んでるまっ最中なんだけど~...御老体にはこれが暇を持て余しているように見えちゃうのかなぁ~?」

 黒川の腰の低い物言いに対して、屋敷の主人に何の断りもなく高級なワインを引っ張り出し、何の躊躇もなく栓を開けて呑んでいる若いメイドが如何にも面倒くさそうに返した。しかもタメ口で。

 せっせと調理する最中に横暴極まりない世間知らずなメイドの言葉を受け、人格者で冷静沈着をもっとうとする黒川も流石に目が光る。

「そんなことをそのような態度で軽く言ってもよろしいのですか、環奈さん?今日ののディナーはあなたの大好きなブフ・ブルギニョンですよ。貴女の分の量と味に私が別の意味での手心を加えることは実に容易いのですが...」

 過去にこれに似たやり取りがあり、夕食に出された自分の皿に乗っかるハンバーグが、他者の皿のハンバーグと比較して10分の1程度だったことを思い出したメイドの諸星環奈が取り乱す。

「ごっ!?ごめんなさ~い!肉を取り出すくらいお安いご用意でございましてよ~っ!」

 と言ったあとの彼女の行動は稲妻のように早かった。

「ほらっ!ほらっ!黒川さんしっかりちゃんと見てくださいよ~っ!冷蔵庫にあった肉はたった今テーブルの上に置かせていただきましたからね~っ!」

「フフフ、ありがとうございます」

 黒川は言いたかった言葉のほとんどを飲み込み、紳士的な笑みを浮かべて必要最小限の礼の言葉で返した。
 
 ちなみに「ブフ・ブルギニョン」とは、フランスのブルゴーニュ地方の郷土料理で、牛肉を赤ワインに漬けこみ、漬け汁と一緒にじっくり煮こんだビーフシチューであるらしい...
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