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第6話 逆らえない命令

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「飛んだ誤算だ……」

 アルフは大いに追い詰められていた。

(まさかこのスーツに、卑劣な仕掛けがあったとは……)

 アルフはぴたりと張り付くスーツを、忌々しげに見下ろす。
 どういう理屈で動いているかまでは解明出来ない。しかしこのスーツに面恥をかかせられただけでなく、あれから気を失うように眠ってしまい、結局それによって脱走の計画を立てることは出来なかった。

(道理で一時間も休憩が用意されているわけだ……)

 休憩なんて生ぬるいものでは無い、性器開発と捕虜に余計な体力を与えないことも目的としているのだろう。男性を少女にして調教師だけでなくスーツでも肉体を改造するという、抜け目ないアウライ帝国の計画には反吐が出る。

(く……! あんな思いも経験も、もう二度としたくはないな……あの人としての尊厳もプライドも破壊するような真似は……!)

 先ほどのことを思い出すだけで、震えが止まらなくなりそうになる。怯えるなど兵士として有るまじきことだったが、単純な拷問よりもあれはずっと恐ろしいものだった。体を作り変えられていくどころか、心もそれに引きずられていく恐怖。痛みよりも、ずっとアルフを不安にさせた。

 眠りから目覚めたアルフは一応は脱走手段を画策してはいたのだが、有効的な方法を見出せずにいた。
 あれから様々な目的で幾度か調教師や兵士に部屋から出され、その際に建物の構図を覚えるように場所を確認したものの、どこも警備は硬く、逃走の経路に使われそうなところは特に武装した見回りをしているのが確認出来た。

 自室の扉だけでなく、別の建物と繋がる扉や、外へ出られるドアを開けるには必ずカードキーが必要で、逃亡の手段も潰されている。

 注入されたナノマシンは今は脳に存在しており、やがて浸蝕が進むごとに全身に巡るのだという。そうして最後には、身も心もアウライ帝国に染まる……吐き気を催すほどの事態だというのに、胸が暖かくなるような衝動が込み上げてくる。アルフはゾッとして頭を抱えた。

「違う! 違う……アウライ帝国は敵だ!」

 しかし脳の抵抗が薄れ始めて来ていることを、アルフは実感していた。これが浸蝕なのだろう。
 これ以上、狂う前に、何としてでも逃げ延びる必要がある。

(どうする……)

 カードキーさえあれば脱出の糸口は見えるだろう。しかし武装した兵士からどうやって奪えば良いのか。

「出ろ。身体測定の時間だ」
「っ……」

 急に扉が開き、ずかずかと踏み入ってきた調教師にアルフは飛び上がりそうになった。

「分かり、ました……」

 ゆらゆらと立ち上がり、調教師の後に続く。部屋の外には既に何人かのアウライ人の少女が待機していた。アルフが調教師の担当する少女の最後だったらしく、そのまま来い、という言葉と共にあるきはじめる。

 ふとアルフは、目の前を歩く調教師をじっと見つめる。

(この男、銃は持っていないな……)

 初めこそ調教師は拳銃を保持していたが、今は特に武器の類は保持していないように見受けられた。
 調教師という立場もあり、武装を義務付けられていないのかもしれない。
 ちょうど調教師は真横の囚人の少女に何かを命じており、背後もがら空きでこちらに意識を向ける様子も無かった。

(ここだ、今しかない……! )

 好機だと理解したアルフは、その機会を見逃さない。
 少女になったとはいえ、訓練学校で鍛えられた格闘センスは抜けきっていない。
 足を持ち上げ、全身の力を込めて首筋目掛けて振り下ろした。

「は……!?」

 だが蹴りが首筋に直撃する寸前で、瞬時に囚人の方を向いたままの男の手がアルフの足首を掴む。

「どういうことだ? 089。この足はなんだ、答えろ」

 咄嗟に男の手から足を引き剥がそうと何度か体を揺するが、がっしりと掴まれてとても払い除けられない。何より今の少女の膂力では、とても男の力に敵わなかった。

「どうやらまだ自分の立場が分かっていないようだな……」

「外れない……! この、離せっ!」

「最初から反抗的だとは思っていたが、まさかここまで愚かだったとはな……」

 態度こそ冷静を装っているが、調教師は凄まじい怒気を放っている。凍てついた瞳でアルフを一瞥し、アルフを強く突き飛ばす。目にも止まらぬ早さで、よろめいたアルフの腕を捻り上げた。

「うぐっ……! は、離せ……」

 空いているもう片方の手を、首に当てる。

「『俺を受け入れろ』」

「は? 」

 抵抗を続けていた口と身体が、ピシリと固まる。

(なんの真似だ……?)

 何事かと呆気に取られたアルフの唇に、調教師は無理やり口付けた。

「んんっ!?」

(何をする……!?)

 アルフの身体は頭の中では暴れて調教師をぶん殴っていたが、実際は男に抱きついて自分から舌を伸ばしていた。

(なにが……っ)

 男の唇に自分の唇を重ねれば、アルフの口内に調教師の舌が差し込まれ、中を暴くように蹂躙される。

「んむっ、む……んちゅっ…」

(あの命令か! なんてことをさせるんだ、くたばれクズ野郎がっ……!! )

 アルフの身体も男の口の中に、舌を埋め込んでいた。歯列をなぞりながら口腔を舌先で嬲り、熱い吐息を流し込んでしまう。勝手に動く舌から伝達される生暖かい感触に、アルフの肌は鳥肌立った。

「んんっ、む、んん………っ! 」

(うっ……気持ち悪い……男とキスをするなんて……!)

 ディープ過ぎるキスに上手く息を吸えずに酸欠になりかけるアルフに、調教師は巧みに舌先の力を弛(ゆる)めて息を吸わせる。だが呼吸を取り戻した途端にまた舌を突き入れてきた。逆らえないのを良いことにアルフの唇を貪り尽くし、濃密なキスを味合わせていく。抗いたいのに抗えない。支配されているのだと、調教師はアルフにその無力さを実践をもって分からせる。

「んっ、ちゅっ……ちゅくくっ……」

 再び呼吸を奪うような深く熱烈なキスに、アルフは身悶えする。舌先を触れ合わせ、音を立てて幾度も口内を吸い上げる。唾液を絡めて蹂躙し、さらにアルフの口腔の奥まで犯し尽くした。

「んぅう……はふっ、ちゅるるっ……」

(うぐっ……!!)

 さらには調教師から唇と舌を伝って唾液の塊を送り込まれ、アルフは悪寒で粟立った。明らかに嫌がらせだ。

(吐き出せっ、こんなおぞましいもの! くぅっ、身体が言うことを聞かない……!! )

 アルフが命令に逆らえないことを理解して、彼女が最も苦しむ方法に打って出ている。事実、アルフはその唾液の塊を歓喜するかの如く飲み干していた。
 それを舌先で確認した調教師も、目を笑みの形に吊り上げる。

 舌が痺れてしまうほどに唇を重ね合わせたところで、ようやっと唾液の糸を引きながら調教師の口が離れた。
 それと同時に命令も解除されたらしく、アルフは顔を顰めて口元をガシガシと拭う。

「けほっ、げほっ! 死ねっ、ゴミクズがっ……! 」

 激しい嫌悪感と吐き気を催しながら、アルフは調教師を罵倒する。怒りと憎悪の滲んだ瞳で睨みつければ、その態度はより調教師の激情を駆り立てたらしい。

「ふん、この状況でもまだ逆らうのか」

「ぐ……当たり前だろう! 誰が好き好んでこんな下劣なことをするか!」

 それでも折れない気丈なアルフの態度に、調教師は征服欲と嗜虐心が刺激されるのを感じた。

「なるほどなぁ。お前のことはよーく分かった」

 逃げようとするアルフの腰を左手でがっちりと固定しながら、振り返った調教師は背後で困惑する少女たちに右手を振った。

「もういい、解散しろ。各自部屋へと戻れ」

「は、はい!」

「了解です!」

 そう調教師が命じれば、他の囚人達は巻き込まれまいと慌てて逃げるように自室へと踵を返す。全員の姿が見えなくなったところで、またアルフに視線を戻した調教師は黒い笑みを浮かべた。

「さてと……来い」

「つっ……!」

 調教師に腕を引っ張られ、アルフは近い部屋へと連行される。
 てっきり怒り狂うものかと思ったが、激怒するどころか何故か笑い始める調教師に、アルフは余計に嫌な予感を感じた。
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