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第四章 絢爛のスクールフェスタ
第390話 僕の覚悟
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「リーフ……」
アルフェが僕の傍に寄り、不安げな視線を向ける。
「……おかしい。なにかがおかしい……」
アルフェが言わんとしていることは、不吉な予兆となって僕の中で膨らんでいる。ホムの打撃の衝撃で、骨の山に半身を埋め、右半身が大きく抉れるように削れているのに、イグニスは倒れない。
「……ふは、ははっ、ははははははっ!」
イグニスが禍々しい哄笑を上げると同時に、吹き飛ばされた箇所から激しい炎が噴き出す。僕の中の嫌な予感も膨らんで弾けた。
「逃げろ、ホム!」
手足の先が冷たくなるのを感じる。最悪の予感に喉がひりつく。ホムが反応するよりも僅かに早く、イグニスの炎がホムを真横に薙いだ。
「嘘!」
アルフェの悲鳴に僕も我が目を疑う。炎は失われたはずのイグニスの右腕となり、鉤爪がホムを捉える。
「!!」
ホムは咄嗟に武装錬成で両腕を固めて攻撃を受け止めるが、具現させた籠手が大きく砕け、木の葉のように宙を舞う。
「ホムちゃん!!」
アルフェの風魔法が渦を巻いてホムの壁面への激突を回避させ、ホムは長靴の風魔法を駆使して受身を取る。
最悪の事態を免れたことに安堵している時間はない。
――考えろ、考えるんだ。
自分を奮い立たせながら、イフリートの巨躯についての考えを巡らせる。人魔大戦でイフリートと対峙したことはない。けれど、今の一連の現象が、戦い方を変えなければならないことを僕に知らせてくれた。
「……リーフ、本当のイグニスさんが、もう……」
アルフェの浄眼なら見えるのかもしれない。あの邪法の炎のなかにあって、僅かに残る本物のイグニスのエーテルが。
「ああ、わかってる。イグニスのあの姿は実体じゃない。邪法の炎で編まれた虚像だ」
魔族イグニスは、人間の殻を脱ぎ捨てたんじゃない。人間の身体を生け贄に、巨躯の核となる種火を熾す邪法を行使したのだ。
「半身を吹き飛ばすだけじゃ届かない。核となる種火を消さなければ、炎で編まれた魔族イグニスを絶やすことは出来ない」
イグニスを脅威たらしめているあの荒れ狂う炎の獣を倒すには、肉体に見えているものの全てを削らなければならない。ホムの機兵、アルタードがあれば容易いが、ここは地下だ。エステアを人質にイグニスに誘い込まれた僕たちには、生身のこの身体と、アーケシウスしかない。
「どうした? 虫ケラども。無い知恵を絞ったところで、オレ様には勝てんぞ!」
イグニスがデモンズアイの血涙の池を激しく踏み荒らし、血飛沫が地下空間の壁を禍々しく染めていく。
「わたくしたちは、負けません!!」
目覚めないままのエステアから注意を惹くために、体勢を立て直したホムがイグニスに向かって行く。
「いつまでも調子に乗るんじゃねぇえええっ!」
イグニスが吠え、炎の鬣が勢いを増す。鉤爪が空を薙ぐと同時に、炎が赤から青へと変化した。青白い炎が鉤爪のひとつひとつに宿り、空を裂く。
「ホムちゃん!!」
アルフェが氷魔法で援護しようとするが、イグニスとホムの速さはその動きを上回る。決して広いとはいえないこの空間の中の温度が瞬く間に上昇していく。
じりじりと肌を焼き、髪を焦がす嫌な臭いが鼻を突く。アルフェが張ってくれた水の結界がどうにかホムを包んで守ってはいるが、邪法によって火力を上げ、身体能力を向上させたイグニスの攻撃の前に、水蒸気を上げ続けている。
「アルフェ、幻影を!」
「うん! ――水鏡よ、影を写し取れ、ミラージュ」
蒸発し続ける水蒸気を利用して、ホムの幻影を三体生み出すが、輪郭が覚束ない。辺り一帯の温度が高すぎて、幻影の形を維持出来ないのだ。
「子供騙しにも程があるぞ! 全部、全部燃やし尽くせばいいだけの話だからなぁああっ!」
イグニスが挑発するように咆吼し、炎を幻影に浴びせる。三体の幻影は霧散してしまうが、その隙にホムを後退させることが出来た。
イグニスから間合いを取ったホムが、大きく息を吐いている。アルフェの水魔法の加護を受けていてもなお、喉がひりつくように痛む。このままでは息が続かない。
「休んでんじゃねぇよ! 逃げろ! 逃げてみろよぉおおおおっ!」
イグニスが炎を纏った鉤爪を骨の山に打ち立て、ホムを煽る。ホムは跳躍して再び攻撃を避け始める。攻撃を見切ったとしても、反撃の術がないままでは、形成を逆転することができない。体力の消耗も不安要素として折り重なってくる。今、ホムが何か一つ判断を間違えれば、イグニスの炎の爪に引き裂かれて絶命するだろう。
「……賭けるしかない……」
自分に言い聞かせるように呟いた。形成を逆転させるための方法は、ひとつだけある。ヴァナベルたちの到着を待つのではない、僕が動かなければならない。
ホムとイグニスの速度に追いつくためには、風魔法による二重加速を行使するしかない。アーケシウスの噴射式推進装置とアルフェの魔法による加速補助を合わせれば、イグニスの不意を突ける。
単なる賭けではない。勝つための賭けだ。僕たちが必ずやり遂げるべき作戦だ。
心は決まった。
ホムを助けるにはこれしかない。
「リーフ!」
「アルフェ、乗って!」
まるで示し合わせたようにアルフェがアーケシウスの上に飛び乗る。ここはいつもの彼女の定位置だった。通じ合っていると強く感じた。愛しい人、アルフェ――僕たちは、二人で一つだ。
僕はもう孤独じゃない。
だから、護るべき娘のために全てを賭けられる。
アルフェが僕の傍に寄り、不安げな視線を向ける。
「……おかしい。なにかがおかしい……」
アルフェが言わんとしていることは、不吉な予兆となって僕の中で膨らんでいる。ホムの打撃の衝撃で、骨の山に半身を埋め、右半身が大きく抉れるように削れているのに、イグニスは倒れない。
「……ふは、ははっ、ははははははっ!」
イグニスが禍々しい哄笑を上げると同時に、吹き飛ばされた箇所から激しい炎が噴き出す。僕の中の嫌な予感も膨らんで弾けた。
「逃げろ、ホム!」
手足の先が冷たくなるのを感じる。最悪の予感に喉がひりつく。ホムが反応するよりも僅かに早く、イグニスの炎がホムを真横に薙いだ。
「嘘!」
アルフェの悲鳴に僕も我が目を疑う。炎は失われたはずのイグニスの右腕となり、鉤爪がホムを捉える。
「!!」
ホムは咄嗟に武装錬成で両腕を固めて攻撃を受け止めるが、具現させた籠手が大きく砕け、木の葉のように宙を舞う。
「ホムちゃん!!」
アルフェの風魔法が渦を巻いてホムの壁面への激突を回避させ、ホムは長靴の風魔法を駆使して受身を取る。
最悪の事態を免れたことに安堵している時間はない。
――考えろ、考えるんだ。
自分を奮い立たせながら、イフリートの巨躯についての考えを巡らせる。人魔大戦でイフリートと対峙したことはない。けれど、今の一連の現象が、戦い方を変えなければならないことを僕に知らせてくれた。
「……リーフ、本当のイグニスさんが、もう……」
アルフェの浄眼なら見えるのかもしれない。あの邪法の炎のなかにあって、僅かに残る本物のイグニスのエーテルが。
「ああ、わかってる。イグニスのあの姿は実体じゃない。邪法の炎で編まれた虚像だ」
魔族イグニスは、人間の殻を脱ぎ捨てたんじゃない。人間の身体を生け贄に、巨躯の核となる種火を熾す邪法を行使したのだ。
「半身を吹き飛ばすだけじゃ届かない。核となる種火を消さなければ、炎で編まれた魔族イグニスを絶やすことは出来ない」
イグニスを脅威たらしめているあの荒れ狂う炎の獣を倒すには、肉体に見えているものの全てを削らなければならない。ホムの機兵、アルタードがあれば容易いが、ここは地下だ。エステアを人質にイグニスに誘い込まれた僕たちには、生身のこの身体と、アーケシウスしかない。
「どうした? 虫ケラども。無い知恵を絞ったところで、オレ様には勝てんぞ!」
イグニスがデモンズアイの血涙の池を激しく踏み荒らし、血飛沫が地下空間の壁を禍々しく染めていく。
「わたくしたちは、負けません!!」
目覚めないままのエステアから注意を惹くために、体勢を立て直したホムがイグニスに向かって行く。
「いつまでも調子に乗るんじゃねぇえええっ!」
イグニスが吠え、炎の鬣が勢いを増す。鉤爪が空を薙ぐと同時に、炎が赤から青へと変化した。青白い炎が鉤爪のひとつひとつに宿り、空を裂く。
「ホムちゃん!!」
アルフェが氷魔法で援護しようとするが、イグニスとホムの速さはその動きを上回る。決して広いとはいえないこの空間の中の温度が瞬く間に上昇していく。
じりじりと肌を焼き、髪を焦がす嫌な臭いが鼻を突く。アルフェが張ってくれた水の結界がどうにかホムを包んで守ってはいるが、邪法によって火力を上げ、身体能力を向上させたイグニスの攻撃の前に、水蒸気を上げ続けている。
「アルフェ、幻影を!」
「うん! ――水鏡よ、影を写し取れ、ミラージュ」
蒸発し続ける水蒸気を利用して、ホムの幻影を三体生み出すが、輪郭が覚束ない。辺り一帯の温度が高すぎて、幻影の形を維持出来ないのだ。
「子供騙しにも程があるぞ! 全部、全部燃やし尽くせばいいだけの話だからなぁああっ!」
イグニスが挑発するように咆吼し、炎を幻影に浴びせる。三体の幻影は霧散してしまうが、その隙にホムを後退させることが出来た。
イグニスから間合いを取ったホムが、大きく息を吐いている。アルフェの水魔法の加護を受けていてもなお、喉がひりつくように痛む。このままでは息が続かない。
「休んでんじゃねぇよ! 逃げろ! 逃げてみろよぉおおおおっ!」
イグニスが炎を纏った鉤爪を骨の山に打ち立て、ホムを煽る。ホムは跳躍して再び攻撃を避け始める。攻撃を見切ったとしても、反撃の術がないままでは、形成を逆転することができない。体力の消耗も不安要素として折り重なってくる。今、ホムが何か一つ判断を間違えれば、イグニスの炎の爪に引き裂かれて絶命するだろう。
「……賭けるしかない……」
自分に言い聞かせるように呟いた。形成を逆転させるための方法は、ひとつだけある。ヴァナベルたちの到着を待つのではない、僕が動かなければならない。
ホムとイグニスの速度に追いつくためには、風魔法による二重加速を行使するしかない。アーケシウスの噴射式推進装置とアルフェの魔法による加速補助を合わせれば、イグニスの不意を突ける。
単なる賭けではない。勝つための賭けだ。僕たちが必ずやり遂げるべき作戦だ。
心は決まった。
ホムを助けるにはこれしかない。
「リーフ!」
「アルフェ、乗って!」
まるで示し合わせたようにアルフェがアーケシウスの上に飛び乗る。ここはいつもの彼女の定位置だった。通じ合っていると強く感じた。愛しい人、アルフェ――僕たちは、二人で一つだ。
僕はもう孤独じゃない。
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