上 下
385 / 396
第四章 絢爛のスクールフェスタ

第385話 迫り来る魔族

しおりを挟む
 マリーたちにクレイゴーレムを託した僕たちは、アーケシウスを先頭にして門扉を突破し、大闘技場コロッセオに続く地下通路を突き進む。

「あとワンブロック進んだら、もう大闘技場コロッセオの敷地に入るよ~」

 進み続けるアーケシウスの背に呼びかけるように、ヌメリンの声が響いてくる。

「漸くイグニスの野郎をぶちのめせるぜ!」

 依然気配はないものの、イグニスとエステアに迫っているという実感はある。

「第一優先はエステアの救出です。忘れないでください」

 イグニスへの怒りを吐露するヴァナベルを、ホムが静かに諫める。

「わぁってるって! 助けるついでにぶちのめす!」
「わかってないよ、ベル~」
「にゃはっ! うちのクラス委員長は血の気が多いよなぁ」

 ヌメリンがいつもの調子でヴァナベルを注意するそばで、ファラが茶化す。いつもならヴァナベルの反論が聞こえてくるところだが、その声が不意に途切れた。

「……ヴァナベル……?」

 なにが起きたのかと後方に首を巡らせて問いかける。古い魔石灯で照らされたヴァナベルの耳は、毛が逆立つほどに強い力を込めて立っていた。

「……なんか聞こえる。笑い声みたいな嫌な音だ。この音、どっかで……」
「レッサーデーモンの鳴き声です、マスター」

 なおも耳を澄ませるヴァナベルの言葉を引き継いで、ホムが警戒を滲ませる。

「排水管を伝って聞こえてきてるぜ。一体、二体……三、四……ざっと六体はくだらない」


 ヴァナベルが低く声を潜めて、音に集中すべく目を閉じている。

「なんで排水管なんだろ~……」

 地図とヴァナベルが聞き分けた音とを見比べているヌメリンが、不安げな声で呟く。レッサーデーモンとと排水管という二つの言葉が、嫌な予感と結びついた。

「ヌメリン、大闘技場コロッセオとこの地点の間になにがある?」
「え~~……最終……沈殿池って……」

 やはりそうだった。汚水が最後に辿り着く集積地であり汚泥処理を行う場所でもある最終沈殿池には、この都市に入り巡らされた全ての汚水が集められているのだ。

「デモンズアイの落下地点……。この先って、やっぱり……」

 アルフェの呟きに頷き、周囲の配管をアーケシウスの目を使って照らす。大闘技場コロッセオ周辺は、デモンズアイの血涙が最も多く落とされた場所だ。地下に流れ込み、汚水と混じり合って薄まったとしても、日が落ち、光魔法結界アムレートの効果が消えた今となっては、使役者による邪法の媒介に使える可能性は高い。

「考えてる暇はねぇみたいだぜ! 来る!」

 ヴァナベルが剣を構え、排水管を睨めつける。ファラも両手にサーベルを構え、迎撃態勢を取った。

 金属の排水管をがりがりと引っ掻く音が、僕たちにも聞こえるほど多くなっている。通路の左右にある排水管が音を立てて壁から外れたかと思うと、金属が溶け出し、中からレッサーデーモンが飛び出した。

「下がってろ、ヌメ!」

 ヌメリンに指示を飛ばしたヴァナベルが、レッサーデーモンの胴部にある目玉を避けて切りつける。

「にゃはっ! 一気に片を付けないとな!」

 排水管から飛び出してくるレッサーデーモンは、痩せていてかなり小さな個体だ。だが、排水管を体液で腐食させて次々と飛び出してくる個体の数は、増えていく一方だ。

 ヴァナベルが察知していた音だけで言えば、六体。ヴァナベルとファラが次々とほふっていくレッサーデーモンを、アルフェが炎魔法で浄化する数をざっと見積もっても、優にその数を超えている。

「マスター!」

 ホムの声に我に返ると、水路から現れたレッサーデーモンがアーケシウスの足許に集まっていた。

「ホムちゃん!」
「はぁああああっ!」

 アルフェの付与魔法によって炎を宿したホムが、アーケシウスに集まっていたレッサーデーモンを薙ぎ払う。

 やれやれ、嫌な予感が的中した上に、厄介なことになってしまったな。

「黒竜鱗のペンダントが効いていないということでしょうか」
「そうだね。僕のエーテルを隠すことは出来ても、アーケシウスのエーテルまでは隠せない」

 ホムの問いかけに応じながら、操縦席から全体を見回す。アーケシウスを使うという選択肢は間違いではなかったが、僕のところにレッサーデーモンが集中するのは避けたいところだ。

「リーフ! こっちはあらかた片付けたぞ! どうする!?」

 ヴァナベルの声が地下通路に木霊する。対処方法がわかっている上に、レッサーデーモンの個体が小さいというのは、不幸中の幸いと言えるだろう。

「このまま最終沈殿池を目指す! 奴等は僕のエーテルを嗅ぎつけるから、先頭は僕のままで行こう」
「了解! 変な動きがあったら、速攻で知らせる!」

 ファラが通路の向こう側に目を凝らし、ヴァナベルが耳をぴんと立てて音を探る。アーケシウスを移動させて彼女を追い越すと、僕は入り組んだ通路の入り口から、最終沈殿池の方を覗き込んだ。

 赤黒く濁った水が汚水と混じり、ごぼごぼと濁った音を立てている。

 鼻を突くのは濃い血の臭いだ。僕たちが来るのを待ちわびていたように、赤い汚水の水面が盛り上がり、レッサーデーモンの手が至るところから突き出てくる。

「なんか次々出てくんなぁ……」

 ヴァナベルが悠長な声で言うのも無理はない。レッサーデーモンは使役者の統制下にあるらしく、最終沈殿池から向こう側に渡る通路を兼ねた橋の上に次々と群がっていく。

「どんどん襲ってこられるよりはいいけどぉ~。これじゃあ向こう側に渡れないよぉ~」
「にゃはっ! まさにそれが狙いなんだろうけどな」

 ヌメリンとファラの笑い声が重なる。僕たちが近づいているのは把握しているらしく、レッサーデーモンの胴部の目玉がぎょろぎょろと忙しなく動いている。

「急ぎたいところですが、強行突破するのは難しそうですね」
「そうだね。でもそれこそがイグニスの狙いだ」
「じゃあ、この先にエステアさんが……」

 アルフェがアーケシウスの隣に並んで僕を見上げる。

「そのはずだ」

 この先は大闘技場コロッセオの地下。イグニスが転移門を起動させるなら、そこ以外にあり得ない。なによりこの最終沈殿池で幼体に近いとはいえ、デモンズアイの血涙を媒介にしてレッサーデーモンを生み出せていること自体、魔族の邪法の領域に入っている証なのだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

異世界転生はうっかり神様のせい⁈

りょく
ファンタジー
引きこもりニート。享年30。 趣味は漫画とゲーム。 なにかと不幸体質。 スイーツ大好き。 なオタク女。 実は予定よりの早死は神様の所為であるようで… そんな訳あり人生を歩んだ人間の先は 異世界⁈ 魔法、魔物、妖精もふもふ何でもありな世界 中々なお家の次女に生まれたようです。 家族に愛され、見守られながら エアリア、異世界人生楽しみます‼︎

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

婚約破棄ですね。これでざまぁが出来るのね

いくみ
ファンタジー
パトリシアは卒業パーティーで婚約者の王子から婚約破棄を言い渡される。 しかし、これは、本人が待ちに待った結果である。さぁこれからどうやって私の13年を返して貰いましょうか。 覚悟して下さいませ王子様! 転生者嘗めないで下さいね。 追記 すみません短編予定でしたが、長くなりそうなので長編に変更させて頂きます。 モフモフも、追加させて頂きます。 よろしくお願いいたします。 カクヨム様でも連載を始めました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...