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第四章 絢爛のスクールフェスタ
第377話 負傷のイグニス
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イグニスを探しに地下通路へ入ると、血の臭いが鼻をついた。
水音が静かに響く地下通路には、レッサーデーモンや翼持つ異形などの魔族の気配は感じられない。不気味なほど静かだった。
水の滴る音がして、弾かれたように首を巡らせ、手のひらに炎魔法を宿した。地下水路の水面を照らし、そこにスライムの姿がないか凝視したが、これといって異変は感じられなかった。
どこからか吹いてきた冷たい風が、地下通路を抜けて行く。こことは違うどこかの扉が開け放たれたままなのかもしれない。
「……イグニス。そこにいるの?」
呼びかけに誰かが動く微かな気配が感じられた。
「イグニス?」
なるべくゆっくりと彼を気遣うようにもう一度呼びかける。私の声が届いたのか、何かを引き摺るような音に続いて、返答があった。
「……その声は……エス……っ」
咳き込んで言葉は途切れたが、イグニスの声だった。また風が抜け、血の臭いを運んでくる。不思議なことに、今度は生温い風だ。髪の毛が焦げたような嫌な臭いがして、思わず顔を顰めた。
「……怪我をしているの?」
「ああ、……手酷くやられた……」
聞いたことのない弱々しい声だ。魔族にやられたようだが、口振りからして、今はその脅威が去っているように思われる。手のひらに宿した炎を消し、魔石灯の明かりを頼りに声のした方へと進む。イグニスもこちらに向かっているらしく、何かを引き摺るような音と共に気配が近づいてくるのがわかった。
「イグニス、あなた……」
イグニスの影が地下通路の魔石灯の明かりの範囲に近づき、その姿が露わになり、思わず絶句してしまった。
イグニスの顔面の左側は酷く腫れ上がり、その両眼は真っ赤に充血している。左半身の服は焼け落ち、火傷を負ったかのように爛れ、ぐずぐずと血が滲んでいる。焼け残った服は肌に直接貼り付いており、血塗れの襤褸を纏ったような姿がなんとも痛々しい。
「俺様としたことが、たかが下等生物相手にこのザマだ。笑いたければ笑え……」
絶句したままの私に向かって、イグニスがぎこちなく口を動かし、歪んだ笑みを浮かべる。
「……とにかく手当を。学校の医務室に向かいましょう」
「医務室だと……? 笑わせるな……、っ、ぐ……」
イグニスはそこで苦しげに呻き、その場に蹲った。この状態で放っておくことは出来ない。事態は一刻を争うのだ。
私は咄嗟にイグニスに駆け寄り、彼が掴まりやすいように半身を傾けて肩を差し出した。
「諦めないで。必ず助かるわ。さあ、私に掴まって――」
その瞬間、視界に炎がちらついた。それを把握した私を、イグニスの掌底が容赦なく打ち、意識が一瞬飛んだ。
自分が地下通路の石畳の床に叩き付けられる衝撃で、どうにか意識を持ち直したが、身体がいうことを利かない。起き上がろうにも、すぐには立ち上がることが出来ないことははっきりとわかった。
「ほう? 衰弱の邪法を込めたんだが、まだ意識があるとはな」
赤く充血した目で私を見下ろしているイグニスは、先ほどまでの弱々しい態度から打って変わって、邪悪な笑みを浮かべている。その身体を蝕んでいる酷い怪我も、痛々しいという印象から打って変わって、ある種の禍々しさが漂っている。
「う……」
どういうことかイグニスに訊ねたかったが、口から漏れたのは鉄錆の味がする呻きだけだった。意識が朦朧としていて、気を失わないでいられるのが不思議なぐらいだ。
イグニスは私の傍らに屈むと、無造作に私の髪を掴んで、無理矢理に引き摺り起こした。
「アークドラゴンとの戦いで消耗したか? それともデモンズアイを退けたことで、また平和ボケに戻ったか? いい面だぜ、エステア」
「……な、にを……」
やっとそれだけを紡いだが、頭がぐらぐらする。イグニスが何を言っているかわからない。
でも危険だ、危険だとわかっているのに、どうすることもできない。
「医務室なんざクソ食らえだ。お前という上等な生け贄がわざわざ飛び込んで来たのだからな」
生け贄とは、なんのことなのだろう。イグニスはなんの話をしているのだろう。拙いことに意識が遠のき始めている。髪を引っ張られている感覚も、最早失われて、世界が黒い膜に覆われたように霞んでいる。
「光栄に思え。お前の命は、俺様が生還するために有益に使ってやる」
薄れゆく意識の中で、辛うじて聞き取れたのはイグニスの勝ち誇ったような声だった。
水音が静かに響く地下通路には、レッサーデーモンや翼持つ異形などの魔族の気配は感じられない。不気味なほど静かだった。
水の滴る音がして、弾かれたように首を巡らせ、手のひらに炎魔法を宿した。地下水路の水面を照らし、そこにスライムの姿がないか凝視したが、これといって異変は感じられなかった。
どこからか吹いてきた冷たい風が、地下通路を抜けて行く。こことは違うどこかの扉が開け放たれたままなのかもしれない。
「……イグニス。そこにいるの?」
呼びかけに誰かが動く微かな気配が感じられた。
「イグニス?」
なるべくゆっくりと彼を気遣うようにもう一度呼びかける。私の声が届いたのか、何かを引き摺るような音に続いて、返答があった。
「……その声は……エス……っ」
咳き込んで言葉は途切れたが、イグニスの声だった。また風が抜け、血の臭いを運んでくる。不思議なことに、今度は生温い風だ。髪の毛が焦げたような嫌な臭いがして、思わず顔を顰めた。
「……怪我をしているの?」
「ああ、……手酷くやられた……」
聞いたことのない弱々しい声だ。魔族にやられたようだが、口振りからして、今はその脅威が去っているように思われる。手のひらに宿した炎を消し、魔石灯の明かりを頼りに声のした方へと進む。イグニスもこちらに向かっているらしく、何かを引き摺るような音と共に気配が近づいてくるのがわかった。
「イグニス、あなた……」
イグニスの影が地下通路の魔石灯の明かりの範囲に近づき、その姿が露わになり、思わず絶句してしまった。
イグニスの顔面の左側は酷く腫れ上がり、その両眼は真っ赤に充血している。左半身の服は焼け落ち、火傷を負ったかのように爛れ、ぐずぐずと血が滲んでいる。焼け残った服は肌に直接貼り付いており、血塗れの襤褸を纏ったような姿がなんとも痛々しい。
「俺様としたことが、たかが下等生物相手にこのザマだ。笑いたければ笑え……」
絶句したままの私に向かって、イグニスがぎこちなく口を動かし、歪んだ笑みを浮かべる。
「……とにかく手当を。学校の医務室に向かいましょう」
「医務室だと……? 笑わせるな……、っ、ぐ……」
イグニスはそこで苦しげに呻き、その場に蹲った。この状態で放っておくことは出来ない。事態は一刻を争うのだ。
私は咄嗟にイグニスに駆け寄り、彼が掴まりやすいように半身を傾けて肩を差し出した。
「諦めないで。必ず助かるわ。さあ、私に掴まって――」
その瞬間、視界に炎がちらついた。それを把握した私を、イグニスの掌底が容赦なく打ち、意識が一瞬飛んだ。
自分が地下通路の石畳の床に叩き付けられる衝撃で、どうにか意識を持ち直したが、身体がいうことを利かない。起き上がろうにも、すぐには立ち上がることが出来ないことははっきりとわかった。
「ほう? 衰弱の邪法を込めたんだが、まだ意識があるとはな」
赤く充血した目で私を見下ろしているイグニスは、先ほどまでの弱々しい態度から打って変わって、邪悪な笑みを浮かべている。その身体を蝕んでいる酷い怪我も、痛々しいという印象から打って変わって、ある種の禍々しさが漂っている。
「う……」
どういうことかイグニスに訊ねたかったが、口から漏れたのは鉄錆の味がする呻きだけだった。意識が朦朧としていて、気を失わないでいられるのが不思議なぐらいだ。
イグニスは私の傍らに屈むと、無造作に私の髪を掴んで、無理矢理に引き摺り起こした。
「アークドラゴンとの戦いで消耗したか? それともデモンズアイを退けたことで、また平和ボケに戻ったか? いい面だぜ、エステア」
「……な、にを……」
やっとそれだけを紡いだが、頭がぐらぐらする。イグニスが何を言っているかわからない。
でも危険だ、危険だとわかっているのに、どうすることもできない。
「医務室なんざクソ食らえだ。お前という上等な生け贄がわざわざ飛び込んで来たのだからな」
生け贄とは、なんのことなのだろう。イグニスはなんの話をしているのだろう。拙いことに意識が遠のき始めている。髪を引っ張られている感覚も、最早失われて、世界が黒い膜に覆われたように霞んでいる。
「光栄に思え。お前の命は、俺様が生還するために有益に使ってやる」
薄れゆく意識の中で、辛うじて聞き取れたのはイグニスの勝ち誇ったような声だった。
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