アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

文字の大きさ
上 下
371 / 396
第四章 絢爛のスクールフェスタ

第371話 悪あがき

しおりを挟む
 機兵が散開し、空中に留められていたデモンズアイが大闘技場コロッセオの瓦礫の上に落ちる。咄嗟にアルフェとホムが僕を庇うように身を伏せてくれたが、予想していたとおり爆発は起こらなかった。

「……にゃはっ。これは危機一髪ってことでいいのか……?」
「アルフェとリリルルが魔界からの供給を断ってくれた。今は自爆出来るだけの邪力がないんだ」

 注意深く探るように様子を窺うファラの言葉に頷き、僕はアムレートの魔法陣をざっと見渡す。デモンズアイの落下で飛び散った血涙で汚れてはいるが、魔法陣そのものは消えてはいない。多少の欠損はあるかもしれないが、相手が魔族とはいえ、その血程度で塗り潰されてしまうような脆弱な術式は描いていないので、不安は殆ど無かった。

「今のうちに、アムレートを再起動しよう」

 欠損は僕のエーテルで補い得る。術式に残っているはずのエーテルの通り道に、僕のエーテルを最大化して流すイメージを持てばいい。普通の人間では成し得ない荒技だが、エーテル生成過剰症候群の僕ならば、圧倒的なエーテル量で魔法陣を補い、再起動することが出来るのだ。光のイメージを自分のものに出来た今なら、それが可能だという自信もある。

 僕は数歩歩み出て、描いた魔法陣に両手をつく。エーテルを流すイメージを思い浮かべただけで、魔墨で描いたエーテルの通り道が金色に輝くのが見えた。

「術式再起動――」
『調子に乗るなよ、虫ケラども! 貴様らだけでも粉々にしてやる!』

 僕の声を使役者の怒声が遮る。

「……させない」

 アルフェが耳許で囁いて僕を抱き締めた。

「大丈夫だよ、アルフェ」

 僕は魔法陣に手を当てたまま、アルフェの手に頬を寄せる。僕たちの光はここにある。いつだって希望を見失わないでいられる。

「女神の加護よ、聖なる光よ。穢れを払い、悪しき者どもを退けよ――アムレート」

 詠唱に反応し、光魔法結界アムレートが再起動を始める。光の結界は再び半円状に広がり、街を包み始める。

 僕のエーテルで魔法陣の欠損を補いながらゆっくりと、それでも確実に魔族たちを浄化させながら聖なる光で街を照らしていく。

「「おお……。世界が再び光で満たされるぞ」」
「魔界から切り離されたデモンズアイも、これまでか……」

 大闘技場コロッセオに墜落したデモンズアイが、瓦礫の間から覗いている。血涙にまみれたデモンズアイは、まるで光に熱されているかのように蒸気を噴き上げて縮んでいく。

『ぐああっ……。ぐ……ゆ、許さん、許さんぞぉおおおおっ!!』

 喉が焼き切れたような掠れた怒声が、使役者から響いている。使役者もまた、どこかでアムレートの影響を受けているのかもしれない。でも、もうすぐ決着はつく。

「……ん? なんかデモンズアイの様子が変じゃないか?」
「ホントだ~。何か膨らんで……」

 異変に気づいたのはファラとヌメリンだった。

「残る邪力で自爆する気!?」

 エステアが最悪の予感に引き攣った声を上げる。それと同時に、散開していた機兵四機が、噴射式推進装置バーニアで急接近してきた。

『お前たち! 伏せろ!』

 駆けつけたナイルたちが、僕たちを護る盾となり、大闘技場コロッセオに落ちたデモンズアイと僕たちの間に立つ。

 アムレートの結界は、もうエーテルが行き渡っているので機兵に踏まれたところで影響はない。恐らくデモンズアイの自爆にも耐えられるだろう。生身の僕たちは無事でいられる保障はないけれど。

「「リリルルも力を出し尽くそう」」

 リリルルが機兵と機兵の間に立ち、全く同じ動きで魔導杖を構える。

「「吹き荒れる暴風よ、荒れ狂う嵐の渦よ。我が意に従いて防壁となり、我らを守れ――ストーム・ヴェール」」

 リリルルの詠唱に反応し、僕たちの周りに球体状の暴風の渦が形成される。僕たちを護る暴風の渦は、例えデモンズアイが自爆したとしても、その衝撃を撥ね除けてくれるはずだ。

『無駄だ、無駄ぁああああっ! これで虫ケラどもも終わりだ、くたばれぇぇぇえ!!』

 だが、僕たちの防御を嘲るように、使役者が呪わしい声を上げ、デモンズアイの異変は益々醜く酷くなっていく。ぼこぼこと歪に膨らむデモンズアイによって大闘技場コロッセオの瓦礫が押され、音を立てて崩れていく。

「お、おい……。ヤベぇんじゃねぇか?」

 機兵四機とリリルルの防護魔法に護られていたとしても、無傷では済まないと思わせるような異様な光景が不吉な予感を連れてくる。

「かといって、今更逃げることも出来ませんね」

 危機感に頬を引き攣らせたヴァナベルに、プロフェッサーが苦く笑って応えた。蒸気車両もリリルルの防護魔法に護られてはいるが、暴風による防護壁の中にいる以上、そこから抜け出すことは出来ないのだ。

「大丈夫、大丈夫……」

 アルフェが祈るように繰り返しながら、僕の手を握りしめる。立っているのも辛いだろうに、万一に備えて僕に寄り添うことを決して止めない。

 ――大丈夫だ。きっと……

 デモンズアイが膨らむ速度とアムレートの効果がせめぎ合っている。その証拠が歪に膨らむデモンズアイの姿なのだ。それを完全に封じられないことがもどかしいが、僕たちは耐えきれるはずだ。耐えて、生き延びて、そして――

 必死に希望を頭の中に思い描くが、デモンズアイの落ち窪んだままの眼窩がこちらを向いた瞬間、背筋を冷たい汗が流れたのがわかった。

 膨れ上がったデモンズアイは瓦礫の中で、蠢くように揺れ、深淵のような漆黒の眼窩をこちらに向けている。

『来るぞ。衝撃に備えろ!』

 デモンズアイの動きが止まり、赤く明滅を始めたその時。

「おい、貴様。悪あがきが過ぎるぞ」

 上空から声が降り、黒い斬撃のようなものがデモンズアイを切り裂いた。

「え……?」

 目の前の光景に思わず声を上げたのは、エステアとホムだ。次の瞬間、デモンズアイの膨らんだ身体が弾け、夥しい量の血が噴き出して萎んでいく。

「今のは……?」
「あたしの魔眼でも動きを追うのがせいぜいだった……」

 ホムの問いかけにファラが首を横に振る。何が起きたのかわからなかったが、デモンズアイが切り裂かれ、脅威が去ったことだけは理解出来た。

「「誰かいるぞ」」

 リリルルが上空を指差し、ストーム・ヴェールによる防護魔法を解く。暴風が止み、風が凪ぐと、僕の目にも上空に留まるその人物の姿を捉えることが出来た。

「ハーディア……」
「ふん、行儀悪く撒き散らかしおって。魔族というものはどうしてこうも品がないのか」

 尊大な物言いで大闘技場コロッセオを見下ろしているのは、建国祭で出逢った謎の少女、ハーディアだった。

しおりを挟む
感想 166

あなたにおすすめの小説

オカン公爵令嬢はオヤジを探す

清水柚木
ファンタジー
 フォルトゥーナ王国の唯一の後継者、アダルベルト・フォルトゥーナ・ミケーレは落馬して、前世の記憶を取り戻した。  ハイスペックな王太子として転生し、喜んだのも束の間、転生した世界が乙女ゲームの「愛する貴方と見る黄昏」だと気付く。  そして自身が攻略対象である王子だったと言うことも。    ヒロインとの恋愛なんて冗談じゃない!、とゲームシナリオから抜け出そうとしたところ、前世の母であるオカンと再会。  オカンに振り回されながら、シナリオから抜け出そうと頑張るアダルベルト王子。  オカンにこき使われながら、オヤジ探しを頑張るアダルベルト王子。  あげく魔王までもが復活すると言う。  そんな彼に幸せは訪れるのか?   これは最初から最後まで、オカンに振り回される可哀想なイケメン王子の物語。 ※ 「第15回ファンタジー小説大賞」用に過去に書いたものを修正しながらあげていきます。その為、今月中には完結します。 ※ 追記 今月中に完結しようと思いましたが、修正が追いつかないので、来月初めに完結になると思います。申し訳ありませんが、もう少しお付き合い頂けるとありがたいです。 ※追記 続編を11月から始める予定です。まずは手始めに番外編を書いてみました。よろしくお願いします。

RD令嬢のまかないごはん

雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。 都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。 そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。 相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。 彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。 礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。 「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」 元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。 大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

処理中です...