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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第367話 それぞれの覚悟

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 行方不明だと思われていたグーテンブルク坊やたちの登場は、この場にいた全員に希望を与えてくれた。

「お前ら、どっかに避難してたんじゃなかったのか!?」
「未曾有の危機的状況を前に、避難するのは素人のすることだ!」

 驚くヴァナベルを快活に笑い飛ばしながら、リゼルが地面に突き刺さった盾を引き抜き、槍と共に構えて振りかぶる。

「ギャッ! ギャーギャ!」

 警告音にもにた叫び声を上げて飛びかかるレッサーデーモンを、リゼルとグーテンブルク坊やが槍と盾で薙ぎ、ジョストが僕たちへの被害を機兵で防ぐ。

 事前に打ち合わせたわけでもないのに、抜群の連携を見せるのは、武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯で培った経験の賜物だろう。

「にゃはっ! 貴族階級の大人たちは我先に逃げ出したってのに、大したもんだぜ!」
「今頃気づいてくれたか。真の貴族とは、ただ特別扱いされるためだけに存在する階級ではない。民をまとめる立場にある。ならば、我々こそが有事には矢面に立つべきなのだ!」

 リゼルが想いを吐露しながら、レッサーデーモンの群れに斬り込んでいく。

「要するに、学園を守りたいという気持ちは、俺たちも一緒だ。みんなで準備した建国祭を滅茶苦茶にされて黙ってられるかよ!」

 グーテンブルク坊やがリゼルの攻撃を逃れたレッサーデーモンを駆逐しながら、前線を押し上げていく。僕たちを守るように後衛を任されているのはジョストだ。

「ライル様、リゼル様、そして私も学園の一員です。ライル様はF組と競い合ったり、一緒に建国祭の準備をしたりすることを楽しんで、ライブでも非常に活発に声援を飛ばしていらっしゃ――」
「そこはいちいち言わなくていい、ジョスト!」

 想いを具体的に付け加えたジョストを遮り、グーテンブルク坊やが地面に槍を突き立てる。

「ギャーギャー!!」

 胴部を貫かれ、地面に縫い止められたレッサーデーモンが、機兵の巨体を前に藻掻くように無数の手を動かしている。その上に、ジョストが操縦する機兵が、容赦なく盾を叩き付けた。

「きちんと伝えなければ、この建国祭の思い出が『なかったもの』にされてしまいますよ?」

 拡声器から響く問いかけに、グーテンブルク坊やが唸るような声を出した。

「最高の建国祭だったよ。Re:bertyリバティのライブだって、すっげー楽しかった。だから守りたいんだよ。この場所を、この学園を……あの時間を! 悲劇でなんか終わらせたくないって気持ちは、みんな同じだろ!?」
「おうよ! だからこうして踏ん張ってるんだからな! お前らが同じ気持ちだってわかって、嬉しいぜ!」

 グーテンブルク坊やの呼びかけに、ヴァナベルが声を張り上げて応える。

「……同じ気持ちか。……そうだ、同じ気持ちなんだろうな」

 ヴァナベルの言葉を、リゼルが確かめるように繰り返す。レッサーデーモンの群れの第一陣は既に彼らの活躍によって息絶えたが、氷の割れる音が再び至るところで響き始めている。

「なんだよ? 急にしおらしいと調子狂うぜ?」
「他意はない。ただ、この学園に来てからずっと考えていた。貴族とはなんなのか。立場あるものとして自分に何ができるのか。平民と貴族の確執があるのはすぐに理解出来た。そして、それがこの学園での貴族の在り方だと勘違いし、自分もそうあるべきだと先達に習い、そのように振る舞った愚かな自分を思い出した」

 ヴァナベルの問いかけに、リゼルが地面に突き刺した盾と槍を構え直しながら、ゆっくりと息を整えるように呟く。

「その結果が、A組の敗北だ。しかも、落ちこぼれと見下していたF組にな。今思えば、当然の結果だ。自分ではなにも考えず、イグニスさんに言われるがまま亜人を見くびり、蔑み、不当に差別した。そんなリーダーが率いるクラスでは勝てるものも勝てない」

 リゼルの独白を茶化すようにレッサーデーモンの嗤い啼く声が大きくなる。嘲笑ともとれるその声、先ほどまでは絶望と隣り合わせだったその音だが、今は違う。

「私はもう間違えない。例え後悔することになろうとも、誰かに従うのではなく、自分で考え選択した結果を選びたい。だから、今この瞬間だけはジーゲルト家の人間ではなく、私は一人の男として、自分の信念に従って行動する!」

 リゼルの強い言葉に反応するように、亀裂が入っていた氷が砕け、無数のレッサーデーモンが飛び出してきた。

「ははっ! 流石に機兵頼みってわけにもいかねぇな!」
「にゃはっ! まあ、心強い助っ人がいるってのは、いいもんだけどな!」

 ヴァナベルとファラが同時に剣を構え、散開しながら飛び出して行く。

 リゼルは槍を構える

「私はリゼル・ジーゲルト! カナルフォード生徒会所属! 副会長補佐だぁぁああ!!」

 噴射推進装置バーニアを起動させたリゼルが、レッサーデーモンの群れに単騎で飛び込み、縦横無尽に槍を振るう。

「ギャギャ!」
「ギャー! ギャッギャ! ギャー!」

 巨大なエーテルを持つ機兵を狙い、レッサーデーモンは単騎で群れに突入したリゼルの機兵を取り囲む。だが、それは、リゼルたちの罠だ。

「俺もジョストもいるんだがな!」

 先にエーテルを放出したリゼルに群がるレッサーデーモンを、グーテンブルク坊やとジョストが取り囲んで槍と盾で潰していく。

「へっ、熱いヤツらだぜ!」
「群れからはぐれた分はあたしとヴァナベルに任せろ! リーフは魔法陣を!」

 ヴァナベルとファラの声に頷き、僕は魔法陣に改めて向き直った。

 エーテルを通わせるイメージは、魔法陣の形に膨らみ、魔法陣それ自体の用件を満たしていることがわかる。

 先の戦闘で魔法陣が欠けなかったことは幸いだった。もう何度も試しているだけあって、エーテルを流した直後に僅かな発光が見られることは確認出来ている。たが、それは術式起動には至らない、弱々しい光だ。単にエーテルを流しただけ、と言ってもいい。エーテルが魔法陣の中を巡りきれば、すぐに光が失われてしまうのだ。

「光魔法への、理解……」

 口にして呟き、目を閉じる。耳にはグーテンブルク坊やたちが戦っている、機兵独特の重く低い起動音や地響きが届く。

 目を閉じれば光は見えない。

 光……光とはなんだろうか。太陽、魔石灯やエーテル灯などの明かり、そして光魔法の根源たる女神。どれだけ光のイメージを連ねても、術式起動には至らない。

 光とは縁遠い生涯を送ったグラスとしての僕が、リーフとしてこの世界に生を受け、たくさんの光を浴びてきた。なのに、その光魔法への理解が、光がなにかという問いへの答えが、見つけられないでいる。

「どうして……。どうすれば……」

 呻くように呟いた僕の背に、温かいものが覆い被さった。

「アルフェ」

 目を閉じていても温もりでわかる。僕の愛する人、アルフェだ。

「大丈夫だよ。光はね、ここにある」
「……ここに?」

 アルフェは応える代わりに、僕を柔らかく抱き締めた。きっともう殆ど力は残っていないだろうに、アルフェのエーテルが確かに僕の中に流れてくる。あたたかくて、強くて優しいアルフェのエーテルが、僕の身体のなかを巡って、アルフェの言う金色のエーテルと混じり合う感覚に僕は目を閉じた。

 ――ああ、そうか。

 アルフェの温もりとエーテルに身を委ねて、やっと僕は気がついた。

 光は確かにここにある。ずっと僕の傍に居てくれた。僕にとって、光とはアルフェのことだったのだ。暗闇に包まれていた前世の僕グラスを照らして、リーフとして生きる喜びをくれたのは何時だってアルフェだった。

「……ありがとう、アルフェ」

 光の本質が僕のなかに宿る感覚があった。命を――この魂を照らす光とは、人それぞれに形が異なるもの。自分が最も安心を覚えるものを思い浮かべることこそが、光魔法の根幹にあるものなのだ。

 大きく息を吸い込むと、喜びで声が震えた。

 もう大丈夫だ、僕は皆を守ることが出来る。

「女神の加護よ。聖なる光よ。穢れを払い、悪しき者どもを退けよ。アムレート!」

 魔法陣に触れた手のひらが金色に輝くのを見た。普段の僕には決して視ることのない、エーテルの色だ。

 僕と僕を抱き締めるアルフェを中心に、温かい光が膨れ上がっていくのがわかる。

「光だ……。光で世界が満ちていくね……」
「うん」

 アルフェの優しい声に僕は頷いた。静かに広がる穏やかな光に触れると、レッサーデーモンの死骸やデモンズアイの血涙の海が白い光に包まれて蒸発するように消えていく。

 驚嘆の声すら上げずに、皆は目の前の光景に見入っている。

 それほど美しい光なのだ。温かくて、優しくて、強くて……僕の光であるアルフェの陽だまりの笑顔のような世界が広がっていく。

 光魔法結界は、僕たちのいる地点を中心にやがて学園都市カナルフォード全体を包んでいくだろう。街の中の魔族は、間もなく一掃される。


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