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第四章 絢爛のスクールフェスタ
第357話 弱点の見えない敵
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★エステア視点
リーフがその名を口にしなければ、こちらに向かって牙を剥く個体を竜種の魔族――それも極めて数が少ないと言われているアークドラゴンと認識することさえ難しかっただろう。
「はぁあああああっ!!」
アークドラゴンとの距離を稼ぐため、牽制を込めて風の刃を振るう。単なる斬撃では殆ど攻撃の意味を成さなかったが、アークドラゴンの注意を引きつけることには成功した。
「私が相手よ!」
風の刃を飛ばして挑発しながら、アークドラゴンの動向を窺う。巨大な身体を持つ竜種の魔族ではあるものの、それほど賢い相手ではないらしく、すぐに挑発に乗ってくれたのは幸いだった。
「さあ、来なさい!」
大闘技場から飛び散った瓦礫の上を飛び回りながら、風魔法を駆使してアークドラゴンとの距離をじりじりと詰める。その間にも私の頭の中にはもうひとつ、とりとめもなく巡る不安が渦を巻いていた。
眼前の招かれざる強敵もさることながら、デモンズアイから聞こえた使役者の声が耳にこびりついて離れない。魔王ベルゼバブの名、この学園に長く潜んでいたであろう魔族の存在、そしてイグニスが使っていたものと同じ無詠唱の、それもエーテルを介さない炎……
「エステア!」
ホムの声がする。まるで魔族の罠に陥りそうな私の思考を呼び戻そうとしているかのような切実な響きだ。応じている余裕はないが、お陰で目が覚めた。
ここで牽制に甘んじている場合ではない。早く皆から遠ざけなければ、リーフを今以上の危険に晒すわけにはいかない。彼女が作戦の要。リーフになにかあれば、この作戦を遂行することが出来なくなってしまう。
「伍ノ太刀――空破烈風!」
すかさず次の一手に出た私は、背後に暴風を発生させ、瞬時にアークドラゴンとの距離を詰める。だが、風を纏わせた刃をアークドラゴンの身体に食い込ませることは出来なかった。
――おかしい、なにかがおかしい。
言い様のない不安が脳裏を過る。刀の斬撃で直接斬り付けている訳ではないので、こちらにダメージはほぼないのだが、それでも手応えを感じられないというのは実に奇妙だ。見たところ鱗を持たないはずなのに、まるで異常な硬度の物質を斬ったかのような手ごたえなのだ。
「援護します、エステア!」
ホムが長靴に仕込まれた風魔法を駆使して跳躍し、武装錬成で固めた拳で打撃を浴びせる。だが、ホムの攻撃もまるで効いているように見えない。
「ホム!」
攻撃を続けるホムの身体が、自らの打撃のたびに弾かれるように後退していく。先ほど私が感じたアークドラゴンの硬さのままならそうはならない。
「ホム、ダメよ!」
私の直感が、この戦いに戦力を集中させてはならないと訴えている。だが、ホムは私の叫びなど聞こえていないかのように、アークドラゴンに向かっていく。
「ホム!!」
もう一度叫んだ私の声に、ホムは武装錬成で肥大させた蹴りをアークドラゴンに食らわせ、視線だけをほんの一瞬だけこちらに寄越す。目が合ったその時だけ、いやに時間がゆっくりと流れたように感じた。次の瞬間には、ホムの武装錬成は粉々に砕け、それでも果敢に打撃を振るうホムは、弾かれるように宙に投げ出されたのだから。
「キィェエエエエエッ」
甲高い声を上げ、アークドラゴンがホムを追う。ホムは雷魔法を纏わせた蹴りを放ち、もう一度私の方に視線を彷徨わせた。目を合わせる余裕はなかったが、彼女が風魔法を駆使してアークドラゴンを誘導しようとしている意図は掴めた。
ホムが敢えてアークドラゴンに向かっているのは、自分の加勢のためではない。リーフたちを安全圏に逃がす時間稼ぎなのだ。でも、それでは行けない。リーフを守る人が離れてはいけない。それを伝えなければ。
「ホム、戦っちゃだめ! 戻って!」
私の叫びにホムが僅かに反応したのがわかる。だが、それが一瞬の隙を生み、ホムはアークドラゴンの尻尾に弾き飛ばされた。
鞭のようにしなるアークドラゴンの尻尾は、ホムを弾き飛ばしただけでは飽き足らず、苛立ったように地面を打った。衝撃で地面に溜まった血涙が弾け飛び、血の雨が降る。
「……う……っ」
風魔法である程度は防護していたものの、それを上回る異臭に思わず呻いた。どろどろとした鉄錆と腐臭が鼻先を掠め、生理的な嫌悪感に冷や汗が噴き出す。だが、それに構っている余裕は微塵もなかった。
「……来るわ……」
自らに言い聞かせ、足許の血溜まりを忌々しく見つめる。血溜まりの中にぎょろぎょろと浮かぶ無数の目玉が、今にもレッサーデーモンと化す予兆を示している。生気のない白い腕が彷徨うように伸びて、ゆらゆらと血の水面を漂っている。
「ホム……」
首を巡らせたが、ホムの姿をすぐには見つけられなかった。私の警告が、どうすべきか訴えたあの一言が伝わっていることを願うばかりだ。
そうでなければ、このままではアークドラゴンとレッサーデーモンに包囲されてしまう。少なくとも得体の知れないアークドラゴンは、出来るだけみんなから遠ざけなければ。
「ギャギャッ! ギャーーーーー!」
焦る私の耳を、レッサーデーモンのおぞましい悲鳴が満たす。背後から襲ってきた灼熱の風に首を巡らせると、アルフェの放った火炎魔法がレッサーデーモンを焼き払っているのが見えた。
「……血涙が……」
大闘技場から溢れ、辺りを満たしていたデモンズアイの血涙が、異臭を放ちながら蒸発している。凄まじい火力だった。生身の人間が出せる魔法とは、思えないほどに。その絡繰りを今は考えている暇はない。血涙とそこから生まれる魔族の消滅とと引き換えに、辺りの視界が濁ってしまったのだ。
アークドラゴンは大闘技場の瓦礫の天辺で悠々と翼を泳がせながら、地上の様子を窺っている。斬撃や打撃はともかくとして、アルフェの火炎魔法は忌避する傾向が見て取れる。だが、アルフェを戦力として連れてはいけない。戦力は避けない、私一人でどうにかしなければ。
「「我々は包囲された!!」」
何度も自分に言い聞かせている私の心の声に、リリルルの叫ぶような声が割り込む。一陣の風が吹き、濁った視界が一層されたかと思うと予想よりも遙かに早いスピードでレッサーデーモンが湧き出しているのがわかった。しかも、蒸気車両とアーケシウスが囲まれてしまっている。
「マスター!」
主の危機を本能的に察したのか、大闘技場の瓦礫からホムが飛び出していくのが見えた。
「リーフを守って!」
今は無事を祈るしかない。
「アークドラゴンは私が引きつける!」
ホムに向かって叫ぶと、私はアークドラゴンの注意を引きつけるために、上空に向かって風の刃を放った。
「肆ノ太刀、清龍舞!!」
私は瓦礫の山を駆け上がり、アークドラゴンとの距離を一気に詰める。肆ノ太刀でアークドラゴンを風の刃の渦に捕らえ、連撃を浴びせると、アークドラゴンは溜まらず上空に向かって羽ばたき始めた。
「逃がさない!」
私は刀を持つ手に力を込め、アークドラゴンを視界に捕らえた。
「伍ノ太刀、空破烈風!」
地面に向かって斬撃を放ち、その勢いでアークドラゴンに急接近して追撃する。
「清龍舞!!」
斬撃を重ね、宙を舞いながらアークドラゴンに攻撃を繰り出すが、やはり手応えがほとんどない。壁に向かって技を打ち込んでいるような虚しさにも似た感覚だ。刀で直接斬り付けたところで、刀身が折れてしまうのは目に見えているので、それでも風の刃を撃ち続けるしかない。だが、ひとつだけ幸いなことに、アークドラゴンは戦いのために強いエーテルを発している私に反応してくれた。現に、餌に食らいつこうとしているかのように、大口を開けながらこちらに首を向けてきている。
――これでいい。このまま……
このまま、私はどうすればいいのだろう。当面の目的はこれで達成された。私が戦っている限り、もっと言うなら私のエーテルが続く限り、時間稼ぎは出来る。だが、弱点が読めない以上、倒すことは出来ない。
戦いながら倒す方法を考えなければならないが、果たして未知の魔族に対してその余裕があるかもわからない。けれど、自分に注意を向けている間を少しでも長く、叶うことならこの強敵を倒さなければ。
成すべきことが頭の中を目まぐるしく駆け巡っている。それでも攻撃の手を休めるわけにはいかない。
早く、早く、もっと遠く――。自らを急かす心の声が、悲鳴のように叫んでいる。焦りのために額に汗が滲むが、今の私にはそれを払うことさえ許されないの
リーフがその名を口にしなければ、こちらに向かって牙を剥く個体を竜種の魔族――それも極めて数が少ないと言われているアークドラゴンと認識することさえ難しかっただろう。
「はぁあああああっ!!」
アークドラゴンとの距離を稼ぐため、牽制を込めて風の刃を振るう。単なる斬撃では殆ど攻撃の意味を成さなかったが、アークドラゴンの注意を引きつけることには成功した。
「私が相手よ!」
風の刃を飛ばして挑発しながら、アークドラゴンの動向を窺う。巨大な身体を持つ竜種の魔族ではあるものの、それほど賢い相手ではないらしく、すぐに挑発に乗ってくれたのは幸いだった。
「さあ、来なさい!」
大闘技場から飛び散った瓦礫の上を飛び回りながら、風魔法を駆使してアークドラゴンとの距離をじりじりと詰める。その間にも私の頭の中にはもうひとつ、とりとめもなく巡る不安が渦を巻いていた。
眼前の招かれざる強敵もさることながら、デモンズアイから聞こえた使役者の声が耳にこびりついて離れない。魔王ベルゼバブの名、この学園に長く潜んでいたであろう魔族の存在、そしてイグニスが使っていたものと同じ無詠唱の、それもエーテルを介さない炎……
「エステア!」
ホムの声がする。まるで魔族の罠に陥りそうな私の思考を呼び戻そうとしているかのような切実な響きだ。応じている余裕はないが、お陰で目が覚めた。
ここで牽制に甘んじている場合ではない。早く皆から遠ざけなければ、リーフを今以上の危険に晒すわけにはいかない。彼女が作戦の要。リーフになにかあれば、この作戦を遂行することが出来なくなってしまう。
「伍ノ太刀――空破烈風!」
すかさず次の一手に出た私は、背後に暴風を発生させ、瞬時にアークドラゴンとの距離を詰める。だが、風を纏わせた刃をアークドラゴンの身体に食い込ませることは出来なかった。
――おかしい、なにかがおかしい。
言い様のない不安が脳裏を過る。刀の斬撃で直接斬り付けている訳ではないので、こちらにダメージはほぼないのだが、それでも手応えを感じられないというのは実に奇妙だ。見たところ鱗を持たないはずなのに、まるで異常な硬度の物質を斬ったかのような手ごたえなのだ。
「援護します、エステア!」
ホムが長靴に仕込まれた風魔法を駆使して跳躍し、武装錬成で固めた拳で打撃を浴びせる。だが、ホムの攻撃もまるで効いているように見えない。
「ホム!」
攻撃を続けるホムの身体が、自らの打撃のたびに弾かれるように後退していく。先ほど私が感じたアークドラゴンの硬さのままならそうはならない。
「ホム、ダメよ!」
私の直感が、この戦いに戦力を集中させてはならないと訴えている。だが、ホムは私の叫びなど聞こえていないかのように、アークドラゴンに向かっていく。
「ホム!!」
もう一度叫んだ私の声に、ホムは武装錬成で肥大させた蹴りをアークドラゴンに食らわせ、視線だけをほんの一瞬だけこちらに寄越す。目が合ったその時だけ、いやに時間がゆっくりと流れたように感じた。次の瞬間には、ホムの武装錬成は粉々に砕け、それでも果敢に打撃を振るうホムは、弾かれるように宙に投げ出されたのだから。
「キィェエエエエエッ」
甲高い声を上げ、アークドラゴンがホムを追う。ホムは雷魔法を纏わせた蹴りを放ち、もう一度私の方に視線を彷徨わせた。目を合わせる余裕はなかったが、彼女が風魔法を駆使してアークドラゴンを誘導しようとしている意図は掴めた。
ホムが敢えてアークドラゴンに向かっているのは、自分の加勢のためではない。リーフたちを安全圏に逃がす時間稼ぎなのだ。でも、それでは行けない。リーフを守る人が離れてはいけない。それを伝えなければ。
「ホム、戦っちゃだめ! 戻って!」
私の叫びにホムが僅かに反応したのがわかる。だが、それが一瞬の隙を生み、ホムはアークドラゴンの尻尾に弾き飛ばされた。
鞭のようにしなるアークドラゴンの尻尾は、ホムを弾き飛ばしただけでは飽き足らず、苛立ったように地面を打った。衝撃で地面に溜まった血涙が弾け飛び、血の雨が降る。
「……う……っ」
風魔法である程度は防護していたものの、それを上回る異臭に思わず呻いた。どろどろとした鉄錆と腐臭が鼻先を掠め、生理的な嫌悪感に冷や汗が噴き出す。だが、それに構っている余裕は微塵もなかった。
「……来るわ……」
自らに言い聞かせ、足許の血溜まりを忌々しく見つめる。血溜まりの中にぎょろぎょろと浮かぶ無数の目玉が、今にもレッサーデーモンと化す予兆を示している。生気のない白い腕が彷徨うように伸びて、ゆらゆらと血の水面を漂っている。
「ホム……」
首を巡らせたが、ホムの姿をすぐには見つけられなかった。私の警告が、どうすべきか訴えたあの一言が伝わっていることを願うばかりだ。
そうでなければ、このままではアークドラゴンとレッサーデーモンに包囲されてしまう。少なくとも得体の知れないアークドラゴンは、出来るだけみんなから遠ざけなければ。
「ギャギャッ! ギャーーーーー!」
焦る私の耳を、レッサーデーモンのおぞましい悲鳴が満たす。背後から襲ってきた灼熱の風に首を巡らせると、アルフェの放った火炎魔法がレッサーデーモンを焼き払っているのが見えた。
「……血涙が……」
大闘技場から溢れ、辺りを満たしていたデモンズアイの血涙が、異臭を放ちながら蒸発している。凄まじい火力だった。生身の人間が出せる魔法とは、思えないほどに。その絡繰りを今は考えている暇はない。血涙とそこから生まれる魔族の消滅とと引き換えに、辺りの視界が濁ってしまったのだ。
アークドラゴンは大闘技場の瓦礫の天辺で悠々と翼を泳がせながら、地上の様子を窺っている。斬撃や打撃はともかくとして、アルフェの火炎魔法は忌避する傾向が見て取れる。だが、アルフェを戦力として連れてはいけない。戦力は避けない、私一人でどうにかしなければ。
「「我々は包囲された!!」」
何度も自分に言い聞かせている私の心の声に、リリルルの叫ぶような声が割り込む。一陣の風が吹き、濁った視界が一層されたかと思うと予想よりも遙かに早いスピードでレッサーデーモンが湧き出しているのがわかった。しかも、蒸気車両とアーケシウスが囲まれてしまっている。
「マスター!」
主の危機を本能的に察したのか、大闘技場の瓦礫からホムが飛び出していくのが見えた。
「リーフを守って!」
今は無事を祈るしかない。
「アークドラゴンは私が引きつける!」
ホムに向かって叫ぶと、私はアークドラゴンの注意を引きつけるために、上空に向かって風の刃を放った。
「肆ノ太刀、清龍舞!!」
私は瓦礫の山を駆け上がり、アークドラゴンとの距離を一気に詰める。肆ノ太刀でアークドラゴンを風の刃の渦に捕らえ、連撃を浴びせると、アークドラゴンは溜まらず上空に向かって羽ばたき始めた。
「逃がさない!」
私は刀を持つ手に力を込め、アークドラゴンを視界に捕らえた。
「伍ノ太刀、空破烈風!」
地面に向かって斬撃を放ち、その勢いでアークドラゴンに急接近して追撃する。
「清龍舞!!」
斬撃を重ね、宙を舞いながらアークドラゴンに攻撃を繰り出すが、やはり手応えがほとんどない。壁に向かって技を打ち込んでいるような虚しさにも似た感覚だ。刀で直接斬り付けたところで、刀身が折れてしまうのは目に見えているので、それでも風の刃を撃ち続けるしかない。だが、ひとつだけ幸いなことに、アークドラゴンは戦いのために強いエーテルを発している私に反応してくれた。現に、餌に食らいつこうとしているかのように、大口を開けながらこちらに首を向けてきている。
――これでいい。このまま……
このまま、私はどうすればいいのだろう。当面の目的はこれで達成された。私が戦っている限り、もっと言うなら私のエーテルが続く限り、時間稼ぎは出来る。だが、弱点が読めない以上、倒すことは出来ない。
戦いながら倒す方法を考えなければならないが、果たして未知の魔族に対してその余裕があるかもわからない。けれど、自分に注意を向けている間を少しでも長く、叶うことならこの強敵を倒さなければ。
成すべきことが頭の中を目まぐるしく駆け巡っている。それでも攻撃の手を休めるわけにはいかない。
早く、早く、もっと遠く――。自らを急かす心の声が、悲鳴のように叫んでいる。焦りのために額に汗が滲むが、今の私にはそれを払うことさえ許されないの
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