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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第345話 大闘技場からの脱出者

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「「氷よ――、風よ――。厄介クレーマーに止めを!!」」

 翼持つ異形ゲイザーをリリルルが撃ち落とす。氷魔法と風魔法を組み合わせた双子ならではの追撃で、周囲の魔族は今だけだが一掃することが出来た。

「……なんとか一安心だね」

 アルフェが大きく息を吐きながら、微かな笑顔を見せる。表情が強ばっているのは、周辺に散らばった魔族の血肉の欠片が放つ醜悪な光景のせいだろう。

「「リリルルの占いの聖地を滅茶苦茶にするとは、厄介クレーマーにも程があるな……。魔族であろうがなんであろうが、万死に値するぞ」」

 視界に入った魔族全てを排除しても、まだ怒りの収まらないリリルルが腹立たしげに足を踏み鳴らしている。いつもの勝利のステップを踏む余裕がないくらい、その怒りは深いらしい。まあ、自慢の天幕も潰されて骨組みも無残にひしゃげているので、再建はもう絶望的だろう。それ以前に、もう建国祭を祝っている場合ではないのだが。

「これからどうしますか、マスター」
「やはり大闘技場コロッセオが心配だ。魔族が僕のエーテルに強く反応するとわかった以上、どこに居ても僕の身は安全ではないだろうしね」
「…………」

 ホムは反論の言葉を紡ぐ代わりに、苦い顔をした。僕としても、無策で敵の本陣に踏み込むことが危険であることぐらいはわかっている。だからといって、学校へ向かえば、避難した人たちを巻き込むことになるのは目に見えているのだ。

「リリルルとアルフェは、学校に向かって。僕と一緒だとどこに居ても魔族に狙われる」

 僕の言葉にリリルルは避難を受け入れて頷いてくれたが、アルフェは唇を引き結んで首を激しく横に振った。

「……ワタシはリーフと一緒に行く」

 スカートの裾を握りしめて、泣き出しそうな顔をしているのに、その目に宿る強い意志は決して揺るがない。アルフェが一度言い出したら聞かないことはわかっているけれど、僕は諭すようにアルフェの手を取り、その目を見つめた。

「……僕たちはずっと一緒だよ。約束する。だから、少しだけ我慢してほしい」
「我慢なんかじゃない。ワタシ、リーフを守れる。そのために強くなったんだもん!」

 アルフェの目から大粒の涙が零れる。それをなかったことにするように、乱雑に手の甲で拭い、アルフェは続けた。

「ワタシなら大丈夫。絶対リーフの邪魔はしない。だから、だから――」

 アルフェの切実な叫びを、不意に響いた轟音が掻き消す。

「「敵襲か!?」」

 リリルルが声を揃え、弾かれたように大闘技場コロッセオの方を振り返ると、凄まじい動力音を響かせながら、猛スピードで蒸気車両が迫ってくるのが見えた。

「アイザック様とロメオ様です!」

 いち早くその運転席と助手席の人物を特定したホムが、声高に僕たちに知らせてくれる。蒸気車両は見る間に僕たちの元へと接近し、展示用の機兵が並ぶその前で、急停止した。

「アイザック! ロメオ!」

 大闘技場コロッセオに最も近い場所にいたはずの二人が無事だったことで、僅かな希望の光が射し込んだ気がした。僕の呼びかけにアイザックとロメオは大きく手を振って応え、蒸気車両から次々に飛び出した。

「無事だったでござるな!」

 僕たちの無事を確かめるアイザックは、喜びに千切れそうなほど尻尾を激しく揺らしている。ロメオも僕たちの無事を確かめ、目を潤ませて微笑んだ。

「よくぞご無事で……。ナイル様たちもご無事なのでしょうか?」

 無事を確かめ合う間を惜しんで、ホムが口を挟む。アイザックとロメオは顔を見合わせると、力なく大闘技場コロッセオを仰いだ。

「今は無事を信じる以外にないでござる……」
「ナイルさんたちの『バーニングブレイズ』が突破口を開いてくれたおかげで、僕たちみんなは脱出できたんだ。ナイルさんたちは、多分今も大闘技場コロッセオに――」
「ナイル様をお助けしなくては!」

 ロメオの言葉を最後まで聞かず、ホムが叫ぶ。今にも駆け出して行きそうなホムを止めたのは、アイザックだった。

「駄目でござる! とても生身では勝ち目がないでござる!」
「そうだよ! バーニングブレイズとエステア先輩とメルア先輩でも、時間を稼ぐのがやっとだったのに」

 アイザックと二人がかりでホムを押さえながら、ロメオが早口で説明する。

「エステア!?」

 エステアの名が出たことで、ホムは幾分か落ち着きを取り戻し、乱れた心を整えるように胸に拳を押し当てた。

「……やはり、エステアも大闘技場コロッセオにいるのですね。だったら尚更――」
「落ち着いて、ホム。二人の話を聞くんだ」

 ホムのはやる気持ちを遮り、出来るだけ穏やかな口調で諭してやる。僕の言葉にホムははっとしたように目を見開き、アイザックとロメオに話の続きを乞うように頭を垂れた。

「申し訳ありません。お話の続きを、お聞かせください」
「気持ちはわかるよ。僕たちも落ち着いていられない……えっと、何から話したらいいかな……」
「順を追って話すでござる。まず、試合開始前に起きた大闘技場コロッセオの観客の異常な状態からでござるな……。思えば、あの時にもっと警戒すべきだったのでござるよ」

 ロメオとアイザックが顔を見合わせ、苦々しく顔を歪める。

「確かに観客が殺気立っていたけれど、あれからトラブルが起きたということなのかな?」
「そのような生易しいものではござらぬ。怒号と罵声、悲鳴と狂乱、全てが混ぜごぜになって、収拾がつかない事態に陥ったのでござる。……見かねたナイル殿が……場を宥めようと、ヤクトレーヴェで登場しようとしたまさにその時……」

 話の途中でアイザックが喉元を押さえながら、苦しげに言葉を紡いでいく。

大闘技場コロッセオの観客席から、黒い霧みたいなものが渦を巻いて集初めて、あっという間に真っ黒な雲みたいなものに育った……」

 アイザックの言葉を引き継いだロメオが、唇を噛みながら、大闘技場コロッセオ上空のデモンズアイを見上げる。その後に何が起きたのかは、想像に難くない。これ以上二人の説明を聞いて負担をかける必要はないと、僕はゆるくかぶりを振った。

「……その後はもう、何がなんだか……」
「ナイル殿が身を挺して魔族を引きつけ、エステア先輩とメルア先輩に皆を託したのでござる」
「……つまり、エステアたちは観客を学校に避難誘導する役割を果たしたのですね。でも……しかし、ナイル様が魔族を引きつけるなどと、そんなことが可能なのでしょうか?」
「咄嗟に液体エーテルを使ったんだ。魔族というのは、より大きなエーテルを持つ餌を好むんだろう?」

 軍事大学の学生であるナイルは、有事に備えて万全の知識を備えていたのだろう。僕でさえ、咄嗟の事態に自分のエーテルのことを失念していただけに、ナイルの判断力には感服する。

「……じゃあ、ナイルさんたちのお陰で、観戦に来てた人たちはみんな無事に逃げられた……?」

 アルフェが半信半疑に問うのは、あの大闘技場コロッセオを埋め尽くす大観衆が、未曾有の厄災を前に混乱もなく逃げられたかどうかという不安のせいだ。その問いかけにアイザックとロメオは顔を見合わせ、呆れたような息を吐いた。

「無事はともかく、貴族階級の連中は黒い雲のようなものが集まって来た時点で、我先にと逃げ出したのでござる。なにが起きているかわからないまま、大闘技場コロッセオはパニックになるし、酷い騒ぎだったでござるよ……」
「ちゃんと確かめる余裕はなかったけれど、取り残された人はいない。だから、最悪の人的被害の可能性は非常に低いと思う」
「……ナイルが魔物たちを足止めし、エステアが避難誘導を行ったことで、被害の拡大を防げたと見て良いのだろうね」
「うん」

 話を整理した僕に、アイザックとロメオは揃って頷く。ひとまず、現状は、最悪の事態を避けられている状況と言っていいだろう。それを維持したまま、魔族の襲撃を食い止めることが出来ればの話だが。

「ところで、アイザックとロメオはどうしてこっちに来たんだい?」

 学校に避難するとわかっているのならば、この広場は遠回りになる。

「それはもちろん、リーフ殿から預かった機兵が心配だったからでござる」
「まさかリーフたちに会えるとは思わなかったけどね」

 アイザックとロメオが口々に言い、首を竦めて見せた。こればかりはその偶然と、彼らの機兵への情熱に感謝しなければならないな。

「……ここで会えたのは僕たちにとって幸いと言っていいだろうね。生身で大闘技場コロッセオに行けないのはわかったけれど、アルタードならどうかな?」
「申し訳ないことに、今は動かせないでござる」
「展示用にガチガチにセーフティを入れられてるんだ。術式的なセーフティだけじゃなくて、固定のために物理的なセーフティも掛けられてる。解除するにしても、人出が足りない」

 ロメオが示したのは、アンカーのようにアルタードを地面に繋ぎ止めている太い固定器具だ。

「乗り込んで強引に動かすということも難しい?」

 僕の問いかけにアイザックは、首を横に振った。

「それを避けるためのセーフティでござる」

 つまり、物理的に固定器具を破壊しても、簡易術式のセーフティが働き、機兵を動かせないようになっているということらしい。僕が強引にホムと共にアルタードに乗り込み、エーテルにものを言わせて起動出来たとしても、セーフティを解かなければどんな不具合が起こるか予測出来ない。

「レムレスも同じだよね……」

 アルフェが自身の愛機、レムレスを見上げながら小さく呟く。レムレスの肩から掛けられているエーテル遮断ローブが風に揺れているのがなんとももどかしい。

「……あ、待って! アーケシウスなら動かせる」
「アーケシウス……?」

 ロメオが思い出したように叫び、僕は思わずオウム返しに問い返す。ロメオの言葉でアイザックも膝を打ち、飛び跳ねるようにアーケシウスの傍に駆け寄った。

「そうでござる! 型が古すぎてセーフティがかけられなかったのでござるよ!」

 やれやれ、ここに来て骨董品レベルの従機というのが役立つとは思わなかったな。でも、これで光明が見えて来た。

「……アルフェ、僕にエーテル遮断ローブを分けてもらってもいいかい?」
「うん。ワタシも、そう言おうと思ってた」

 僕のお願いにアルフェが大きく頷き、エーテル遮断ローブに向かって手を掲げる。

「風よ――。愛しき人にその一枚を届けよ!」

 アルフェの風魔法は、風に靡いていたエーテル遮断ローブを、僕を包む大きさにぴったりと切り抜いた。

 風に乗って舞い降りてきたエーテル遮断ローブの端布で、アルフェが僕の身体をそっと包み込む。

「……これで魔族の目は誤魔化せる。リーフも一緒に学校に戻れるね」

 アルフェがわざわざ浄眼ではない方の目を瞑り、僕のエーテルの遮断具合を確かめる。頭まですっぽりとエーテル遮断ローブにくるまれば、僕のエーテルでさえかなり軽減出来るようだ。
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