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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第304話 ヴァナベルの懸念

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「よう、リーフ。一緒にメシいいか? 出来れば二人きりってのが希望なんだけどさ」

 翌週の朝、いつものように食堂へ行くと、ヴァナベルに声をかけられた。

 二人きりがいいという希望を伝えられたということは、何かしらの相談なのだろうな。みんなに聞かれたくないということはないと思うけれど、でも、ヴァナベルのことだから話ながら自分の考えを整理したいのかもしれない。

「ワタシなら大丈夫だよ、リーフ。行ってあげて」
「ありがとう、アルフェ」

 僕があれこれ気を回さないように気遣ってくれたのか、アルフェが笑顔で送り出してくれる。

「必要なら先に教室に荷物を運んでおきます」
「助かるよ、ホム」

 ホムが話が長くなることも考えて提案してくれるのも有り難い。ファラにも笑顔で見送られ、僕はいつもはヴァナベルと一緒のヌメリンと入れ替わりに二人で朝食を摂ることになった。

「……それで、ヴァナベル。なにか相談ごとかい?」
「いや、大袈裟な感じにしてなんだけど、相談ってほどでもねぇんだ」

 そう言いながらも大皿に朝食を盛り付けるヴァナベルは、先ほどからパンばかりを盛り付けている。どうも心ここにあらずといった様子だ。

「けどさ、同じクラス委員長としてお前の意見は聞かなきゃと思って」
「クラスのことかい?」

 同じクラス委員長として僕と二人きりで話したいという意向も汲み取れるので訊ねてみると、ヴァナベルは首を縦に振った。

「ああ。これから建国祭だなんだのってあるだろ? なのに、オレたちF組から六人も生徒会の方に引き抜かれたら、みんな心配になるんじゃねぇかと思ってさ」
「確かに二十人のクラスから、六人も生徒会に回るとなると、変化に戸惑うかもしれないね」

 生徒会の編成に異論はないのだが、F組に不安が広がるのはヴァナベルの考えているように避けておきたいところだ。

「だろ? しかも生徒会副会長はお前で、オレはその補佐。クラス委員の仕事はどうなるんだって思われるだろうしさ。……いや、どっちもちゃんとやるつもりだから引き受けたんだけど、こういうのは言わなきゃわかんねぇだろ?」
「そうだね。ヴァナベルの言う通りだよ。僕としてもどちらもきちんとやりたい。F組が活躍するのはエステアの願いでもあるからね」

 僕の考えを聞いて安心したのか、ヴァナベルの顔に笑顔が戻る。

「だよな! ってわけでさ、変に不安や憶測を生まないようにこっちから先に話そうと思うんだよ」

 席に着くやいなや、ヴァナベルが急いだ様子で朝食を口に詰め込んでいく。

「いい案だと思う。僕だったら思いつかなかったよ」
「マジか? お前なら真っ先に考えていそうなのに、意外だな」

 ヴァナベルにそう言われて僕は思わず首を竦めた。

「僕は人の考えていることに少し疎いところがあるからね」
「ああ、所詮他人の考えてることはわかんねぇ、みたいな感じで達観してるもんな!」

 僕のことを評価してくれているのは有り難いけれど、どうも買いかぶられ過ぎているのが気になるところだ。変に指摘するようなことでもないから、話は合わせておくけれど。

「まあ、そんなところだね。アルフェやホムのことなら、なんとなくわかるんだけど」
「あれをなんとなくって言っちまうあたり、お前って凄いよな」
「そうかな? アルフェなんて結構顔に出やすいタイプだと思うけど」

 僕がそう応えると、ヴァナベルは驚いたように目をまん丸に見開き、顔の前で忙しなく手を横に振った。

「いやいやいや! それはお前の前だけだって! いつもにこにこしてるいい子ちゃんだけどさ、武侠宴舞ゼルステラなんて見てたらとんでもない戦い方をやってのけるし、オレなんて最近までずっと誤解してたんだぞ!?」

 アルフェには芯の強いところがあるので、普段との差に驚いたというのはわかるにしても、僕の前だけというのがよくわからないな。

「君の前でもにこにこしてると思うけど?」
「ちっちっち! わかってねぇなぁ……。お前に向ける笑顔は特別なんだって」

 ヴァナベルが諭すように畳みかけてくるが、やはり僕にはよくわからない。

「特別?」
「そっ! まあ、外野があれこれ言うことじゃねぇからこのぐらいにしとくけど」
「そうか」

 まあ、アルフェのことは僕が一番よくわかっているだろうし、そこが揺るがないなら気にすることはないだろう。アルフェだって僕のことを理解してくれているし、昔から好きでいてくれるのだから。

「はぁ~、納得すんの早ぇよ! まあ、お前にあれこれ聞かれるのも想像つかないし、らしくていいな。じゃ、そういうわけで、今日のホームルームはひとつ頼む!」
「わかった。生徒会のことを僕が説明して、僕たちの意向を君が話すのでいいかな、ヴァナベル?」
「ああ、それがいいな。じゃ、オレはタヌタヌ先生に許可とって来るからさ、またな!」

 話の合間にヴァナベルが詰め込むようにして朝食を食べ終わり、急いで食堂を出て行く。やれやれ、忙しなくて危なっかしいところはあるにせよ、この行動力と瞬発力の速さはヴァナベルの武器でもあるな。さて、そうと決まれば僕も急いだ方がいいだろう。

 いつもよりも急いで朝食を食べ終え、アルフェたちが座っているテーブルの方を見遣る。ヌメリンを交えたいつもと違うメンバーではあるけれど、アルフェはいつも通り楽しそうな笑顔を浮かべている。

 アルフェの笑顔を見ていると、先ほどまでのヴァナベルの話がまた思い起こされた。

 アルフェにとって僕が特別というのは、一体どういう意味だったのだろうか。僕にとって、アルフェはずっと特別だったから、他人から改めて指摘されるのはなんだか不思議な気分だ。


   * * *


 ヴァナベルが先回りしてタヌタヌ先生にホームルームの時間をもらっていたので、生徒会と建国祭の話を落ち着いてクラスメイトたちに話すことが出来た。

 マリーの誕生日パーティーの後からずっと考えていたのだろう、ヴァナベルの説明はほとんど完璧で、僕が口を挟む余地はなく、彼女のリーダーシップとその自覚を感じることが出来た。

「「リリルルにはわかっていた。ライブのあの一体感を見た時から、そこに第二次エステア生徒会の未来があることを」」

 これは嬉しい誤算ではあるのだが、F組の生徒たちのほとんどは、僕たちが生徒会編成に組み込まれるのを予想していたらしい。そのこともあって、かなり好意的に受け入れられていた。

「拙者もでござるよ! まさかヴァナベル殿が副会長補佐に入られるとは想定外だったでござるが」
「それを言うならヌメもだろうが!」

 アイザックの発言にヴァナベルが心外だとばかりに笑いながら声を荒らげる。

「ヌメリンは商才があるし、貴族側からも一目置かれてるから、会計補佐なら不思議じゃないよね」

 ロメオがアイザックの代わりに応えると、ヌメリンが嬉しそうに身体を揺らしながらヴァナベルを見つめた。

「だって、ベル~」
「うっせぇよ!」

 口調は荒っぽいのだが、二人とも笑顔なのでどっと笑いが起こる。ヴァナベルは一通り笑ったあと、息を整えてから改めてクラス全体を見渡した。

「ってわけでさ、生徒会に協力するし、なんなら編成に入っちまうことになったんだが、クラス委員長は――」
「このまま続けて欲しい」

 ヴァナベルの言葉を最後まで聞くことなく、はっきりとした低い声で言い切ったのは、ギードだった。

「負担が大きいのなら、こちらが補佐する。だが、リーダーはヴァナベルとリーフ以外に考えられない」
「そうでござる! F組をここまで導いた功績はここで終わりではないはずでござるよ~!」
「「我々F同盟は永遠に不滅だ」」

 普段は寡黙なギードの発言にアイザックとリリルルが続き、他のクラスメイトからも拍手が起こる。みんながヴァナベルを信頼しているのは、明らかだった。

「みんな……。こんなオレをリーダーだって言ってくれて、ありがとな……」

 これだけの支持を得られたことで緊張の糸が解けたのだろう、ヴァナベルの声が少し涙ぐんで聞こえたような気がした。

「いい機会だから改めて言うが、オレをリーダーにしてくれたのは、F組のみんなだ。だから、これからもオレたちに力を……力を……貸してくれ」

 つっかえながらもどうにか振り絞るヴァナベルを見遣ると、泣きそうになるのを必死に堪えている様子だ。ここは、僕が助けるべきところなのだろうな。

「生徒会としては建国祭を昨年以上に盛り上げたい。貴族も平民もない、みんなが楽しいと思える建国祭にするには、F組の力が不可欠だ。協力してほしい」

 生徒会副会長となった以上は、エステアの言葉を伝えておく必要がある。彼女の思いを言葉にして改めて口にすると、皆が笑顔を見せて応えてくれた。

「もちろんでござる!」
「お祭りってワクワクするよね! その気持ちみんなと分かち合いたい!」

 ギードが発言したことにも少し驚かされたのだが、建国祭のことを楽しみにしていたらしく、普段は大人しい生徒たちからも嬉しそうな声が上がる。

「正直今年もダメかと思ってた……。でも生徒会が変えてくれるなら、全力で盛り上げたい」

 マリーが言っていたエステアへの平民寮の生徒の投票率が100%という数値は、それだけエステアへの期待――この学園の変化を求めているということだ。そうとなれば、僕たちがやるべき仕事は、益々やり甲斐のあるものとなるだろう。

 これは忙しくなるだろうなと思いながらヴァナベルを見上げると、ヴァナベルはにっと笑って大きく声を張り上げた。

「おっしゃ! それでこそF組だ! やろうぜ、みんな!!」
「おーーーー!!」

 ヴァナベルの声に全員が笑顔で高く拳を突き上げる。この光景をエステアが見たら、どんなに励まされるだろう。今にも泣きそうに鼻を鳴らしているヴァナベルの隣で、そんなことを考える僕も、目頭が熱くなるのを感じていた。

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