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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第295話 生徒会総選挙

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「はぁ~い、お待ちかねの投票♪ 投票♪」

 ライブの興奮冷めやらぬ中、講堂を出る生徒たちにマチルダ先生らによって投票用紙が配布された。いよいよ決戦の時ということで、エステアはかなり緊張した面持ちだ。その額にはライブの余韻かまだ珠のような汗が滲んでいる。

 こういう時、なんと言うべきなんだろうな。エステアを信じ切って結果を待つだけというこの状況で、気の利いた一言なんて思い浮かぶはずもない。アルフェならどうするだろうかと思ったが、アルフェもどう声をかけるべきか考え倦ねている様子だ。

 まあ、考えてみればアルフェはメルアの弟子でもあるし、エステアと完全に対等というふうには振る舞えないだろう。そんなことを考えていると、ホムが不意に歩調を早めてライブの熱に未だ酔いしれる生徒たちに囲まれるエステアに近づいた。

「……いよいよですね、エステア」
「ええ。ありがとう、ホム」

 短い言葉だったが、二人の晴れやかな表情が見られた。

 ああ、これで充分なんだなと妙に納得出来た僕は、安堵の息を吐いてアルフェと目を合わせる。アルフェは頷いて僕の手を取り、他の生徒たちに続いて講堂の外へと出た。

 講堂の外の広場には、来る時はなかった投票場が出来上がっている。

「にゃはっ。教頭が投票箱の監視なんて露骨すぎ。なーんか、また一波乱ありそうだよな」
「まあね。でも、表立ってなにかやるにはちょっと難しそうではあるよ」

 ファラの呟きに、僕は頷いた。教頭を始めとして選挙管理を任されている教員がそれぞれ箱を監視していて、少し物々しさを感じる雰囲気だ。ここでイグニスが不正を働くのは、どう考えても今後の自分の身の破滅を招きかねない厳重さのように思えるのだが、果たしてどう動くつもりなのだろうか。投票箱そのものは、台車で開票場に移動させられるようになってはいるけれど。

「はぁい! それでは皆さん。候補者の名前を書いた後、当選の願いを込めてから、この投票箱に入れてくださぁ~い」

 マチルダ先生が投票方法を説明してくれる。もしかしたら、この『当選の願いを込めてから』というのが、この前研究室で聞いたプロフェッサーの仕掛けにかかってきそうだな。けれど、試しに投票用紙にエーテルを流してみても紙の色に変化はなかった。プロフェッサーの説明では、青色に変化するはずなのだが、本当に大丈夫なのだろうか。

「……リーフ、書かないの?」

 エステアの名前を書き終えたアルフェが訊いてくる。なにも知らないアルフェにここで投票用紙の仕掛けを話す訳にもいかないので、僕もエステアの名前を書きながら横目でメルアの姿を探した。もう投票を終えたのか、投票箱周辺にはその姿を見つけることができない。

 ナンバー1から6までの番号が付与された六つの投票箱は、指示された訳ではないが、自然とクラス別に投票が行われている。F組のない三年でも、亜人はなんとなく端の投票箱に入れさせられている雰囲気だ。そして、その端の投票箱を監視しているのが教頭だ。僕の考えすぎだといいけれど、出来すぎた話ではあるな。

 投票用紙を描き終え、アルフェとホム、ファラと続いて投票する。投票が終わったところで、アルフェが声を潜めて正門の方を指差した。

「……ねえ、リーフ。あれって保護者の人かな?」

 アルフェに言われて気づいたが、広場を見守るように正門の方に十数名ほどの人の姿がある。一様に黒の正装のような堅めの服装に身を包んでいて、どことなくこの選挙の見学に来た風にも見えなくもない。

「生徒会総選挙は初めてだけど、家の威信みたいなものもあるから、注目されているのかもね」
「うん。でも、立候補してるのって二人だけだし、変だなって」

 ああ、やはりアルフェも違和感を感じていたようだ。僕は頷き、見慣れない大人たちを横目で観察した。

「……そうだね。まさか高校生にもなって、親が子供の行動を監視するとも思えないし」

 だとすれば、選挙の不正に荷担するための人員なのかもしれない。教頭一人では難しそうだが、組織だって不正が行われるようでは、学園の選挙管理委員だけでは手に負えなくなりそうだ。

「やっぱり誰かに知ら――」
「おい、リーフ!」

 アルフェが不安げに呟いたその時、背後からヴァナベルが飛び込むように僕とアルフェに抱きついてきた。

「ちょ、ちょっとヴァナベル」
「ヴァナベルちゃん!?」

 僕とアルフェが驚いた声を出すのと、ヌメリンが僕たちに抱きついてくるのは殆ど同時のことだった。

「ヌメもいるよ~~! ライブ、すっごくよかった~。ファラのドラム、力強かったねぇ~~」
「だよな!」

 ヌメリンに褒められたファラが満足げに胸を張る。二人に手放しに褒められたホムもどこか嬉しそうだ。

「もう、最初の音からゾクゾクしたぜ! っていうか、アルフェ!!」
「えっ、なに?」

 急に名前を呼ばれたアルフェが驚いたように目を丸くする。

「お前、よくあの場でソロで歌えたな!? しかもあれ、元の歌からアレンジした歌詞だろ!?」
「あ……うん……。なんでわかったの?」

 ヴァナベルの指摘にアルフェは本当に驚いた様子で、少したどたどしく問いかけた。

「わかるっつーか、盛り上げるって言ったからにはさ、ニケーのライブの音源なんかをヌメに手配してもらって勉強したんだよ。オレ、耳はいいから覚えちまってさ。だから、滅茶苦茶びびったし、それ以上に痺れたぜ!!」

 ああ、なるほど。律儀に勉強してくれていたあたりがヴァナベルらしいな。

「格好良かったよ~、アルフェ~」
「ありがとう。ヴァナベルちゃん、ヌメリンちゃん」

 ヴァナベルとヌメリンの言葉にアルフェの頬が薔薇色に染まる。こんな嬉しそうなアルフェを見ていると僕まで嬉しくなる。

「本当に凄く良かったよ、アルフェ」
「ありがとう。……でも、でもね、あれが出来たのはリーフのお陰だよ」

 キラキラ輝くアルフェの浄眼に、僕は本当に幸せな気持ちで目を細めた。

「……そう言ってもらえて嬉しい。僕もアルフェのお陰でやり遂げられた」

 今でも身体の中にみんなの想いが巡っている。エーテルと音を通じて感じ合い繋がったあの高揚は、当分冷めそうにない。

「本当にお前ら、仲いいよな。よし! あとは投票結果だよな。多分、エステアの圧勝だけどな!」
「なんでわかるんだい?」

 僕の問いかけにヴァナベルが、自分の兎耳を指差してにっと笑った。

「言っただろ、耳はいいんだって」

 どうやら、ヴァナベルの耳には投票前の評判が聞こえていたということらしい。それなら少しは安心してもいいのかもしれないな。

「ヴァナベルが言うならそうだろうね。でも、油断は出来ないけど」
「油断? もうやることは全部やっただろ?」
「にゃはっ! そうなんだけどさ、やっぱ悪あがきされるんだろうなーって」

 きょとんと瞬きするヴァナベルに、ファラが溜息混じりに投票場を横目で見遣る。丁度投票が終わり、鍵付きの投票箱が開票場へと運ばれていくところだ。

 そういえば、正門のところにいる謎の大人たちはどうしているのだろうと視線を巡らせたが、そこにはもう誰もいなかった。同じようにあの謎の大人たちを気にしていたアルフェが、不意に青ざめた顔で僕の服の袖を引いた。

「……リーフ、大変……」
「どうしたんだい、アルフェ?」
「リーフの投票用紙、開票場所から遠ざかってる」
「……え?」

 見たところ開票場に向かう投票箱の台車は六つ。きちんと揃っているが、一体どういうことなのだろうか。首を巡らせてみたが、アルフェがそう言った理由が浄眼で何かを見た以外に見つけられなかった。

「あっ、メルア先輩!」

 血相を変えたメルアがこちらに走ってきて、アルフェが大きく手を振る。

「ししょ~! やっぱりやられてる! F組とか亜人の子たちが投票した投票箱ごと、捨てられてるかも!」

 ああ、やはりそういうことか。まあ、もし不正を働くとすればそれ以外にないだろうなとは思っていたが、本当に実行されるとは。でも、不正に気がついた今でも、僕たちは下手に動かない方がいい。

「……どうしますか、マスター?」
「今はなにもしない。プロフェッサーと、この学園の生徒を信じよう」

 イグニスの不正で選挙結果が引っ繰り返ってしまうようなら、この学園がエステアの望む平等で平和な方向に向かうのは難しい。でも、そうではないからこそエステアは、生徒会会長の再選に賭けたのだ。

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