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第四章 絢爛のスクールフェスタ
第293話 エステアの願い
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「……大丈夫ですか、エステア?」
イグニスの演説について考えを巡らせていたところで、ホムがエステアに向かって囁く声が聞こえた。
「ええ、大丈夫――と言いたいところだけど……」
言いかけたエステアはそこで言葉を切り、手のひらで肘を包み込むようにして両腕を抱いた。講堂ではイグニスが去っても尚、取り巻きたちが扇動してイグニスを讃える声が続いている。イグニスの演説への想像以上の反響にエステアも戸惑っている様子だ。
「それにしても、エステアに言及するなら、演説ぐらい聴いてけっちゅーに……」
メルアが茶化すが、ホムは真顔で首を横に振った。
「演説を聴く必要がないと思っているわけではないと思います。恐らく、そう見せかけてライブを妨害するのが本当の狙いではないでしょうか?」
「どうしてそう思いますの?」
ホムの呟きにマリーが不思議そうに首を傾げる。
「今の演説でライブのことに言及したのが気になりました。本当に遊びだと思っているのなら、言及する価値すらないと切り捨てるはずです」
「……でもそれをしなかったということは、イグニスなりに危機感を持っているということだね?」
ホムの言葉を補うように続けると、ホムは深く頷いてエステアを見つめた。
「想定外のトラブルが起こるでしょう。起きないことに越したことはありません。考えすぎならあとで叱ってください。でも、備えて、心構えを持つことは必要と感じます」
ホムの真摯な訴えに、エステアは目を伏せた。
「……ライブが失敗するかもということね……。むしろ失敗させるようイグニスが差し向けるからには、必ず失敗を誘発するようなことが起こる。この日のために準備してきたこと、みんなを巻き込んでここまできたのに、私は……私は、失敗したらみんなから支持してもらえなくなってしまう……」
呟きは、エステアの素直な不安の吐露だった。それこそがイグニスの思う壺だというのに、その不安を掻き消す術を今の僕たちは持たない。想定出来た事態だったのに、イグニスはこれを巧みに隠してきた。相手にしないと見せかけて、恐らく入念に準備していた何かを仕掛けてくるはずだ。
「んーーー。エステアの不安はわかりますけど、舞台裏は私とジョスランが見張りますわ。ちょっとやそっとのことじゃ、妨害なんて無理だと思いますけど?」
「にゃはっ! あたしもそう思うな。観客を追っ払うなんて真似は出来ないし、となるとステージの上のあたしたちを狙うしかないんだろ? そうなったら、どう考えたって妨害をやらかしたのがイグニスだってバレるし、それって不正ってことになるんだよな」
マリーとファラの発言も一理ある。そんなわかりやすい手を使うほど、イグニスも間抜けではない。それこそ武侠宴舞・カナルフォード杯での敗北で多くを学んだはずだ。自らの不正を上回るなにかによって思い通りにならないのなら、それを越える悪知恵を働かせるだけなのだ。そしてイグニスにはそれが出来る。
「……不安にさせて申し訳ありません。ただ、支えると……力を貸すと言った以上、想定しうる全ての最悪に備えたいのです」
「ええ、あなたの気持ちは良くわかるわ、ホム。私の方こそ弱音を吐いたりしてごめんなさい」
「ちゅーてもそれってうちらへの信頼のなせるわざなんだし、有り難ーく受け止めよっ。まあ、大概のトラブルなら、ししょーがどうにかしてくれるって」
「僕も万能ではないけどね。でも、最善は尽くすと約束する」
「私たちがついています。あなたの誠意はきっと伝わるはずと信じていますわ。ですから、いつも通り、貴方らしさを見せてくださいまし、エステア」
「うん、ありがとう。いってくるわね、みんな」
エステアはそう言うと、壇上に設けられたカーテンを掻き分けて全校生徒の前へ姿を現した。
「続きましては~、エステアの演説とRe:bertyのファーストライブを続けてお届けしまぁ~す」
マチルダ先生の紹介に合わせて、エステアが深々と頭を下げる。疎らに起こる拍手から、先ほどのイグニスの演説の影響を多分に受けている様子が窺えた。
「演説だけじゃなくてライブだって……」
「真面目な人だと思ってたのに、なんか遊び半分って感じだな」
「そもそも、Re:bertyってなに? なんか気取っててやな感じ」
拍手の合間にざわざわと私語が聞こえてくる。イグニスの取り巻きが分散して煽っているようだが、他の生徒が触発されてライブに対して否定的な意見を持っていることが窺えた。
練習の時に感じた好感触は、ライブに対しての評価であり、生徒会の選挙活動としては前衛的過ぎて受け入れがたいと思われているのかもしれないな。
貴族が多いということは、世襲を好み、それだけ保守的であるという証だ。イグニスは発展というキーワードを主張していたが、それを可能にするのは貴族社会の中で固められてきた地盤があるから許されることなのだ。
前世ではずっと一人だったし、今世では子供だったから政治的なやりとりについて無関心だったが、よく考えればわかりそうなことだったかもしれない。
けれど、アルフェのあのキラキラしたアイディアを信じたかったのは嘘じゃない。事実、僕自身は、音楽によって全校生徒にエステアが成したいこと、目指す学園の姿を見せたいという気持ちがライブに集約されていることを、それが伝わることをずっと信じている。
「生徒会の演説でライブを行う――。歓迎も批判もあると思います」
全校生徒たちに向けてエステアが語り始める。短いながらも想いを込めた演説になるだろう。出だしを聞いただけでも、批判にも耳を傾け、全ての声を拾いたいという気持ちが窺える。
「バンドを組み、ライブを行うという選挙活動については、私は応援してくれるこのメンバーで出来ることをしたいと思った事がきっかけです。バンド名であるRe:bertyには、自ら自由を掴みに行くという意味のLibertyと、もう一度を意味するReを掛け合わせて『もう一度自由を掴む』という願いを込めています。ここで言う自由は、この学園に本来あるべき秩序と自由を示します。ここに集まってくれたバンドメンバーの多様性は、私の目指すこの学園の縮図です。皆が協力し、手を取り合えば、こんな素敵なことが出来る……。それを表現させてください」
エステアがもう一度礼をし、それを合図に万雷の拍手が起こる。エステアは晴れ晴れとした笑顔で顔を上げて僕たちを振り返ると、愛用のギターを手に取った。
「それでは聞いてください。今日までの感謝と、この先の願いを込めて『感謝の祈り』」
たくさんの歓声と拍手が僕たちを迎えている。
こちらに向けられた照明が眩しい、アルフェが一段と輝いて見える。ああ、珍しいな、僕ですらはっきりと気分が高揚しているのを感じるなんて。
アルフェが僕の手を解き、前に進み出る。
目を合わせて微笑むアルフェは、もう大丈夫だ。
「ワタシ、歌うね」
僕は頷き、アルフェを送り出す。アルフェはマイクを握りしめた。エステアのリードギターに合わせて前奏が盛り上がって行く。アルフェが歌い出すと、世界の音が僕たちだけのものになったような気がした。
音が弾む、楽しいと訴えかけている。
みんなと顔を見合わせて、目を合わせてそれぞれの音を奏でて響かせる。僕の音にホムの楽しげな音が重なる、エステアが僕たちを引っ張っていく。
ファラのドラムとメルアの鍵盤が僕たちをしっかりと支え、サビへと誘う。全校生徒という大観衆が僕たちの音楽に合わせて揺れて、弾んでいる。
曲の盛り上がりが最高潮に達しようとしたその時。
イグニスの演説について考えを巡らせていたところで、ホムがエステアに向かって囁く声が聞こえた。
「ええ、大丈夫――と言いたいところだけど……」
言いかけたエステアはそこで言葉を切り、手のひらで肘を包み込むようにして両腕を抱いた。講堂ではイグニスが去っても尚、取り巻きたちが扇動してイグニスを讃える声が続いている。イグニスの演説への想像以上の反響にエステアも戸惑っている様子だ。
「それにしても、エステアに言及するなら、演説ぐらい聴いてけっちゅーに……」
メルアが茶化すが、ホムは真顔で首を横に振った。
「演説を聴く必要がないと思っているわけではないと思います。恐らく、そう見せかけてライブを妨害するのが本当の狙いではないでしょうか?」
「どうしてそう思いますの?」
ホムの呟きにマリーが不思議そうに首を傾げる。
「今の演説でライブのことに言及したのが気になりました。本当に遊びだと思っているのなら、言及する価値すらないと切り捨てるはずです」
「……でもそれをしなかったということは、イグニスなりに危機感を持っているということだね?」
ホムの言葉を補うように続けると、ホムは深く頷いてエステアを見つめた。
「想定外のトラブルが起こるでしょう。起きないことに越したことはありません。考えすぎならあとで叱ってください。でも、備えて、心構えを持つことは必要と感じます」
ホムの真摯な訴えに、エステアは目を伏せた。
「……ライブが失敗するかもということね……。むしろ失敗させるようイグニスが差し向けるからには、必ず失敗を誘発するようなことが起こる。この日のために準備してきたこと、みんなを巻き込んでここまできたのに、私は……私は、失敗したらみんなから支持してもらえなくなってしまう……」
呟きは、エステアの素直な不安の吐露だった。それこそがイグニスの思う壺だというのに、その不安を掻き消す術を今の僕たちは持たない。想定出来た事態だったのに、イグニスはこれを巧みに隠してきた。相手にしないと見せかけて、恐らく入念に準備していた何かを仕掛けてくるはずだ。
「んーーー。エステアの不安はわかりますけど、舞台裏は私とジョスランが見張りますわ。ちょっとやそっとのことじゃ、妨害なんて無理だと思いますけど?」
「にゃはっ! あたしもそう思うな。観客を追っ払うなんて真似は出来ないし、となるとステージの上のあたしたちを狙うしかないんだろ? そうなったら、どう考えたって妨害をやらかしたのがイグニスだってバレるし、それって不正ってことになるんだよな」
マリーとファラの発言も一理ある。そんなわかりやすい手を使うほど、イグニスも間抜けではない。それこそ武侠宴舞・カナルフォード杯での敗北で多くを学んだはずだ。自らの不正を上回るなにかによって思い通りにならないのなら、それを越える悪知恵を働かせるだけなのだ。そしてイグニスにはそれが出来る。
「……不安にさせて申し訳ありません。ただ、支えると……力を貸すと言った以上、想定しうる全ての最悪に備えたいのです」
「ええ、あなたの気持ちは良くわかるわ、ホム。私の方こそ弱音を吐いたりしてごめんなさい」
「ちゅーてもそれってうちらへの信頼のなせるわざなんだし、有り難ーく受け止めよっ。まあ、大概のトラブルなら、ししょーがどうにかしてくれるって」
「僕も万能ではないけどね。でも、最善は尽くすと約束する」
「私たちがついています。あなたの誠意はきっと伝わるはずと信じていますわ。ですから、いつも通り、貴方らしさを見せてくださいまし、エステア」
「うん、ありがとう。いってくるわね、みんな」
エステアはそう言うと、壇上に設けられたカーテンを掻き分けて全校生徒の前へ姿を現した。
「続きましては~、エステアの演説とRe:bertyのファーストライブを続けてお届けしまぁ~す」
マチルダ先生の紹介に合わせて、エステアが深々と頭を下げる。疎らに起こる拍手から、先ほどのイグニスの演説の影響を多分に受けている様子が窺えた。
「演説だけじゃなくてライブだって……」
「真面目な人だと思ってたのに、なんか遊び半分って感じだな」
「そもそも、Re:bertyってなに? なんか気取っててやな感じ」
拍手の合間にざわざわと私語が聞こえてくる。イグニスの取り巻きが分散して煽っているようだが、他の生徒が触発されてライブに対して否定的な意見を持っていることが窺えた。
練習の時に感じた好感触は、ライブに対しての評価であり、生徒会の選挙活動としては前衛的過ぎて受け入れがたいと思われているのかもしれないな。
貴族が多いということは、世襲を好み、それだけ保守的であるという証だ。イグニスは発展というキーワードを主張していたが、それを可能にするのは貴族社会の中で固められてきた地盤があるから許されることなのだ。
前世ではずっと一人だったし、今世では子供だったから政治的なやりとりについて無関心だったが、よく考えればわかりそうなことだったかもしれない。
けれど、アルフェのあのキラキラしたアイディアを信じたかったのは嘘じゃない。事実、僕自身は、音楽によって全校生徒にエステアが成したいこと、目指す学園の姿を見せたいという気持ちがライブに集約されていることを、それが伝わることをずっと信じている。
「生徒会の演説でライブを行う――。歓迎も批判もあると思います」
全校生徒たちに向けてエステアが語り始める。短いながらも想いを込めた演説になるだろう。出だしを聞いただけでも、批判にも耳を傾け、全ての声を拾いたいという気持ちが窺える。
「バンドを組み、ライブを行うという選挙活動については、私は応援してくれるこのメンバーで出来ることをしたいと思った事がきっかけです。バンド名であるRe:bertyには、自ら自由を掴みに行くという意味のLibertyと、もう一度を意味するReを掛け合わせて『もう一度自由を掴む』という願いを込めています。ここで言う自由は、この学園に本来あるべき秩序と自由を示します。ここに集まってくれたバンドメンバーの多様性は、私の目指すこの学園の縮図です。皆が協力し、手を取り合えば、こんな素敵なことが出来る……。それを表現させてください」
エステアがもう一度礼をし、それを合図に万雷の拍手が起こる。エステアは晴れ晴れとした笑顔で顔を上げて僕たちを振り返ると、愛用のギターを手に取った。
「それでは聞いてください。今日までの感謝と、この先の願いを込めて『感謝の祈り』」
たくさんの歓声と拍手が僕たちを迎えている。
こちらに向けられた照明が眩しい、アルフェが一段と輝いて見える。ああ、珍しいな、僕ですらはっきりと気分が高揚しているのを感じるなんて。
アルフェが僕の手を解き、前に進み出る。
目を合わせて微笑むアルフェは、もう大丈夫だ。
「ワタシ、歌うね」
僕は頷き、アルフェを送り出す。アルフェはマイクを握りしめた。エステアのリードギターに合わせて前奏が盛り上がって行く。アルフェが歌い出すと、世界の音が僕たちだけのものになったような気がした。
音が弾む、楽しいと訴えかけている。
みんなと顔を見合わせて、目を合わせてそれぞれの音を奏でて響かせる。僕の音にホムの楽しげな音が重なる、エステアが僕たちを引っ張っていく。
ファラのドラムとメルアの鍵盤が僕たちをしっかりと支え、サビへと誘う。全校生徒という大観衆が僕たちの音楽に合わせて揺れて、弾んでいる。
曲の盛り上がりが最高潮に達しようとしたその時。
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