上 下
252 / 396
第四章 絢爛のスクールフェスタ

第252話 夕食のひととき

しおりを挟む
 昼食の具沢山のサンドイッチに続き、夜はクリフォートさんの自慢の手料理がテーブルいっぱいに並んだ。

「食べ盛りの子が揃うから、腕によりをかけて作ったの。ちょっと作りすぎちゃったかしら?」

 アルフェとともに配膳を手伝っていたホムにクリフォートさんが説明してくれる。ホムはその視線が自分に向けられていることをきちんと理解して、微笑んだ。

「全く問題ありません。最終的にはわたくしが責任を持っていただきます」
「私も余裕です」

 ホムの発言に僕と一緒に皿を運んでいたエステアが自信ありげに挙手してみせる。

「ふふっ、とても嬉しいわ。お腹いっぱい食べてね」

 二人がそう言い切ったことで、クリフォートさんの顔にも安堵の笑みが浮かぶ。会話を聞きながら食卓についた父が、嬉しげに皆を眺めた。

「ホムもエステアも軍事科だけあってさすがの食欲だな」
「お父様もかなり召し上がるのですか?」
「まだまだ若い連中には負けていないつもりだ」

 エステアの問いかけに、父が快活に笑う。僕たちへの指示を終えた母がさりげなく父に促されて隣に座ると、その腕に触れながら笑った。

「張り合わないでくださいよ、あなた。足りなくなってしまうわ」
「そうなったら、僕がなにか作りましょう」
「買い出しもしていないのに大丈夫なの?」

 僕が言い添えて皆をテーブルに促すと、ホムの隣に座ったエステアが不思議そうに問いかけて来た。

「リーフはあるものを組み合わせてなーんでも作っちゃうの!」
「リーフちゃんがそう言うなら安心してゆっくりできるわね」

 アルフェとクリフォートさんが皆の分の料理を取り分け始める。

「後片付けはお任せください、クリフォート様」
「ありがとう、ホムちゃん」

 アルフェとクリフォートさんの声が揃って、ホムに礼を言った。こうしてアルフェとアルフェの母親が揃うのも久しぶりだし、成長したアルフェの面差しはクリフォートさんの若い頃に似てきたな。もうすぐアルフェも大人になって、ハーフエルフとして成長が止まる期間に入るのかもしれない。

「……そろそろ始めようか。今日のためにとっておきの葡萄酒を用意してあるぞ」

 アルフェとクリフォートさんが料理を取り分け終わるのを見計らって、父が葡萄酒の瓶をここぞとばかりに取り出す。

「ふふ、早く飲みたくて仕方ないのね、ルドラ」
「君にはなんでもお見通しだな、ナタル」

 ああ、父上も母上も昔から本当に変わらないな。僕が生まれてから約十六年が経つというのに、こうしていつまでも仲睦まじい二人の様子を見ていると安心する。父上も母上もなにも変わっていない。そう思うとやっと家族の元に戻ってきたという実感が湧いた。

「さあ、乾杯しよう」

 大人たちには葡萄酒、僕たちには果実のジュースがそれぞれ振る舞われる。ホムが全員の分をグラスに注ぎ終えると、父が嬉しげに食卓にグラスを掲げた。

「皆の帰省と、新たな友人の来訪を祝して――」
「乾杯」

   * * *

 ゆったりとした和やかな時間だ。夕食の話題は、久しぶりに会う家族の会話を軸に、次第に学園のことへと移っていく。

 特に父上は、僕がアルフェ以外の友人を連れて来たことを思っていた以上に喜んでおり、エステアが恐縮するほどだった。

「いやはや! カナルフォード学園の生徒会長が娘の友人とは、親としても誇らしいよ」
「……学年は上ではありますが、リーフからは学ぶことが多く、これからも色々と力添えをお願いすることになると思います。生徒会にも一年の任期が設けられていますし」

 苦笑を浮かべるエステアは、僕との仲を嫌がっている訳ではなさそうだ。
 あと、会話を聞いていて気がついたことだが、もしかすると僕が思っている以上にエステアは生徒会長という役割に強い責任を感じていそうだな。あの学園を変えようと考えているなら、やはり再選を視野に入れているだろうし、当然なのかもしれないけれど。

「よし、せっかくだからあれを披露しよう。いいだろう、ナタル?」
「ふふっ、そうね。昔を思い出しちゃいそう」

 葡萄酒でほろ酔いになった父が母に同意を求めて席を立ったかと思うと、どこからか見慣れない楽器を手に戻って来た。

「ギター? リーフのパパ、弾けるの?」
「昔、ちょっとな。負傷後のリハビリで始めたんだが案外楽しくて、今でもまだ弾けるんだ」

 ああ、それで母は昔を思い出すと言ったんだな。父と母の出会いの頃をきっと思い出すのだろう。

「なにを弾いたものかな」

 食卓から離れたところに椅子を移動させ、腰かけた父が訊ねる。

「『感謝の祈り』はどう?」

 母の提案に、僕とホム以外の皆が同意を示す。歌はアルフェが歌うもの以外にあまり興味がなかったけれど、きっと有名な歌なのだろう。

「では、少しお耳を拝借――」

 父がギターをゆっくりと爪弾く。アルフェの鼻歌で聞いた覚えのあるメロディだが、音にやや違和感があるな。違う曲なのだろうか。

「あ、音が少しずれてますね」

 僕が違和感を覚えている間に、エステアがその正体を突き止め、ギターを調整する。どうやら弦を押さえるところの上部にあるネジを回すと、音の調整が出来る仕組みのようだ。

「おお、これで良くなった。ナタル、久しぶりに君の歌声が聴きたいな」
「え……?」
「ワタシも歌う! リーフのママ、一緒ならいいでしょ?」

 アルフェが笑顔で母を誘い、連れ立って父の隣に並ぶ。父が再びギターに指を滑らせると、アルフェと母上の歌声が耳に心地良く響き始めた。

 ――懐かしいな、母上の子守歌の声もこんなだった。

 優しくあたたかな歌声を聴いていると、子どもの頃の記憶がありありと蘇ってくる。どこまでも僕に寄り添い、安心とは、幸せとはどういうものかをごく自然に教えてくれた母の声を、歌声を、こうして傍で聴けるなんて幸せだ。

「……みんなで歌うのは、なんとも楽しいものですね」

 ふと歌声が途切れた合間に、エステアがそっと囁く声が聞こえた。ああ、どうやら僕もいつの間にか歌を口ずさんでいたようだ。

「そうだね」

 相槌を打ちながら、内心は自分の変化に驚いていた。グラスの頃の自分なら絶対になかった歌への親しみや楽しみ方は、僕の新しい人生にしかないものだ。

 それにしても、自分でも気がつかないうちにこんな楽しみ方をするようになっていたなんて、やっぱりアルフェの影響かな。それとも、魂はどうあれ、この身体は紛れもなく父上と母上の遺伝子を引き継いでいるわけだから、二人の子どもである僕も、案外歌が好きなのかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

異世界転生はうっかり神様のせい⁈

りょく
ファンタジー
引きこもりニート。享年30。 趣味は漫画とゲーム。 なにかと不幸体質。 スイーツ大好き。 なオタク女。 実は予定よりの早死は神様の所為であるようで… そんな訳あり人生を歩んだ人間の先は 異世界⁈ 魔法、魔物、妖精もふもふ何でもありな世界 中々なお家の次女に生まれたようです。 家族に愛され、見守られながら エアリア、異世界人生楽しみます‼︎

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

私は王子のサンドバッグ

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のローズは第二王子エリックの婚約者だった。王子の希望によって成された婚約のはずであったが、ローズは王子から冷たい仕打ちを受ける。 学園に入学してからは周囲の生徒も巻き込んで苛烈なイジメに発展していく。 伯爵家は王家に対して何度も婚約解消を申し出るが、何故か受け入れられない。 婚約破棄を言い渡されるまでの辛抱と我慢を続けるローズだったが、王子が憂さ晴らしの玩具を手放すつもりがないことを知ったローズは絶望して自殺を図る。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...