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第三章 暴風のコロッセオ
第246話 勝利の宴
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薄闇に包まれた大闘技場の周辺では、仮設置されていた巨大映像魔導器の撤去が進んでいる。
決勝戦はさぞ多くの人々で賑わったのだろう余韻が、街の至る所で見受けられた。
「外に出るの、久しぶりだね」
「そうだね」
入寮したときと同じ臙脂色の路面列車の最後尾に座ったアルフェが、嬉しそうに脚を揺らしている。少し遅めの時間ということもあり、学生寮の敷地の外に出る生徒は少ないらしい。路面列車は案内役のファラと僕たち三人の貸し切りだ。
「それにしても、優勝を祝したパーティと聞いたけど、寮を離れるとは思わなかったよ」
「にゃはっ! たまにはいいだろ? 別に禁止されてるわけじゃないし」
僕の呟きにファラが嬉しそうに応じる。
「レストランでパーティなんてお洒落だよね」
「まあ、インペーロってのは庶民向けのレストランだけどな。味はあたしが保証する」
「それは期待出来そうだ」
美食家の聖地でもあるアルダ・ミローネ出身のファラが言うなら間違いないだろう。エーテル過剰生成症候群の僕も、今日ばかりはさすがにかなりの空腹を覚えているので、今にも腹の虫が鳴き出しそうだ。
「あとさ、今日はヴァナベルがスポンサーだから、好きなものを好きなだけ飲み食いしてやろうぜ」
尖った歯を見せて、ファラはかなり楽しげな笑みを浮かべた。
「スポンサーって?」
「にゃははっ。あいつ、リインフォースに全財産を賭けただろ?」
「あ――」
そういえばそうだった。決勝戦の直前、トランクいっぱいに詰め込んだ賭け札を見せながら、ヴァナベルは僕たちの激励に来たのだ。
「……え……? ってことは、あれ全部……?」
ざっと頭の中で計算したのかアルフェが指折り数えながら目をぱちぱちとさせている。
「そういうこと。あたしたちがどれだけ飲み食いしたって、ぜーったい使い切れないから、安心しろってさ!」
* * *
「今日はオレの奢りだ。じゃんじゃん飲め!」
ファラの案内で連れて来られたレストランは、僕たち1年F組の貸し切りになっていた。即席で作られたちょっとした台の上で、ヴァナベルがワイングラスに入ったジュースを手にみんなに乾杯の合図をする。
「かんぱーい!!」
みんなの嬉しそうな声が揃い、僕たちはクラスメイトたちの祝福を受ける。一杯目を飲み干し、幾つかの軽食を摘まんだところで、リリルルが揃ってやってきた。
「「素晴らしい戦いだった、アルフェの人、それにリインフォースの人たち」」
リリルルが声を揃え、全く同じ顔で微笑む。
「ありがとう、リリルルちゃん」
アルフェが差し出されたリリルルの手を取りながら、いつものようにくるくるとステップを踏む。リリルルも楽しげに爪先を躍らせながら、アルフェと目を合わせ、それからなにかを確かめるように頷いた。
「「ここで、勝利を祝してリインフォースにエルフ族伝統の歌を捧げよう。アルフェの人も一緒だ」」
「ワタシもいいの?」
「「勿論だ。リリルルとアルフェの人はエルフ同盟を結んでいる」」
きょとんとするアルフェに、リリルルは嬉しそうな笑みを浮かべると、くるくるとステップを踏みながらヴァナベルが挨拶をしていた台の上に立ち、美しい歌声を披露し始めた。
「……いい歌だね」
「はい、マスター」
エルフ族に伝わる古い言葉のようで、意味はわからないけれどリリルルの歌声は耳に心地良い。アルフェも初めて聴く歌だろうに、見事に音を合わせて三人の声を響かせている。
「にゃはっ。いいな、こういうの」
「やっぱり祝賀会ってのはこうでなくっちゃな」
「どのお料理も美味しいよ、ベル~」
いつの間にか近くに寄ってきたヴァナベルとヌメリンも、ファラと一緒に三人の歌声に聞き惚れている。
「……ありがとう、ヴァナベル」
「ん? なんだ?」
「僕たちを信じてくれて」
僕がそっとヴァナベルを仰いで紡ぐと、ヴァナベルは照れ隠しなのか、後ろ頭を掻いた。
「信じるもなにも、証明してほしかったんだよ。オレたちが負けた相手が最強だって」
「証明出来たかな?」
目を逸らすヴァナベルに訊ねてみる。ヴァナベルは小さくなにかを呟くと、こちらに向き直り、僕の目を真っ直ぐに覗き込んだ。
「優勝を勝ち取ったんだから、当然だろ!」
「にゃはははっ! 素直におめでとうって言えばいいのに」
「そうだよ、ベル~」
ヴァナベルの素直ではない言葉に、ファラとヌメリンが茶々を入れる。
「うっせぇよ。いちいち言わなくてもわかんだろ!」
「うん。ちゃんと伝わってるよ」
ヴァナベルが僕たちの勝利を誰よりも喜んでいることは、その行動ではっきりと伝わっている。僕が微笑むと、ヴァナベルは消え入りそうな小さな声で、「ありがとな」と呟いた。
「僕の方こそありがとう。ホムが頑張れたのは――」
ヴァナベルたちとの特訓の成果がかなり大きい。傷心のホムを慰めるでもなく、自らの武侠宴舞への臨み方で勇気づけてくれたのは、ヴァナベルたちだ。そう言おうとした言葉は、和やかな雰囲気のレストランの空気が変わったことによって妨げられてしまった。
「……なんだぁ?」
ヴァナベルが怪訝そうに耳をぴんと立てる。
「入り口の方に、誰か来たらしいな……」
「F組の生徒は全員来てるけどぉ~」
ざわめきとクラスメイトの視線を読み取ったファラとヌメリンが首を傾げたその時。
「って、リゼルじゃねぇか!」
ヴァナベルが怒ったような声を上げて、レストランの入り口に向かって駆け出していった。
「ちょっとちょっと、ベル~!」
ヌメリンが追いかけ、僕たちもそれに続く。クラスメイトたちを掻き分けて前に出ると、既にヴァナベルが喧嘩腰にリゼルに詰め寄っているところだった。
「……てめぇ、イグニスが負けたからって、わざわざいちゃもん付けに来たのかよ」
「いや、そうじゃない」
リゼルは胸の前で両手を挙げ、敵意がないことを示すようなポーズを取る。
「じゃあなんだよ?」
だが、ヴァナベルは警戒を解かずにリゼルをじりじりと追い詰めた。リゼルはほとんどレストランの外まで後退させられたあと、なにを思ったか、突然頭を下げた。
「はぁ!? てめぇ! なんのつもりだ!」
怒鳴るヴァナベルに肩を振るわせながらも、リゼルは頭を下げ続けている。
「……少し話を聞こう」
放っておけば強引にリゼルを追い出しそうな勢いのヴァナベルを宥め、僕はホムと一緒に前に進み出た。僕たちの気配を察してか、リゼルが頭を下げたまま視線だけをほんの一瞬こちらに向けた。
「……本当に申し訳なかった。今日この場を少しだけ貸してほしい。リインフォースに謝罪したい一心で、ここまで来たんだ」
「謝罪だぁ!? そんなの今更――」
「ベル~」
僕たちに代わってヌメリンがヴァナベルを窘める。
「わぁったよ。五分もやらねぇからな」
ヴァナベルが溜息混じりにそう吐き捨てて下がると、リゼルは漸く顔を上げた。
「……話していいよ」
目が合ったので、リゼルを促す。すると、リゼルの後ろの薄闇からA組の生徒たちが姿を見せた。先頭に立っているのはグーテンブルク坊やとジョストだ。その後ろにもざっと二〇名ほどの生徒がいるように見える。
「……信頼して大丈夫でしょうか」
「グーテンブルク坊やがいる。まずは話を聞こう」
決勝戦はさぞ多くの人々で賑わったのだろう余韻が、街の至る所で見受けられた。
「外に出るの、久しぶりだね」
「そうだね」
入寮したときと同じ臙脂色の路面列車の最後尾に座ったアルフェが、嬉しそうに脚を揺らしている。少し遅めの時間ということもあり、学生寮の敷地の外に出る生徒は少ないらしい。路面列車は案内役のファラと僕たち三人の貸し切りだ。
「それにしても、優勝を祝したパーティと聞いたけど、寮を離れるとは思わなかったよ」
「にゃはっ! たまにはいいだろ? 別に禁止されてるわけじゃないし」
僕の呟きにファラが嬉しそうに応じる。
「レストランでパーティなんてお洒落だよね」
「まあ、インペーロってのは庶民向けのレストランだけどな。味はあたしが保証する」
「それは期待出来そうだ」
美食家の聖地でもあるアルダ・ミローネ出身のファラが言うなら間違いないだろう。エーテル過剰生成症候群の僕も、今日ばかりはさすがにかなりの空腹を覚えているので、今にも腹の虫が鳴き出しそうだ。
「あとさ、今日はヴァナベルがスポンサーだから、好きなものを好きなだけ飲み食いしてやろうぜ」
尖った歯を見せて、ファラはかなり楽しげな笑みを浮かべた。
「スポンサーって?」
「にゃははっ。あいつ、リインフォースに全財産を賭けただろ?」
「あ――」
そういえばそうだった。決勝戦の直前、トランクいっぱいに詰め込んだ賭け札を見せながら、ヴァナベルは僕たちの激励に来たのだ。
「……え……? ってことは、あれ全部……?」
ざっと頭の中で計算したのかアルフェが指折り数えながら目をぱちぱちとさせている。
「そういうこと。あたしたちがどれだけ飲み食いしたって、ぜーったい使い切れないから、安心しろってさ!」
* * *
「今日はオレの奢りだ。じゃんじゃん飲め!」
ファラの案内で連れて来られたレストランは、僕たち1年F組の貸し切りになっていた。即席で作られたちょっとした台の上で、ヴァナベルがワイングラスに入ったジュースを手にみんなに乾杯の合図をする。
「かんぱーい!!」
みんなの嬉しそうな声が揃い、僕たちはクラスメイトたちの祝福を受ける。一杯目を飲み干し、幾つかの軽食を摘まんだところで、リリルルが揃ってやってきた。
「「素晴らしい戦いだった、アルフェの人、それにリインフォースの人たち」」
リリルルが声を揃え、全く同じ顔で微笑む。
「ありがとう、リリルルちゃん」
アルフェが差し出されたリリルルの手を取りながら、いつものようにくるくるとステップを踏む。リリルルも楽しげに爪先を躍らせながら、アルフェと目を合わせ、それからなにかを確かめるように頷いた。
「「ここで、勝利を祝してリインフォースにエルフ族伝統の歌を捧げよう。アルフェの人も一緒だ」」
「ワタシもいいの?」
「「勿論だ。リリルルとアルフェの人はエルフ同盟を結んでいる」」
きょとんとするアルフェに、リリルルは嬉しそうな笑みを浮かべると、くるくるとステップを踏みながらヴァナベルが挨拶をしていた台の上に立ち、美しい歌声を披露し始めた。
「……いい歌だね」
「はい、マスター」
エルフ族に伝わる古い言葉のようで、意味はわからないけれどリリルルの歌声は耳に心地良い。アルフェも初めて聴く歌だろうに、見事に音を合わせて三人の声を響かせている。
「にゃはっ。いいな、こういうの」
「やっぱり祝賀会ってのはこうでなくっちゃな」
「どのお料理も美味しいよ、ベル~」
いつの間にか近くに寄ってきたヴァナベルとヌメリンも、ファラと一緒に三人の歌声に聞き惚れている。
「……ありがとう、ヴァナベル」
「ん? なんだ?」
「僕たちを信じてくれて」
僕がそっとヴァナベルを仰いで紡ぐと、ヴァナベルは照れ隠しなのか、後ろ頭を掻いた。
「信じるもなにも、証明してほしかったんだよ。オレたちが負けた相手が最強だって」
「証明出来たかな?」
目を逸らすヴァナベルに訊ねてみる。ヴァナベルは小さくなにかを呟くと、こちらに向き直り、僕の目を真っ直ぐに覗き込んだ。
「優勝を勝ち取ったんだから、当然だろ!」
「にゃはははっ! 素直におめでとうって言えばいいのに」
「そうだよ、ベル~」
ヴァナベルの素直ではない言葉に、ファラとヌメリンが茶々を入れる。
「うっせぇよ。いちいち言わなくてもわかんだろ!」
「うん。ちゃんと伝わってるよ」
ヴァナベルが僕たちの勝利を誰よりも喜んでいることは、その行動ではっきりと伝わっている。僕が微笑むと、ヴァナベルは消え入りそうな小さな声で、「ありがとな」と呟いた。
「僕の方こそありがとう。ホムが頑張れたのは――」
ヴァナベルたちとの特訓の成果がかなり大きい。傷心のホムを慰めるでもなく、自らの武侠宴舞への臨み方で勇気づけてくれたのは、ヴァナベルたちだ。そう言おうとした言葉は、和やかな雰囲気のレストランの空気が変わったことによって妨げられてしまった。
「……なんだぁ?」
ヴァナベルが怪訝そうに耳をぴんと立てる。
「入り口の方に、誰か来たらしいな……」
「F組の生徒は全員来てるけどぉ~」
ざわめきとクラスメイトの視線を読み取ったファラとヌメリンが首を傾げたその時。
「って、リゼルじゃねぇか!」
ヴァナベルが怒ったような声を上げて、レストランの入り口に向かって駆け出していった。
「ちょっとちょっと、ベル~!」
ヌメリンが追いかけ、僕たちもそれに続く。クラスメイトたちを掻き分けて前に出ると、既にヴァナベルが喧嘩腰にリゼルに詰め寄っているところだった。
「……てめぇ、イグニスが負けたからって、わざわざいちゃもん付けに来たのかよ」
「いや、そうじゃない」
リゼルは胸の前で両手を挙げ、敵意がないことを示すようなポーズを取る。
「じゃあなんだよ?」
だが、ヴァナベルは警戒を解かずにリゼルをじりじりと追い詰めた。リゼルはほとんどレストランの外まで後退させられたあと、なにを思ったか、突然頭を下げた。
「はぁ!? てめぇ! なんのつもりだ!」
怒鳴るヴァナベルに肩を振るわせながらも、リゼルは頭を下げ続けている。
「……少し話を聞こう」
放っておけば強引にリゼルを追い出しそうな勢いのヴァナベルを宥め、僕はホムと一緒に前に進み出た。僕たちの気配を察してか、リゼルが頭を下げたまま視線だけをほんの一瞬こちらに向けた。
「……本当に申し訳なかった。今日この場を少しだけ貸してほしい。リインフォースに謝罪したい一心で、ここまで来たんだ」
「謝罪だぁ!? そんなの今更――」
「ベル~」
僕たちに代わってヌメリンがヴァナベルを窘める。
「わぁったよ。五分もやらねぇからな」
ヴァナベルが溜息混じりにそう吐き捨てて下がると、リゼルは漸く顔を上げた。
「……話していいよ」
目が合ったので、リゼルを促す。すると、リゼルの後ろの薄闇からA組の生徒たちが姿を見せた。先頭に立っているのはグーテンブルク坊やとジョストだ。その後ろにもざっと二〇名ほどの生徒がいるように見える。
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