アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

文字の大きさ
上 下
245 / 396
第三章 暴風のコロッセオ

第245話 イグニスの告発

しおりを挟む
「ええ……。こ、これはどういうことでしょう……」

 マイクを奪われたらしいジョニーが、予備のマイクを手に困惑した表情を浮かべている。イグニスと教頭は、憤怒の表情を浮かべて大闘技場コロッセオの中央――つまり、僕たちがいる表彰台の方へと向かって来た。

 事態を重く見たのか、一度は退席したフェリックス伯爵が大闘技場コロッセオに戻り、ジョニーの傍に立つのが見えた。

「……イグニスだ……」
「あの攻撃を生身で受けて、もう回復しているのか!?」

 自らの脚でしっかりと歩むイグニスの登場に、観客席から困惑の声が上がる。ざわめきは広がり、僕たちの祝福モードから一転、不穏な空気が漂い始める。

 イグニスは僕たちを睨めつけながら歩を止めると、ゆっくりと観客席を見渡して声を上げた。

「あれで優勝とはとんでもない不正だ! 審判はヤツらの反則行為を見逃してるぞ!」

 イグニスの大声にマイクから甲高い不協和音が響く。観客席のざわめきは大きくなり、実況席付近に控えていた審判員たちは不満げな表情で大闘技場コロッセオに進み出た。

「おぉーっとぉおおおおおおおお!! 表彰式が終わった今になって、不正! 不正との抗議の声が上げられているぅううううっ!!」

 イグニスの告発に対し、一番に声を上げたのは司会のジョニーだった。イグニスが好き放題喋らないようにというフェリックス伯爵の配慮もあるようだが、表情から見るに、ジョニーもイグニスの告発は腹に据えかねている様子だ。

「……イ……イグニス……イグニス!」
「イグニス! イグニス!」

 だが、ジョニーが味方であると勘違いしたのか、観客席からイグニスを讃える声が上がり始める。

「イグニス! イグニス!」
「イグニス! イグニス!」

 高まっていく声援を制するように、ジョニーは左手を肩の高さで水平に伸ばし、静まるようにと身振りで示す。

「全ての戦いを見届けた司会としてぇええええええっ! 私は断固抗議したぁあああああああああい!!!!! 差し当たってはぁああああああああっ!! 不正の証拠を挙げていただきましょうッ!!」

 ジョニーがイグニスにマイクを向け、不正の証拠を求める。イグニスはふんと鼻を鳴らすと、マイクを構えて口を開いた。

「レムレスの撃墜判定の遅延。それが全てだ。レムレスはエステアの技を受けて壁にめり込むほどの大ダメージを負ったと聞く。そのとき既に大破していたと見るのが、正しい判定ではないのか? それにもかかわらず、レムレスは機体を動かし、魔法を発動させた。俺はそれに巻き込まれて撃墜判定を受け、生徒会チームは統率を乱された結果敗北した。これが不正でなくてなんなんだ!?」

 イグニスの口調は落ち着いていた。怒りでがなり立てるわけでもなく、理論立てて話しているように見える。だが、恐らくそれは観客たちを味方につけるための演出なのだ。

 その証拠に勝ち誇ったように僕たちを振り返るその表情には、蔑みと嘲笑が浮かんでいる。

「……ヒトモドキはヒトモドキらしく、俺様に負けるべきだ」

 マイクを離した状態ではあったけれど、はっきりとその嘲りの言葉は僕たちの耳に届いた。

「いい加減にしなさい、イグニス」
「そーだよ! アルフェちゃんが大破してるんだったら、そもそもあの魔法に耐えられるわけないんだから」

 エステアとメルアが抗議するのを、ホムは静かに見守っている。握りしめた拳が震えているところを見るに、かなり怒っているのが僕にはわかった。

「……ワタシのせい……?」

 アルフェが微かに呟き、僕の手を握りしめた。

「違うよ。アルフェのせいじゃない。アルフェのおかげだ――僕たちは勝った。それ覆らない」

 僕はアルフェの手を握り返しながら微笑みかけ、そっと手を解いた。

「イグニス! イグニス!」
「エステア! エステア!」

 判定が覆り、生徒会チームの勝利の可能性があると見出したのか、観客席からイグニスだけでなく、エステアを呼ぶ声が響いてくる。

 審判やジョニーはフェリックス伯爵と協議を重ねている様子だ。だが、判定を覆す気がないことはその断固とした表情から理解できた。

「反論しましょう、リーフ。イグニスの発言は、正々堂々と戦った私たちへの侮辱です」
「ああ、僕もそう思っていた」

 表情をかたくして申し出たエステアに頷き、揃って前に進み出る。

「ししょーもエステアもばっちばちに怒ってるじゃん~! まっ、うちもそうなんだけど、ここは二人に任せるよ」

 メルアがそう言いながら、僕たちに拡声魔法を施してくれる。

「お集まりの皆様、お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。カナルフォード生徒会チームリーダー、および、生徒会会長として、副会長が告発したような不正はなかったものと、証言させて頂きます」
「おい! てめぇのチームの勝敗に関わることだぞ! 氷壁で見てもいねぇのに口を挟むんじゃねぇ!」

 エステアの抗議にイグニスが眉を吊り上げる。

「氷壁で見えていないのはあなたも同じです、イグニス。それに、結果から見て、レムレスは私の技を食らった時点では撃墜されてはいませんでした。司会の実況では僅かに動いていることが目撃されています。機体の有効部位損傷の確認は、魔法発動まで充分な時間があったことから、それがなされなかったということは考えられません」
「実際、大破判定されなかったってのは、審判の怠慢だろ!」
「それは違うよ」

 エステアの発言に本性を露わにして怒鳴りつけるイグニスに、僕は努めて冷静に口を挟んだ。

「自分でなにを言っているかわかっていないようだけど、アルフェは大破判定を受けていない。レムレスは『操手気絶』による撃墜判定を受けたんだ」
「あ……」

 僕の指摘にイグニスと教頭が揃って顔を見合わせた。大破判定と思い込んでいたのは、これで明らかだ。

「確かにぃいいいいいいいいいいいいいいい!!! レムレスは操手気絶による撃墜判定ぇええええええええええええいいいいいぃいいいいいいいいいいいいい!!!! よってぇええええええぇええええええええええ!!! その主張はぁああああああああ!! 誤りであると見なしまぁあああああああああああああああああすッッ!!!」

 ジョニーが叫ぶようにイグニスの指摘の誤りを指摘する隣で、フェリックス伯爵が険しい顔で頷いている。観客も僕たちの主張に納得したのか、しんと静まり返った。

「……失礼」

 ジョニーからマイクを受け取ったフェリックス伯爵が、咳払いとともにイグニスと教頭に厳しい視線を向ける。

「……有終の美という言葉がある。一人残されたエステアは、正々堂々と立派に戦い抜き、素晴らしい戦いを見せてくれた。勝利を収めたリインフォースも然りだ。たとえ双方が求めていた結果に手が届かなかったとしても、素晴らしい戦いを見せてもらったと我々は自負していた。……イグニス、君がこうして神聖なる大闘技場コロッセオを汚すまでは。そしてそれにカールマン殿、あなたが加担するまでは」
「理事長……。その、……あの……」

 冷たい目を向けられ、教頭のカールマンがおろおろと焦り出す。イグニスはこれ以上の面倒を避けようとしているのか、貝のように押し黙った。

「それ相応の処分を検討する。恥を知り給え」

 二人の言い分を聞くつもりはないと言いたげに、フェリックス伯爵がジョニーにマイクを返し、背を向けて去って行く。

 マイクを戻されたジョニーは、安堵の息を少しだけ吐くと、周囲を見回し、僕とエステアに視線を寄越した。

「手を繋ぎましょう。観客の皆様に、感謝の気持ちを伝えたいです」
「それはいいね」

 エステアの提案に、僕はホムとアルフェを呼び、メルアも駆けつけた。

 僕はアルフェとホムと手を取りあい、アルフェはメルアと、ホムはエステアともう片方の手を繋いだ。うっかり中心に立つことになってしまったけれど、悪くない気分だ。

「リインフォース! リインフォース!」
「リインフォース! リインフォース!」

 僕たちのチーム名を観客たちが声を揃えて叫んでくれる。

「今一度ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! 武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお、栄えある優勝チームに、盛大な拍手をぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! リインフォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオスゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!」

 ジョニーの渾身の祝福の叫びと万雷の拍手に見送られ、僕たちは長い戦いを終えた大闘技場コロッセオを後にした。


しおりを挟む
感想 166

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

人見知り転生させられて魔法薬作りはじめました…

雪見だいふく
ファンタジー
 私は大学からの帰り道に突然意識を失ってしまったらしい。  目覚めると 「異世界に行って楽しんできて!」と言われ訳も分からないまま強制的に転生させられる。 ちょっと待って下さい。私重度の人見知りですよ?あだ名失神姫だったんですよ??そんな奴には無理です!!     しかし神様は人でなし…もう戻れないそうです…私これからどうなるんでしょう?  頑張って生きていこうと思ったのに…色んなことに巻き込まれるんですが…新手の呪いかなにかですか?   これは3歩進んで4歩下がりたい主人公が騒動に巻き込まれ、時には自ら首を突っ込んでいく3歩進んで2歩下がる物語。 ♪♪   注意!最初は主人公に対して憤りを感じられるかもしれませんが、主人公がそうなってしまっている理由も、投稿で明らかになっていきますので、是非ご覧下さいませ。 ♪♪ 小説初投稿です。 この小説を見つけて下さり、本当にありがとうございます。 至らないところだらけですが、楽しんで頂けると嬉しいです。 完結目指して頑張って参ります

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

処理中です...