アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

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第三章 暴風のコロッセオ

第235話 炎の強襲

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---リーフ視点----


 イグニスのデュオスの頭部の装甲を粉砕したことで、観客席にどよめきが広がっている。

 デュラン家の長男たる彼を応援しようと学内外から多くの観客が詰めかけていることを考えると、まあ当然の反応だろう。

「先制したのは、リインフォース!! 果たしてぇええええええっ! ここから巻き返せるのかぁあああああああ!!!!??」

 ジョニーはあくまで司会者として武侠宴舞ゼルステラを盛り上げるべく、観客をもり立てようとしている。とはいえ、もともと期待値の低い僕を応援する声が上がるはずもなく、かといってイグニスへの激励が上がるわけでもない。

 何故ならイグニスは、頭部を破壊された後、すっかり動きを止めてしまっているからだ。

「頭部の魔晶球メインカメラはもう使い物にならないよね。それで戦えるかい?」

 頭部を狙ったのは、そこにある魔晶球メインカメラの破壊を意図してのことだ。浄眼が使えるメルアならば、僕のエーテルを頼りに攻撃を続けることができるが、相手はイグニスだ。

 恐らくイグニスは、機兵の視覚情報を失ってかなり不利な状況だろう。氷魔法で大闘技場コロッセオを四つに区切り、その広さは四分の一程度になっているとはいえ、手探りで戦えるほど僕だって弱くはないつもりだ。

「……降参するとは思えないけれど、その気があるのなら待つよ」

 どう戦うべきか思案しているであろうイグニスに問う。もう一箇所有効部位を破壊すれば僕の勝ちだが、焦る必要はない。

「……くくく、一撃入れたくらいで勝ったつもりか!?」

 僕の問いかけにイグニスが耳障りな笑い声を立て、苛立ったように地面に赤輪刃レッドソーを突き刺した。

 床が罅割れ、大きく亀裂が入る。だが、それだけだった。

「……これは……どういうことでしょうか……? イグニス・デュラン、自ら赤輪刃レッドソーを手放したぞ……?」

 本当に困惑しているのだろう、ジョニーの声にはっきりと戸惑いが現れている。一応防御の体勢を取るが、イグニスは機体の両腕を交差させて胸の高さに上げ、自らの装甲に機兵の指を立てた。

「え……?」

 黒血油こっけつゆがぼたぼたと零れ、胸部の装甲を引き剥がしていく。

「こっ、これはぁあああああああっ!!!!??? 信じられない!! なんという勇気!! 暴挙とも取れる勇気がイグニスを突き動かしているぅうううううっ!!! 魔晶球メインカメラの代わりにぃいいいいいいいいいっ! 自らのその目でぇえええええええっ!! 戦況を見るつもりだぁあああああああっ!!!!!」

 イグニスがしていることをいち早く理解したジョニーが叫ぶ中、イグニスは自らの手で操縦槽を守っていた装甲を毟り取るように引き剥がした。

「ははははははははっ!!! どうだ!! 見たか!!」

 装甲が失われれば、当然操縦槽が露出する。その操縦槽のガラス盤を自らの剣で突き破り、イグニスは狂ったような笑い声を上げている。

「さあ、これで風通しがよくなったぜ!」

 正気の沙汰とは思えない。操縦槽への攻撃は禁止されているとはいえ、僕のアーケシウスは従機ではあるけれど、機兵と従機の戦いの中、剥き出しの操縦槽で戦うなんてどう考えても狂っている。

「そっ……操縦槽が剥き出し!! 剥き出しです!! こっ、これは……アリ!? アリなのでしょうかぁあああああああああっ!! 機兵戦でどんな魔法や破片が飛ぶかは予想外だがぁああああああっ!!!!?」

「問題ねぇからやってるんだ!! うだうだ言わずに司会は試合を続行しろ!!」

 赤輪刃レッドソーを掲げたイグニスが吠えるように大声を上げ、アーケシウスを通じて僕を睨んでくる。

「……し、審判の判断は……――。ぞ、続行! 試合続行でぇえええす!! 誤って操縦槽に攻撃を加えた場合は即失格とみなします!! さあ、どうなる!? この戦い!!??」

「ヒトモドキ相手に少々お遊びが過ぎたな。不快な虫は全力で叩き潰す」

 デュオスの背中の巨大な噴射推進装置バーニアが展開され、激しく炎を撒き散らす。

「なんだこれは……」

 デュオスの背後でうねりをあげた炎が禍々しく渦巻いている。噴射推進装置バーニアが展開されただけでは、こんな炎を生み出すことは出来ない。噴射推進装置バーニアはあくまで風力で機体を推進させる機能を持つもので、基本的には下に向けて噴き出すからだ。

「風魔法と炎魔法……。いつの間に……?」

 呟きながら、それもあり得ないと僕は唇を噛んだ。そもそも無詠唱の多層術式マルチ・ヴィジョンが使える人物は、この学園ではごく限られている。少なくともイグニスはその使い手ではない。

 ――でも、なんか変……

 アルフェはことある毎にイグニスの炎を見るたび呟いていた。そのことが急に思い出された。

「ぼやぼやしてると、あっという間にズタズタだぞ! よっぽど俺様の赤輪刃レッドソーの餌食になりたいようだなぁ!」

 今や噴射推進装置バーニアから噴き出すというよりも、デュオスの背部全体から噴出する炎は、火の粉を撒き散らし、肥大していく。禍々しい炎と黒煙はさながら炎の悪魔のようだ。

「覚悟しろよ、クソガキ!! 点火イグニッション!」

 デュオスの背部の爆炎が牙を剥き、アーケシウスを呑み込まんという勢いで突っ込んでくる。デュオスの加速は、ヴァナベルの致命の一刺に匹敵する。アーケシウスでは回避することは出来ない。

 全速力で後退させながら真なる叡智の書アルス・マグナに手をかざす。

「土よ、我が命により隆起せよ。クレイウォール」

 魔法で土の壁を生成し、デュオスの動きを止めようとしたが、無駄だった。

「凄まじい炎をまとったデュオス! アーケシウスを一気に仕留めにかかったぁあああああっ!!!」

 土壁は瞬く間にデュオスの赤輪刃レッドソーによって真っ二つにされる。間一髪右に避けることが出来たが、飛び散った炎はアーケシウスに牙を剥く。

 咄嗟に氷魔法をアーケシウスに施し、その余波を相殺したが、あの炎の直撃を受ければ命はないと本能で悟った。

 どういうカラクリかはわからないが、イグニスの噴射推進装置バーニアはかなり曲者だ。

「オラオラ! どうしたぁ!? あと一撃入れてみろよォ!」

 イグニスが赤輪刃レッドソーを振り回しながら、僕を追撃してくる。受け止めればアーケシウスの腕ごと斬り落とされてしまう。予備動作を見極めながら避けるしか出来ることはない。

「逆巻く風よ、疾風の加護を。ウィンド・フロー」

 風魔法ウィンド・フロー噴射推進装置バーニアを横に噴射させることで左に避け、どうにか回避する。

 次の瞬間、氷の破片が激しく散る音が響いた。

 赤輪刃レッドソーが、勢い余って氷の壁に突き刺さっているのだ。

「ちっちぇネズミがちょこまか動きやがってぇええええっ!!」

 怒り任せに赤輪刃レッドソーを振るったせいで、氷の壁が大きく抉られる。壁を破壊してアルフェとホムのもとに行かないように、引き止めなければならない。

「……そのネズミ一匹仕留められないのは、どこの誰だい?」

 イグニスの行動は比較的わかりやすい。プライドが高く、それを傷つけられるとムキになって襲ってくる。武侠宴舞ゼルステラという戦いの場を与えられたならなおさらだ。

「貴様ぁあああああああっ!!!!」

 赤輪刃レッドソーを氷から引き抜き、イグニスが噴射推進装置バーニアを噴かせて機体を反転させる。機体の背に禍々しく広がる炎は、まるでイグニスの怒りを代弁しているかのように、より一層激しさを増す。

 剥き出しの操縦槽に座しながら、この炎の中にいるのは驚異的だ。

「凄まじい炎を繰り出すデュオス!! この威力にはぁああああああっ!! メルアも嫉妬するぅうううううううっ!!!」

 氷の壁の向こうで何が起きているのか知る余地もないが、ジョニーの実況が聞こえてくる。その言葉でふと気がついた。

 そもそも魔装兵でもないデュオスで、なぜこれだけの炎魔法を操ることが出来るのだろう。

 ――違うの。あの炎、エーテルを使ってない。

 アルフェの言葉がまた一つ思い出された。あれは確か、初めてイグニスの炎魔法を見た時のアルフェの反応だ。あの時は深く考えていなかったが、あれは一体どういう意味だったのだろう。アルフェは浄眼あの目で何を見て――、いや、見なかったのだろうか。

「さっきの言葉、後悔するんだな。今度は逃げられねぇように、とっておきのをお見舞いしてやるよ」

 デュオスは最早噴射推進装置バーニアのみならず、機兵全体に炎をまとっている。その中心にいるのは生身のイグニスだ。彼は炎の悪魔を統べる王であるかのように堂々と構え、嘲るように僕を見下している。

「凄まじい炎だぁああああああっ!!!!! 防護結界を三段階上げておりますがぁああああああああっ!!! 大闘技場コロッセオを分断する氷が溶けだしているぅううううううううっ!!!!!」

 ジョニーの声が絶望的な状況を知らせてくる。この炎に対抗する術はあるだろうか。あとどれくらい時間が稼げるだろうか。僕は、一体僕は、今ここで――


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