アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

文字の大きさ
上 下
233 / 396
第三章 暴風のコロッセオ

第233話 分断

しおりを挟む
「くそっ、余計なことしやがって」

イグニスの悪態に対して、エステアは無言だが、二人の間に険悪な空気が流れているのは誰の目にも明らかだ。

 イグニスは自分の引き際を見極めることができていない。エステアを出し抜こうとするあまり、チームとして戦う思考が全くないのだ。

 事実、エステアの援護攻撃がなければ、ホムによって撃墜できていたというのに

「相手になるわ、ホム!」
「望むところです!」

 エステアがホムを誘導し、僕から切り離す。アルタードは対エステアのために開発した機兵なので、僕はエステアをホムに任せ、二人の戦いを注視した。

「セレーム・サリフとアルタードの一騎打ちがはじまるのかぁあああああっ!! 機兵性能評価はほぼ互角の二機! その実力はぁああああああっ、操手の力に委ねられているぅううううううう!!!」

 エステアの斬撃をかわしながら、ホムが打撃を繰り出している。圧されているという印象はまるでない。両者はほぼ互角の戦いを見せてくれている。

「くそっ! アルタードは俺の獲物だぞ!」

 ここで注意しなければならないのは、イグニスだ。彼ならば勝つためにどんな汚い手でも使うだろう。エステアに実力で勝てないと理解しているのか否か、この戦いではいかに注目を集めるかに腐心しているようだ。

「今に見てろ。真っ二つにしてやるよ」

 今、ホムはエステアに集中していて背後ががら空きだ。この状態で帯電布を狙われるのはまずい。

「てめぇら、俺様を無視するんじゃねぇええええっ!!」

 無詠唱で赤輪刃レッドソーの炎の出力を上げながら、イグニスがデュオスの噴射推進装置バーニアの出力を上げる。

 同時に僕も噴射推進装置バーニアを稼働させ、ホムとの間に割って入った。

「イグニス・デュランの不意打ち炸裂かと思われたがぁああああああっ! ここでッ! アーケシウスのドリルが赤輪刃レッドソーの柄を牽制しているぅううううう!!!」

「ハッ! 従機ごときが一人でどうするつもりだ!?」

 アーケシウスを薙ぎ払おうとする赤輪刃レッドソー噴射推進装置バーニアを利用して避け、距離を取る。イグニスの動きを敏感に察したホムはエステアと機体の位置を素早く入れ替え、なおも激しい打ち合いを続けている。

 その対角線上では、アルフェとメルアの魔法対決が続いている。

 ここまでは狙いどおりだ。生徒会チームをバラバラにし、一対一の戦いに持ち込むことが出来ている。

「よそ見してんじゃねぇよ! そんなに俺様に真っ二つにされたいか!?」
「そんなつもりはないけど、でもこの隙を待っていたよ」

 僕の膝の上で、真なる叡智の書アルス・マグナの頁が捲れていく。

「はぁ? なに言ってやがる!? 隙だらけなのはてめぇの従機だろうが!! 望み通り叩き潰してやる!」
「イグニス! 操縦槽への攻撃は禁止です!!」

 赤輪刃レッドソーを振り上げるイグニスの向こうで、エステアの悲鳴が聞こえたような気がした。

 イグニスが操縦槽を狙ってきているなら、かえって好都合かもしれない

「分厚き氷塊よ、我が前に現れ彼らの刃を阻み我を守れ――。フロストディバイド!」

 真なる叡智の書アルス・マグナが示したのは、巨大な氷の壁を作り出す防御魔法だ。

「ハッ! 今更命乞いしたって無駄だぜ!」
「これが命乞いに見えるのかい?」

 僕は機体を守るためにこの魔法を発動させたわけではない。僕の狙いは、もっと別のところにある。

「なんだこれは!?」

「これは驚きです!! とんでもない氷の障壁が大闘技場コロッセオを分断しているぅううううううっ!? 一体どんな作戦だぁああああああーーーーーーーーーーーーーー!?」

 せり上がってくる氷の壁にイグニスとジョニーが驚嘆の声を上げる。本来の魔法では出せない規格外の氷の壁を、今僕は具現させている。それは、エーテル過剰生成症候群の僕だからこそ成せる技だ。

「魔装兵並の規模でぇえええええっ!! 氷の壁が築かれたぁあああああっ!!!!」

 大闘技場コロッセオを分断するために、約200メートルの十字型の壁を具現させた。
 完全に分断された大闘技場コロッセオは、それぞれが一対一の状況になった。

「ハッ! 馬鹿め! 一緒に壁の中に閉じ込めてどうするつもりだ? 自ら袋の中のネズミになりにきたっていうのか?」

 イグニスがデュオスの拳で氷の壁を殴打しながら苛立ったように問いかける。発言では彼が有利であることを伺わせているが、やや動揺している様子だ。

 まあ、この氷の壁は並の物理攻撃ではまるで歯が立たない厚さがあるから、僕の次の一手を警戒しているんだろう。もっとも彼の赤輪刃レッドソーならば、切断も可能だろうけれど、恐ろしく魔力を消耗する以上、それをする利点はどこにもないはずだ。

「そんな趣味はないよ。ただ、僕はエステアとメルアの相手は出来ないからね」

 初手でエステアが助けに入り、イグニスを倒すことが出来なかった以上、メルアとエステアが連携出来ないように分断するしかない。勝つために必要な最低条件は、チームとして連携させないことだ。

「消去法で俺様を選んだ……だと……? 貴様、よくそんな侮辱を口にしてくれたなぁ!」

 確実に相手を出来るイグニスを孤立させたのは悪い策ではない。ホムとアルフェがそれぞれが戦いに集中できれば勝機は見える。

「お前じゃ俺様に勝てないってことを、思い知らせてやる!」

 赤輪刃レッドソーの炎が大きく燃えさかり、刃の回転速度が上がっていく。

「逃げ場はねぇぞ! 大人しく俺様の餌食になれ!」

 怒り任せに赤輪刃レッドソーを振り回すイグニスが、アーケシウスに迫る。

 機兵適性値が低いことから予想していたが、イグニスは複雑な操縦には適していない。噴射推進装置バーニアを細かく使いながら適切に攻撃を避け続ければ、咄嗟には反応できないのだ。

 とはいえ、刃がまとっている炎はかなり厄介だ。エーテル過剰生成症候群のおかげで火傷を負ったところですぐに回復するものの、接近されるたびにアーケシウスがかなりの高温に晒されてしまう。

「水のつぶてよ、迸《ほとばし》れ――ウォーター・シューター!」

 燃え盛るイグニスの赤輪刃レッドソーに向かって無数の水のつぶてを放つ。

「馬鹿め! その程度の威力、子どもの遊びにもなんねぇぞ!」

 赤輪刃レッドソーが水を浴びたそばから、あるいはそれが纏う炎に触れたそばから物凄い量の水蒸気が発生し、辺りが白くくもり始める。

 炎の威力は衰えないが、まずまずの効果だ。イグニスはまだこちらの企みに気づいてはいない。

「ウォーター・シューター!」
「この程度で俺様の炎が消せると思ってんのかよぉおおおお!」

 赤輪刃レッドソーまとう炎が爆発的な威力に変化する。僕の攻撃にイグニスは明らかに苛立っている。

「死ねええええぇ!」

 最早操縦槽への攻撃という禁止行為を気に留める様子はない。赤輪刃レッドソーが袈裟懸けに振り下ろされたその刹那。

「水鏡よ、影を写しとれ――。ミラージュ」
「もらったぁああああっ!!!」

 真っ二つに斬られたアーケシウスは、そのまま水蒸気を発して掻き消える。

「……おおっと!? これは……残像……残像です!! アーケシウス、四機に分身してデュオスを囲みはじめたぁあああああっ!!!」

 ジョニーの驚嘆の声が響いている。氷の壁という条件も加わり、瞬間的にどれが本物かを見極めるのは不可能だろう。

「水蒸気を起こしてやがると思えば、このためか。だったら、全部切り捨てちまえば済むことだろうが!」

 怒り狂ったイグニスが、一機、二機、三機と次々に幻影を襲う。

「これで最後だぁああああっ!!!」

 最後の四機目を胴体から真っ二つにしたイグニスの声を、僕はすぐそばで聞いていた。

「どこだ!? どこにいやがる!!!?」

 デュオスが暴れ回ったおかげで、視界は水蒸気で真っ白に染まっている。だが、赤々と燃えさかる赤輪刃レッドソーが、イグニスの居場所を教えてくれる。

「常々こうしたいと思っていたことがある」

 噴射推進装置バーニアと風魔法を付与し、上空からデュオスを見下ろす。

「どうやら、今叶いそうだ」

 渾身の力を込めて振り下ろしたアーケシウスのドリルは、デュオスの頭部にめり込み、その顔面を大破させた。

「……こ、これはぁあああああああっ!!!? デュオス、デュオスの頭部が大破しているぅうううう!!!!? 有効! 有効判定によりぃいいいいい!!! リインフォース、先制!! 先制でぇえええええええええすッッッ!!!」

しおりを挟む
感想 166

あなたにおすすめの小説

RD令嬢のまかないごはん

雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。 都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。 そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。 相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。 彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。 礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。 「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」 元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。 大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

死に戻り勇者は二度目の人生を穏やかに暮らしたい ~殺されたら過去に戻ったので、今度こそ失敗しない勇者の冒険~

白い彗星
ファンタジー
世界を救った勇者、彼はその力を危険視され、仲間に殺されてしまう。無念のうちに命を散らした男ロア、彼が目を覚ますと、なんと過去に戻っていた! もうあんなヘマはしない、そう誓ったロアは、二度目の人生を穏やかに過ごすことを決意する! とはいえ世界を救う使命からは逃れられないので、世界を救った後にひっそりと暮らすことにします。勇者としてとんでもない力を手に入れた男が、死の原因を回避するために苦心する! ロアが死に戻りしたのは、いったいなぜなのか……一度目の人生との分岐点、その先でロアは果たして、穏やかに過ごすことが出来るのだろうか? 過去へ戻った勇者の、ひっそり冒険談 小説家になろうでも連載しています!

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

ズボラな私の異世界譚〜あれ?何も始まらない?〜

野鳥
ファンタジー
小町瀬良、享年35歳の枯れ女。日々の生活は会社と自宅の往復で、帰宅途中の不運な事故で死んでしまった。 気が付くと目の前には女神様がいて、私に世界を救えだなんて言い出した。 自慢じゃないけど、私、めちゃくちゃズボラなんで無理です。 そんな主人公が異世界に転生させられ、自由奔放に生きていくお話です。 ※話のストックもない気ままに投稿していきますのでご了承ください。見切り発車もいいとこなので設定は穴だらけです。ご了承ください。 ※シスコンとブラコンタグ増やしました。 短編は何処までが短編か分からないので、長くなりそうなら長編に変更いたします。 ※シスコンタグ変更しました(笑)

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...