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第三章 暴風のコロッセオ
第218話 リーフの秘策
しおりを挟む「ファイアボールもあまり効いてないね。どうやって攻めたらいいのかな?」
「生半可な攻撃では、あの防御を突破するのは難しいよ。ここは絡め手で行こう」
「マスターの指示に従います」
ホムが素直に頷いてくれたので、僕はホムと足並みを揃えるように並びながら、指示を出した。
「ひとつ僕に考えがある。僕はグーテンブルク坊やの統率を崩す。ホムはリゼルを頼んだよ」
ノーブルアーツの中で最も行動が読みやすいのはグーテンブルク坊や、次がリゼルだ。ジョストは行動が読みづらいけれど、従者である以上はグーテンブルク坊やを優先して動くことだけは予想がつく。
「アルフェは援護を頼むよ」
「なにをしたらいいの?」
「風魔法で攪乱してほしい。隙を作れればそれでいい」
「うん」
最初の狙いは攻撃ではない。デュークの鉄壁の陣形を攪乱して崩すことだ。それが出来れば、一機ずつ相手にする算段はついている。
「両者、動きません! 睨み合いが続いております!!」
止まってしまった試合の動きを急かすように、ジョニーの実況が響く。その声にアルフェが動いた。
「あああっと! またしても、無詠唱! 無詠唱でウィンドカッターが炸裂ゥウウウウウウッ!」
アルフェ発動させた風魔法は、デュークの重装甲の前ではほとんど無力だ。
「そんな下位魔法ではビクともしないぞ!」
「はぁああああっ!」
ホムがリゼル機に回し蹴りを喰らわせるが、リゼルはそれを難なく受け止めた。
「硬い……!」
「その程度の攻撃では、我々の鉄壁の布陣は突破できない」
リゼルが得意げに息巻いているが、それこそが狙いだ。統率された重機兵の防御陣形は本当に厄介だが、その連携が崩れれば勝機が生まれる。
「そうだろうね。だから全員で攻撃する」
「ハッ! 従機ごときでなにが出来るんだ!?」
真なる叡智の書のページが、懐かしい簡易術式を示している。
もっともこの手は、グーテンブルク坊やにしか通用しないだろうが、アーケシウスの僕が出来る最も効果的な攻撃だ。
「クリエイト・フェアリー!」
僕の詠唱に応じて、大闘技場上空に暗雲が立ち込める。低い咆吼が轟いたかと思うと、その昏い雲間から召喚された黒竜神の巨大な頭部が覗いた。
「な……、フェアリーだと!?」
体長十三メートル、全身を鎧のような漆黒の鱗で覆われた黒竜神は、低く唸りながらグーテンブルク坊やたちを見据えている。
「これは一体どういうことだぁあああああっ!? 黒竜神! 黒竜神のフェアリーが現れたぁあああああっ!!!?」
巨大な黒竜神の姿にリゼルとジョニーが驚愕の声を上げる。
だが、グーテンブルク坊やとジョストの反応は違った。
「う……うわぁあああああっ!」
「ライル様、落ち着いてください!」
グーテンブルク坊やは覚えている。フェアリーバトルで感じた黒竜神の恐怖を。だから、それを利用させてもらう。
「はっ、こけおどしだぞ、ライル! フェアリーごときで何が出来る!!」
リゼルは鼻で笑いながらグーテンブルク坊やを鼓舞するが、グーテンブルク坊やは荒い息を吐くだけになってしまっている。
「さあ、仕上げだ」
僕の合図で黒竜神の姿をしたフェアリーが火炎魔法を発射する。
「あっ! ああああああっ!」
「ライル様!!」
絶叫を上げるグーテンブルク坊やの機体はあっという間に火柱に呑まれ、完全に沈黙してしまった。
「な、なんと……これは……予測不能の事態!! ライル・グーテンブルク! 操手気絶と見なし、戦闘不能判定です!!」
実際のダメージは大したことはないが、グーテンブルク坊やにはかなりショックだったようだ。
「貴様ぁああああああっ! よくも、ライル様を!」
ジョストが悲鳴のような声を上げ、僕の生み出した黒竜神に槍を突き立てる。
「ああっと! 従者ジョストの一突きによって、黒竜神は跡形もなく霧散したぁあああああっ!!!」
響き渡るジョニーの実況が観客の大歓声に掻き消されていく。
フェアリーは、所詮エーテルの集合体が作りだす幻に過ぎない。強大なエーテルで稼働している機兵が衝突すればあっさりと霧散するのだ。
だが、その黒竜神の撃破に費やした一手は致命的な失策だ。その隙を見逃すほどホムは甘くない。
「雷鳴瞬動!!」
金色の光を纏って加速したホムが、すかさず雷鳴瞬動を放つ。
「くっ!」
放たれた高速の蹴りをジョストは盾で受け止めようとするが、間に合わずに左腕が弾け飛んだ。
「これで終わりです」
ホムはジョスト機の腕を蹴り抜いた後、機体を反転させながら腕部の噴射式推進装置を利用してジョスト機の頭部を殴り飛ばした。機体から外れた頭部はリゼル機に激突し、大闘技場の床に落ちた。
「なんだ、今の……」
「……アルタードが……」
黒竜神消失からジョスト機撃破までのあまりの速さに、観客席がざわめいている。だが、それは次第に大きな興奮の渦を成し、大闘技場全体に広がっていった。
「アルタード、アルタード!」
「アルタード! アルタード!」
「やはり、ここで出た! アルタードの伝家の宝刀! ブリッツレイドォオオオオオオオッ! あっという間に形勢逆転ェエエエエエエン!! ノーブルアーツは、リゼルのみとなったぁあああああっ!」
状況を改めて把握したジョニーが、興奮した様子でマイクを手に実況席から身を乗り出している。大観衆は今や僕たちの勝利を確信し、沸き起こるアルタードコールに包まれている。
「……もう勝ち目はないよ。降参しなよ」
「またしても、またしても貴様なのか!」
布陣が崩壊し、一人になってしまったリゼルが激昂に声を震わせている。
「許さない、許さないぞぉおおおおっ! リーフ・ナーガ・リュージュナ!」
怒りに任せたリゼルがアーケシウスに向かって滅茶苦茶に槍を振るう。
「お前だけはッ! お前だけは絶対に倒す!」
小回りが利くアーケシウスで、怒りで我を忘れたリゼルの攻撃を躱すのは容易い。けれど、こう肉薄されてはホムも割って入るのが難しいだろうな。
まあ、僕と一緒に戦ってくれるのはホムだけではないけれど。
ちらりとアルフェのレムレスの方を見遣ると、魔導杖がゆっくりと弧を描くように動いていた。無詠唱だからきっとリゼルは気づかないだろうな。
「一応忠告しておくけれど、そこ、危ないよ」
「なにっ!?」
リゼルが反応したときは、もう遅かった。足許に静かに広がっていた薄氷は突然鋭い槍に姿を変え、デュークの足を串刺しにしたのだ。
「こ、これは! またもや無詠唱! レムレスの無詠唱魔法だぁあああああっ! リゼル機、起き上がれるのかぁああああああっ!?」
「くそっ!」
機体を反転させ、噴射式推進装置で機体を浮かせて氷の槍を強引に剥がしたリゼル機の前に、アルフェのレムレスが静かに近づく。
「え……、なんだよ……。そんなのありかよ……」
目の前の光景に、リゼルが驚愕の声を漏らす。
それもそのはずだ。アルフェのレムレスの周りにはウォーターランスの魔法で形成された無数の水の槍が浮いていたからだ。
「ちょっ、待て――」
「リーフはワタシが護る!」
リゼルが手を挙げて制止しようと試みるが、それよりも早くアルフェがレムレスの魔導杖を振り下ろした。宙に浮かんでいたウォーターランスはリゼルの両腕と両脚そして頭部に突き刺さり、リゼルのデュークは有効部位である右腕、左腕、右足、左足、頭部の全てを破壊され、大破した。
「なんという攻撃だぁあああああっ! 判定するまでもなく大破! 完膚なきまでの大破ァアアアアアッ! よって、勝者は、リインフォォオオオオオオオオオオオオオオオオオスゥウウウウウウウ!!!」
ジョニーの勝利宣言にほとんど掻き消されていたけれど、大破したデュークからはリゼルのすすり泣きが漏れている。
余程悔しかっただろうなと思うと、少しだけリゼルのことを思いやれる気がした。
「……かわいそうなことしちゃったかな」
「リーフを傷つけようとしたんだから、おあいこだよ」
僕の呟きに返してくれたアルフェの声が、なんだか頼もしかった。
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