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第三章 暴風のコロッセオ

第200話 好奇心という素質

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 ホムとアルフェにそれぞれ万能軟膏『アルナ』を塗布し終えたあと、予定していた機兵の設計図起こしに漸く着手した。

 遅くなってしまったこともあり、ホムの噴射式推進装置バーニアは一旦後回しにして、確実に作れるアルフェのためのエーテル遮断カーテンを用いたローブの設計図を起こした。

 エーテル遮断カーテンというのは、文字通りエーテルの動きを阻害する布のことだ。この布には特殊な加工が施され、デヴィルン粒子と呼ばれるエーテルと衝突することで対消滅する微粒子が充填されている。

 デヴィルン粒子は大気中に存在し、生き物から排出される余剰エーテルなどを分解する働きをしている。この粒子の働きがあるおかげで、無風の密閉空間においても生物から発せられるエーテルが過剰に空間に留まらずに一定の濃度を保つことができるのだ。

 エーテル遮断カーテンを使用すると、カーテンの外側にエーテルが漏れ出さなくなる。用途としては、行軍中の機兵が相手側の索敵機から身を隠すために用いられる。

 アルフェが意図している、多層術式マルチ・ヴィジョン発動時のエーテルからなんの魔法を発動しようとしているかをメルアに隠すのには、うってつけの装備ということだ。

 アルフェ機は、第六世代機のレムレス・スクリーマーから不要な機能を削り、塗装をアルフェが好みそうな白をベースにしたものに変更するので、エーテル遮断ローブはそれに合わせて紫色のエーテル遮断カーテンを使って作成することにした。

 これもそれほど製作は難しくないので、アイザックとロメオに任せられるだろう。

 やることはまだ山積みだが、少しずつ終わりが見えて来て、僕自身も達成感を得られる段階にまで到達し始めた。

 明日の午後の選択授業は、ブラッドグレイルのレポートのための追試錬成を行うとして、メルアのアトリエを借りるとしよう。

 だんだんと白くなりはじめた空の色に気づいた僕は、大きく伸びをしてベッドに潜り込んだ。すぐ隣のベッドでは、ホムの規則正しく心地良さそうな寝息が聞こえてくる。

「どんな夢を見ているのかな、ホム」

 ほとんど声に出さずにホムの寝顔に向けて語りかけると、ホムが淡く微笑んだような気がした。

   * * *

 翌日の昼休み。

 エーテル遮断ローブの設計図をアイザックとロメオに託した僕は、メルアのアトリエを訪ねた。

 元々は、午後の選択授業の時間にと思っていたが、アルフェが魔法学の授業に備えてリリルルと作戦会議をしていたようなので、前倒すことにしたのだ。

 午後の選択授業については、僕は自由課題である機兵製造を行うことになっているし、メルアは魔法学の選択授業を免除されているので、アルフェの邪魔をしないで活動出来るはずだ。

「あっ! ししょ~! 昨日言われてた材料、準備しておいたよ~!」
「ありがとう。急がせてしまったみたいで悪いね」

 昨日ブラッドグレイルの追試実験を行うという話をしたばかりだというのに、メルアはもう材料を揃えておいてくれたらしい。作業台の上には必要な材料が揃えられていた。

「で、血はどーするの? この魔獣の血でいい?」
「そうだね。メルアから見て一番エーテル含有量が多そうなものだと助かるよ」
「それでいいの? 属性とかはこだわんなくて平気?」

 ああ、さすがはメルアだ。ブラッドグレイルが、エーテルを光属性に近づけることでエーテルの出力を伸ばす特性を持つという基本をしっかりと踏まえているな。

「僕の血を少しだけ混ぜる。それで足りるよ」
「まー、確かにししょーのその金色のエーテルって滅茶苦茶神々しいし、いかにも光属性です~みたいな雰囲気だもんね」

 メルアが目を細めて僕の周囲をじっと見つめる。まあ、両眼が浄眼のメルアに対してエーテルを隠すのは不可能なので、取りあえず頷いておくことにした。

「はぁ、それにしても、ししょーの生錬成が見られるのって、ちょー興奮する! あのアルビオンのすっごく面倒な簡易術式なんて、最早簡易じゃなくない!? ってくらい面倒だけど、ししょーなら、すらすら~って書いちゃうんだろうな~」

 作業をしやすいように僕が服の袖を捲っている間、メルアはそわそわと落ち着かない様子で喋り続けている。グラスの魔導具についてもそうだが、メルアはこういったものが元々かなり好きなようだ。だから、魔法の才能に特化していても錬金術の道も自分で切り拓いて特級錬金術師の資格を獲得出来たのだろうな。

「あれっ? ししょー、なんだか嬉しそうだね」
「ああ、そうかもね。メルアを見ていて、錬金術師に必要な資質はなにかを思い出した気がするよ」

 錬金術師に最も重要な素質は、僕が思うに好奇心だ。

 真理に近づこうとする純粋なまでの知的好奇心は、時に身の破滅を呼ぶほど危ういけれど、それがなければ今日までの錬金術の発達はないだろう。

 自分の力で何が出来るかを、ひたすら試したいのだ。

 それは前世の僕もグラスも今の僕も変わっていない。

 ただ一つ違うのは、今の僕はこの僕の武器錬金術が誰かの役に立つことに、この上ない喜びを感じているということだ。

「ふふっ。まあ、色々言われてはいるけど、やっぱ好奇心だよね~! これやったらどうなるんだろうっとか、こうしたらもっと良くなりそ~とかさ! ちょっと格好良く言うなら、予測と制御とか、仮説と検証とか言うの? むかーし、昔のさ、今はもうない文明とかでめっちゃ盛んだったんだよね、そういうの」
「ああ、そうらしいね」

 人類がその長い歴史の中で起こした最大の過ちと、忌むべきものとして封印されてしまった科学文明のことをメルアが言っているのはすぐにわかった。

「結局、どんなものであれ、それを使う者次第というのは錬金術でも変わらないけどね」

 僕は頷き、魔墨の代わりに使う魔獣の血が入った瓶を引き寄せる。

「メルア、刃物を借りていいかな? 僕の血をここに混ぜるよ」
「これでいい?」

 メルアが出してくれたのは、小動物の解剖に使うような鋭い刃物だ。

「うん、充分だよ」

 僕はそれを受け取ると、躊躇うことなく指先を傷つけ、数滴の血を瓶の中に落とす。

「うわっ、痛そー……って言ってる間にもう傷なくなりそうだし」
「そうなんだよね。身体に起こる異変は全て修復されてしまうんだ」
「エーテル過剰生成症候群って、便利なんだか、不便なんだか……」

 メルアが単純な好奇心を持って僕を見つめてくる。

「頭の中がリセットされないことだけは、救いだね」

 成長出来ない身体がもどかしいと思うことはあるけれど、考えていても仕方がない。それならば今この身体にあるメリットを最大限活かした方が何倍も有用だ。

「あっ、そっか。経験って結局頭の中――脳に蓄積されるんだもんね。身体が覚えているっていうのも、無意識下のナントカって働きなのかなぁ」
「まあ、身体を動かす指令を出すのは脳だからね」

 その脳に、魂の記憶がインプットされたまま残っていれば、前世の記憶も使えるわけだし、とは口が裂けても言えないけれど。

「さて、これで材料は全て揃ったし、錬成を始めようか」
「はーい! 待ってましたぁ!」

 メルアが両手を挙げて手放しで喜ぶ。錬金術への知的好奇心を前にすると、意外なまでに子供っぽくなるメルアに僕は微笑み、ブラッドグレイルの錬成を始めた。
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