上 下
199 / 396
第三章 暴風のコロッセオ

第199話 スキンシップのかたち

しおりを挟む
「ご、ごめん、ワタシ! ワタシ、そんなつもりじゃ……」

 どういうことかわからないけれど、アルフェはなにか酷い勘違いをしている。とにかく引き止めなければ。

「待って、アルフェ!」

 ベッドから降り、今にも逃げ出しそうなアルフェの手を絡め取ると、アルフェは泣き出しそうな目で僕とホムを見比べた。

「……だって、あの……」

 アルフェの視線に気まずさを感じたのか、ホムが衣服を整え始めている。

「違うよ、ファラがくれた軟膏を塗っていただけなんだ。亜人族に伝わるというだけあって、唾液と混ぜないといけなくてね」

 そう言いながらベッドの端に置いておいた説明書をアルフェに見せると、アルフェは目をまん丸に見開いて、僕とホムをもう一度見比べた。

「ほんとだ……。ワタシ、早とちりしちゃった……」

 真っ赤な顔になったアルフェが、それを手のひらで覆っている。

「ごめん、リーフ……」

 気が抜けたようにそう呟いたアルフェは、もたれかかるように僕の頭に額をつけた。微かに触れる吐息が熱いのは、アルフェの顔が赤いのと多分同じ理由だろう。

「……ところで、なにか用事があったんだよね、アルフェ?」

 ここは、アルフェのためにも気づかないふりをしてあげるのが良いだろうなと思い、話題を切り替える。僕の問いかけに、アルフェはハッと顔を上げて僕の目を見つめた。

「うん、そうなの。難しいお願いだってわかってるんだけど、メルア先輩に勝つために欲しいものがあって……」
「アルフェのお願いなら、なんでも聞くよ」

 僕の負担を考慮してくれているのがわかったので、遠慮はいらないと笑みを浮かべて見せる。僕は僕の武器で、アルフェやホムの役に立てることが何より嬉しいのだから。

「あのね、大会で乗る予定の機体に、エーテルが見えなくなるローブを着せて欲しいの」
「エーテル遮断カーテンを使えば、物自体は簡単に作れるね。大した手間じゃないよ」

 アルフェが切り出すのを戸惑った割には、簡単なお願いだった。しかも、理由もかなり明白だ。

「もしかしなくても、メルアの浄眼を警戒してのことかな?」
「うん」

 僕の問いかけにアルフェは真剣な眼差しで頷いた。

多層術式マルチ・ヴィジョンを発動するときにね、エーテルの流れが見えるの。だから、それを出来るだけ隠しておきたいなって」
「いいところに気がついたね」

 角膜接触レンズコンタクトを外したことで、そうした細かなところにも気がつけるようになったのかもしれないな。そういう意味では、この段階でアルフェが自分のコンプレックスから解き放たれて、本当に良かった。

「それとね、もうひとついい?」

 僕にとって負担が少ないお願いだと伝わったのか、アルフェの表情に笑顔が戻って来た。

「なんだい?」

 微笑んで訊ねると、アルフェはもじもじと指先を合わせながら足許に視線を落とした。

「その……リーフは……ワタシのお願いなら、なんでも聞いてくれるの?」
「もちろんだよ。言ってごらん」

 他ならぬアルフェの願いごとなら、なんでも叶えてあげたいと思っている。アルフェは、家族以外で僕に『好き』という感情を寄せてくれた特別な存在なのだから。

「……じゃあね、ワタシもね……、今日は少し疲れちゃったから……。ファラちゃんのね、その軟膏……試してみたいなって」

 ああ、なんだそんなことか。ホムの方をちらりと見ると、僕が引き受けるのを見越していたようにベッドを空けてくれていた。

「いいよ。どこに塗ればいい?」
「じゃあ、首に」

 アルフェが髪を避けて、うなじを見せる。普段は髪に隠れている細くて白いうなじが露わになった。

「そのままじゃ届かないから、ベッドに座ってくれるかな?」
「うん。ぎゅってしながら、してくれる?」
「もちろん」

 アルフェをベッドに座らせて、舌先に軟膏をのせる。そのままだと喋ることが出来ないので、アルフェの身体を抱き締めて、背後から覗き込むように目を合わせた。

「ありがとう、リーフ」

 アルフェが首を傾け、僕を促す。僕はその白い項に口許を近づけ、唾液と混ぜた軟膏をそっと這わせた。

「……ぅ、ぅん……」



 アルフェの身体がぴくりと反応し、すぐに気持ち良さそうな声が漏れ始める。

「気持ち良いかい?」
「うん、とっても♡」

 息継ぎの合間に問いかけると、アルフェはくすぐったそうに微笑みながら頷いた。

「じゃあ、続けるよ」

 アルフェの上気した肌の上で、軟膏が滑らかにとろけていく。それを丁寧に舌で塗り広げると、アルフェからうっとりとした声が零れた。

「……あっ……あぁ……リーフ……ぅ……」

 とろりと蕩ける甘い軟膏は、アルフェの肌の上に広がり、白く滑らかな肌が薄桃色に上気していく。軟膏の薬効との相性が良いのか、アルフェにはホムよりもかなり強く効いているようだ。

 抱き締めた腕から、アルフェの少し速い鼓動が伝わってくる。僕にもほんの少し軟膏『アルナ』の効果が出てきたのか、身体がぽかぽかと温まり、穏やかな気持ちになれた。

 ホムも『アルナ』の効果で疲れが取れたのか、いつの間にかすやすやと寝息を立てている。

「ファラには良いものを分けてもらったね。お礼を言わないと」
「部屋に帰ったら伝えておくね」

 アルフェがうっとりと目を閉じながら応じ、胴に回した僕の手をそっと撫でる。

「うん、頼むよ」

 軟膏を塗るという単純な作業だけれど、亜人族はこうしてスキンシップをとるのだろうな。不思議なもので、肌を触れ合わせているとアルフェが心からリラックスしているのが伝わってくるようで僕まで嬉しくなる。

 アルフェは時折くすぐったそうな声を上げるけれど、それもまた幼い頃のアルフェの声にそっくりで嬉しくて、僕は熱心に軟膏を塗る作業に没頭していった。

 アルフェの左右の首に丹念に軟膏を塗り広げ終わる頃には、首だけでなくアルフェの全身が薄桃色に上気したような明るい肌色になっていた。

「かなり楽になったみたいだね」
「うん」

 手櫛で髪を整えながら頷くアルフェは、幸せそうに目を細めている。

「ありがとう。リーフ、大好き……」

 柔らかく優しく抱き締められて、僕もその頬に頬を寄せて囁いた。

「僕もだよ、アルフェ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

知らない異世界を生き抜く方法

明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。 なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。 そんな状況で生き抜く方法は?

乙女ゲームの世界に転生したと思ったらモブですらないちみっこですが、何故か攻略対象や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛されています

真理亜
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら...モブですらないちみっこでした。 なのに何故か攻略対象者達や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛されています。 更に更に変態銀髪美女メイドや変態数学女教師まで現れてもう大変!  変態が大変だ! いや大変な変態だ! お前ら全員ロ○か!? ロ○なんか!? ロ○やろぉ~! しかも精霊の愛し子なんて言われちゃって精霊が沢山飛んでる~! 身長130cmにも満たないちみっこヒロイン? が巻き込まれる騒動をお楽しみ下さい。 操作ミスで間違って消してしまった為、再掲しております。ブックマークをして下さっていた方々、大変申し訳ございません。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

殿下!死にたくないので婚約破棄してください!

As-me.com
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私。 このままでは冤罪で断罪されて死刑にされちゃう運命が待っている?! 死にたくないので、早く婚約破棄してください!

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...