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第三章 暴風のコロッセオ
第198話 万能軟膏
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どうにか食堂の最終注文には間に合い、空腹を満たした後は、大浴場の開放日ということなのでみんなで連れ立って向かうことにした。
このところ、僕もかなり根を詰めていたし、皆とは別行動ばかりだったせいか、なんとなく久し振りだという感覚がある。
「ふふっ、広いお風呂って気持ち良いねぇ」
身体を洗い終えたアルフェが、嬉しそうに湯船のお湯で遊んでいる。無詠唱でクリエイト・ウォーターを発動させ、お風呂にたくさんの水の花を浮かべていることから、アルフェの修行がかなり順調であることが窺えた。
「こういうの、雰囲気良くて素敵だねぇ~」
「薬湯だったら疲労も取れるんだけどなぁ」
アルフェがクリエイト・ウォーターで作った花を喜ぶヌメリンの隣で、ヴァナベルが身体を伸ばしながら眠そうに目許を擦っている。
「にゃはっ。それは武侠宴舞が終わってからのお楽しみだろ?」
「そうだよ~。ご褒美があるかもって、マチルダ先生も言ってたし~」
武侠宴舞・カナルフォード杯というだけあって、先生たちも審判や観客で集まるらしい。おそらくマチルダ先生は、クラス対抗模擬戦と同じく救護班を受け持つことになるのだろうな。エキシビションマッチでのエステアの戦い振りを見るに、今回もかなりの負傷者が出そうだ。
「ご褒美もいいけど、欲しいのは今なんだよな~。なんつーか、筋肉痛っていうかさぁ」
「あっ、そうだ。疲れてるんなら亜人族伝統の万能軟膏『アルナ』があるけど、使う?」
ぼやくヴァナベルに、ファラが思い出したように問いかける。『アルナ』という万能軟膏の名は初めて聞いたので、僕も興味が湧いた。
「あー、あれなぁ……。確かに効くけど、まあ、オレはヌメのやつでまだ足りるな」
やんわりと断るヴァナベルの声を聞きながら、ホムがそわそわと落ち着かなさそうにしている。
疲労や怪我の回復速度は、通常の人間よりは遙かに早いけれど、このところホムもかなり無理をしているようだし、『アルナ』を使いたいのかもしれない。
「もし良ければ、ホムに使わせてもらえるかな、ファラ?」
「もちろん。誰か使うかなって思って持ってきてるから、風呂上がりに分けるよ」
横から切り出した僕に、ファラは快く『アルナ』を譲ってくれた。
* * *
部屋に戻った後、ファラから譲ってもらった万能軟膏『アルナ』の包みを解くと、思いがけない一言が添えられていた。
「……ああ、そういうことか……」
軟膏の効能を知っているらしきヴァナベルが、はっきりしない返事でやんわりと断った理由が、それを見てなんとなくわかった。
どうやらこの軟膏は、猫人族や獣牙族が傷を舌で舐めるという習性を活かしたものらしく、塗布する際は舌にのせ、唾液と絡めるようにして舐めて塗る必要があるのだ。
「どうかしたのですか、マスター?」
「いや、亜人族伝統というだけあって、塗布方法が独特だなと思っただけだよ」
ヴァナベルが渋った理由が少し分かった気もする。まあ、僕はホムのマスターで家族なので問題ないけれど、ホムはもしかしたら気にするだろうか。
「この軟膏、舌で舐めるようにして塗ることで、効果を発揮するものらしいんだ」
「……舌で……?」
ホムが軟膏の使い方を不思議そうに繰り返す。反応を見るに、嫌がっている感じはしなかったが、なにか気懸かりなようだ。
「なにか気になるかい?」
「はい。マスターは女神のエーテルの影響で回復するのに、これを使って大丈夫なのでしょうか?」
ああ、僕のことを心配してくれていたのか。舌は粘膜に近いし、薬の吸収速度も速そうではある。だが、面積がそれほど広いわけではないので、吸収される量自体もそれほど多くはないのだろう。そうでなければ、この塗り方が普及するとは思えない。
「まあ、薬草を調合したものだし、気分が楽になるとかその程度の効果だろうね。良い効果がどれくらい元に戻されるかはわからないけれど」
いずれにしても僕にとっては、ほんの味見程度の効果しかないだろう。少なくとも悪い効果でないことは確かなので、ホムが眠くならないうちにアルナを試してみることにした。
「ホム、服を捲って背中を出せるかい?」
「はい、マスター」
頷いたホムが服を捲り、ベッドにうつ伏せに寝転ぶ。アルナの入った瓶の蓋を開けると、乳白色のクリーム状の軟膏から甘く不思議な香りがした。
「それじゃあ、背中に塗っていこうか」
「はい……。よろしくお願いいたします」
アルナを指ですくって舌にのせ、ホムの白く滑らかな背に舌を這わせていく。緊張か、それともくすぐったかったのか、ホムの身体がびくりと跳ねた。
伸びの良い軟膏は、僕の唾液と混じり、とろけるように肌の上に馴染んでいく。軟膏を足しながら念入りにホムの背――とりわけ張りが強い肩甲骨の部分に舌を添わせると、ホムがもどかしそうに身を捩った。
「……んっ……、あぁ……」
「大丈夫かい、ホム?」
切なげな、それでいて少し苦しげな声が微かに漏れるのを、動きを止めて問いかける。ホムは頷きながら赤く染まった頬と潤んだ瞳で僕を振り返った。
「き、気持ち良い……です……」
「そうか、それは良かった」
ホムがもじもじと身を捩っているが、どうやら効果はてきめんに現れているようだ。
「あっ、あぁ……ん……く、ぅん……」
だんだんとホムの身体から力が抜けるのを実感するにつれ、ホムが漏らす声も甘さを増していく。甘えるようなねだるような可愛らしい声に、もっとホムを癒やしてあげたくなった。
「肩と首の方もやろうか。頭の中がすっきりしそうだよ」
「はい……」
受け答えするホムの目はとろんと潤んで、夢心地といった様子だ。塗布してもらう相手を選ぶだろうけれど、かなり良い軟膏を分けてもらえたなと考えながら、ホムの首筋に軟膏を塗布しようとしたその時。
「リーフ……? ホムちゃん……?」
部屋の入り口から、愕然としたアルフェの声がした。
「アルフェ?」
「アルフェ様!」
僕の声とホムの声がほとんど同時に重なる。アルフェは僕たちを見て、首を横に振り、おずおずと後退を始めた。
このところ、僕もかなり根を詰めていたし、皆とは別行動ばかりだったせいか、なんとなく久し振りだという感覚がある。
「ふふっ、広いお風呂って気持ち良いねぇ」
身体を洗い終えたアルフェが、嬉しそうに湯船のお湯で遊んでいる。無詠唱でクリエイト・ウォーターを発動させ、お風呂にたくさんの水の花を浮かべていることから、アルフェの修行がかなり順調であることが窺えた。
「こういうの、雰囲気良くて素敵だねぇ~」
「薬湯だったら疲労も取れるんだけどなぁ」
アルフェがクリエイト・ウォーターで作った花を喜ぶヌメリンの隣で、ヴァナベルが身体を伸ばしながら眠そうに目許を擦っている。
「にゃはっ。それは武侠宴舞が終わってからのお楽しみだろ?」
「そうだよ~。ご褒美があるかもって、マチルダ先生も言ってたし~」
武侠宴舞・カナルフォード杯というだけあって、先生たちも審判や観客で集まるらしい。おそらくマチルダ先生は、クラス対抗模擬戦と同じく救護班を受け持つことになるのだろうな。エキシビションマッチでのエステアの戦い振りを見るに、今回もかなりの負傷者が出そうだ。
「ご褒美もいいけど、欲しいのは今なんだよな~。なんつーか、筋肉痛っていうかさぁ」
「あっ、そうだ。疲れてるんなら亜人族伝統の万能軟膏『アルナ』があるけど、使う?」
ぼやくヴァナベルに、ファラが思い出したように問いかける。『アルナ』という万能軟膏の名は初めて聞いたので、僕も興味が湧いた。
「あー、あれなぁ……。確かに効くけど、まあ、オレはヌメのやつでまだ足りるな」
やんわりと断るヴァナベルの声を聞きながら、ホムがそわそわと落ち着かなさそうにしている。
疲労や怪我の回復速度は、通常の人間よりは遙かに早いけれど、このところホムもかなり無理をしているようだし、『アルナ』を使いたいのかもしれない。
「もし良ければ、ホムに使わせてもらえるかな、ファラ?」
「もちろん。誰か使うかなって思って持ってきてるから、風呂上がりに分けるよ」
横から切り出した僕に、ファラは快く『アルナ』を譲ってくれた。
* * *
部屋に戻った後、ファラから譲ってもらった万能軟膏『アルナ』の包みを解くと、思いがけない一言が添えられていた。
「……ああ、そういうことか……」
軟膏の効能を知っているらしきヴァナベルが、はっきりしない返事でやんわりと断った理由が、それを見てなんとなくわかった。
どうやらこの軟膏は、猫人族や獣牙族が傷を舌で舐めるという習性を活かしたものらしく、塗布する際は舌にのせ、唾液と絡めるようにして舐めて塗る必要があるのだ。
「どうかしたのですか、マスター?」
「いや、亜人族伝統というだけあって、塗布方法が独特だなと思っただけだよ」
ヴァナベルが渋った理由が少し分かった気もする。まあ、僕はホムのマスターで家族なので問題ないけれど、ホムはもしかしたら気にするだろうか。
「この軟膏、舌で舐めるようにして塗ることで、効果を発揮するものらしいんだ」
「……舌で……?」
ホムが軟膏の使い方を不思議そうに繰り返す。反応を見るに、嫌がっている感じはしなかったが、なにか気懸かりなようだ。
「なにか気になるかい?」
「はい。マスターは女神のエーテルの影響で回復するのに、これを使って大丈夫なのでしょうか?」
ああ、僕のことを心配してくれていたのか。舌は粘膜に近いし、薬の吸収速度も速そうではある。だが、面積がそれほど広いわけではないので、吸収される量自体もそれほど多くはないのだろう。そうでなければ、この塗り方が普及するとは思えない。
「まあ、薬草を調合したものだし、気分が楽になるとかその程度の効果だろうね。良い効果がどれくらい元に戻されるかはわからないけれど」
いずれにしても僕にとっては、ほんの味見程度の効果しかないだろう。少なくとも悪い効果でないことは確かなので、ホムが眠くならないうちにアルナを試してみることにした。
「ホム、服を捲って背中を出せるかい?」
「はい、マスター」
頷いたホムが服を捲り、ベッドにうつ伏せに寝転ぶ。アルナの入った瓶の蓋を開けると、乳白色のクリーム状の軟膏から甘く不思議な香りがした。
「それじゃあ、背中に塗っていこうか」
「はい……。よろしくお願いいたします」
アルナを指ですくって舌にのせ、ホムの白く滑らかな背に舌を這わせていく。緊張か、それともくすぐったかったのか、ホムの身体がびくりと跳ねた。
伸びの良い軟膏は、僕の唾液と混じり、とろけるように肌の上に馴染んでいく。軟膏を足しながら念入りにホムの背――とりわけ張りが強い肩甲骨の部分に舌を添わせると、ホムがもどかしそうに身を捩った。
「……んっ……、あぁ……」
「大丈夫かい、ホム?」
切なげな、それでいて少し苦しげな声が微かに漏れるのを、動きを止めて問いかける。ホムは頷きながら赤く染まった頬と潤んだ瞳で僕を振り返った。
「き、気持ち良い……です……」
「そうか、それは良かった」
ホムがもじもじと身を捩っているが、どうやら効果はてきめんに現れているようだ。
「あっ、あぁ……ん……く、ぅん……」
だんだんとホムの身体から力が抜けるのを実感するにつれ、ホムが漏らす声も甘さを増していく。甘えるようなねだるような可愛らしい声に、もっとホムを癒やしてあげたくなった。
「肩と首の方もやろうか。頭の中がすっきりしそうだよ」
「はい……」
受け答えするホムの目はとろんと潤んで、夢心地といった様子だ。塗布してもらう相手を選ぶだろうけれど、かなり良い軟膏を分けてもらえたなと考えながら、ホムの首筋に軟膏を塗布しようとしたその時。
「リーフ……? ホムちゃん……?」
部屋の入り口から、愕然としたアルフェの声がした。
「アルフェ?」
「アルフェ様!」
僕の声とホムの声がほとんど同時に重なる。アルフェは僕たちを見て、首を横に振り、おずおずと後退を始めた。
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