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第三章 暴風のコロッセオ

第155話 武侠宴舞

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 大浴場でゆったりと薬湯に浸かり、ヌメリンから蝓蝓つゆつゆ族の粘液を分けてもらったせいか、昨晩は夢も見ずに深く眠れた。

 僕自身は、エーテル過剰生成症候群という病気のせいで異常なほど疲労回復が早く、元々工学科の授業でもそれほど疲れてはいなかったのだが、起き抜けからすっきりとした笑顔を見せたホムを見るに、かなり効果があったようだ。

 まあ、僕としても過剰に生成されたエーテルでは精神的な負担を軽減出来るわけではないから、アルフェたちとゆっくり薬湯に入りながら語り合えたあの時間は、重要だったと言える。

「朝食に参りましょうか、マスター」
「そうだね」

 昨日の夕食でかなりの量を食べていたホムだが、もうかなりの空腹らしい。選択授業が始まったのだから、ホムのために起床時間をもう少し早くして、食堂に早めに行くように取り計らった方が良さそうだな。

 なんにせよ、慣れるまでが肝心だろうし、ホムの軍事科専攻は僕の希望でもあるのだから。それと、この前使った調理室で夜食を作るというのも良さそうだ。こういうとき、病気のせいとはいえ体力に余裕があるのはいいものだな。

 そうしたことをホムと話しながらいつものように食堂に向かうと、ファラがもう朝食のプレートを食べ終えていた。

「いや、悪ぃ。なんか腹が減ってさ」
「構わないよ。気を遣ってもらって、僕の方こそすまなかったね」

 申し訳なさそうに猫人族の耳を動かすファラに謝り、僕もホムと朝食を取りに行く。朝食は、プレッツェルと呼ばれるハートのような形に生地を織り込んだ塩味のパン、手のひらほどの大きさの丸くて素朴な味のパン、それにくるみや干した果実を練り込んだ四角いパンを主食として、ソーセージやハム、スクランブルエッグ、季節の野菜、果物、ミルクなどがずらりと並んでいる。

 僕は朝あまり食べる方ではないので、プレッツェルとスクランブルエッグに野菜を少し合わせ、口直しに幾つかの果物を盛り合わせた。

 ホムはやはりかなり空腹だったようで、目についたものを一番大きな皿に次々と盛り付けている。左腕の肘で支えるようにして腕に皿を置き、さらに手のひらでも皿を持っているのはなんとも器用だ。

「あ……」

 そんなホムが、カウンターの端にある果物とヨーグルトを混ぜたものを見留めて小さく声を上げた。右手にはミルクの入ったグラスを持っているし、もう持てないと判断したのだろう。

「それは僕が持つよ」

 ミルクの入ったグラスを有無を言わさず受け取り、ホムに好きなものを取るように促す。

「ありがとうございます、マスター」

 ホムは素直に僕に甘え、謝罪ではなく感謝の言葉を口にした。僕を主人として敬いつつも、ちゃんと家族として自然に接することが出来てきているようだ。

「どういたしまして。僕が持てるものなら、いつでも手伝うからね」
「……ホムは幸せにございます」

 些細なことだというのに、ホムが目を潤ませている。もう少し当たり前に僕を頼ってくれるようになればいいな。この学園生活では、それも目標のひとつになりそうだ。


   * * *


「おっ、来たな! 待ってたぜ、リーフ」

 朝食後に教室に向かうと、廊下で待ち構えていたヴァナベルが大きく手を振って僕を呼んだ。いつもならばギリギリまで朝食を食べているのに、そういえば食堂では顔を合わせなかったな。

「どうしたんだい、ヴァナベル。今朝は随分早かったみたいだけど」
「どうしたもこうしたも、昨日の話だよ」
「ああ、機兵の適性値測定の話だね」

 大浴場で僕が練習機のレギオンに足が届かない話をしたところ、ヴァナベルはタヌタヌ先生に掛け合うと飛び出していったのだ。ヴァナベルの表情を見るに、どうやら良い返事がもらえたようだ。

「そうそう。希望するなら、お前が持ち込んだアーケなんとかで適性値を図っていいってさ!」

 嬉しそうに声を弾ませているヴァナベルは、きっとかなり熱心にタヌタヌ先生を説得したのだろう。

「ありがとう、ヴァナベルのおかげだよ」

 持ち込んでは良いという事前許可は取っているものの、適性値にまで考えが及んでいなかったので、ヴァナベルの機転が素直に嬉しい。僕も笑顔を浮かべて礼を言うと、ヴァナベルの顔が急に赤くなった。

「ち、ちげーよ! 別に俺がどうとかじゃなくて、そもそもアーケなんとかを持ち込んでたのはお前だろ」

 一緒に喜んでくれているように見えたのに、頑なに違うなんて言うところがなんだかヴァナベルらしいな。でも、僕が喜んでいることはちゃんと伝えておこう。

「それでも掛け合ってくれて嬉しいよ。助かった」
「……ま、まあな。あ、そういやぁ、機体の規格に合わねぇヤツらはさ、授業免除ってやつになるらしいぜ」

 ああ、多分ロメオたち小人族はそうだろうな。F組に亜人が集められていることで、そもそも八月に行われる機兵競技大会への出場を不利にしようという魂胆もあるのかもしれない。

「しかしさ、武侠宴舞ゼルステラがあるってわかってんのにF組に亜人ばっか固めやがって……。やるなら小型の従機なり機兵なりも用意しろってんだ」

 ヴァナベルも僕と同じことを考えていたらしく、溜息混じりに呟いている。

 軍事国家であるアルカディア帝国には、武侠宴舞ゼルステラと呼ばれる伝統的な機兵競技がある。元々は皇帝に捧げる御前試合として行われていた儀礼式典だったのだが、後に帝国貴族たちによって民間娯楽として広まった。

 機兵競技は、機兵同士で戦闘を行い勝敗を競うという極めてシンプルなもので、勝ち札を予想する賭博も盛んに行われている。

 まあ、僕は実際には見たことはないのだけれど、約八メートルの巨体がぶつかりあう試合の迫力に魅せられる国民は多いだろうな。

 ここでヴァナベルの言う武侠宴舞ゼルステラとは、カナルフォード学園で行われる八月の機兵競技大会のことだ。

 武侠宴舞ゼルステラの高等部学生版のようなもので、大闘技場コロッセオに観客を入れて行われる。正式名称は武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯だ。トーナメント形式の大規模な機兵競技大会であり、機兵適性値の測定は、それに参加する生徒の選抜を目的として行われているのだ。

「……にゃはっ、ここまで露骨にやられると、なんかやり返すチャンスをもらってるんじゃないかって思えてくるな」

 僕たちの話を聞き、少し考え込むようにしていたファラが、愉快そうに噴き出した。

「はははっ! 実際そうだと思うぜ。クラス対抗模擬演習だってさ、A組に逆転で勝ったってのは誰の目から見ても明らかだったからな!」

 正直、僕の真なる叡智の書アルス・マグナになにか難癖が付けられるのではないかとも思わなかったわけではないが、アルフェとホムと三人で繰り出した技ということもあり、特別な言及はなされなかった。

 まあ、真なる叡智の書アルス・マグナを見られたとしても、他者の目には白紙にしか見えないので、魔力増幅の効果があるぐらいにしか思われないだろうけれど。

「……っつーことは、今度の武侠宴舞ゼルステラも圧勝してやれば、F組の実力が知らしめられるってわけだよな!」
「そ~なるねぇ」

 ヴァナベルの思いつきに、ヌメリンが目を輝かせる。

「おっしゃ! 俄然やる気が湧いてきたぜ。学園のお墨付きをもらってるんだし、リーフのアーケなんとかも適性値さえ良けりゃ戦力になるんだもんな」
「まあ、戦闘に特化しているとは言い難いけれどね」

 それでも、ヴァナベルが僕を戦力として期待しているのはなんだか有り難いな。ファラもかなり自信があるようだし、適性値測定の結果が楽しみになってきたな。

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