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第三章 暴風のコロッセオ

第144話 放課後の日課

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 模擬戦から二週間が過ぎ、F組での過ごし方もそれなりにわかってきた。

 ヴァナベルの指名でクラス委員長を共同でやることになったのには驚いたが、僕の振るまい方は大きくは変わっていない。強いて言えば、放課後の教室を掃除するようになったことぐらいだろう。

 他のクラスは毎日学園の清掃担当による清掃が行われるのだが、どういうわけか、F組だけは週に二回だけなのだ。ヴァナベルがそれを気にして自主的に掃除をしていたところを見つけて、クラスの有志で交代して手伝うことに決めたのが、僕の最初の仕事だ。

 有志とはいえ、実際には全員が手を挙げてくれたので、結果的に週ごとに交代して取り組むことになった。

 ホムは教室の汚れがかなり気になっていたらしく、黙々と清掃に励んでいる。今日は窓の桟を徹底的に掃除するらしい。

「……それにしても、週に二回しか掃除してくれねぇのはなんともなぁ……」

 ヴァナベルがいつものようにぶつぶつ言いながら、黒板の脇にある棚に飾られたトロフィーを手に取り、磨き始めた。

 クラス対抗模擬演習優勝の記念に授与されたもので、歴代の優勝クラスの名がペナントリボンに記されているのだが、伝統的にA組が優勝してきた中で今回F組の名が入ったことがとても誇らしいようだ。

「にゃはっ、たまには床と窓も頼むぞ、委員長」

 掃除の時間になると、ヴァナベルが真っ先にトロフィーを取り、ピカピカに磨き上げるのが習慣になっているのだが、毎日そんな調子なので、ファラが声をかけた。

「わぁってる。けどさ、他のとこを拭いた雑巾なんか使えねぇだろ。まずは、コイツからやらねぇとさ」

 もっともらしいことを言いながら、ヴァナベルが大切にトロフィーを磨いている。僕はそこに映る彼女の笑顔を横目で見つつ、床を箒で掃いた。

「随分と大事にしてくれているね」
「当ったり前だろ、これはオレたちの誇りだからな」

 ヴァナベルが顔を上げ、ふん、と鼻息を吐く。オレたち・・と表現しているあたり、彼女なりに感謝を伝えようとしているようだ。

 クラス委員長に指名されて二人でその役割を担うようになってからは、随分ヴァナベルのことも理解出来るようになってきた。荒っぽい動作をしているのは、きっと照れ隠しなんだろうな。

 などと考えながらヴァナベルの様子を窺っていると、視線に気づいたのかヴァナベルがふと手を止めた。

「……そういえばよぉ、リーフ」
「ん?」

 どうやら僕の思い過ごしだったようだ。僕は箒で床を掃きながら、ヴァナベルの方に向き直った。

「来週から選択授業が始まるだろ? お前、何科なんだ? ちっちぇからオレらと同じ軍事科じゃねぇだろうし、さては魔法科か?」

 多分僕のことをなにかしら心配してくれているのだろうが、ちょっと話が読めない。工学科だと素直に答えようとしたところで、ヌメリンが合いの手を入れてきた。

「模擬戦での活躍を考えたら、そうかも~」
「ああ、あれはあの魔導書あっての底上げの力だよ。僕の専攻は工学科、錬金術が専門なんだ」

 僕の答えを聞いて、ヴァナベルが兎耳をぴくりと動かす。なにか気になることでもあるのだろうか。

「……ん? ってことは、あの魔導書を作ったのもお前ってことかぁ?」
「まあ、そういうことになるね」

 まさか前世の僕グラスが作ったなどとは言えず、曖昧に濁す。後で見せろとか言われるとちょっと面倒なことになるから、なるべく話題を逸らしておきたいところだ。

「来週からは、リーフとホムちゃんと離ればなれかぁ……」

 アルフェが思い出したように机を拭く手を止め、ぽつりと呟く。その手を擦り抜けるように雑巾が浮かび上がったかと思うと、別の雑巾と一緒になってくるくると宙を回り始めた。

「「心配ない、アルフェの人」」
「リリルルちゃん」

 リリルルがくるくるとまわりながらアルフェに近づき、その手を取って踊り始める。

「「我らがエルフ同盟は永久に不滅だ」」
「選択授業でも宜しくね、リリルルちゃん」

 笑顔で応じて踊るアルフェの視線が、一瞬だけ僕に移る。その一瞥が淋しげに見えたのは、気のせいだろうか。

「……ちっ、なんだよ、辛気くせぇ顔しやがって」

 僕の表情の変化に気づいたヴァナベルがトロフィーを教卓に置き、僕の目の前に跳躍して着地する。

「午前中はこれまで通りの共通科目なんだし、分かれんのは午後だけだろ?」

 まあ、それはそのとおりなのだが、僕は一体どんな表情をしていたのだろうか。

「あの、ヴァナベ――」
「意地悪言わないの、ベル~」

 ヴァナベルに確かめる間もなくヌメリンが会話に交じり、ヴァナベルをたしなめた。

「ベルだって、ヌメと離れたらそういう顔するくせに~」
「はぁ!? 誰がぁ!?」

 図星を突かれたのかヴァナベルが素っ頓狂な声を出す。顔が真っ赤になっているあたり、きっとそのとおりなんだろうな。やはりヴァナベルは見ていてとてもわかりやすい。

「にゃははっ! 声、裏返ってるぞ、ヴァナベル」
「ファラ! てめぇまで……っ!」

 ヴァナベルは顔を真っ赤にしているが、怒っているというよりは恥ずかしくて堪らないといった様子だ。兎耳の内側まで色づいているあたり、かなり恥ずかしいんだろうな。

「……リーフ」

 リリルルの踊りから解放されたアルフェが、雑巾をぎゅっと握りしめながら戻ってくる。眉が下がっているところを見るに、やっぱり不安なんだろうな。

「……午後の授業は離ればなれにはなるけれど、寮ではこれまでどおり一緒なんだし、大丈夫だよ、アルフェ」
「うん……」

 いつものようにアルフェを励ましたつもりだが、アルフェはどこか腑に落ちていない様子だ。

「あのね。リーフは……」

 アルフェは言い淀んで口を噤み、それから雑巾を強く握りながら僕の目を見つめた。

「リーフは淋しくないの?」

 アルフェが淋しがって眉を下げている姿を見ると、僕の心にも少しだけ冷たい風が吹く。もしかして、ヴァナベルが言った辛気くさいという顔は、この感情のせいなのかもしれないな。

「淋しくないと言えば嘘になるよ。でも、すぐに会えるし、僕たちはこれからも一緒だ」

 『ずっと』をつけなかったのは、アルフェに対して嘘をつきたくなかったからだ。アルフェは、僕がニブルヘイム医科大学を目指していることを、まだ知らない。

「うん。リーフ、大好き!」

 アルフェの頬がぱっと薔薇色に染まり、僕を強く抱き締めてくる。この二か月の軍事訓練や魔法学の授業で鍛えられたせいか、アルフェもすっかり大人びてしまったな。入学してから、背もかなり伸びただろう。

「はぁー! 妬かせるなぁ!」

 アルフェに抱き締められる僕をからかってか、ヴァナベルが声を上げる。

「ん? 妬いてんのか、ヴァナベル?」
「はぁっ!? 誰がこんなちんちくりんに!?」

 ファラがきょとんとした様子で指摘すると、ヴァナベルは変な悲鳴を上げて僕を指差した。

「ベル~、お顔が真っ赤だよ~」
「元はと言えば、お前のせいだろ、ヌメ! からかうんじゃねぇ!」

 やれやれ、大声を出して誤魔化そうとするのは、きっとヴァナベルの癖なんだろうな。

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