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第三章 暴風のコロッセオ
第143話 ヴァナベルの決意
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ヴァナベルとヌメリンが企画した祝賀会は、用意された飲み物や食べ物の美味しさも相まって、大いに盛り上がった。
朝食を食べたばかりだというのに、育ち盛りのクラスメイトたちは笑顔で飲み食いしながら、互いの健闘を讃え合っている。
早々に戦線を離脱した工学科の生徒たちも、優勝したF組の一員として共に祝えるとあり、誇らしげな様子だ。
みんなを率いていたクラス委員長のヴァナベルはもちろん、クラスメイトたちを捨て身で守ったギードのまわりにも、人の輪が出来ている。
リリルルは、他の生徒たちと代わる代わる踊りながら親睦を深めているようだ。
僕は、ホムとアルフェと遠巻きにその様子を眺めている。自分の活躍をひけらかすつもりはなかったし、元々積極的に他人とかかわるタイプではないけれど、こうしてみんなが嬉しそうにしているのを眺めるのは良いものだな。
その様子が気になったのかどうかはわからないけれど、クラスメイトの輪から抜けたタヌタヌ先生が僕たちの方に歩み寄ってきた。
「……実にいい分析と作戦だったな、リーフ」
「ありがとうございます。囮として動いてくれたヴァナベルたちのおかげです」
タヌタヌ先生は深く頷き、僕たちを改めて見つめた。
「わしは、お前たちならやってくれると信じていたぞ」
「わたくしも、必ずやマスターが勝利に導いてくれると信じておりました」
タヌタヌ先生の言葉に、ホムも嬉しそうに反応している。
「ホムが耐えてくれたおかげでもあるよ。僕のためだけに動かずにいてくれたから、作戦を完遂できた」
「マスターをお守りするのが、わたくしの役目――ですが、今回は先を越されました」
褒めたつもりだったが、ホムは複雑そうにヴァナベルの方へと視線を移した。
ああ、ヴァナベルに僕を守られたのをどうも気に病んでいるようだな。
「全体の利益のために、個を捨てることもある。それによって、結果的に全員が助かることもね」
「……肝に銘じます」
結果的にホムの選択は正しかったのだと告げると、漸く安心した様子で頷いた。僕としても母が黒石病を発症するまで、今世でも錬金術を突き詰めていくつもりだったから、ホムに全体の利益を見透すことを教えていなかったのは悔やまれるな。
ただこれも、ホムの軍事科の選択教科が増えるに従い、嫌というほど叩き込まれるのだろうけれど。
「……みんな楽しそうだね」
一人物思いに耽ってしまった僕を引き戻すように、アルフェが穏やかな声で話しかけてくる。
「そうだね」
相槌を打ちながら教室を見回すと、あれほどたくさんあったはずのお菓子や飲み物が、いつの間にかなくなってしまっていた。
タヌタヌ先生もギードを囲む輪の中に加わり、宴もたけなわという雰囲気だ。
「よう」
視界の端で兎耳が動いたような気がしたが、やはり気のせいではなかったらしい。ほとんど空になったグラスを手にしたヴァナベルが、乾杯の仕草で僕と目を合わせた。
「みんなと過ごさなくていいのかい?」
「なんか居心地悪ぃんだよ。オレのせいでみんなを危険にさらしたっていうのにさ」
ヴァナベルはそう言いながら片手に提げていた紙袋をこちらに差し出す。
「どうせお前のことだから遠慮してんだろ。持ってけよ」
「ありがとう」
やれやれ、これまでの反省もあるだろうけれど、ここまで気を遣われるのはどうにもむず痒いな。
「必要以上に自分を責める必要はないと思うよ、ヴァナベル」
「けど、事実じゃねぇか」
グラスを傾けて、そこに残っていた氷の欠片を噛み砕きながらヴァナベルが呟く。
「お前がいなかったら、あの時声をあげてくれなかったらさ……」
ヴァナベルはきっと、自分にかなり厳しいタイプなんだろうな。こんな彼女を見るぐらいなら、僕としてはからかわれていた方がマシだ。
「ヴァナベル」
「オレは――」
「ベル~! みんなが一言ほしいって~」
言いかけた僕たちの言葉が重なり、それと同時にヌメリンの陽気な声によって遮られた。
「……ヌメ、なにを勝手に――」
ヴァナベルは首を横に振って断ろうとしていたが、それを打ち消すような歓迎の拍手が巻き起こった。
「……はぁ、仕方ねぇな……」
ヴァナベルが溜息を吐きながら教壇へと向かう。その耳が、少し力なく感じるのは、きっと気のせいではないんだろうな。
「……まずは、お前たちに謝らなければならない」
教壇に立ったヴァナベルが発した最初の一声に、それまで賑やかだった教室はしんと静まり返った。
「オレの作戦のせいでみんなを危険にさらして、本当にすまなかった」
ヴァナベルが深々と頭を下げる。いつもは自信たっぷりにぴんと伸びている耳からは、かなり力が抜けているように見える。
「でも、勝てたよ!」
「そうでござる! 絶妙な隊列のおかげで拙者たち、命拾いしたでござるよ」
「ギードくんも、ありがとうー!」
クラスメイトたちが、口々に反論するが、ヴァナベルは頭を下げたまま元に戻ろうとしない。
「勝てたのは、みんなのおかげだ。このF組の真の実力を、オレは見誤ってた」
俯いたまま苦々しく吐き出したその言葉に、クラスメイトたちは沈痛な面持ちで顔を見合わせている。ヴァナベル一人の責任でないことは、ここにいる誰もが知っていることなのだ。
「……そんなオレにクラス委員長を続ける資格はない。今日の祝賀会は、オレの罪滅ぼしでもある」
「気にするなよ!」
大きく声を上げたのは小人族のロメオだ。
「そうでござるよ! 細かいことは忘れて、勝利の美酒に酔いしれるでござる」
「にゃははっ、酒じゃねぇけどな」
アイザックが援護すると、ファラも陽気に返した。それで教室の雰囲気は少し和んだが、ヴァナベルは頭を下げたまま首を横に振った。
「気持ちは嬉しいが、甘えるわけにはいかねぇ」
「やだ、辞めないでヴァナベル!」
ファラと同じ猫人族のミラとアンリが泣き出しそうな声で叫ぶ。その声にやっと顔を上げたヴァナベルがすっかり萎れたように片耳を曲げたまま、僕の方を見た。
「オレじゃあ力不足なんだよ。それに、オレよりも、このクラスを引っ張るのにふさわしいヤツがいる」
「え……?」
なにか決意めいたものを感じてはいたが、これはかなり予想外だ。
「見た目はちんちくりんのくせに、妙にスカしやがって、正直気に入らなかったんだが――」
ヴァナベルがいつも僕をそう呼んでいるせいで、みんなの視線が徐々に僕に集まってくる。
「見た目で判断したオレが間違ってた。そいつは、いつだって客観的で冷静にオレたちを見ていたんだ。なあ、そうだろ?」
よりにもよって、僕をクラス委員長に推薦しようとしているのか。みんなの視線を痛いほど感じるし、なによりホムがヴァナベルの意見に完全に同意している表情なのが気になるな。
「……正直オレはあの時諦めようとしていた。……良い機会だから改めて言っておくが、オレたちが勝てたのはこいつの作戦のおかげだ。こいつの分析と機転がなけりゃ、オレたちは間違いなくA組に殲滅されていた」
ヴァナベルの萎れていた耳が不意にぴんと立った。自分を奮い立たせるように足を肩幅に開き直したヴァナベルが、僕を真っ直ぐに見つめて声を張り上げる。
「だからオレは、こいつをクラス委員長に推薦する!」
ヴァナベルの決意に賛同するようにヌメリン、ホムと続いて、アルフェとファラが拍手をはじめる。その拍手はあっという間に教室中に広がり、僕を教壇へと導く通り道が自然に形成された。
「……やれやれ。これじゃあ、断るのは難しそうだな」
低く呟いて、拍手に包まれながら教壇に向かう。
「引き受けてくれるか!」
笑顔で僕を歓迎するヴァナベルは、間近で見ると今にも泣きそうな目をしている。それだけの決意を持って、クラス委員長を辞め、僕に託そうとしているのだというのがすぐに理解出来た。
「……僕には荷が重いが、ここまで言ってくれた君の勇気を無駄にするのは気が引ける」
「……で、どっちなんだよ」
結論を先延ばしにする僕に、ヴァナベルが少し苛立ったような声を出す。僕はなるべく落ち着いて、ヴァナベルに条件を示すことにした。
「一つ条件がある」
「お前には借りがあるからな。なんでも聞いてやる。……言えよ」
ヴァナベルならそう言うと思っていた僕は、安堵の笑顔を浮かべてヴァナベルを見つめた。
「ヴァナベル、君もクラス委員長を続けるんだ」
「はぁ!? お前、オレの話を聞いてたんじゃねぇのか!?」
僕の『条件』にヴァナベルが露骨に驚いた顔を見せる。
「わかんねぇヤツだな……」
理解不能だと顔を真っ赤にして口をもごもごさせているヴァナベルは、それでも僕を強い言葉で否定することはしなかった。だから僕は、ヴァナベルに伝わるように、僕が思っていることを伝えることにした。
「聞いていたからこそ、そうしたいんだ。君はクラス委員長を降りるべきじゃない。これからもその強引さでみんなを引っ張っていくんだ」
「お前、いい加減に――」
わっと拍手が起こり、ヴァナベルの声が掻き消される。
「ほら、みんなも同意見だ」
「けどよぉ……」
これだけの支持を受けても、ヴァナベルはまだ自分を許せないのだろう。だったら、僕がすべきことはもう決まっている。
「もう二度と失敗はさせない。君に欠けているものは僕が補う。だから、その逆を君にやってほしいんだ、ヴァナベル」
「…………」
ヴァナベルはまだなにか言いたそうに口を動かしたが、それでも僕の伝えたいことを理解しようと必死に努めてくれている様子だ。
「……まあ、オレたち正反対だからなぁ……」
そうだ、それでいい。僕だって完璧じゃない。クラス委員長を一人でやるなんて、とても無理だ。
「僕にはない積極性は、ヴァナベルの力だ。ヴァナベルがアクセルを踏んで、僕がブレーキを引けばいい」
「オレがアクセルでお前がブレーキか……」
「良いバランスだろう?」
挑むように問いかけると、ヴァナベルは吹っ切れたように笑った。
「はははは! そりゃいいな!」
ヴァナベルがいつもの調子に戻ったことで、クラスメイトたちにも安堵の笑みが広がっていく。ぱらぱらと祝福の拍手が起こると、ヴァナベルも照れくさそうに後ろ頭を掻きながら、僕と距離を詰めて二人で教壇に並んだ。
「……そんじゃ、そういうことでいいか?」
「もちろん~」
ヌメリンが割れんばかりの拍手を送り、他のクラスメイトたちもそれに続く。
「「リリルルは、ヴァナベルとリーフのクラス委員長同盟の誕生を、ここに記念しよう」」
「記念か……。じゃあ、握手でもしとくか」
幾分か顔を赤くしながら、ヴァナベルが笑顔で提案する。
「よろしくな、リーフ」
ああ、初めて僕の名前を呼んでくれたな。
「こちらこそ」
ヴァナベルの笑顔に応えるように、僕も笑顔を浮かべてヴァナベルの手を取る。
新たな1年F組のクラス委員長である僕たちを祝福するクラスメイトたちの拍手が、耳に心地良い。
しっかりと僕の手を包み込むヴァナベルの手は、頼もしくてあたたかかった。
朝食を食べたばかりだというのに、育ち盛りのクラスメイトたちは笑顔で飲み食いしながら、互いの健闘を讃え合っている。
早々に戦線を離脱した工学科の生徒たちも、優勝したF組の一員として共に祝えるとあり、誇らしげな様子だ。
みんなを率いていたクラス委員長のヴァナベルはもちろん、クラスメイトたちを捨て身で守ったギードのまわりにも、人の輪が出来ている。
リリルルは、他の生徒たちと代わる代わる踊りながら親睦を深めているようだ。
僕は、ホムとアルフェと遠巻きにその様子を眺めている。自分の活躍をひけらかすつもりはなかったし、元々積極的に他人とかかわるタイプではないけれど、こうしてみんなが嬉しそうにしているのを眺めるのは良いものだな。
その様子が気になったのかどうかはわからないけれど、クラスメイトの輪から抜けたタヌタヌ先生が僕たちの方に歩み寄ってきた。
「……実にいい分析と作戦だったな、リーフ」
「ありがとうございます。囮として動いてくれたヴァナベルたちのおかげです」
タヌタヌ先生は深く頷き、僕たちを改めて見つめた。
「わしは、お前たちならやってくれると信じていたぞ」
「わたくしも、必ずやマスターが勝利に導いてくれると信じておりました」
タヌタヌ先生の言葉に、ホムも嬉しそうに反応している。
「ホムが耐えてくれたおかげでもあるよ。僕のためだけに動かずにいてくれたから、作戦を完遂できた」
「マスターをお守りするのが、わたくしの役目――ですが、今回は先を越されました」
褒めたつもりだったが、ホムは複雑そうにヴァナベルの方へと視線を移した。
ああ、ヴァナベルに僕を守られたのをどうも気に病んでいるようだな。
「全体の利益のために、個を捨てることもある。それによって、結果的に全員が助かることもね」
「……肝に銘じます」
結果的にホムの選択は正しかったのだと告げると、漸く安心した様子で頷いた。僕としても母が黒石病を発症するまで、今世でも錬金術を突き詰めていくつもりだったから、ホムに全体の利益を見透すことを教えていなかったのは悔やまれるな。
ただこれも、ホムの軍事科の選択教科が増えるに従い、嫌というほど叩き込まれるのだろうけれど。
「……みんな楽しそうだね」
一人物思いに耽ってしまった僕を引き戻すように、アルフェが穏やかな声で話しかけてくる。
「そうだね」
相槌を打ちながら教室を見回すと、あれほどたくさんあったはずのお菓子や飲み物が、いつの間にかなくなってしまっていた。
タヌタヌ先生もギードを囲む輪の中に加わり、宴もたけなわという雰囲気だ。
「よう」
視界の端で兎耳が動いたような気がしたが、やはり気のせいではなかったらしい。ほとんど空になったグラスを手にしたヴァナベルが、乾杯の仕草で僕と目を合わせた。
「みんなと過ごさなくていいのかい?」
「なんか居心地悪ぃんだよ。オレのせいでみんなを危険にさらしたっていうのにさ」
ヴァナベルはそう言いながら片手に提げていた紙袋をこちらに差し出す。
「どうせお前のことだから遠慮してんだろ。持ってけよ」
「ありがとう」
やれやれ、これまでの反省もあるだろうけれど、ここまで気を遣われるのはどうにもむず痒いな。
「必要以上に自分を責める必要はないと思うよ、ヴァナベル」
「けど、事実じゃねぇか」
グラスを傾けて、そこに残っていた氷の欠片を噛み砕きながらヴァナベルが呟く。
「お前がいなかったら、あの時声をあげてくれなかったらさ……」
ヴァナベルはきっと、自分にかなり厳しいタイプなんだろうな。こんな彼女を見るぐらいなら、僕としてはからかわれていた方がマシだ。
「ヴァナベル」
「オレは――」
「ベル~! みんなが一言ほしいって~」
言いかけた僕たちの言葉が重なり、それと同時にヌメリンの陽気な声によって遮られた。
「……ヌメ、なにを勝手に――」
ヴァナベルは首を横に振って断ろうとしていたが、それを打ち消すような歓迎の拍手が巻き起こった。
「……はぁ、仕方ねぇな……」
ヴァナベルが溜息を吐きながら教壇へと向かう。その耳が、少し力なく感じるのは、きっと気のせいではないんだろうな。
「……まずは、お前たちに謝らなければならない」
教壇に立ったヴァナベルが発した最初の一声に、それまで賑やかだった教室はしんと静まり返った。
「オレの作戦のせいでみんなを危険にさらして、本当にすまなかった」
ヴァナベルが深々と頭を下げる。いつもは自信たっぷりにぴんと伸びている耳からは、かなり力が抜けているように見える。
「でも、勝てたよ!」
「そうでござる! 絶妙な隊列のおかげで拙者たち、命拾いしたでござるよ」
「ギードくんも、ありがとうー!」
クラスメイトたちが、口々に反論するが、ヴァナベルは頭を下げたまま元に戻ろうとしない。
「勝てたのは、みんなのおかげだ。このF組の真の実力を、オレは見誤ってた」
俯いたまま苦々しく吐き出したその言葉に、クラスメイトたちは沈痛な面持ちで顔を見合わせている。ヴァナベル一人の責任でないことは、ここにいる誰もが知っていることなのだ。
「……そんなオレにクラス委員長を続ける資格はない。今日の祝賀会は、オレの罪滅ぼしでもある」
「気にするなよ!」
大きく声を上げたのは小人族のロメオだ。
「そうでござるよ! 細かいことは忘れて、勝利の美酒に酔いしれるでござる」
「にゃははっ、酒じゃねぇけどな」
アイザックが援護すると、ファラも陽気に返した。それで教室の雰囲気は少し和んだが、ヴァナベルは頭を下げたまま首を横に振った。
「気持ちは嬉しいが、甘えるわけにはいかねぇ」
「やだ、辞めないでヴァナベル!」
ファラと同じ猫人族のミラとアンリが泣き出しそうな声で叫ぶ。その声にやっと顔を上げたヴァナベルがすっかり萎れたように片耳を曲げたまま、僕の方を見た。
「オレじゃあ力不足なんだよ。それに、オレよりも、このクラスを引っ張るのにふさわしいヤツがいる」
「え……?」
なにか決意めいたものを感じてはいたが、これはかなり予想外だ。
「見た目はちんちくりんのくせに、妙にスカしやがって、正直気に入らなかったんだが――」
ヴァナベルがいつも僕をそう呼んでいるせいで、みんなの視線が徐々に僕に集まってくる。
「見た目で判断したオレが間違ってた。そいつは、いつだって客観的で冷静にオレたちを見ていたんだ。なあ、そうだろ?」
よりにもよって、僕をクラス委員長に推薦しようとしているのか。みんなの視線を痛いほど感じるし、なによりホムがヴァナベルの意見に完全に同意している表情なのが気になるな。
「……正直オレはあの時諦めようとしていた。……良い機会だから改めて言っておくが、オレたちが勝てたのはこいつの作戦のおかげだ。こいつの分析と機転がなけりゃ、オレたちは間違いなくA組に殲滅されていた」
ヴァナベルの萎れていた耳が不意にぴんと立った。自分を奮い立たせるように足を肩幅に開き直したヴァナベルが、僕を真っ直ぐに見つめて声を張り上げる。
「だからオレは、こいつをクラス委員長に推薦する!」
ヴァナベルの決意に賛同するようにヌメリン、ホムと続いて、アルフェとファラが拍手をはじめる。その拍手はあっという間に教室中に広がり、僕を教壇へと導く通り道が自然に形成された。
「……やれやれ。これじゃあ、断るのは難しそうだな」
低く呟いて、拍手に包まれながら教壇に向かう。
「引き受けてくれるか!」
笑顔で僕を歓迎するヴァナベルは、間近で見ると今にも泣きそうな目をしている。それだけの決意を持って、クラス委員長を辞め、僕に託そうとしているのだというのがすぐに理解出来た。
「……僕には荷が重いが、ここまで言ってくれた君の勇気を無駄にするのは気が引ける」
「……で、どっちなんだよ」
結論を先延ばしにする僕に、ヴァナベルが少し苛立ったような声を出す。僕はなるべく落ち着いて、ヴァナベルに条件を示すことにした。
「一つ条件がある」
「お前には借りがあるからな。なんでも聞いてやる。……言えよ」
ヴァナベルならそう言うと思っていた僕は、安堵の笑顔を浮かべてヴァナベルを見つめた。
「ヴァナベル、君もクラス委員長を続けるんだ」
「はぁ!? お前、オレの話を聞いてたんじゃねぇのか!?」
僕の『条件』にヴァナベルが露骨に驚いた顔を見せる。
「わかんねぇヤツだな……」
理解不能だと顔を真っ赤にして口をもごもごさせているヴァナベルは、それでも僕を強い言葉で否定することはしなかった。だから僕は、ヴァナベルに伝わるように、僕が思っていることを伝えることにした。
「聞いていたからこそ、そうしたいんだ。君はクラス委員長を降りるべきじゃない。これからもその強引さでみんなを引っ張っていくんだ」
「お前、いい加減に――」
わっと拍手が起こり、ヴァナベルの声が掻き消される。
「ほら、みんなも同意見だ」
「けどよぉ……」
これだけの支持を受けても、ヴァナベルはまだ自分を許せないのだろう。だったら、僕がすべきことはもう決まっている。
「もう二度と失敗はさせない。君に欠けているものは僕が補う。だから、その逆を君にやってほしいんだ、ヴァナベル」
「…………」
ヴァナベルはまだなにか言いたそうに口を動かしたが、それでも僕の伝えたいことを理解しようと必死に努めてくれている様子だ。
「……まあ、オレたち正反対だからなぁ……」
そうだ、それでいい。僕だって完璧じゃない。クラス委員長を一人でやるなんて、とても無理だ。
「僕にはない積極性は、ヴァナベルの力だ。ヴァナベルがアクセルを踏んで、僕がブレーキを引けばいい」
「オレがアクセルでお前がブレーキか……」
「良いバランスだろう?」
挑むように問いかけると、ヴァナベルは吹っ切れたように笑った。
「はははは! そりゃいいな!」
ヴァナベルがいつもの調子に戻ったことで、クラスメイトたちにも安堵の笑みが広がっていく。ぱらぱらと祝福の拍手が起こると、ヴァナベルも照れくさそうに後ろ頭を掻きながら、僕と距離を詰めて二人で教壇に並んだ。
「……そんじゃ、そういうことでいいか?」
「もちろん~」
ヌメリンが割れんばかりの拍手を送り、他のクラスメイトたちもそれに続く。
「「リリルルは、ヴァナベルとリーフのクラス委員長同盟の誕生を、ここに記念しよう」」
「記念か……。じゃあ、握手でもしとくか」
幾分か顔を赤くしながら、ヴァナベルが笑顔で提案する。
「よろしくな、リーフ」
ああ、初めて僕の名前を呼んでくれたな。
「こちらこそ」
ヴァナベルの笑顔に応えるように、僕も笑顔を浮かべてヴァナベルの手を取る。
新たな1年F組のクラス委員長である僕たちを祝福するクラスメイトたちの拍手が、耳に心地良い。
しっかりと僕の手を包み込むヴァナベルの手は、頼もしくてあたたかかった。
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