アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

文字の大きさ
上 下
102 / 396
第二章 誠忠のホムンクルス

第102話 アルフェにできること

しおりを挟む
 短い睡眠をとった後、いつも通り学校に行く時間に起床した。

 両親のいない家はがらんとしている。昨日の朝は、三人が揃い、ホムもいて幸せな朝だったというのに、たった一晩のうちに全てが変わってしまった。

 とはいえ感傷に浸っている余裕はなく、ホムの体力を戻すためにも朝食はきちんと作り、ホムと二人で食べることにした。

 母の特製丸パンを焼き直し、目玉焼きとハムを添える。母に教わった通りに彩り良く冷蔵魔導器から取り出した野菜を添えた。

「美味しいです、マスター」
「そうか、よかった」

 ホムがそう言ってくれるが、自分ではあまり美味しいとは感じない。味は悪くないが、どうにもやるせない気持ちになる。

「そうか……。これが、本物の孤独か……」
 
 一人を好んだグラスにはなかった感情だ。グラスが孤独と評されることをなんとも思っていなかったのは、リーフと違い、あたたかな家族を知らなかったからだ。僕は、ルドラとナタル夫妻というこの上なく優しい両親の愛情に包まれて、なに不自由なく暮らしてきた。だからこそ幸せというものを知り、それが失われる恐ろしさを、今、痛感しているのだ。

 だが、幸せを知らなければ良かったとは思わない。孤独を好み、一人で生きてきたグラスの人生に戻りたいとも思わない。

『今度は良い環境に生まれるように計らうから、あの酷い人生と比べたらかなりいい感じになるんじゃないかな。まあ、幸福だとかなんとか感じられるかは、それを知らないあんたには難しいかもしれないけど』

 今ならば、転生の間で女神フォルトナが言っていた言葉の重みが分かる。幸せを自覚するまでに長い時間がかかったが、リーフが生まれてからの日々――あれは確かに幸せと呼べるものだ。だからこそ、失いたくない。


   * * *


 いつもの通学路――。待ち合わせの場に着いた僕に、開口一番アルフェが尋ねた。

「ホムちゃんは?」
「ああ、今日は留守番を頼んだ」

 怪我は治癒魔法ヒールミストで完治させたものの、ホムには大事を取って部屋で休むように命令を出している。

「……そっかぁ。じゃあ、今日はリーフと二人きりだね。懐かしいなぁ」

 アルフェは僕の腕に腕を絡め、いつも以上にぎゅっと寄り添いながら歩き始めた。

「やっぱり二人きりの方がいいかい?」

 ホムとは仲良くしてくれているが、もしかしたらアルフェは僕と二人きりの方がいいのかな? ふとそんなことを考えたのだが、アルフェは驚いた顔をして首を横に振った。

「リーフと二人きりも、ホムちゃんと三人もどっちも好き。だから、選べない……」
「ああ、ごめん。質問が悪かったね」

 アルフェはやはり僕と同様にホムを大事に思ってくれているようだ。それがわかって、僕は安堵の息を吐いた。

「ううん。いいの……。あのね、……リーフ……。お願いがあるんだけど……」
「アルフェのお願いなら、なんでも聞くよ」

 こうしてお願いされるのは久しぶりだな。以前は等価交換だと思っていたけれど、アルフェに対しては、もう条件なんて考えもしなくなっているんだな、僕は。

「アルフェのこと、ぎゅってして……」

 アルフェの声が少し震えていることから、母の黒石病こくせきびょうのことは薄々気づいているようだと悟った。まあ、近所だし、アルフェとの仲を考えたら僕のことを、ジュディさんに頼んでいるだろうな。

「どうしたんだい、急に?」

 抱き締めることで、アルフェが落ち着くのなら、喜んでそうしようと、僕は言われるがまま腕を広げてアルフェを抱き締めた。

「……もっと……」

 もう、かなりの身長差がある僕が、アルフェを抱き締めるのは少し難しい。背伸びをして、アルフェに自分を近づけながら、強く抱き締めることにした。

「こうかい?」
「……うん。ワタシも、リーフのこと、ぎゅっとしていい?」
「もちろん」

 頷くと同時に、アルフェの腕が優しく僕の身体を包み込んできた。アルフェに抱き締められた僕は、自然と目を閉じていた。

 龍樹の緑の匂いが風に乗って流れて行く。アルフェの鼓動が聞こえてくる。

 ――ああ、平穏はまだここにあったのか……

 アルフェにしては変なお願いだと思ったけれど、僕のためだったのかもしれないな。

「……あのね、リーフ」
「うん」
 
 アルフェの腕の中で顔を上げ、その顔を仰ぐ。真っ直ぐに僕の目を見つめているアルフェの目は、今にも泣き出しそうに潤んでいた。

「ワタシに出来ることがあったら、なんでも言って。ワタシ、リーフのためならなんだってするよ」
「……もうしてくれているよ、アルフェ……」

 アルフェは本当に賢い。賢くて優しい。

「僕は、君にこうして甘えたかったのかもしれない。……ただ、やり方を知らなかったんだ……」

 アルフェが教えてくれたおかげで、それに気づけた。僕はアルフェを抱き締めると、アルフェはその場に屈んで僕を強く抱き締め返してくれる。

 アルフェの鼓動が聞こえる。温かいぬくもりを感じる。

 これが生きているということ、愛されているということだ。

「……リーフ、大好き」
「僕も好きだよ、アルフェ……。大好きだ」

 絶望の足音が聞こえても、希望があることを教えてくれるのはいつだってアルフェだ。こんなかけがえのない親友と共に人生を歩めて、僕は幸せだ。だから、僕の幸せは消えてなんかいない。

「……嬉しい」

 アルフェがそっと身体を離して、僕の目許に唇を触れた。温かな唇で、優しく涙を拭ってくれたようだ。
 
 おかげで、心にかなりの平穏を取り戻すことができた。

「……君がどこまで聞いているかわからないけれど、包み隠さず話すよ。いいかい、アルフェ?」

 僕の覚悟を聞いて、アルフェが真剣な表情で頷く。

「大丈夫。もう全部聞いてる。アルフェもリーフと一緒に受け止めるって、リーフのパパにお願いしたの」
「……アルフェは強いね。本当に尊敬する」

 僕は二回目の人生だけれど、アルフェの域には到達できそうにない。こんなに深く僕を愛してくれているアルフェのためにも、今世には悲しみはひとつもいらない。何一つ諦めたくない。

「……知ってのとおり、黒石病は不治の病だ。けど、僕はなにも諦めていないよ。母上の病気の進行を止めるために、やるべきことがあるからね」
「リーフ……」
 
 僕の出した結論であり覚悟を聞き、アルフェが微笑んで頷いた。真なる叡智の書アルス・マグナが手に入った今、僕には明確な目標がある。

 とはいえ、この子供の身ではできることは限られる。一刻も早く、セント・サライアス中学校の先生方に相談しないとならないな。

しおりを挟む
感想 166

あなたにおすすめの小説

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

RD令嬢のまかないごはん

雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。 都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。 そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。 相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。 彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。 礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。 「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」 元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。 大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...