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第二章 誠忠のホムンクルス
第102話 アルフェにできること
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短い睡眠をとった後、いつも通り学校に行く時間に起床した。
両親のいない家はがらんとしている。昨日の朝は、三人が揃い、ホムもいて幸せな朝だったというのに、たった一晩のうちに全てが変わってしまった。
とはいえ感傷に浸っている余裕はなく、ホムの体力を戻すためにも朝食はきちんと作り、ホムと二人で食べることにした。
母の特製丸パンを焼き直し、目玉焼きとハムを添える。母に教わった通りに彩り良く冷蔵魔導器から取り出した野菜を添えた。
「美味しいです、マスター」
「そうか、よかった」
ホムがそう言ってくれるが、自分ではあまり美味しいとは感じない。味は悪くないが、どうにもやるせない気持ちになる。
「そうか……。これが、本物の孤独か……」
一人を好んだグラスにはなかった感情だ。グラスが孤独と評されることをなんとも思っていなかったのは、僕と違い、あたたかな家族を知らなかったからだ。僕は、ルドラとナタル夫妻というこの上なく優しい両親の愛情に包まれて、なに不自由なく暮らしてきた。だからこそ幸せというものを知り、それが失われる恐ろしさを、今、痛感しているのだ。
だが、幸せを知らなければ良かったとは思わない。孤独を好み、一人で生きてきたグラスの人生に戻りたいとも思わない。
『今度は良い環境に生まれるように計らうから、あの酷い人生と比べたらかなりいい感じになるんじゃないかな。まあ、幸福だとかなんとか感じられるかは、それを知らないあんたには難しいかもしれないけど』
今ならば、転生の間で女神が言っていた言葉の重みが分かる。幸せを自覚するまでに長い時間がかかったが、リーフが生まれてからの日々――あれは確かに幸せと呼べるものだ。だからこそ、失いたくない。
* * *
いつもの通学路――。待ち合わせの場に着いた僕に、開口一番アルフェが尋ねた。
「ホムちゃんは?」
「ああ、今日は留守番を頼んだ」
怪我は治癒魔法で完治させたものの、ホムには大事を取って部屋で休むように命令を出している。
「……そっかぁ。じゃあ、今日はリーフと二人きりだね。懐かしいなぁ」
アルフェは僕の腕に腕を絡め、いつも以上にぎゅっと寄り添いながら歩き始めた。
「やっぱり二人きりの方がいいかい?」
ホムとは仲良くしてくれているが、もしかしたらアルフェは僕と二人きりの方がいいのかな? ふとそんなことを考えたのだが、アルフェは驚いた顔をして首を横に振った。
「リーフと二人きりも、ホムちゃんと三人もどっちも好き。だから、選べない……」
「ああ、ごめん。質問が悪かったね」
アルフェはやはり僕と同様にホムを大事に思ってくれているようだ。それがわかって、僕は安堵の息を吐いた。
「ううん。いいの……。あのね、……リーフ……。お願いがあるんだけど……」
「アルフェのお願いなら、なんでも聞くよ」
こうしてお願いされるのは久しぶりだな。以前は等価交換だと思っていたけれど、アルフェに対しては、もう条件なんて考えもしなくなっているんだな、僕は。
「アルフェのこと、ぎゅってして……」
アルフェの声が少し震えていることから、母の黒石病のことは薄々気づいているようだと悟った。まあ、近所だし、アルフェとの仲を考えたら僕のことを、ジュディさんに頼んでいるだろうな。
「どうしたんだい、急に?」
抱き締めることで、アルフェが落ち着くのなら、喜んでそうしようと、僕は言われるがまま腕を広げてアルフェを抱き締めた。
「……もっと……」
もう、かなりの身長差がある僕が、アルフェを抱き締めるのは少し難しい。背伸びをして、アルフェに自分を近づけながら、強く抱き締めることにした。
「こうかい?」
「……うん。ワタシも、リーフのこと、ぎゅっとしていい?」
「もちろん」
頷くと同時に、アルフェの腕が優しく僕の身体を包み込んできた。アルフェに抱き締められた僕は、自然と目を閉じていた。
龍樹の緑の匂いが風に乗って流れて行く。アルフェの鼓動が聞こえてくる。
――ああ、平穏はまだここにあったのか……
アルフェにしては変なお願いだと思ったけれど、僕のためだったのかもしれないな。
「……あのね、リーフ」
「うん」
アルフェの腕の中で顔を上げ、その顔を仰ぐ。真っ直ぐに僕の目を見つめているアルフェの目は、今にも泣き出しそうに潤んでいた。
「ワタシに出来ることがあったら、なんでも言って。ワタシ、リーフのためならなんだってするよ」
「……もうしてくれているよ、アルフェ……」
アルフェは本当に賢い。賢くて優しい。
「僕は、君にこうして甘えたかったのかもしれない。……ただ、やり方を知らなかったんだ……」
アルフェが教えてくれたおかげで、それに気づけた。僕はアルフェを抱き締めると、アルフェはその場に屈んで僕を強く抱き締め返してくれる。
アルフェの鼓動が聞こえる。温かいぬくもりを感じる。
これが生きているということ、愛されているということだ。
「……リーフ、大好き」
「僕も好きだよ、アルフェ……。大好きだ」
絶望の足音が聞こえても、希望があることを教えてくれるのはいつだってアルフェだ。こんなかけがえのない親友と共に人生を歩めて、僕は幸せだ。だから、僕の幸せは消えてなんかいない。
「……嬉しい」
アルフェがそっと身体を離して、僕の目許に唇を触れた。温かな唇で、優しく涙を拭ってくれたようだ。
おかげで、心にかなりの平穏を取り戻すことができた。
「……君がどこまで聞いているかわからないけれど、包み隠さず話すよ。いいかい、アルフェ?」
僕の覚悟を聞いて、アルフェが真剣な表情で頷く。
「大丈夫。もう全部聞いてる。アルフェもリーフと一緒に受け止めるって、リーフのパパにお願いしたの」
「……アルフェは強いね。本当に尊敬する」
僕は二回目の人生だけれど、アルフェの域には到達できそうにない。こんなに深く僕を愛してくれているアルフェのためにも、今世には悲しみはひとつもいらない。何一つ諦めたくない。
「……知ってのとおり、黒石病は不治の病だ。けど、僕はなにも諦めていないよ。母上の病気の進行を止めるために、やるべきことがあるからね」
「リーフ……」
僕の出した結論であり覚悟を聞き、アルフェが微笑んで頷いた。真なる叡智の書が手に入った今、僕には明確な目標がある。
とはいえ、この子供の身ではできることは限られる。一刻も早く、セント・サライアス中学校の先生方に相談しないとならないな。
両親のいない家はがらんとしている。昨日の朝は、三人が揃い、ホムもいて幸せな朝だったというのに、たった一晩のうちに全てが変わってしまった。
とはいえ感傷に浸っている余裕はなく、ホムの体力を戻すためにも朝食はきちんと作り、ホムと二人で食べることにした。
母の特製丸パンを焼き直し、目玉焼きとハムを添える。母に教わった通りに彩り良く冷蔵魔導器から取り出した野菜を添えた。
「美味しいです、マスター」
「そうか、よかった」
ホムがそう言ってくれるが、自分ではあまり美味しいとは感じない。味は悪くないが、どうにもやるせない気持ちになる。
「そうか……。これが、本物の孤独か……」
一人を好んだグラスにはなかった感情だ。グラスが孤独と評されることをなんとも思っていなかったのは、僕と違い、あたたかな家族を知らなかったからだ。僕は、ルドラとナタル夫妻というこの上なく優しい両親の愛情に包まれて、なに不自由なく暮らしてきた。だからこそ幸せというものを知り、それが失われる恐ろしさを、今、痛感しているのだ。
だが、幸せを知らなければ良かったとは思わない。孤独を好み、一人で生きてきたグラスの人生に戻りたいとも思わない。
『今度は良い環境に生まれるように計らうから、あの酷い人生と比べたらかなりいい感じになるんじゃないかな。まあ、幸福だとかなんとか感じられるかは、それを知らないあんたには難しいかもしれないけど』
今ならば、転生の間で女神が言っていた言葉の重みが分かる。幸せを自覚するまでに長い時間がかかったが、リーフが生まれてからの日々――あれは確かに幸せと呼べるものだ。だからこそ、失いたくない。
* * *
いつもの通学路――。待ち合わせの場に着いた僕に、開口一番アルフェが尋ねた。
「ホムちゃんは?」
「ああ、今日は留守番を頼んだ」
怪我は治癒魔法で完治させたものの、ホムには大事を取って部屋で休むように命令を出している。
「……そっかぁ。じゃあ、今日はリーフと二人きりだね。懐かしいなぁ」
アルフェは僕の腕に腕を絡め、いつも以上にぎゅっと寄り添いながら歩き始めた。
「やっぱり二人きりの方がいいかい?」
ホムとは仲良くしてくれているが、もしかしたらアルフェは僕と二人きりの方がいいのかな? ふとそんなことを考えたのだが、アルフェは驚いた顔をして首を横に振った。
「リーフと二人きりも、ホムちゃんと三人もどっちも好き。だから、選べない……」
「ああ、ごめん。質問が悪かったね」
アルフェはやはり僕と同様にホムを大事に思ってくれているようだ。それがわかって、僕は安堵の息を吐いた。
「ううん。いいの……。あのね、……リーフ……。お願いがあるんだけど……」
「アルフェのお願いなら、なんでも聞くよ」
こうしてお願いされるのは久しぶりだな。以前は等価交換だと思っていたけれど、アルフェに対しては、もう条件なんて考えもしなくなっているんだな、僕は。
「アルフェのこと、ぎゅってして……」
アルフェの声が少し震えていることから、母の黒石病のことは薄々気づいているようだと悟った。まあ、近所だし、アルフェとの仲を考えたら僕のことを、ジュディさんに頼んでいるだろうな。
「どうしたんだい、急に?」
抱き締めることで、アルフェが落ち着くのなら、喜んでそうしようと、僕は言われるがまま腕を広げてアルフェを抱き締めた。
「……もっと……」
もう、かなりの身長差がある僕が、アルフェを抱き締めるのは少し難しい。背伸びをして、アルフェに自分を近づけながら、強く抱き締めることにした。
「こうかい?」
「……うん。ワタシも、リーフのこと、ぎゅっとしていい?」
「もちろん」
頷くと同時に、アルフェの腕が優しく僕の身体を包み込んできた。アルフェに抱き締められた僕は、自然と目を閉じていた。
龍樹の緑の匂いが風に乗って流れて行く。アルフェの鼓動が聞こえてくる。
――ああ、平穏はまだここにあったのか……
アルフェにしては変なお願いだと思ったけれど、僕のためだったのかもしれないな。
「……あのね、リーフ」
「うん」
アルフェの腕の中で顔を上げ、その顔を仰ぐ。真っ直ぐに僕の目を見つめているアルフェの目は、今にも泣き出しそうに潤んでいた。
「ワタシに出来ることがあったら、なんでも言って。ワタシ、リーフのためならなんだってするよ」
「……もうしてくれているよ、アルフェ……」
アルフェは本当に賢い。賢くて優しい。
「僕は、君にこうして甘えたかったのかもしれない。……ただ、やり方を知らなかったんだ……」
アルフェが教えてくれたおかげで、それに気づけた。僕はアルフェを抱き締めると、アルフェはその場に屈んで僕を強く抱き締め返してくれる。
アルフェの鼓動が聞こえる。温かいぬくもりを感じる。
これが生きているということ、愛されているということだ。
「……リーフ、大好き」
「僕も好きだよ、アルフェ……。大好きだ」
絶望の足音が聞こえても、希望があることを教えてくれるのはいつだってアルフェだ。こんなかけがえのない親友と共に人生を歩めて、僕は幸せだ。だから、僕の幸せは消えてなんかいない。
「……嬉しい」
アルフェがそっと身体を離して、僕の目許に唇を触れた。温かな唇で、優しく涙を拭ってくれたようだ。
おかげで、心にかなりの平穏を取り戻すことができた。
「……君がどこまで聞いているかわからないけれど、包み隠さず話すよ。いいかい、アルフェ?」
僕の覚悟を聞いて、アルフェが真剣な表情で頷く。
「大丈夫。もう全部聞いてる。アルフェもリーフと一緒に受け止めるって、リーフのパパにお願いしたの」
「……アルフェは強いね。本当に尊敬する」
僕は二回目の人生だけれど、アルフェの域には到達できそうにない。こんなに深く僕を愛してくれているアルフェのためにも、今世には悲しみはひとつもいらない。何一つ諦めたくない。
「……知ってのとおり、黒石病は不治の病だ。けど、僕はなにも諦めていないよ。母上の病気の進行を止めるために、やるべきことがあるからね」
「リーフ……」
僕の出した結論であり覚悟を聞き、アルフェが微笑んで頷いた。真なる叡智の書が手に入った今、僕には明確な目標がある。
とはいえ、この子供の身ではできることは限られる。一刻も早く、セント・サライアス中学校の先生方に相談しないとならないな。
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