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第一章 輪廻のアルケミスト
第51話 大嵐の日
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反物質の煙で汚れた倉庫は、母の提案でカイタバ粘土に錬金水を染み込ませたもので絡め取るように拭き取ることにした。
着替えてきたアルフェも気を利かせて汚れても良い服を着てくれたので、二人で作業を行い、汚れを吸ったカイタバ粘土はゴミ袋にいれて燃えないゴミとして一箇所にまとめた。
「あーけしうすも、きれいになって良かったねぇ」
清掃のため、倉庫の外に出したアーケシウスの上からアルフェの声がする。清掃を終えたアルフェが、いつの間にか自分の定位置に座っていた。
「空、暗くなってきたねぇ」
空には暗雲が立ち込めて、朝から吹いていた風は一層強くなった。どこからともなく飛んできた龍樹の葉が旋風に乗って高く舞い上がっていく。
「……嵐が来そうだね。早くアーケシウスを戻そうか」
「うん。……あっ!」
僕の提案に頷いたアーケシウスの上のアルフェが、声を上げて立ち上がり、爪先立ちで遠くを見つめる。
「なにか見えた?」
「大きな船が来るなぁって」
アルフェの視線は湖の方に向いているけれど、ここから湖は見えなかったんじゃなかったかな。もしかすると、アルフェには燃料の液体エーテルの流れが見えているのかな。
そんなことを考えていると、稲妻が空を走り、低い雷鳴が不気味に轟いた。
「アルフェ、中に入るよ」
アルフェを促して、アーケシウスを倉庫に戻す。
◇◇◇
夕刻前にはトーチ・タウンの上空は真っ黒な雲に覆われ、外は大嵐に包まれた。
「……こんな嵐、いつぶりかしら」
窓を激しく叩く雨の音と、不穏な雷鳴が鳴り響いている。少し前に父から連絡が入り、この悪天候でトーチ・タウンに向かっていた旅客船が難破してしまい、救助隊として派遣されることになったことが知らされていた。恐らくアルフェが見たという船だろう。
「父上は大丈夫でしょうか」
「今夜は帰ってこないかもって話だから、早く眠ってね」
母に促されて、早めに寝室へ向かう。けれど、胸をざわめかせている嫌な予感のせいでほとんど眠ることができなかった。
◇◇◇
朝になっても嵐は止まず、父も帰ってはこなかった。朝一番に父の部下を名乗る人物から連絡が入ったが、母はそれきり黙ったままだ。
良い報せではないことは僕にもわかったが、こういうことは初めてだったのでどう振る舞えばよいものかわからない。結局母が話してくれるのを待つことにした。
朝食後の片付けを終え、暫く経ってから母はようやく重い口を開いた。
「……リーフ、大事な話があるの」
「……はい」
母も一睡もしていないのだろう。目の下の隈が痛々しい。
「パパの活躍で、旅客船の乗員乗客は無事に救助できたそうよ」
「……それは、なによりでした。……では、父上ももうすぐ帰ってきますね」
子供らしく無邪気に振る舞おうと努めたが、声が震えてしまった。僕の不安は母にそのまま伝播し、母の目からは見る間に涙が溢れた。
「それが、肝心のパパは機体トラブルで帰還出来ていないの。最後の連絡は、座礁したっていう無線連絡……この嵐で捜索は中断されて――」
気丈に振る舞ってはいたが、最悪の事態を想定していたのだろう。緊張の糸が切れたように母が顔を覆って泣き出した。
「母上……。父上は、父上は、きっと大丈夫ですよ」
こんなとき、なんと言えば母を安心させられるのだろうか。客観的に考えて、子供の僕が母を説得するには、あまりにも無力だ。
「父上が、母上を置いて、いってしまうなんてこと、あるわけないです……」
母を励まそうとしたその言葉は、自分の胸にも重く響いた。そうあって欲しいと願わずにはいられないのは、父と母が、この九年間のリーフとしての人生を惜しみない愛情で支えてくれたからだ。
――誰も行かないなら、僕が行くしかない。
僕にとってのかけがえのない肉親は、僕が救うしかない。密かに決意した僕は、母を宥めて眠くなる薬を入れた飲み物を飲ませ、アーケシウスで嵐の中に飛び出した。
着替えてきたアルフェも気を利かせて汚れても良い服を着てくれたので、二人で作業を行い、汚れを吸ったカイタバ粘土はゴミ袋にいれて燃えないゴミとして一箇所にまとめた。
「あーけしうすも、きれいになって良かったねぇ」
清掃のため、倉庫の外に出したアーケシウスの上からアルフェの声がする。清掃を終えたアルフェが、いつの間にか自分の定位置に座っていた。
「空、暗くなってきたねぇ」
空には暗雲が立ち込めて、朝から吹いていた風は一層強くなった。どこからともなく飛んできた龍樹の葉が旋風に乗って高く舞い上がっていく。
「……嵐が来そうだね。早くアーケシウスを戻そうか」
「うん。……あっ!」
僕の提案に頷いたアーケシウスの上のアルフェが、声を上げて立ち上がり、爪先立ちで遠くを見つめる。
「なにか見えた?」
「大きな船が来るなぁって」
アルフェの視線は湖の方に向いているけれど、ここから湖は見えなかったんじゃなかったかな。もしかすると、アルフェには燃料の液体エーテルの流れが見えているのかな。
そんなことを考えていると、稲妻が空を走り、低い雷鳴が不気味に轟いた。
「アルフェ、中に入るよ」
アルフェを促して、アーケシウスを倉庫に戻す。
◇◇◇
夕刻前にはトーチ・タウンの上空は真っ黒な雲に覆われ、外は大嵐に包まれた。
「……こんな嵐、いつぶりかしら」
窓を激しく叩く雨の音と、不穏な雷鳴が鳴り響いている。少し前に父から連絡が入り、この悪天候でトーチ・タウンに向かっていた旅客船が難破してしまい、救助隊として派遣されることになったことが知らされていた。恐らくアルフェが見たという船だろう。
「父上は大丈夫でしょうか」
「今夜は帰ってこないかもって話だから、早く眠ってね」
母に促されて、早めに寝室へ向かう。けれど、胸をざわめかせている嫌な予感のせいでほとんど眠ることができなかった。
◇◇◇
朝になっても嵐は止まず、父も帰ってはこなかった。朝一番に父の部下を名乗る人物から連絡が入ったが、母はそれきり黙ったままだ。
良い報せではないことは僕にもわかったが、こういうことは初めてだったのでどう振る舞えばよいものかわからない。結局母が話してくれるのを待つことにした。
朝食後の片付けを終え、暫く経ってから母はようやく重い口を開いた。
「……リーフ、大事な話があるの」
「……はい」
母も一睡もしていないのだろう。目の下の隈が痛々しい。
「パパの活躍で、旅客船の乗員乗客は無事に救助できたそうよ」
「……それは、なによりでした。……では、父上ももうすぐ帰ってきますね」
子供らしく無邪気に振る舞おうと努めたが、声が震えてしまった。僕の不安は母にそのまま伝播し、母の目からは見る間に涙が溢れた。
「それが、肝心のパパは機体トラブルで帰還出来ていないの。最後の連絡は、座礁したっていう無線連絡……この嵐で捜索は中断されて――」
気丈に振る舞ってはいたが、最悪の事態を想定していたのだろう。緊張の糸が切れたように母が顔を覆って泣き出した。
「母上……。父上は、父上は、きっと大丈夫ですよ」
こんなとき、なんと言えば母を安心させられるのだろうか。客観的に考えて、子供の僕が母を説得するには、あまりにも無力だ。
「父上が、母上を置いて、いってしまうなんてこと、あるわけないです……」
母を励まそうとしたその言葉は、自分の胸にも重く響いた。そうあって欲しいと願わずにはいられないのは、父と母が、この九年間のリーフとしての人生を惜しみない愛情で支えてくれたからだ。
――誰も行かないなら、僕が行くしかない。
僕にとってのかけがえのない肉親は、僕が救うしかない。密かに決意した僕は、母を宥めて眠くなる薬を入れた飲み物を飲ませ、アーケシウスで嵐の中に飛び出した。
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