46 / 396
第一章 輪廻のアルケミスト
第46話 ダークライト錬成
しおりを挟む
良い機会なので、現代におけるダークライトのことを旧図書館で調べてみたが、僕がグラスだった頃とは随分と取扱いが変わっていることがわかった。
三百年前では、ダークライトは今ほど厳重に管理されておらず、グラスだった頃の僕は、冒険者に依頼して天然のダークライトの結晶を採取させていた。だが、この三百年の間にダークライトの危険性――黒石病をはじめ様々な奇病の原因になることが判明したり、軍用の徴収が行われたりしたこともあり、民間人が天然のダークライトの結晶を採取することができなくなっているようだ。
とはいえ、ダークライトの錬成自体が禁止されているわけではなく、最近でもその研究は続けられているようだ。
思いがけずカイタバ製の簡易錬金釜にカルマートのメッキを施すことができて、ダークライトの錬成に必要な道具がひとつ手に入ったのは、もしかすると運命なのかもしれない。
ダークライトの元になるのは反物質という物質で、魔素と同じくこの世界の大気に含まれる元素の一つだ。厄介なことに通常の人間の目には映らないが、その採取を専門としている組織が軍部に編成されており、定期的な採取がこの国の全土で行われているようだ。
この国――アルカディア帝国は、土地の関係で反物質の吹き溜まりができやすく、また、反物質の健康への有害性を考えると、目に見えないという特徴もあってその方が管理しやすいのだろう。
現代におけるダークライトと反物質の扱いはわかったけれど、どうも子供が手を出せるものでもなさそうだな。さて、どうするか……。
眉間に寄ったシワを指で押さえていると、アルフェがつと僕の顔を覗き込んだ。
「リーフ、錬金術のこと、考えてる?」
「あ……、ええと……」
アルフェに言ってもわからないだろうな。でも秘密にしていると嫌がるのもわかるしどうしたものか。逡巡しているうちに、僕が難しい顔をしている原因をアルフェが別のところに見出し始めた。
「珍しいね、リーフが課題で困るなんて」
アルフェの視線は、ダミーで広げていた課題の用紙に向けられている。すぐに解けるものなのであとでやるつもりが、アルフェには僕が難航しているように思えたらしい。それはそれで誤解だし、解いておいた方がいいな。
「……いや、別のことを考えていたんだよ。真理の世界ってどんなのかなって」
課題を解き始めながら、言葉を選んで話し始める。子供が話していても違和感がないように、それでいて、アルフェに嘘を教えることがないように正直に話すようにできるだけ努めた。どうしてかは説明できないけれど、その方がいいと思ったのだ。
「真理の世界?」
僕の目を見つめながら、アルフェがこぼれた髪を掻き上げる。最近のアルフェは、髪をおろしていることが多い。思えば随分と伸びたな。
「そう。教科書に載ってたのが気になってさ」
そう言いながら、さっきまで読んでいた文献を捲り、真理の世界の逸話を示す。錬金術師や賢者たちの逸話として、ほんのさわりの部分が錬金術の選択授業の導入で紹介されていたので、アルフェは納得した様子で頷いた。
「不思議な場所だよね」
「うん……」
アルフェも含め、現代ではほとんどの人にとっては御伽噺のような場所だ。
「リーフは行ってみたいの?」
「……そういう機会があればね。でも、子供には無理かな」
過去に真理の世界を訪れた人物は既に故人となっているし、現代の錬金術師たちは真理の探究に興味がない。自嘲を込めて返した僕に、アルフェは意外な反応を見せた。
「試す前に諦めちゃうのはもったいないよ、リーフ。ワタシ、応援する!」
「気持ちは嬉しいけど……。でも、結構大変だよ。準備もたくさんあるからね」
アルフェがこんなに食いついてくるとは思わなかった。適当に濁しておいた方が良いのかもしれない。
「少しずつやろうよ。やってみて、それから決めたらいいんじゃないかな」
「アルフェ……」
アルフェが僕の目を見て真っ直ぐに訴えてくる。その熱意がどこからくるのかわからないが、適当に濁そうとした自分が急に恥ずかしくなった。アルフェはもう、アルフェなりに考えて行動して、僕にこうして意見するようになっていたんだな。やれやれ。これでは、どちらが大人かわかったものじゃないな。
アルフェに励まされたような気がして、秘密裏に進めることにしていた儀式のほんの一部を話してみる気になった。
「……実はね、反物質を手に入れたいんだ」
「反物質? それならこの前見たけど……」
「えっ、どこで? ……ああ、そうか、浄眼か!」
問いかけてから、アルフェの浄眼のことを不意に思い出した。
「うん。見たのは、隣町のポルポースの街の近くだよ。ほら、ママと冬物の敷物を見に行ったって話したでしょ?」
織物が盛んなポルポースの街では、季節ごとに最新の衣服や敷物が出回っている。クリフォートさんと共に冬物の敷物を調達しにいったアルフェは、『夢の中でも一緒に居られるように』と、僕にお揃いのベッドカバーをお土産にプレゼントしてくれたのだ。
「その買い物の帰りに通りかかった森の奥にね、見えたの」
アルフェが右目を示しながら、得意気に話してくれる。角膜接触レンズで隠れて見えないけれど、その奥には金色に輝く浄眼があるのだ。
「どんなふうに見えたんだい、アルフェ?」
「黒いもやもやした煙みたいな感じ!」
「ああ、なるほど。吹きだまりが起きてたってことなのかな」
都市間連絡船の甲板から見えたからには、それなりの量なのだろう。
「うん。あれって、きっと反物質だと思う……ほら、これとおんなじだから」
アルフェがそう言いながら教科書の先のページを開いて見せてくれる。そこには、浄眼の持ち主が描いたというイメージ図が載っていた。なるほど。アルフェがこれと同じに見えたんだったら、確からしい情報だ。
「僕には『見えない』からわからないけど、雰囲気と場所の特徴から考えたらそれっぽいね」
そうか。アルフェに頼めばすぐに見つけることができるな。装備を調えて、アーケシウスを出せば採取は叶いそうだ。あとは、反物質の採取に関する制限を調べておいた方がいいな。知らずに罪を犯す怖さは、前世で身を以て知らされたわけだし。
三百年前では、ダークライトは今ほど厳重に管理されておらず、グラスだった頃の僕は、冒険者に依頼して天然のダークライトの結晶を採取させていた。だが、この三百年の間にダークライトの危険性――黒石病をはじめ様々な奇病の原因になることが判明したり、軍用の徴収が行われたりしたこともあり、民間人が天然のダークライトの結晶を採取することができなくなっているようだ。
とはいえ、ダークライトの錬成自体が禁止されているわけではなく、最近でもその研究は続けられているようだ。
思いがけずカイタバ製の簡易錬金釜にカルマートのメッキを施すことができて、ダークライトの錬成に必要な道具がひとつ手に入ったのは、もしかすると運命なのかもしれない。
ダークライトの元になるのは反物質という物質で、魔素と同じくこの世界の大気に含まれる元素の一つだ。厄介なことに通常の人間の目には映らないが、その採取を専門としている組織が軍部に編成されており、定期的な採取がこの国の全土で行われているようだ。
この国――アルカディア帝国は、土地の関係で反物質の吹き溜まりができやすく、また、反物質の健康への有害性を考えると、目に見えないという特徴もあってその方が管理しやすいのだろう。
現代におけるダークライトと反物質の扱いはわかったけれど、どうも子供が手を出せるものでもなさそうだな。さて、どうするか……。
眉間に寄ったシワを指で押さえていると、アルフェがつと僕の顔を覗き込んだ。
「リーフ、錬金術のこと、考えてる?」
「あ……、ええと……」
アルフェに言ってもわからないだろうな。でも秘密にしていると嫌がるのもわかるしどうしたものか。逡巡しているうちに、僕が難しい顔をしている原因をアルフェが別のところに見出し始めた。
「珍しいね、リーフが課題で困るなんて」
アルフェの視線は、ダミーで広げていた課題の用紙に向けられている。すぐに解けるものなのであとでやるつもりが、アルフェには僕が難航しているように思えたらしい。それはそれで誤解だし、解いておいた方がいいな。
「……いや、別のことを考えていたんだよ。真理の世界ってどんなのかなって」
課題を解き始めながら、言葉を選んで話し始める。子供が話していても違和感がないように、それでいて、アルフェに嘘を教えることがないように正直に話すようにできるだけ努めた。どうしてかは説明できないけれど、その方がいいと思ったのだ。
「真理の世界?」
僕の目を見つめながら、アルフェがこぼれた髪を掻き上げる。最近のアルフェは、髪をおろしていることが多い。思えば随分と伸びたな。
「そう。教科書に載ってたのが気になってさ」
そう言いながら、さっきまで読んでいた文献を捲り、真理の世界の逸話を示す。錬金術師や賢者たちの逸話として、ほんのさわりの部分が錬金術の選択授業の導入で紹介されていたので、アルフェは納得した様子で頷いた。
「不思議な場所だよね」
「うん……」
アルフェも含め、現代ではほとんどの人にとっては御伽噺のような場所だ。
「リーフは行ってみたいの?」
「……そういう機会があればね。でも、子供には無理かな」
過去に真理の世界を訪れた人物は既に故人となっているし、現代の錬金術師たちは真理の探究に興味がない。自嘲を込めて返した僕に、アルフェは意外な反応を見せた。
「試す前に諦めちゃうのはもったいないよ、リーフ。ワタシ、応援する!」
「気持ちは嬉しいけど……。でも、結構大変だよ。準備もたくさんあるからね」
アルフェがこんなに食いついてくるとは思わなかった。適当に濁しておいた方が良いのかもしれない。
「少しずつやろうよ。やってみて、それから決めたらいいんじゃないかな」
「アルフェ……」
アルフェが僕の目を見て真っ直ぐに訴えてくる。その熱意がどこからくるのかわからないが、適当に濁そうとした自分が急に恥ずかしくなった。アルフェはもう、アルフェなりに考えて行動して、僕にこうして意見するようになっていたんだな。やれやれ。これでは、どちらが大人かわかったものじゃないな。
アルフェに励まされたような気がして、秘密裏に進めることにしていた儀式のほんの一部を話してみる気になった。
「……実はね、反物質を手に入れたいんだ」
「反物質? それならこの前見たけど……」
「えっ、どこで? ……ああ、そうか、浄眼か!」
問いかけてから、アルフェの浄眼のことを不意に思い出した。
「うん。見たのは、隣町のポルポースの街の近くだよ。ほら、ママと冬物の敷物を見に行ったって話したでしょ?」
織物が盛んなポルポースの街では、季節ごとに最新の衣服や敷物が出回っている。クリフォートさんと共に冬物の敷物を調達しにいったアルフェは、『夢の中でも一緒に居られるように』と、僕にお揃いのベッドカバーをお土産にプレゼントしてくれたのだ。
「その買い物の帰りに通りかかった森の奥にね、見えたの」
アルフェが右目を示しながら、得意気に話してくれる。角膜接触レンズで隠れて見えないけれど、その奥には金色に輝く浄眼があるのだ。
「どんなふうに見えたんだい、アルフェ?」
「黒いもやもやした煙みたいな感じ!」
「ああ、なるほど。吹きだまりが起きてたってことなのかな」
都市間連絡船の甲板から見えたからには、それなりの量なのだろう。
「うん。あれって、きっと反物質だと思う……ほら、これとおんなじだから」
アルフェがそう言いながら教科書の先のページを開いて見せてくれる。そこには、浄眼の持ち主が描いたというイメージ図が載っていた。なるほど。アルフェがこれと同じに見えたんだったら、確からしい情報だ。
「僕には『見えない』からわからないけど、雰囲気と場所の特徴から考えたらそれっぽいね」
そうか。アルフェに頼めばすぐに見つけることができるな。装備を調えて、アーケシウスを出せば採取は叶いそうだ。あとは、反物質の採取に関する制限を調べておいた方がいいな。知らずに罪を犯す怖さは、前世で身を以て知らされたわけだし。
0
お気に入りに追加
793
あなたにおすすめの小説
豪傑の元騎士隊長~武源の力で敵を討つ!~
かたなかじ
ファンタジー
東にある王国には最強と呼ばれる騎士団があった。
その名は『武源騎士団』。
王国は豊かな土地であり、狙われることが多かった。
しかし、騎士団は外敵の全てを撃退し国の平和を保っていた。
とある独立都市。
街には警備隊があり、強力な力を持つ隊長がいた。
戦えば最強、義に厚く、優しさを兼ね備える彼。彼は部下たちから慕われている。
しかし、巨漢で強面であるため住民からは時に恐れられていた。
そんな彼は武源騎士団第七隊の元隊長だった……。
なろう、カクヨムにも投稿中
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
アレキサンドライトの憂鬱。
雪月海桜
ファンタジー
桜木愛、二十五歳。王道のトラック事故により転生した先は、剣と魔法のこれまた王道の異世界だった。
アレキサンドライト帝国の公爵令嬢ミア・モルガナイトとして生まれたわたしは、五歳にして自身の属性が限りなく悪役令嬢に近いことを悟ってしまう。
どうせ生まれ変わったなら、悪役令嬢にありがちな処刑や追放バッドエンドは回避したい!
更正生活を送る中、ただひとつ、王道から異なるのが……『悪役令嬢』のライバルポジション『光の聖女』は、わたしの前世のお母さんだった……!?
これは双子の皇子や聖女と共に、皇帝陛下の憂鬱を晴らすべく、各地の異変を解決しに向かうことになったわたしたちの、いろんな形の家族や愛の物語。
★表紙イラスト……rin.rin様より。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます
みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。
女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。
勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか
片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生!
悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした…
アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか?
痩せっぽっちの王女様奮闘記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる