上 下
44 / 396
第一章 輪廻のアルケミスト

第44話 僕のアーケシウス

しおりを挟む
 倉庫内に父が用意してくれた簡易作業場で、アーケシウスの修理改造計画を練る。父と格納庫の見学に行ったあと、当初考えていた計画を全面的に見直し、譲ってもらった部品と追加の部品を揃えることにこの数週間を費やした。

 アーケシウスを改造する上での一番大きな作業は、燃料搭載型への変更だ。これはすなわち、アーケシウスを液体エーテルで動かすように改造し、かつそのためのエーテルタンクを搭載することなのだが、タンクの場所を検討したり、その容量とのバランスを考えたりと、実作業でもかなり気を使うことになりそうだ。

 それとは別に、カルキノスの見学で見せてもらった魔力収縮筋の配置が見事だったので、アーケシウスの脚部にもそれを反映してみることにした。僕がまだ子供ということもあり、遠征で行ける場所には恐らく日帰りが可能な場所であるという制約がつくはずだ。その制約の中でも行動範囲を広げられるように、足を速くしようと思いついたのだ。

 その他、腕部から掘削用のドリルが出てくるようにしたり、腕部に伸縮機能を取りつけて高所に機体の腕が届くように仕様を変更したりした。

 水中でも動けるように胴体の操縦槽そうじゅうそうには気密性を確保し、その推進力として踵に小型の噴射推進装置バーニアを取り付ける計画だ。

 ある程度試行錯誤が必要なこともあるだろうが、子供らしく大人の知恵を借りた方がいいだろう。あの整備士たちもことあるごとに僕の進捗を聞いてくるようだし。

「まあ、こんなところか」

 一通りの計画を立てたところで一息ついていると、アルフェが倉庫にやってきた。

「リーフと『あーけしうす』に会いにきたよ」
「まだ修理もなにもできてないよ、アルフェ」

 苦笑する僕の前で立ち止まり、アルフェが倉庫に置かれたアーケシウスを見上げる。無意識に爪先立ちになっているのは、それだけアーケシウスが巨大だからなんだろうな。他の人から見た僕とアーケシウスもこんな感じなのだと思うと、参考になるな。

「……でも、かなりきれいになったね」
「あのままじゃ、気の毒だからね」

 掃除と錆取りだけは、アーケシウスを倉庫に運び入れた翌日には終わっていたし、今でも母が試薬を調合して根強い汚れを取る手助けをしてくれている。そのせいか、アーケシウスは見違えるように綺麗になってきていた。それでもまだ骨董品の域は出ないけれど。

「リーフのお友達だねぇ」
「……嫌じゃないの、アルフェ?」

 アーケシウスを仰ぎながら呟くアルフェの意外な一言に、思わず聞き返してしまった。

「なんで?」

 アルフェが不思議そうに目を瞬いて、僕を振り返る。

「その……前に、そういう話、してなかった?」

 参ったな、これじゃあ僕が自意識過剰みたいじゃないか。

「あ、うん。人間のお友達は嫌だけど、あーけしうすなら、アルフェも一緒にお友達になれるかなって」
「……ああ、そういうことか。修理と改造ができたら、アルフェも乗れるようにしないとね」

 お友達という表現をしていたけれど、アルフェにとってもアーケシウスはちゃんと『モノ』なんだな。それなら余計な心配はせずに、アーケシウスの修理に集中できそうだ。でも、アルフェとの時間が減るのは、彼女的にはどうなんだろうか……?

「ワタシもお手伝いしたい!」
「アルフェが?」

 僕の心配を知ってか知らずか、アルフェが無邪気に手伝いを申し出た。

「うん。魔法、使えるし、リーフの役に立ちたいなって。ダメ?」

 確かにアルフェの魔法があれば、修理も改造もかなり便利だな。新たな魔導器を用意する必要がないのは助かりそうだ。

「むしろ大歓迎だよ、アルフェ」
「やったぁ!」
「アルフェちゃんの協力があれば、百人力だな」

 喜ぶアルフェの声に、父の声が重なる。いつの間に倉庫にきていたのか、全く気配を感じなかった。

「おはようございます、父上」
「朝早くから感心だな、リーフ。では、パパは仕事に行くが、なにか必要なものがあれば、連絡するんだよ。職場の人も楽しみにしているようだからね」

 有り難いことには変わりはないんだが、自分で思っているよりもかなり注目されてしまっているようだな。

「はい、頼りにしています。父上」

 苦笑を浮かべながら父を見送ると、入れ替わりに母がやってきた。

「私も手伝うわよ、リーフ。こんな楽しそうなこと、参加しない手はないわよね」
「リーフのママ!」

 アルフェがすかさず反応し、僕の代わりに喜んでくれる。
父だけではなく、母もアーケシウスにかなり興味を示しているのは意外だな。元々こういうことが好きなのか、それとも僕が積極的になにかをしようとしているのを応援したいのかのどちらかはわからないけれど。

 その後は母とアルフェ、父と軍の整備士の人たちの力を借りてアーケシウスの改造と修理は順調に進んだ。アルフェには主に溶接や魔導器の調整を頼んだのだが、想像以上に活躍してくれて本当に助けられた。


◇◇◇


 半年ほどかけて根気強く修理と改造を続けた僕のアーケシウスは、概ね予定どおりの機能を搭載し、完成した。



 本当はアルフェと二人で乗れるように胴部の操縦槽を改造したかったのだが、アーケシウスが小型の従機であることと、搭載するエーテルタンクとの兼ね合いでどうしても難しかった。そのため、頭部を平たく調整して、アルフェが上に座れるように工夫した。

 アルフェが落下防止対策として浮遊魔法レビテイトを提案してくれたので、それを採用することに決めた。

 試運転を兼ねて完成したばかりのアーケシウスで街の壁伝いに高台へと移動した僕たちは、共にアーケシウスの頭部に腰かけ、暮れゆく街の夕陽を眺めている。

「風が抜けて、とっても気持ちが良いね、リーフ」
「怖くないの、アルフェ?」

 落下防止策として浮遊魔法レビテイトを施しているとはいえ、安全柵もなにもない三メートルの機体の上だ。僕の問いかけにアルフェはあの綺麗な浄眼を細めて頷き、微笑んだ。

「リーフと一緒だから、とっても楽しいよ」

 キラキラと輝く瞳のアルフェは、本当のことだけを言っているという直感がある。

「リーフは?」
「……アルフェのお陰でアーケシウスをこうして直せて、嬉しいよ」

 ああ、もしかしてこういうことを幸せというのかな。僕にはまだそれがなにか分かっていないけれど、でも、友達――アルフェと一緒にいられる時間というのは、やっぱりいいものだな。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

知らない異世界を生き抜く方法

明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。 なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。 そんな状況で生き抜く方法は?

乙女ゲームの世界に転生したと思ったらモブですらないちみっこですが、何故か攻略対象や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛されています

真理亜
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら...モブですらないちみっこでした。 なのに何故か攻略対象者達や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛されています。 更に更に変態銀髪美女メイドや変態数学女教師まで現れてもう大変!  変態が大変だ! いや大変な変態だ! お前ら全員ロ○か!? ロ○なんか!? ロ○やろぉ~! しかも精霊の愛し子なんて言われちゃって精霊が沢山飛んでる~! 身長130cmにも満たないちみっこヒロイン? が巻き込まれる騒動をお楽しみ下さい。 操作ミスで間違って消してしまった為、再掲しております。ブックマークをして下さっていた方々、大変申し訳ございません。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

殿下!死にたくないので婚約破棄してください!

As-me.com
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私。 このままでは冤罪で断罪されて死刑にされちゃう運命が待っている?! 死にたくないので、早く婚約破棄してください!

異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

八神 凪
ファンタジー
   日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。    そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。  しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。  高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。    確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。  だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。  まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。  ――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。  先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。    そして女性は信じられないことを口にする。  ここはあなたの居た世界ではない、と――  かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。  そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

処理中です...