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第一章 輪廻のアルケミスト

第43話 機兵整備の見学

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 僕と約束したあとの、父の行動は早かった。次の休みに合わせ、父は早速整備士や軍の関係者との調整を取り付けて、自宅の西側にある軍用区画の一角へと僕を案内してくれた。

「ここから先は立ち入り禁止だが、この格納庫の中は自由に見て回って構わないぞ。パパは少し離れるが、大丈夫か?」
「問題ありません、父上」

 その方が僕としても自由に見て回れるので、非常に助かる。僕は父に心配をかけないように頷き、あらかじめ用意していたアーケシウスの改造と修理に必要なパーツのリストを手渡した。

「よくまとめてあって偉いな。では、パパは整備長にパーツの件を話してくる」

 リストに目を通した父が僕を褒めてくれる。父も母も僕のことを頻繁に褒めてくれるが、この程度のことは自分のことでもあるのだから当然なので、少々くすぐったい。でも、セントサライアス小学校に入って、先生方も同じ対応をするので最近は少し慣れてきたか。

 アルフェの反応を見る限り、もっと喜んだ方が子供らしいのかもしれないな。格納庫で会う整備士への挨拶や反応には、変な噂を立てられないよう、いつも以上に子供らしさに留意しなくては。

 広い格納庫を見渡しながら、どこから見学すべきかの見当をつける。

 小学校の講堂二つ分ほどの大きさの格納庫には、想像よりも多くの機兵と従機が収められている。機兵は主に整備中のものか整備待ちのもので、稼働出来そうなものは修理後の数機だけのようだ。格納庫の端には、布がかけられている機兵が人間で言うところの膝を抱えて座る駐機姿勢を取っているものが多くある。きっとあの布は、損傷をこれ以上広げないようにとの配慮がなされているのだろうな。もしかしたら僕みたいな子供が見学しにくるので、その配慮もあるのかもしれない。

 父は仕事の話をほとんどしないし、僕も聞かないけれど、軍人というからには『そういうこと』もあるだろう。けれど、こういう配慮のようなものを見ると、トーチ・タウンの軍人が――恐らく父が、子供には残酷な現実をなるべくなら見せたくないと考えていることが想像できた。

 とはいえ、全ての損傷機体が布で覆われているわけではなく、格納庫の中心部にはちょうど解体整備中のレーヴェと呼ばれる機体が置かれている。胸部が大きく凹んでいる痕が痛々しいが、完全な新品にするわけではないらしい。

 足場代わりの従機に乗った整備士が、デッキブラシでレーヴェの背部にある噴射推進装置バーニアという機構の掃除をしているところを見ると、この整備はもうすぐ完了するようだ。

「ルドラ隊長のお嬢さん、そこは危ないから少し離れていてもらえるかな」

 興味深く噴射推進装置バーニアを見ている僕に、整備士が声をかけた。

「……動かすんですか?」
「そう。少し強い風が起こって危ないからね」

 期待を込めて問いかけた僕を整備士が安全な場所に誘導する。僕が安全圏に下がると、整備士は慣れた様子で、従機に搭載していたケーブルと噴射推進装置バーニアを接続し始めた。

 程なくして噴射推進装置バーニアのテスト稼働が始まり、格納庫を強い風が吹き抜ける。整備士の話によると、実際にはこの何倍もの風を起こし、機体を浮かせることができるらしい。

 なるほど。どうやら簡易術式で圧縮した空気を連続して放ち、機体の推進装置として使っているようだ。僕がグラスだった頃にはなかったものだが、これがあれば脚部や腕部を伸縮させて機体の全長を伸ばすよりもかなり便利に使えそうだな。ジャンプ力の補助として使用すれば、ちょっとした川や谷を越えることだって出来るだろうし。

「……その歳で機兵の機構に興味を持つなんて面白い子だね。水中用のカルキノスもあるから、見ていくかい?」

 興味深く噴射推進装置バーニアのテスト稼働を眺めている僕に、別の整備士が声をかけてくれる。僕は頷き、格納庫の一角で整備中の水中用機兵・カルキノスを見せてもらうことにした。

「この機体はね、ルドラ隊長が最近使っているものなんだ」

 ああ、それで僕に見せようと思ってくれたのか。そう納得しながら、紹介された機兵を眺める。軍の機兵だからなのか、街中では見たことがないタイプで、まだ新しいのか事前に調べた資料にも載っていないタイプのものだ。ただ、外見が特徴的なので一度見たら忘れないだろうな。機体の色も黄色と紺色をベースにしていて、遠くからも目立ちそうだし。

 カルキノスは、両腕にある蟹の鋏のようなアームと、背中と肩部にある黄色の水中用の推進機が特徴の機体で、重厚感のある装甲のせいかずんぐりとした人型という印象を抱いた。

 整備士の話によると、このカルキノスは魔力収縮筋の取り換え作業をしている最中らしい。機体の二の腕部分から黒い血のような油が流れているところを見ると、機兵の魔力収縮筋の内部を黒血油こっけつゆという魔導油が注がれることで動作するところは変わっていないようだな。

 この黒血油は操縦者のエーテルに反応して動く性質を持つ。魔力収縮筋は人体の筋肉と同じく、その細かく張り巡らされた管の中を黒血油が巡ることで伸縮のためのエネルギーを供給し、八メートルにもなる機兵の稼働を可能としているのだ。

 見たところ、魔力収縮筋の管に使われている素材の変更はあるようだが、その仕組み自体は僕がグラスだった時代のものとほとんど変わっていないようだ。

 メモを取りながら観察をするうちに、整備士らは魔力収縮筋の取り換え作業を終了させ、腕と肘にあたる関節部に銀色の布のようなものを巻き始めた。

「……すみません、あの布ってなんですか?」

 見慣れない布だが、どうも錬金術の産物のようにも見える。気になって整備士に訊ねると、余っていた布の端を切り取って分けてくれた。

「防水テープだよ。裏に粘着物質がつけてあって、これで巻くと水が入るのを予防できるんだ」

 高所作業用の足場から身を乗り出すようにして、整備士が説明してくれる。表面がつるつるとしているのは、水を弾く性質を持っているからのようだ。引っ張るとある程度の収縮性があり、関節部に巻いても運動に影響がなさそうなのもよさそうだ。

 トーチ・タウンは湖畔にある街なので、この街を守ろうと思えば、水中で稼働できる機兵が必要なのだろうな。僕のアーケシウスも、水陸両用にできるように見習っておこう。

 一通り整備を見学させてもらったあと、細かな質問を幾つかさせてもらい、整備士に丁寧に礼を述べていると、パーツを荷車に乗せた父が格納庫の奥から戻ってきた。

 僕は、あらかじめリストに記載していた装甲板やアーケシウスに使えそうなサイズの魔力収縮筋の管の他に、追加で小型の噴射推進装置バーニア防水用の粘着布シーリングテープを頼み、蒸気車両に積み込んで帰路についた。

「整備士たちが感心していたぞ。将来は整備の道に進むのかと期待されそうだな」

 蒸気車両を運転する父が、後部座席の僕と鏡越しに視線を合わせる。整備士との交流が間違っていなかったことに安堵しつつ、父の表情を真似て頷いた。

「父上の役に立てるのなら、それも良いかもしれませんね」
「ははは。機体を壊してお前に叱られないよう、注意しなければならないな」

 本気なのか冗談なのかわからなかったけれど、そう言って笑う父はいつになく楽しそうだ。

「父上が安全に過ごしてもらえるのなら、母上もきっと大賛成でしょうね」

 そう応える僕は頭の中で、母の反応が容易に想像できている。生まれたときはどうなることかと思ったが、すっかりこの家族とやらに馴染んでいるようだ。
 将来のことはなにひとつ決めていないけれど、そういう選択肢もあるのかもしれないな。


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