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第一章 輪廻のアルケミスト

第36話 フェアリーバトル

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「いいか。一対一の決闘だからな」

 決闘ということで、裏庭にある森の一角に移動することになった。一対一と念を押されているが、グーテンブルク坊やには五人の取り巻きがついてきている。

 僕の傍には、いつものようにアルフェがいるだけだ。危ないから教室に残っているように言ったのに、自分のせいだからと聞き入れてもらえなかった。

「……無理しないでね、リーフ」
「大丈夫だよ、アルフェ」

 アルフェの不安が少しでも和らぐように、アルフェがいつもそうするように彼女の背に手を回して引き寄せる。自分でもわかるくらいぎこちなかったが、アルフェが笑ってくれたのでよしとしよう。

「ルールは簡単だ。召喚したフェアリー同士で戦い、相手を戦闘不能にした方が勝ちだぞ」

 グーテンブルク坊やがルールを説明する。既にそのための術式基盤を用意していたらしく、高らかに掲げた。

 取りあえず、さっき作ったスライムにしておくか。粘度の自由度を上げておいたし、拳に変形できるようにしてあるから、適当に戦えるだろう。

「我がしもべよ。生まれ出でよ……クリエイト・フェアリー」

 向こうは狼のようなフェアリーを召喚し、にやにやとこちらを見ている。

「どうだ、俺様のシルバーウルフは!」
「…………」

 感想を求められたが面倒なので無視する。詠唱を呟き、術式基盤にエーテルを流すと、僕の作ったスライムが召喚された。

「ははっははっ! なんだ、その弱っちそうなのは! そんな雑魚スライム、俺様が一撃でブッ倒してやる!」

 見かけ倒しの狼を召喚したグーテンブルク坊やとその取り巻きが、スライムを嘲笑する。僕のスライムを一撃で倒せると思っている時点で、負けが確定しているんだけどな。

「やってみなよ」
「言ったな!?」

 僕が挑発の挑発を受けて、グーテンブルク坊やは狼を疾走させ、スライムに噛みつかせた。

「さすが坊ちゃん!」
「そのまま噛み殺せ!」

 取り巻きがわっと歓声を上げる。

「スライム相手に噛みつくなんて、芸がない……」

 呟いてスライムの形を変形させる。透明な布のように広がったスライムは、そのまま狼の頭部を包み込んだ。

 頭をスライムに呑み込まれた狼が、術者の恐慌を反映して暴れている。僕はすかさずスライムを解くと、今度は巨大な拳に変形させ、狼を徹底的に殴った。

「おっ、俺のシルバーウルフが!」

 狼も応戦しようとするが、スライムに噛みついたところで意図しているようなダメージは与えられない。反対に弾力性のある拳に変化したスライムは、狼をどこまでも追いかけ、完膚なきまでに叩きのめしていく。

「なんだよ、あのスライム! インチキじゃねぇか!」
「今助ける!」

 一方的に狼をボコボコにするスライムに驚いたのか、取り巻きの五名がそれぞれのフェアリーを召喚する。

 召喚されたのは、耳長ネズミに似た亜人がベースになっている下等魔族ゴブリンと、生ける屍と呼ばれる骨だけのスケルトン、植物由来の小型魔獣の一種で蕾状の頭部に大きな口を備えたマンイーター、それと創作と思われる鋭いくちばしを持った鳥のフェアリーだった。

 魔族女とアルフェを侮辱する割に、下等魔族や魔獣を召喚する辺りが子供らしい矛盾だな。

「やっつけちまえ!」

 とはいえ、流石に六対一では僕のスライムでも分が悪い。負けてしまうと、面倒なことになるわけだし、どうしたものかな。

「……ねえ、この決闘って、一対一じゃなかったのかな?」
「そっちが先にインチキしたんだろ! 悔しかったらまとめてかかって来いよ!」

 一対一の約束を違えたという認識は、一応あるらしい。アルフェを挑発したようだが、アルフェは魔導工学の教科書を抱えたまま首を横に振った。

 まあ、アルフェのフェアリーは戦闘向きじゃないのは明らかだからな。

「やれやれ」

 まとめてかかって来いという許可も得たことだし、仕方ない。あれを使うとするか。

「じゃあ、そうさせてもらう」

 念のため持ってきた黒竜神の簡易術式の基盤を取り出して手のひらで挟む。エーテルを流し、意識を集中させた。

「我がしもべよ。生まれ出でよ……クリエイト・フェアリー」



 詠唱によって、術式基盤から閃光が迸り、僕の周囲に暗雲が立ち込める。低い咆吼が轟いたかと思うと、その昏い雲間から召喚された黒竜神の姿が露わになった。

「な、なんだよ、そいつはぁ!?」

 グーテンブルク坊やが異変に気づいて悲鳴を上げる。体長三メートル、全身を鎧のような漆黒の鱗で覆われた黒竜神は、低く唸りながら男の子たちが召喚したフェアリーを見据えている。

「お、お前、なにしやがった……」

 術者の精神状態が影響しているのか、フェアリーたちは一斉に動きを止めてしまっている。

「なんてもの召喚しやがる……。化け物じゃねぇか」
「君たちの魔族や魔獣に比べれば、崇高なものだと思うけれどね」

 この街のほとんどの者が信仰しているというのに、その神の姿もわからないとは情けないな。

「黒竜神ハーディア。アルカディア帝国を守護する最強の精霊だ」
「そんなのインチキに決まってる! やっちまえ!」

 グーテンブルク坊やの命令で、男の子たちのフェアリーが一斉に襲いかかってくる。そう来ると思っていたので、あらかじめ仕込んでいた火炎魔法で迎え撃つ。

「神の裁きを受けろ。フレイムピラー!」
「あっ、ああああっ!?」

 黒竜神の口が大きく開かれ、火炎弾が放たれる。その炎は六体のフェアリーだけを呑み込み、一瞬にして消滅させた。

「ごっ、ごめんなさいぃいいいいーーーーっ!」

 さすがに黒竜神のフェアリーに勝てるとは思わなかったのだろう。腰を抜かした六人が悲鳴を上げながら怯えて逃げていく。

「……やれやれ。これで懲りてくれるといいのだがな」

 術式基盤にエーテルを流すのを止め、アルフェを振り返る。

「……アルフェ……?」

 アルフェは驚いたわけでも怯えているわけでもなく、ただ僕の顔を見て泣いていた。

「リーフ、ごめん……。ごめ……ね……。ワタシのせいでリーフに迷惑かけちゃって……」

 その顔は、どうにか笑おうと努めて、くしゃくしゃに歪んでいる。僕がフェアリーバトルに勝って安心したのが半分、自分のせいで僕を困らせたのではないかという不安半分、といったところか。

「……僕のことはいいし、君はもっと怒っていいんだよ、アルフェ。正当な権利なんだから」

 黒竜神の召喚が思ったよりもアルフェに衝撃を与えていないことに安堵しつつ、泣きじゃくるアルフェを宥める。

「……ワタシの眼がこんなのじゃなかったら良かったのに……」

 アルフェはしきりに目を擦りながら、自分の目のことを悔やむようなことを口にした。どうやら、今回のことで浄眼が彼女のコンプレックスになってしまったらしい。

「浄眼なんて異能、見識のある人間なら羨ましがるのに贅沢な悩みだな」
「だったら、この眼、リーフにあげる……。ワタシ、こんな眼いらない」
「欲しいのはやまやまだけど、浄眼は生体移植できないんだよ」

 つい本音が出てしまったが、アルフェは真面目な顔で僕の目を見て、綺麗な目をぱちぱちと瞬かせた。

「……そうなの……?」
「惜しいことにね」

 気軽に交換できるようなものだったら、是非欲しいところだったんだが、それ以上はアルフェに伝える必要がないので控えておく。その代わりに、アルフェに妥協案を呈示することにした。

「生まれもったものは、大事にした方がいい。だけど、アルフェがそれで苦しんでるなら、僕がどうにかする」
「……どうにかって?」
「例えばだけどアルフェ、君はその浄眼の能力は嫌悪してないよね?」
「けん……お……?」

 言葉遣いが難しかったのか、アルフェはきょとんと目を見開いて僕を見つめた。

「嫌がってないかってこと」
「……うん。この目の能力があるから、リーフと同じ学校に入れてるし……」

 動機が僕ってところが気になるところだけれど、アルフェがそう思っているなら仕方ない。軽く流して、問題の本質に迫ることにした。

「じゃあ、アルフェが問題にしてるのは見た目だけ?」
「うん。だって、人と違うっていじめられるから……」
「大した能力もない子供が羨ましがってやってることだよ。真に受けなくていい」

 大人でも自分の能力不足を棚に上げ、他人への嫉妬に狂う者はたくさんいる。

「でも、リーフにワタシのせいで迷惑かけちゃう……」
「それも気にしなくていい」

 グラスだった頃の僕は、その嫉妬と悪意をさんざん受けてきた。だから僕は平気だけれど、アルフェを同じ悪意に触れさせたくはない。

「困ってない?」
「全然。今回の決闘とやらで向こうも懲りただろうし」

 まあ、さすがに馬鹿でもわかるような実力差を見せつけたんだから、これに懲りてくれるに限るんだけど。

「でも、もっと強い人が来たら?」
「それは、返り討ちに――」

 そこまで言って踏みとどまった。明日には噂になるだろうし、これ以上目立つのは良くないな。話が逸れてしまったが、あの妥協案を伝えておくか。

「もしも、だけど……。浄眼の色を目立たなくできたらどう思う?」
「やってみたい……」
「言っておくけど、アルフェ。君の目は本当に綺麗だよ」
「リーフが好きって言ってくれるのは、嬉しい……」

 アルフェが目をキラキラさせて微笑む。
 もしかして、この場合の『綺麗』って僕の表現は、普通の人にとっては『好き』……ってことになるのかな?

「だから、もし色が変えられたり、目立たなくしたりできるなら――」

 アルフェの頬が夕焼け色に染まっている。橙色の光を浴びた浄眼は、いつにも増して綺麗だった。

「ワタシ、リーフにだけこの目を見せたいな。リーフにあげたりできない代わりに、リーフだけが見ることができるの……どうかな?」

 僕が提案したことだけれど、普段からアルフェのこの瞳が見られなくなるのは少し寂しいな。たとえそれが僕だけに見せるためだったとしても。

「気持ちは嬉しいよ。でも、繰り返すけど隠さなくてもいいと僕はいつも思ってるけどね」
「うん。リーフ、大好き」

 アルフェはそう言っていつものように僕を抱き締めた。僕を抱き締める手は、いつもよりも少し強くて、ちょっと苦しかった。そのせいかどうかはわからないけれど、重なった胸のあたりが、ぽかぽかとあたたかくなった。

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