上 下
26 / 396
第一章 輪廻のアルケミスト

第26話 落胆の意味

しおりを挟む

 入学早々に見つけた図書館の裏手にある旧図書館が、僕とアルフェのお気に入りの場所になった。

 本館の新しい書物も気にはなっているが、僕の場合はグラスの頃の記憶や知識が根底にあるので、まずは現在の世界の歴史や文化について自分の認識を新たにしていく必要があるだろう。

「ねえ、アルフェ。こんな古い本じゃなくて、本館の新しい本の方が授業の予習にもなるんじゃないかな?」

 手に取る本からグラス=ディメリアを推察されないように本を選びながら、それとなくアルフェを本館に促す。

「ワタシは、リーフといっしょがいいの」

 予想はついていたが、アルフェの答えはいつも同じだ。どうやらアルフェにとって、一番の優先順位は僕の傍にいることらしい。

 『お願い』で、ずっと傍にいるように頼まれるくらいなので、相当なものなのだろう。本当の僕を知ったら、アルフェは一体どんな反応を示すのか気になるところだ。僕がグラスだった頃を考えるとあり得ない心境の変化だが、アルフェとは赤ちゃんの頃から行動をしているだけあって、僕にもその好意を受け入れるだけの器は備わってきているのかもしれない。

 それでも、アルフェの言うような『だいすき』が僕の心にあるとは思えないのだけれど。

「……リーフ?」

 無意識のうちにアルフェを見つめていたらしい。僕と目を合わせてアルフェが目をぱちぱちと瞬かせた。

「ああ、ごめん。ちょっと考えごとをしてた」
「アルフェのこと?」
「……さあ、どうかな?」

 アルフェの浄眼で見つめられると、心の中を見透かされたような気分になる。実際にはそんなことはないのだと自分に言い聞かせながら、僕は苦笑を浮かべて肩を竦めて見せた。

「そろそろ、読書に戻ってもいいかな?」
「うん。アルフェ、おじゃましない」

 アルフェは頷くと、僕の隣の椅子を引き、鞄から教科書とノートを取り出した。

 旧図書館の蔵書には、アルフェが読めそうなものはほとんどないので、復習と予習の時間に充てているらしい。僕はといえば、初日のうちに全ての教科書と副教材に目を通しているので、予習の必要がないことがわかっている。

 とはいえ、幾つかの授業ではこの時代の『常識』や『定説』を学ぶ機会があるので、その知識を上書きする必要はある。それを新奇のものとして捉えて反応することが、恐らく僕を子供らしく見せるために重要だろう。

 グラスの死から三百年が経過しているので、世界の様相は大きく変化している。僕が今のところ強く惹かれているのは、魔導工学と呼ばれる分野の発展だ。

 書物によると、現代の文明や技術は、グラスの死後から約三十年後に起きた一連の産業の変革とエーテルなどの魔導エネルギーと蒸気機関の再発見によるエネルギー革命によって大きく変革を始めたらしい。

 三百年前の移動手段は、街中では馬車や徒歩が主流だったが、今は蒸気車両が主流だ。トーチ・タウンにおいては、街を巡回するバスも頻繁に見かける。

 馬車が主流だった時代、都市間の移動は常に命の危険を伴っていたが、現代では陸上を浮遊移動する都市間連絡船が凶暴な野生生物などから身を守ってくれるのが当たり前になっている。

 人々の生活における変化にも、目を瞠るものがあった。

 特に、ルーン文字を用いた魔法発動の簡略化技術――即ち簡易術式を始めとした魔導工学は驚異的な発展を遂げ、製造技術の飛躍的な効率化を世界にもたらした。

 その結果、様々な魔導器が生み出され、兵器のみならず、人々の生活の中に深く浸透していった。

 だが、兵器としての魔導器が失われたわけではなく、技術の発展と共に戦争や紛争が繰り返され、魔導工学の研究は、最先端の技術としての研究が今日も続けられている。

 今や軍事機密として厳重に扱われるようになった機兵きへいが、どれほど進化しているのかは、僕には想像さえできない。父上に聞けば少しは教えてもらえるのかも知れないが、普通の子供はそこに興味を抱くこともないだろうし、悩むところだ。

 錬金術は、現代では魔導工学の一部として組み込まれており、『産業』という分野に特化して研究が進められている。僕がグラスとして生涯をかけて研究してきた『真理の探究』という理念は、もう失われてしまっているようだ。あるいは、女神の一存でその探求者も『処刑』されてしまったのかもしれない。

 錬金術の発展に強い興味があったが、調べれば調べるほど、現状に落胆する結果となった。

 ――落胆するということは、僕はまだ錬金術に未練があったし、期待していたのだろうな。

 現代の錬金術は、単純に僕自身のためで言えば、探求する価値はなさそうだ。だが、暮らしの便利な道具としてのベネフィットを考えると、両親や身近な人への恩返しの手段としては悪くなさそうだ。

 いずれにしても、単純な技術水準では僕――グラス=ディメリアが生きた人魔大戦のころの錬金術には遠く及ばない。

 そういえば、ホムンクルスの研究はどうなったのだろうと、司書の女性に頼んで、ホムンクルス関係の文献を選んでもらう。

 ホムンクルス関係は幾つかの本が禁書となったらしく、本館から数冊の本が取り寄せられた。

 結論からいえば、ホムンクルスの製造は今でも行われており、量産できるヒューマンリソースとして使われていることが判明した。だが、人権問題になり、製造には様々な制約が課せられているらしい。もちろん僕が研究していたような魂を入れ替えるための器となりうる、完全素体としての用途は皆無で、星から授けられた魂が宿るものだけが今日のホムンクルスと呼ばれるものだった。

 恐らくこのあたりの研究には、女神や神人カムトの干渉があったのだろう。念のため確認したが、禁書となった本は、世界中で同時期に処分されたのだと司書の女性が教えてくれた。そんな背景からも、やはり神人カムトが動いたのだと容易に想像された。

 一通り目的の本を全て読み終わり、現代に到るまでの歴史もおよそ把握した。アルフェはというと、僕の隣で熱心にノートを書きつづっている。机の上に広げられた教科書を見る限り、どうやら明日の魔導工学の予習をしているようだ。

 魔導工学なら、ついでに予習しておいても問題なさそうだ。そもそも僕が生きていた時代にはなかった技術だし、生活と密接に関係がある。この仕組みや使い方の理解は、家の手伝いをするときに大いに役立つはずだ。

 魔法で火を熾すような時代はもう古く、今の時代は魔導器が生活における魔法の役割を全て担っている。魔法の才能がなくても、ボタンひとつで火を熾し、空調魔導器で室内の温度を快適に保つことができる。しかも燃料は自身のエーテルに頼らず、家の外に設置されたエーテルタンクから供給される液体エーテルが主流なのだ。

 ――なんでも『魔法』で、という時代は終わったんだな。

 そうはいっても、魔法学の授業はあるし、魔力の強い人間は特別な教育を受けるように取り計らわれているのは、現代でもさして変わりはない。

 アルフェと僕がセント・サライアス付属幼稚園に入るきっかけになったのにも、このことが強く影響しているわけだし。

「リーフ、おわった?」

 僕の視線が本から離れていることに気づいたアルフェが、すかさず声をかけてくる。

「あ、いや。ついでに明日の予習をしようかなって。アルフェは、その魔導工学の予習、もう終わってる?」
「ううん! あと少しだから予習の復習する! リーフにも教えてあげるね」
「それは頼もしいな」

 同じ授業に興味があると感じたのか、アルフェは活き活きと目を輝かせた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

知らない異世界を生き抜く方法

明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。 なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。 そんな状況で生き抜く方法は?

乙女ゲームの世界に転生したと思ったらモブですらないちみっこですが、何故か攻略対象や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛されています

真理亜
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら...モブですらないちみっこでした。 なのに何故か攻略対象者達や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛されています。 更に更に変態銀髪美女メイドや変態数学女教師まで現れてもう大変!  変態が大変だ! いや大変な変態だ! お前ら全員ロ○か!? ロ○なんか!? ロ○やろぉ~! しかも精霊の愛し子なんて言われちゃって精霊が沢山飛んでる~! 身長130cmにも満たないちみっこヒロイン? が巻き込まれる騒動をお楽しみ下さい。 操作ミスで間違って消してしまった為、再掲しております。ブックマークをして下さっていた方々、大変申し訳ございません。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

殿下!死にたくないので婚約破棄してください!

As-me.com
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私。 このままでは冤罪で断罪されて死刑にされちゃう運命が待っている?! 死にたくないので、早く婚約破棄してください!

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...