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第一章 輪廻のアルケミスト
第7話 微睡みと覚醒の狭間
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「リーフ、お待たせ。ミルクの時間よ」
柔らかな声で目を覚ました。仄かに甘く優しい香りがしている。微睡みから目覚めると、母の腕に抱きかかえられているのだと理解した。
「うーあ」
母上、と呼びかけようとしたが全く違う声が出た。発音にかなりの難があるのもそうだが、口を開いたことで唇の端から涎が零れていくのがわかった。
「良く眠ってたから、お腹空いちゃったわよね」
母がそう言いながら唇の端を拭ってくれる。この肉体の母であることは間違いないのだが、他人に世話を焼かれるのはどうにも慣れない。
「あううーあー」
礼を言おうにもやはり舌っ足らずな声が漏れただけだった。だが、不思議と僕の言わんとしている言葉が通じたのか、ぼんやりとした視界の中で母が笑ったように見えた。
「ふふふ、どういたしまして」
あれでよく通じたな、と感心しながら目を瞬いていると、目の前に銀の匙が差し出された。甘い香りが少し濃く感じられるのは、匙の上に乗ったミルクのせいだろう。
「はい、どうぞ」
匙ですくったミルクが唇に触れる。舌を伸ばすまでもなく、適度に傾けられて口の中にそっと流し込まれた。
「んっ、んっ」
甘くて優しい味がした。喉を鳴らして飲むと、本能的にこれを欲しているのかほとんど勝手に手足が動いた。
「美味しい? いっぱい飲んで大きくなってね」
母はそう言いながら僕の口に次のひと匙を近づける。僕は差し出されるまま、ミルクで喉を潤していく。ほんのりと温かく、優しい味のするそのミルクは、世の中にこんなご馳走があったのかと思えるほどに美味しい。
ミルクを飲むうちに、少しずつ腹も膨れてきた。ミルクで喉が潤い、腹が満たされると、安堵からか欠伸が出て、とろとろとした眠気に包まれた。
「ゆっくりおやすみなさい、リーフ」
微睡みの中で母の優しい声が響く。頭部を撫でる温かな手の感触が心地良く、僕はそのまま訪れた眠気に身を任せた。
次に目が覚めた時、身体が生温かく湿っている感覚があった。
「うあ……」
尻が湿っている不快感に思わず声を上げたが、辺りは薄暗く、どうやら夜になったようだ。グラスが赤ん坊だった頃の記憶はないが、この身体ではトイレに行くことは不可能だろう。二足歩行できないうちは垂れ流すしかないらしいと諦め、息を吐いた。
「あうっ」
溜息を吐こうとしたが、素っ頓狂な声が喉から漏れた。横隔膜の辺りからなにか込み上げてくるものがある。それが喉から漏れるたび、全身がびくびくと痙攣するように動く。
「あらあら、しゃっくり?」
母の声で、自分がしゃっくりをしているのだと理解した。だが、理解したところで止まる訳ではない。
「おむつも濡れてるわ。嫌だったわよね、ごめんね」
僕を抱き上げた母が、湿った衣服に気づいて申し訳なさそうな声を上げる。そのまま手早く僕の衣服を取り払うと、石鹸の匂いのする清潔な衣服に着替えさせられた。
「気づかなくてごめんね、リーフ」
いや、申し訳ないのは僕の方だ。動けないとはいえ、大の大人に下の世話をさせるとは……。
「お尻が冷たくて気持ち悪いわよね。あなた、お湯を用意してくれる?」
「もう沸かしているよ、ナタル」
母の呼びかけに父の声が返る。今の視力では良く見えなかったが、なにか機械のようなものが父の傍にあるようだった。赤い小さなランプが点っているのは、僕にも辛うじてわかった。
ほどなくして湯を張った盥を手にした父が床にそれを置き、僕はそのそばのタオルの上に寝かされた。
「……うん、良い感じ。ついでにお風呂にしましょうね」
母がそう言いながらついさっき着替えたばかりの僕の衣服を脱がせ始める。おむつという下着の一種も取り払われ、汚れてもいないのに新しいものが用意された。
「さっ、あなた。お願いしますよ」
「よし。……さあ、リーフ。沐浴の時間だよ」
父に抱き上げられ、温かな湯の中に足を浸けられる。寒くないようにとの配慮なのか身体には薄い布がかけられ、頻繁に湯をかけて温められた。
「どうだい、気持ちいいかな、リーフ」
泡立てた石鹸で頭や身体を撫でながら、父が問いかけてくる。
「あーう」
どうにか同意を示し、まだぎこちない動きの手足を動かしてみると、父の目がまるく見開かれるのがわかった。
「ナタル、聞いたか!?」
「ふふふ、聞こえましたよ」
僕の反応に両親が笑顔で反応している。僕としてはちゃんと喋ることが出来ないのがもどかしいが、二人にとってはそんなことは関係ないらしい。
「パパにお風呂に入れてもらって、嬉しいのよね」
「そうかそうか。これからは、毎日入れてあげるからな」
「期待してるわよ、ルドラ」
母ナタルと父ルドラの仲は良好らしく、僕の反応をきっかけに微笑み合いながら会話を続けている。なにか反応した方が良いかと思ったが、二人が喋っていることを理解できているものの、あーとかうーしか声が出せないので、取りあえず聞き役に回ることにした。
「本当に、無事に生まれて来てくれて嬉しいわ」
「君のおかげだよ、ナタル」
柔らかな声で目を覚ました。仄かに甘く優しい香りがしている。微睡みから目覚めると、母の腕に抱きかかえられているのだと理解した。
「うーあ」
母上、と呼びかけようとしたが全く違う声が出た。発音にかなりの難があるのもそうだが、口を開いたことで唇の端から涎が零れていくのがわかった。
「良く眠ってたから、お腹空いちゃったわよね」
母がそう言いながら唇の端を拭ってくれる。この肉体の母であることは間違いないのだが、他人に世話を焼かれるのはどうにも慣れない。
「あううーあー」
礼を言おうにもやはり舌っ足らずな声が漏れただけだった。だが、不思議と僕の言わんとしている言葉が通じたのか、ぼんやりとした視界の中で母が笑ったように見えた。
「ふふふ、どういたしまして」
あれでよく通じたな、と感心しながら目を瞬いていると、目の前に銀の匙が差し出された。甘い香りが少し濃く感じられるのは、匙の上に乗ったミルクのせいだろう。
「はい、どうぞ」
匙ですくったミルクが唇に触れる。舌を伸ばすまでもなく、適度に傾けられて口の中にそっと流し込まれた。
「んっ、んっ」
甘くて優しい味がした。喉を鳴らして飲むと、本能的にこれを欲しているのかほとんど勝手に手足が動いた。
「美味しい? いっぱい飲んで大きくなってね」
母はそう言いながら僕の口に次のひと匙を近づける。僕は差し出されるまま、ミルクで喉を潤していく。ほんのりと温かく、優しい味のするそのミルクは、世の中にこんなご馳走があったのかと思えるほどに美味しい。
ミルクを飲むうちに、少しずつ腹も膨れてきた。ミルクで喉が潤い、腹が満たされると、安堵からか欠伸が出て、とろとろとした眠気に包まれた。
「ゆっくりおやすみなさい、リーフ」
微睡みの中で母の優しい声が響く。頭部を撫でる温かな手の感触が心地良く、僕はそのまま訪れた眠気に身を任せた。
次に目が覚めた時、身体が生温かく湿っている感覚があった。
「うあ……」
尻が湿っている不快感に思わず声を上げたが、辺りは薄暗く、どうやら夜になったようだ。グラスが赤ん坊だった頃の記憶はないが、この身体ではトイレに行くことは不可能だろう。二足歩行できないうちは垂れ流すしかないらしいと諦め、息を吐いた。
「あうっ」
溜息を吐こうとしたが、素っ頓狂な声が喉から漏れた。横隔膜の辺りからなにか込み上げてくるものがある。それが喉から漏れるたび、全身がびくびくと痙攣するように動く。
「あらあら、しゃっくり?」
母の声で、自分がしゃっくりをしているのだと理解した。だが、理解したところで止まる訳ではない。
「おむつも濡れてるわ。嫌だったわよね、ごめんね」
僕を抱き上げた母が、湿った衣服に気づいて申し訳なさそうな声を上げる。そのまま手早く僕の衣服を取り払うと、石鹸の匂いのする清潔な衣服に着替えさせられた。
「気づかなくてごめんね、リーフ」
いや、申し訳ないのは僕の方だ。動けないとはいえ、大の大人に下の世話をさせるとは……。
「お尻が冷たくて気持ち悪いわよね。あなた、お湯を用意してくれる?」
「もう沸かしているよ、ナタル」
母の呼びかけに父の声が返る。今の視力では良く見えなかったが、なにか機械のようなものが父の傍にあるようだった。赤い小さなランプが点っているのは、僕にも辛うじてわかった。
ほどなくして湯を張った盥を手にした父が床にそれを置き、僕はそのそばのタオルの上に寝かされた。
「……うん、良い感じ。ついでにお風呂にしましょうね」
母がそう言いながらついさっき着替えたばかりの僕の衣服を脱がせ始める。おむつという下着の一種も取り払われ、汚れてもいないのに新しいものが用意された。
「さっ、あなた。お願いしますよ」
「よし。……さあ、リーフ。沐浴の時間だよ」
父に抱き上げられ、温かな湯の中に足を浸けられる。寒くないようにとの配慮なのか身体には薄い布がかけられ、頻繁に湯をかけて温められた。
「どうだい、気持ちいいかな、リーフ」
泡立てた石鹸で頭や身体を撫でながら、父が問いかけてくる。
「あーう」
どうにか同意を示し、まだぎこちない動きの手足を動かしてみると、父の目がまるく見開かれるのがわかった。
「ナタル、聞いたか!?」
「ふふふ、聞こえましたよ」
僕の反応に両親が笑顔で反応している。僕としてはちゃんと喋ることが出来ないのがもどかしいが、二人にとってはそんなことは関係ないらしい。
「パパにお風呂に入れてもらって、嬉しいのよね」
「そうかそうか。これからは、毎日入れてあげるからな」
「期待してるわよ、ルドラ」
母ナタルと父ルドラの仲は良好らしく、僕の反応をきっかけに微笑み合いながら会話を続けている。なにか反応した方が良いかと思ったが、二人が喋っていることを理解できているものの、あーとかうーしか声が出せないので、取りあえず聞き役に回ることにした。
「本当に、無事に生まれて来てくれて嬉しいわ」
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