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最終章 ”ヒーロー”
第40話
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「大丈夫、大声を上げたりしなければ危害は加えない」
そう言いながら、男はレインコートのフードを取った。
フードから現れたその顔は、右半分がやけどの跡のようにブツブツと水ぶくれのようになっていて、何かの病気か、とも思ってしまうほど醜いものだった。
何が目的で――と不安に駆られながらも、奏音はコクコクと二回頷いた。
まゆりに目をやり、刺激しないほうがいいというアイコンタクトを送る。
男を睨みつけたまま、まゆりも一度、浅く頷いた。
「しっかし、最初から当たりだなぁ。こんなかわいい子が、二人もなんて! やっぱし、わたしはツイてる」
一人恍惚に浸る男。
その言動の一つ一つがどこか狂っており、いちいち恐怖が駆り立てられる。
なんで、こんな大事な日に、大事なタイミングで――突然の恐怖に震えていると「これ、キミ」の食べかけ?」とフランクフルトを手に取ると、舐め回すように口にした。
あまりの気持ち悪さに、背筋が凍る。
「うーん、旨い! お腹空いてたんだよねぇ」
そう言うと、男は残りのたこ焼きとまゆりの焼きそばにまで手を出した。
渇きを満たすかのように、紡織の限りを尽くす。
――一体、何がしたいの?
観察するわけでもなく、ただただ時間が過ぎるのを待っていた奏音は「なあ、キミ。この部屋、テレビは見れないの?」と話しかけられてびくりと体を震わせた。
「テレビ、ですか? それなら、ここに……」
「あぁ、ありがとう。これだけが楽しみだからねぇ。さ、ニュースになってるかな?」
男はそういうと、満面の笑みでテレビにかじりついた。
丁度昼の情報番組が乱立している時間で、チャンネルを回すと同じような情報番組が映し出される。
◇◇◇
想像よりも時間がかかった飾りつけを終えた陽太は、教室を出た。
ようやくご飯にありつける――そんな期待に心を躍らせていると、前から見覚えのある人影が近づいてきて「瀬野!」と声を上げた。
プール掃除のときに協力をしてくれた、新田だ。
血相を変えて、ただ事ではないことが見てわかる。
どうしたの、と質問をする前に「まゆりと双葉が――」と新田の声が続いた。
「は?」
「えっと、よく、落ち着いて、聞いて」
「落ち着くのは新田の方だって……何があったんだ?」
「危ないの、は、刃物を持った男が……!」
「刃物? 一体どういう――」
陽太の質問を遮るようにして、スピーカーが〝ジーッ〟と緊急事態であることを伝える不快な音を発した。
『全校生徒の皆さんにご連絡です。先ほど、構内に刃物を持った黒いレインコートの男が侵入しました。男は、旧校舎・空想研究会の部室で立て籠っています。生徒の皆さんは、決して近づかず、近くの教室など、鍵のかけられるところに身を隠してください。繰り返します――』
ここでようやく、陽太の中ですべてのパズルが一致した。
新田は、このことを知っていた。
そして、〝奏音とまゆりが危ない〟というのは、二人が刃物を持った男と対峙しているか、人質になっているかはわからないが、危険にさらされているということ――。
陽太は新田に教室のカギを投げ渡すと「その教室で籠ってて!」とその場を駆けだした。
「ちょ、瀬野⁉ どこに――」
「じっとしてるわけにもいかないだろ!」
「行ってアンタに何ができんの!」
「行ってから考える!」
黙って時が過ぎるのを待つわけにはいかない。
陽太は制止を振り払って、空想研究会の部室へ向かった。
◇◇◇
「……ったく!」
翔は、役立たずな教員に背を向けて駆け出していた。
偶然職員室内にいた翔は、高牧の報告を聞いていた。
すぐに有志の先生とテロリストの制圧に向かおうとしたが、警察に連絡しただけで一向に動こうとしない。
こういう場合はまず教員が動いて犯人と対話するのが常道だろうが、怖気づいてしまっているのだろう。
業を煮やした翔は単独で向かうことにした。
高牧の報告によれば、部室にいるのは奏音と、まゆり――幼馴染と、想い人がいる以上、助けに行かない理由はない。
道中でさすまたを手に取り、角を曲がると、見覚えのある顔と衝突しかけた。
「翔⁉」
「陽太⁉」
陽太も、あの部室に大切な人がいる。
迎えに行くことは彼からしたら当然のことだ。
こんな状況で、翔は小学生のころを思い出していた。
小学四年生のころ。
上級生によるいじめに遭っていた奏音を救うため、単身で上級生のクラスに乗り込んだことを思い出し、奏音のいじめを撲滅し、一躍クラスの英雄となった――あの時は後ろを走るだけだったが、今は違う。
翔は「こっちだ!」と急に方向転換をした。
「ちょ、そっちは部室とは逆――」
「こっちにもう一本さすまたがある!」
前は走れなくても、隣を走ることはできる――仲間に頼ることの大切さを教えてくれた幼馴染の力になるべく、翔は駆けていく。
「……わかった!」
彼の前は走ることはできなくても、横を走ることはできる。
もう、遅れは取らない。
そう言いながら、男はレインコートのフードを取った。
フードから現れたその顔は、右半分がやけどの跡のようにブツブツと水ぶくれのようになっていて、何かの病気か、とも思ってしまうほど醜いものだった。
何が目的で――と不安に駆られながらも、奏音はコクコクと二回頷いた。
まゆりに目をやり、刺激しないほうがいいというアイコンタクトを送る。
男を睨みつけたまま、まゆりも一度、浅く頷いた。
「しっかし、最初から当たりだなぁ。こんなかわいい子が、二人もなんて! やっぱし、わたしはツイてる」
一人恍惚に浸る男。
その言動の一つ一つがどこか狂っており、いちいち恐怖が駆り立てられる。
なんで、こんな大事な日に、大事なタイミングで――突然の恐怖に震えていると「これ、キミ」の食べかけ?」とフランクフルトを手に取ると、舐め回すように口にした。
あまりの気持ち悪さに、背筋が凍る。
「うーん、旨い! お腹空いてたんだよねぇ」
そう言うと、男は残りのたこ焼きとまゆりの焼きそばにまで手を出した。
渇きを満たすかのように、紡織の限りを尽くす。
――一体、何がしたいの?
観察するわけでもなく、ただただ時間が過ぎるのを待っていた奏音は「なあ、キミ。この部屋、テレビは見れないの?」と話しかけられてびくりと体を震わせた。
「テレビ、ですか? それなら、ここに……」
「あぁ、ありがとう。これだけが楽しみだからねぇ。さ、ニュースになってるかな?」
男はそういうと、満面の笑みでテレビにかじりついた。
丁度昼の情報番組が乱立している時間で、チャンネルを回すと同じような情報番組が映し出される。
◇◇◇
想像よりも時間がかかった飾りつけを終えた陽太は、教室を出た。
ようやくご飯にありつける――そんな期待に心を躍らせていると、前から見覚えのある人影が近づいてきて「瀬野!」と声を上げた。
プール掃除のときに協力をしてくれた、新田だ。
血相を変えて、ただ事ではないことが見てわかる。
どうしたの、と質問をする前に「まゆりと双葉が――」と新田の声が続いた。
「は?」
「えっと、よく、落ち着いて、聞いて」
「落ち着くのは新田の方だって……何があったんだ?」
「危ないの、は、刃物を持った男が……!」
「刃物? 一体どういう――」
陽太の質問を遮るようにして、スピーカーが〝ジーッ〟と緊急事態であることを伝える不快な音を発した。
『全校生徒の皆さんにご連絡です。先ほど、構内に刃物を持った黒いレインコートの男が侵入しました。男は、旧校舎・空想研究会の部室で立て籠っています。生徒の皆さんは、決して近づかず、近くの教室など、鍵のかけられるところに身を隠してください。繰り返します――』
ここでようやく、陽太の中ですべてのパズルが一致した。
新田は、このことを知っていた。
そして、〝奏音とまゆりが危ない〟というのは、二人が刃物を持った男と対峙しているか、人質になっているかはわからないが、危険にさらされているということ――。
陽太は新田に教室のカギを投げ渡すと「その教室で籠ってて!」とその場を駆けだした。
「ちょ、瀬野⁉ どこに――」
「じっとしてるわけにもいかないだろ!」
「行ってアンタに何ができんの!」
「行ってから考える!」
黙って時が過ぎるのを待つわけにはいかない。
陽太は制止を振り払って、空想研究会の部室へ向かった。
◇◇◇
「……ったく!」
翔は、役立たずな教員に背を向けて駆け出していた。
偶然職員室内にいた翔は、高牧の報告を聞いていた。
すぐに有志の先生とテロリストの制圧に向かおうとしたが、警察に連絡しただけで一向に動こうとしない。
こういう場合はまず教員が動いて犯人と対話するのが常道だろうが、怖気づいてしまっているのだろう。
業を煮やした翔は単独で向かうことにした。
高牧の報告によれば、部室にいるのは奏音と、まゆり――幼馴染と、想い人がいる以上、助けに行かない理由はない。
道中でさすまたを手に取り、角を曲がると、見覚えのある顔と衝突しかけた。
「翔⁉」
「陽太⁉」
陽太も、あの部室に大切な人がいる。
迎えに行くことは彼からしたら当然のことだ。
こんな状況で、翔は小学生のころを思い出していた。
小学四年生のころ。
上級生によるいじめに遭っていた奏音を救うため、単身で上級生のクラスに乗り込んだことを思い出し、奏音のいじめを撲滅し、一躍クラスの英雄となった――あの時は後ろを走るだけだったが、今は違う。
翔は「こっちだ!」と急に方向転換をした。
「ちょ、そっちは部室とは逆――」
「こっちにもう一本さすまたがある!」
前は走れなくても、隣を走ることはできる――仲間に頼ることの大切さを教えてくれた幼馴染の力になるべく、翔は駆けていく。
「……わかった!」
彼の前は走ることはできなくても、横を走ることはできる。
もう、遅れは取らない。
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