妄想の中のテロリストはいつも学校を襲っている

エルトリア

文字の大きさ
上 下
36 / 44
最終章 ”ヒーロー”

第36話

しおりを挟む
モニターに次々出てくる文字は、その一つ一つがわたしの心を突き刺してきた。

 ――どうせ口だけだろ?

 ――はいはい、糖質乙

 ――出た出た、虚言壁

 誰も、わたしの言うことなんか信じてくれない。

 所詮、ネットのイチ掲示板。
 ネタだ、ただ面白ければいいなどと軽い気持ちで書き込んでいるだけだろう。
 直接会ったことも、どんな顔をしているのかも、声だって聞いたことのない相手だが、そう考えていることは手に取るようにわかった。

「〝そんなわけないだろ、本気だ〟」

 そう書き込んでやると、またネットの住人が茶化したててくる。
 どこの誰かもわからない、ゴミのような連中の書き込み。
 気にすることはない――そう考えられれば楽なのだろうが、画面の向こうでも相手がいると知っている以上、どうしても屈服させたくなってしまう。

 性分なのだろう。
 そういう歪な人間だから、こうして世間に認めてもらえないのだろう。

「〝明日、テレビを見てろ〟」

 手が、止まらない。
 心が、止まらない。
 やつらに、世界に、わたしがここにいる、と伝える必要がある。

「〝とある学校で、事件が起こる。今世紀最大で、今世紀最悪の事件だ〟」

 そこまでかき込んで、わたしはブラウザを閉じた。
 すると、背後で並行して開いていたピクチャページが表示された。

 表示されているのは、スクリーンショット。
 切り取ったのは、とある学校のホームページ。

 成望高校。
 県内でも有数の進学校だ。
 他の高校が夏休みの期間に入っている八月末に、どうやら文化祭を開くらしい。

 そこまでなら特段驚くことはないのだが、興味深いのは〝一般でも入場可能〟という一文だった。
 今では削除されているが、そういう計画があったこと、警備の関係もそこまで強固ではないことがわかる。
 削除しているということはミスに気付いたということ、それに伴って警備が強化されているのなら、その旨を記事にしてもいいものだが、現状〝学校関係者以外の方はご遠慮ください〟と書かれる程度に収まっている。

 有数の進学校とはいえ、ここは県立の高校。
 それほど警備に人手が裂けるとは思えない。
 加えて、だいたいの校内を示した地図に、それぞれの棟の説明まで丁寧に記載されていた。

 ――これなら……。

 わたしは決意を胸に、包丁を握りしめた。


      ◇◇◇


「思ったより盛況だったね……」と、奏音がマスキングテープを手に呟くと「想像以上だったわ……」とまゆりがぐったりとした様子で続く。
 そんな二人を脚立の上から見下ろしながら「午前中は一先ず及第点って感じだね」と、陽太は掲示していた展示物を取り外していた。

 現在、午前十二時ちょうど。

 午前の部が終了し、昼に入るころ。
 食堂や料理部などに集中するため、飲食関係がメインではない部活以外は昼休憩となる。
 空想研究会も例外ではなく、壁に貼り付けた掲示物を入れ替えたらすぐに昼休憩に入る予定になっていた。

 掲示物を張り替えて新しく興味深い情報を提示することで午前と午後の二回来てもらおう、というのは奏音かのん発案の計画だ。
 実験も、午前と午後で別のものに入れ替えることで二重に楽しんでもらい、好意を持ってもらって票を増やす――手間こそかかるが、そんなことを言っていられる状況ではないことは一番わかっている。

 寝る間も惜しんで――は誇張しすぎだが、それに近い労力と時間をかけて制作したそれを張り付ける。
 脚立の上で我が子のようなそれを眺めていると「失礼する」と翔が教室に入ってきた。

 そのタイミングで飾りつけのし直しが終わった陽太は、「おっ、翔じゃん。お疲れ」と脚立の上から降りて「どう?」と言いながら両手を広げて見せた。

 今年の文化祭は夏休み中に行われるので、各教室をはじめとして様々な場所を解放して広さを確保している。
 校門の近くや学校の中心にある中庭など、人が集まりやすい場所はくじで決めるのだが、空想研究会はその中で一番希望が多かった入り口に一番近い校門近くにある一年一組の教室を引き当てていた。
 そんないつもは三十人ほどの生徒が使用している教室を目一杯に使っている。

 午前は〝刀を口にくわえて戦うキャラがいるが、何キロの力で噛めば戦えるのか〟や〝デコピンで人を吹き飛ばすにはどれくらいの力が必要なのか〟などといった数字よりの内容だったが、午後は〝漫画やアニメで行われた主人公の行為を裁判にかけたらどうなるか〟を調べてイラストにしたものを、〝巨大な怪獣が地球で実際に活動をしたら体がどうなるのか〟を調べた妄想を科学的に調べた資料が掲げられている。

 そして、教室の中央では、様々な実験装置を用意していた。

「これは?」

 傍らに佇んでいる仰々しいアルミのツボを指差して翔は首を傾げた。

「あぁ、それはドライアイス。ホラ、今日暑いだろ? 少しでも涼しんでもらえるような内容が良いんじゃないかと思ってさ」
「へー……結構いいじゃないか」
「だろ? 結構大変だったんだぜ? 用意するの」

「ふっ、こんないい場所を取れたんだからな。これくらい頑張ってくれなくちゃ困る……」と、いつも通りの皮肉めいたことを言ってから、「SNSの件、すまなかった」と頭を下げた。

「謝るなって。アレを提案してくれただけで充分だよ」

 翔はケンカのあと、改めてSNSを活用できるように先生に掛け合ってくれた。
 その甲斐なく、一般向けのSNSを使用することは安全保障上の理由から許可が下りなかった。
 その代わりに、翔から提案されたのは、ホームページ内で生徒手帳に書かれている番号を入力することで学校に所属している生徒だけが確認できる学生専用ページによる宣伝だった。

 本来であれば台風や地震などの災害が起きた際の緊急時に生徒へ学校の状況などを伝えるために使用されるのだが、平時では学校スケジュールや時間割などを確認することができるようになっている。

 今回は、そのページの中で災害時に使用するシステムを利用して、自由に部活の行動を紹介できる〝文化祭専用掲示板〟を開設してくれた。
 ここで動画を数本公開してみたり、ちょっとした漫画に関する豆知識を投稿した結果、午前中は生徒の来客が多めだった。
 割合として考えればよくはないが、総数としては悪くない。
 午後もこの調子で行ければ――なんてことを考えていると、翔が「ま、俺なりの罪滅ぼしだよ」と言って一枚の折りたたまれた紙を取り出して「これもその一種」と陽太に手渡した。

「ん?」
「あとで、部室に持ってって、三人で見てくれ。きっと、いいことが書いてある」
「いいこと?」
「そう。やる気が上がると思うよ……ただ、部室で見てくれ。もし見つかったらまた俺が怒らることになる。それじゃ」

 言いたいことだけ言い終えると、翔はその場を後にした。

「……部室で、ねぇ」
「何かいけないことでも書いてあるのかな」
「どうだろ。ま、いいや。奏音ちゃん、園崎……二人とも、先に部室に戻ってて」
「えっ、いいの?」
「あとは一人でできるくらいだし、少しでも体力温存しておいてほしい。午後もバリバリ動いてもらわないといけないしね。かわりに、トリモチとか午前中つかった道具持ってってくれると助かるな」

 陽太は困惑する奏音から最後の掲示物を取り上げて、代わりに笑顔を振りまく。
 でも、となお抵抗しようとする奏音を「はいはい。それじゃ、お姫様は連れて行くわ」とまゆりが奏音の袖を引っ張っていった。

「あ、ちょ……ごめんね、ヨウくん!」
しおりを挟む
導線バナー

感想 20

あなたにおすすめの小説

イルカノスミカ

よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。 弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。 敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

俺たちの共同学園生活

雪風 セツナ
青春
初めて執筆した作品ですので至らない点が多々あると思いますがよろしくお願いします。 2XXX年、日本では婚姻率の低下による出生率の低下が問題視されていた。そこで政府は、大人による婚姻をしなくなっていく風潮から若者の意識を改革しようとした。そこて、日本本島から離れたところに東京都所有の人工島を作り上げ高校生たちに対して特別な制度を用いた高校生活をおくらせることにした。 しかしその高校は一般的な高校のルールに当てはまることなく数々の難題を生徒たちに仕向けてくる。時には友人と協力し、時には敵対して競い合う。 そんな高校に入学することにした新庄 蒼雪。 蒼雪、相棒・友人は待ち受ける多くの試験を乗り越え、無事に学園生活を送ることができるのか!?

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

息絶える瞬間の詩のように

有沢真尋
青春
 海辺の田舎町で、若手アーティストを招聘した芸術祭が開催されることに。  ある絵を見て以来、うまく「自分の絵」がかけなくなっていた女子高生・香雅里(かがり)は、招聘アーティストの名前に「あの絵のひと」を見つけ、どうしても会いたいと思い詰める。  だけど、現れた日本画家・有島はとてつもなくガラの悪い青年で…… ※喫煙描写があります。苦手な方はご注意ください。 表紙イラスト:あっきコタロウさま (https://note.com/and_dance_waltz/m/mb4b5e1433059)

処理中です...