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第三章 It's "SHOW" time
第35話
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「なぜこんな記事を出したんだ!」
高校二年生にもなって、ここまで本域で怒られることは初めてだった。
翔は生徒会顧問の山本の前で「すみません」と頭を下げることしかできなかった。
事件が起きたのは、昨晩のこと。
学校の行事を記す記事をホームページに上げるという役目を果たすべく、写真を交えて記事をアップした。
本来であれば山本に確認してもらわなければならないはずだったのだが、時間が無かったこと、他にも取材や内容の確認などをしているうちに、もう確認してもらったと勘違いしまい、アップロードしてしまったという状況だ。
それでも内容がキッチリしていれば小言を言われるレベルで済んだのだろうが、〝誰でも入場可能〟と書いてしまったことがまずかった。
お陰で、数件の問い合わせが来ているという。
削除はしたが、これを見て以降ホームページを見ずに来場をしてしまう人もいるだろう。
間違いなく、100パーセント自分に非がある――それは認めてはいる。
がしかし、日々の仕事量に、己が抱える責任の重さに、首が回らなくなってきたのも事実。
もう少し仕事量を振り分けて、などと文句の一つでも言ってやりたかったが、自ら進んでこの立場なった以上それは許されない。
翔は「ご迷惑、おかけします」と言って一層頭を下げた。
こればかりはもう自分ではどうしようもない。
ここからは大人の仕事――そう割り切るしかない。
しばらくの小言の後、修了式の時間が近付いたことでようやく解放された。
翔はふぅと一つ息を吐いてから、前を見る。
まだ、生徒会の仲間には伝えていない。
このまま内緒のままか、それとも――揺らぐ気持ちのまま、修了式が執り行われる体育館へ向かおうとして、翔はその手を止めた。
「陽太……」
そこにいたのは、目の下のたんこぶとでもいうのだろうか。
ずっと、心のどこかで壁として立ちふさがっていた旧友の瀬野陽太だった。
そう、思い返せば、この陽太とかかわるようになってからすべてが狂った。
無駄に粘って部活を続けようとするし、何かと気に障るようなことを話す。
まだ自分の方が上だとでも思っているのだろうか。
「悪い……立ち聞きするつもりはなかった」
――嘘だ。
この盗み聞きだって確信犯にちがいない。
しかし、そんな卑怯な人間に、こうして弱みを握られたのは失態。
また、失態だ。
嫌なことが続くな、と頭をかきむしりながら「場所を変えよう」と踵を返した。
何が目的だ、いまのことをネタにゆすってくるか――。
◇◇◇
修了式まであと数分。
時間があるから、今回の文化祭にあたりSNSでの広報活動は可能か聞きに言った矢先の出来事だった。
――ミスって……。
恐らく、話の内容から察するに先日まゆりと話した記事のことだろう。
翔の早とちりで、本来はそんなフリーに誰でも入れる予定はなったということらしい。
どうしてそんなミスをしたのか――幼いころは、どちらかと言えば石橋を叩いた後、先に渡っている人を確認してから端の手すりを持って歩くタイプだった。
そんなアイツならこんなミスはしないはず。
これも時間による変化なのか、と思っているうち、翔が「ここで話そう」と歩を止めた。
科学の実験などに使用される部屋。
大きく黒い机が並んでいるその様は相変わらず不気味で、入り口付近にいる人体模型もその暗さに拍車をかけている。
「それで……何が目的だ?」
扉の鍵を閉めると、視線で翔が睨みつけてきた。
明らかな敵意は、先日物語を書いたときにイメージしたそれそのままだ。
「目的なんて……ちょっと聞きたいことがあったんだよ。もう解決したけどね」
「嘘だ! ゆするつもりがないならここまで着いてこないだろ!」
「話を聞けって! そんなことをするつもりはない。僕は正々堂々――」
「あんな条件クリアできるわけないだろ! だからわざわざ盗み聞きまでして、切羽詰まってるんだろ⁉」
話を一向に聞こうとしない翔。
「なにを――」と言いかけたところで、胸ぐらを掴まれる。
「全部お前のせいだ! 俺はこんなに頑張ってるのに……どうして! やってんだよ! 必死に! 目の前のことを……なのに……全部お前のせいだ!」
明らかに、冷静じゃない。
聞く耳を持たず、すべてを人のせいにしている。
――これなら……作中でしっかりケリをつけられた分、SHOWの方がマシだ!
全て他人のせいにして、自分は悪くないと考えている。
他人に説教をできるほど高尚な人間ではないが、自分の失敗を認めず人のせいばかりにするのは間違いだということはわかる。
陽太は、胸ぐらを掴む翔の右手首を捉えて逃がさないようにロックすると「お前の考えは……間違ってる!」と頭突きをかました。
「がっ……何を⁉」
「間違ってんだよ、お前!」
叫び、右手を振り上げる。
しかし、寸でのところで躱されてしまい大きくバランスを崩した陽太は、体制を整えた翔が何かの棒振りかぶっているのを視界にとらえた。
くっ、と体を丸めて机の影に身を隠すと、バキッ、と木が破壊された音と共に棒が真っ二つに割れる。
メデューサの髪、と思わせるような太い糸の付いた頭が隣に落ち、それがモップだったということに気づくころには、翔が二撃目を加えようと折れて寧ろ扱いやすくなった木の棒を振りかぶっていた。
「全部お前のせいだろうが! いつもいつも、いつもいつも俺の前に現れて……邪魔ばかりして!」
声と共に、棒が振り下ろされる。
陽太は咄嗟に近くにあった木の椅子を握り、目の前でガードする形を取った。
コンッ、と木と木がぶつかり合い、どこか心地よい音を奏でる。
「それは違う! 僕が自分から前に出てるわけじゃない!」
椅子をくるりと回転させ、絡めとるように――物語の中でSHOWが行ったようにして武器を無力化してみせた。
「違わないだろ! お前はいつもみんなの先頭に立ってた! 誰よりも先にいて、道標になって……!」
それでも、攻勢を弱めない翔は、二本目のモップを手に取ると、侍さながら両手を添えて構えた。
剣道の心得でもあるのか――「みんなが後ろに下がったから僕が前にいただけだろ!」と声を荒げ、自身も近くにあった箒を手に取った。
「詭弁だ!」
「詭弁とかそういうのじゃあない、誰もやらないから前に立っただけだ! 今のお前がそうだろうに!」
「……うるさい!」
翔が、これ見よがしに直進をしてきた。
ここで一気に勝負を決めるつもりだ。
まるで、物語の中のゼノスみたいに――。
「話を聞け!」
只の敵味方なら、それでもよかっただろう。
倒してハッピーエンド、それも正解かもしれない。
ただ、翔はいくら嫌われようが腐っていようが、幼馴染。
かつてはよく遊んだ、旧友。
そしてここは、現実――ただ打ちのめすだけじゃ何も解決しない。
寧ろ、後々、痕が残るだけだ。
物語の結末に納得していたら、こうした結論も出てこなかったのだろう。
「黙れ!」と我を失った翔に向かって、一歩足を進めた。
突然の進撃に、虚を突かれたのだろう――SHOWと同じように微かに怯んだ翔を見逃さず、陽太は手持ちの箒で翔のモップを吹き飛ばすと、逆に翔の懐へ二度目の頭突きを食い込ませた。
「すべてを他人のせいにして……自分は悪くないだぁ? ふざけるな!」
倒れ込んだ翔の上に跨り、胸ぐらを掴む。
奇しくも最初の翔とは真逆の状態になった。
明らかに優勢な状態だが、陽太は拳を振り下ろそうとはせず、真っすぐな視線を翔に向ける。
「何にも知らないくせに!」
「あぁ、何も知らないね! ただ、お前が考えてることは全部自業自得だ!」
「自業自得⁉」
「あぁそうだね。間違いない」
「どこがだよ! 俺はがんばって、誰からも認められようとして、全部引き受けて……だから俺はみんなに選ばれた! だから俺は――」
「お前は一人で生きてるのか!」
そう叫ぶと、翔は言い淀んだ。
図星と思ったのか、なんて返そうと迷ったのかはわからない。
ただ、心から溢れる感情を、陽太はことばを続ける。
「人は一人じゃ生きていけないもんだろ! 協力して、助け合って……互いが互いを認めえ合って人は生きていくんだ!」
「なんでお前にそんなことがわかるんだ……! お前も一人だったじゃないか!」
「一人じゃなくなったから気付いたんだよ! 仲間が、友達が助けてくれるって……! お前にはいないのか⁉」
「そんなの……俺一人で充分だ!」
「充分じゃないから、こうしてパンクしてるんだろ! もっと頼れよ、周りを!」
「頼れる仲間なんて……」
「いないなら、僕を頼れ!」
「……は? お前を?」
「僕なら、お前の醜いところだって、良いところだって知ってる。合ってるかはわからないけど意見だってしてやるし、今みたいにケンカだってしてやる! 先に進む、前に立たれるのが嫌だ? それなら、もっと走ればいいだけだろ!」
数秒の、沈黙。
あまりに顔を近づけすぎていて、表情はわからない。
陽太の目に映るのは、翔の目だけ。
微かに揺れたその瞳に「そうだろ!」と語り掛けると、ようやくその目は瞼を閉じた。
「……嫌だね」
「なっ……!」
「俺は、俺の仲間を頼る」
そう語ると、翔は優しく陽太の肩に手を当て、突き放し距離をとっててきた。
ただ、そこに悪意はない。
大人しくその行為に身を任せて顔を適正な距離に置くと、穏やかな表情になっている翔の顔が映り込んできた。
「翔……」
「悪い……悪い」
「馬鹿……いいんだよ、別に」
「悪い……本当に……」
「だからいいって。友達だろ?」
翔は、悪い、以外の言葉が見つからないのだろう。
しきりにただ謝るばかりだった。
ただ、その表情はどこか晴れやかで、悩みなんか吹っ飛んだような――そんな気がした。
◇◇◇
修了式に生徒会会長が出席しないという異常事態。
陽太と翔は修了式後にやっぱり呼び出され、生徒会顧問の山本に叱られることとなった。
途中、〝何笑ってるんだよ、二人とも〟と言われたことが、妙に二人の心に残っていた。
高校二年生にもなって、ここまで本域で怒られることは初めてだった。
翔は生徒会顧問の山本の前で「すみません」と頭を下げることしかできなかった。
事件が起きたのは、昨晩のこと。
学校の行事を記す記事をホームページに上げるという役目を果たすべく、写真を交えて記事をアップした。
本来であれば山本に確認してもらわなければならないはずだったのだが、時間が無かったこと、他にも取材や内容の確認などをしているうちに、もう確認してもらったと勘違いしまい、アップロードしてしまったという状況だ。
それでも内容がキッチリしていれば小言を言われるレベルで済んだのだろうが、〝誰でも入場可能〟と書いてしまったことがまずかった。
お陰で、数件の問い合わせが来ているという。
削除はしたが、これを見て以降ホームページを見ずに来場をしてしまう人もいるだろう。
間違いなく、100パーセント自分に非がある――それは認めてはいる。
がしかし、日々の仕事量に、己が抱える責任の重さに、首が回らなくなってきたのも事実。
もう少し仕事量を振り分けて、などと文句の一つでも言ってやりたかったが、自ら進んでこの立場なった以上それは許されない。
翔は「ご迷惑、おかけします」と言って一層頭を下げた。
こればかりはもう自分ではどうしようもない。
ここからは大人の仕事――そう割り切るしかない。
しばらくの小言の後、修了式の時間が近付いたことでようやく解放された。
翔はふぅと一つ息を吐いてから、前を見る。
まだ、生徒会の仲間には伝えていない。
このまま内緒のままか、それとも――揺らぐ気持ちのまま、修了式が執り行われる体育館へ向かおうとして、翔はその手を止めた。
「陽太……」
そこにいたのは、目の下のたんこぶとでもいうのだろうか。
ずっと、心のどこかで壁として立ちふさがっていた旧友の瀬野陽太だった。
そう、思い返せば、この陽太とかかわるようになってからすべてが狂った。
無駄に粘って部活を続けようとするし、何かと気に障るようなことを話す。
まだ自分の方が上だとでも思っているのだろうか。
「悪い……立ち聞きするつもりはなかった」
――嘘だ。
この盗み聞きだって確信犯にちがいない。
しかし、そんな卑怯な人間に、こうして弱みを握られたのは失態。
また、失態だ。
嫌なことが続くな、と頭をかきむしりながら「場所を変えよう」と踵を返した。
何が目的だ、いまのことをネタにゆすってくるか――。
◇◇◇
修了式まであと数分。
時間があるから、今回の文化祭にあたりSNSでの広報活動は可能か聞きに言った矢先の出来事だった。
――ミスって……。
恐らく、話の内容から察するに先日まゆりと話した記事のことだろう。
翔の早とちりで、本来はそんなフリーに誰でも入れる予定はなったということらしい。
どうしてそんなミスをしたのか――幼いころは、どちらかと言えば石橋を叩いた後、先に渡っている人を確認してから端の手すりを持って歩くタイプだった。
そんなアイツならこんなミスはしないはず。
これも時間による変化なのか、と思っているうち、翔が「ここで話そう」と歩を止めた。
科学の実験などに使用される部屋。
大きく黒い机が並んでいるその様は相変わらず不気味で、入り口付近にいる人体模型もその暗さに拍車をかけている。
「それで……何が目的だ?」
扉の鍵を閉めると、視線で翔が睨みつけてきた。
明らかな敵意は、先日物語を書いたときにイメージしたそれそのままだ。
「目的なんて……ちょっと聞きたいことがあったんだよ。もう解決したけどね」
「嘘だ! ゆするつもりがないならここまで着いてこないだろ!」
「話を聞けって! そんなことをするつもりはない。僕は正々堂々――」
「あんな条件クリアできるわけないだろ! だからわざわざ盗み聞きまでして、切羽詰まってるんだろ⁉」
話を一向に聞こうとしない翔。
「なにを――」と言いかけたところで、胸ぐらを掴まれる。
「全部お前のせいだ! 俺はこんなに頑張ってるのに……どうして! やってんだよ! 必死に! 目の前のことを……なのに……全部お前のせいだ!」
明らかに、冷静じゃない。
聞く耳を持たず、すべてを人のせいにしている。
――これなら……作中でしっかりケリをつけられた分、SHOWの方がマシだ!
全て他人のせいにして、自分は悪くないと考えている。
他人に説教をできるほど高尚な人間ではないが、自分の失敗を認めず人のせいばかりにするのは間違いだということはわかる。
陽太は、胸ぐらを掴む翔の右手首を捉えて逃がさないようにロックすると「お前の考えは……間違ってる!」と頭突きをかました。
「がっ……何を⁉」
「間違ってんだよ、お前!」
叫び、右手を振り上げる。
しかし、寸でのところで躱されてしまい大きくバランスを崩した陽太は、体制を整えた翔が何かの棒振りかぶっているのを視界にとらえた。
くっ、と体を丸めて机の影に身を隠すと、バキッ、と木が破壊された音と共に棒が真っ二つに割れる。
メデューサの髪、と思わせるような太い糸の付いた頭が隣に落ち、それがモップだったということに気づくころには、翔が二撃目を加えようと折れて寧ろ扱いやすくなった木の棒を振りかぶっていた。
「全部お前のせいだろうが! いつもいつも、いつもいつも俺の前に現れて……邪魔ばかりして!」
声と共に、棒が振り下ろされる。
陽太は咄嗟に近くにあった木の椅子を握り、目の前でガードする形を取った。
コンッ、と木と木がぶつかり合い、どこか心地よい音を奏でる。
「それは違う! 僕が自分から前に出てるわけじゃない!」
椅子をくるりと回転させ、絡めとるように――物語の中でSHOWが行ったようにして武器を無力化してみせた。
「違わないだろ! お前はいつもみんなの先頭に立ってた! 誰よりも先にいて、道標になって……!」
それでも、攻勢を弱めない翔は、二本目のモップを手に取ると、侍さながら両手を添えて構えた。
剣道の心得でもあるのか――「みんなが後ろに下がったから僕が前にいただけだろ!」と声を荒げ、自身も近くにあった箒を手に取った。
「詭弁だ!」
「詭弁とかそういうのじゃあない、誰もやらないから前に立っただけだ! 今のお前がそうだろうに!」
「……うるさい!」
翔が、これ見よがしに直進をしてきた。
ここで一気に勝負を決めるつもりだ。
まるで、物語の中のゼノスみたいに――。
「話を聞け!」
只の敵味方なら、それでもよかっただろう。
倒してハッピーエンド、それも正解かもしれない。
ただ、翔はいくら嫌われようが腐っていようが、幼馴染。
かつてはよく遊んだ、旧友。
そしてここは、現実――ただ打ちのめすだけじゃ何も解決しない。
寧ろ、後々、痕が残るだけだ。
物語の結末に納得していたら、こうした結論も出てこなかったのだろう。
「黙れ!」と我を失った翔に向かって、一歩足を進めた。
突然の進撃に、虚を突かれたのだろう――SHOWと同じように微かに怯んだ翔を見逃さず、陽太は手持ちの箒で翔のモップを吹き飛ばすと、逆に翔の懐へ二度目の頭突きを食い込ませた。
「すべてを他人のせいにして……自分は悪くないだぁ? ふざけるな!」
倒れ込んだ翔の上に跨り、胸ぐらを掴む。
奇しくも最初の翔とは真逆の状態になった。
明らかに優勢な状態だが、陽太は拳を振り下ろそうとはせず、真っすぐな視線を翔に向ける。
「何にも知らないくせに!」
「あぁ、何も知らないね! ただ、お前が考えてることは全部自業自得だ!」
「自業自得⁉」
「あぁそうだね。間違いない」
「どこがだよ! 俺はがんばって、誰からも認められようとして、全部引き受けて……だから俺はみんなに選ばれた! だから俺は――」
「お前は一人で生きてるのか!」
そう叫ぶと、翔は言い淀んだ。
図星と思ったのか、なんて返そうと迷ったのかはわからない。
ただ、心から溢れる感情を、陽太はことばを続ける。
「人は一人じゃ生きていけないもんだろ! 協力して、助け合って……互いが互いを認めえ合って人は生きていくんだ!」
「なんでお前にそんなことがわかるんだ……! お前も一人だったじゃないか!」
「一人じゃなくなったから気付いたんだよ! 仲間が、友達が助けてくれるって……! お前にはいないのか⁉」
「そんなの……俺一人で充分だ!」
「充分じゃないから、こうしてパンクしてるんだろ! もっと頼れよ、周りを!」
「頼れる仲間なんて……」
「いないなら、僕を頼れ!」
「……は? お前を?」
「僕なら、お前の醜いところだって、良いところだって知ってる。合ってるかはわからないけど意見だってしてやるし、今みたいにケンカだってしてやる! 先に進む、前に立たれるのが嫌だ? それなら、もっと走ればいいだけだろ!」
数秒の、沈黙。
あまりに顔を近づけすぎていて、表情はわからない。
陽太の目に映るのは、翔の目だけ。
微かに揺れたその瞳に「そうだろ!」と語り掛けると、ようやくその目は瞼を閉じた。
「……嫌だね」
「なっ……!」
「俺は、俺の仲間を頼る」
そう語ると、翔は優しく陽太の肩に手を当て、突き放し距離をとっててきた。
ただ、そこに悪意はない。
大人しくその行為に身を任せて顔を適正な距離に置くと、穏やかな表情になっている翔の顔が映り込んできた。
「翔……」
「悪い……悪い」
「馬鹿……いいんだよ、別に」
「悪い……本当に……」
「だからいいって。友達だろ?」
翔は、悪い、以外の言葉が見つからないのだろう。
しきりにただ謝るばかりだった。
ただ、その表情はどこか晴れやかで、悩みなんか吹っ飛んだような――そんな気がした。
◇◇◇
修了式に生徒会会長が出席しないという異常事態。
陽太と翔は修了式後にやっぱり呼び出され、生徒会顧問の山本に叱られることとなった。
途中、〝何笑ってるんだよ、二人とも〟と言われたことが、妙に二人の心に残っていた。
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