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第二章 怪人”魔百合”

第19話

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 やはり触手は襲い掛かってくるが、数が少ない分見切ることはできる。
 極限まで高めた集中力を以て紙一重の回避を続け、気が付けば有効距離まであと数メートルのところまでこぎ付けた。
 カイザースラッシュを放つため、柄に手をかけると「近づくな!」と魔百合が声を上げ、触手を掲げる。

 その先には、四本の触手に捕まった奏音が、苦しそうにもがいていた。

「この娘は絶対に離さない。私が斬られるときは、この娘も一緒だ!」

 そう言うと、魔百合は自身の体に巻き付けるようにして奏音を引き寄せた。
 彼女たち敵組織は、遠隔での攻撃が可能な斬撃攻撃・カイザースラッシュのことも分析をし、強力ではあるが、銃や弓矢のように、一度自分の手を離れたら制御ができない飛び道具のような攻撃だと認識しているのだろう。

 遠隔攻撃だが比較的近距離で使用したこと、斬撃が消えるタイミング、使用後の変身が解除された、その他諸々――先日のことを繋ぎ合わせると、〝勘違い〟を産むような要素しかない。

 ――けがの功名ってやつかな……!

 全ての可能性を踏まえた上で、勝利を確信したゼノスは強く刀を握った。
 『カイザースラッシュ、有効距離に入ったよ!』というラクスの声が耳朶を打つ。

 魔百合は、戦闘態勢を解かないどころか寧ろ攻勢にでたゼノスを見て動揺を隠せていない様子だ。
 どこか触手の動きも鈍くなっているように思え、ゼノスは「エネルギー開放……ダブル!」と口の中で呟いてから、更に一歩踏み込んだ。

 エネルギー開放、という一言がキーになっていることも把握しているようで、彼女の動揺は一層広がる。
 「そ、そんな……人質はいいのか⁉」と狼狽える魔百合に「人質を守るためだよ!」と叫んでから、ムラマサブレードを抜刀した。

「カイザースラッシュ!」

 ゼノスの語気を強めたその一言に呼応するかのように、ムラマサブレードが鼓動を開始し、左腰から振り抜いた。
 虚空を縦に一閃、魔百合の左手触手を切り離すような軌跡で振り抜いてから「もう一丁!」と今度は右触手――奏音を拘束する側めがけて振り抜いた。
 二つの軌跡に導かれるように、ムラマサブレードの切っ先から二つの衝撃波が発生し、真っ直ぐ、魔百合と奏音をめがけて直進する。

「ふざけるな……!」

 一言、声を漏らした魔百合は、奏音を守るように触手で抱え込んだ。
 が、そんな事お構いなしにエネルギー波は直進を続け、触手を両断した。
 奏音にも直撃した――ように見えたが、血しぶきなどでないままそのエネルギー波は直進を続け、その奥にいた魔百合の身体に直撃をする。

「ぐっ……!」

 痛みに悶える声と共に、左の触手は体から切り離されぼとりと地面に落ちる。
 コンマ数秒遅れた二波目が、右の触手も切り裂いた。
 地面に落ちた八本の触手は、ジュウと蒸発したような音と共に昇華。
 半透明なそれは瞬く間に姿を消し、奏音が「うっ……」と粘液まみれの状態で顔を出した。

「大丈夫か?」

 すぐさま奏音の元に駆け寄り、一応体に傷が無いかを確認する。
 服は解かされてしまっているが、皮膚がただれたり、締め付けられたことによる跡が付いていたり――カイザースラッシュによる斬撃の跡も付いていることはなく、ゼノスは胸を撫で下ろした。

 ムラマサブレードは、対モンスター用の兵器として製造され、人には危害が加えられないようになっており、攻撃が当たっても無効化される仕様となっている。
 その特性を利用し、魔百合のモンスターの部分だけを攻撃した、という状況だった。

『思い切ったことしたねぇ』

 状況を共有すると、ラクスがゼノスの取った方法を察して声を漏らす。
 うるせぇよ、と呟くと同時に返信が解け、ゼノスから陽太の姿に戻ると、全裸になってしまった奏音に上着を被せて「取りあえず、無事でよかった」とだけ呟いた。

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