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第二章 怪人”魔百合”
第15話
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どういうことだ、という感情が最初に抱いた感想だった。
奏音が発案した奇策に胸を躍らせて、気持ち新たに登校した翌日のこと。
まず気になったのは、向けられる視線だ。
いつもならば誰にも気にされることはなく、気づいたらいないぞなんて言われるような限りなく空気に近い存在。
毒にも薬にもならないことがウリであり、そうあるように努めていた。
そんな毎日を過ごしてきた結果、向けられるのは無関心な視線だった。
時折自分という存在がここにないという感覚に苛まれるが、だいたいは面倒事に巻き込まれなくて良かった、という結論にいたる。
そんな、静かで平穏な毎日を過ごすことができていた。
しかし、今向けられている視線は、まるで汚物でもみるような訝しげな視線だ。
軽蔑、蔑み、その他諸々。心がざわめくのを感じながら自分の席に着くと、静かに時間が立つのを待った。
何か粗相があったのか、それとも妙な噂でも出回っているのか――思考を巡らせていると、「ねえ、ちょっと」と教室では聞き慣れない声が陽太を襲いかかった。
「な。なに?」
話しかけてきたのは、茶髪にピアスと学生でありながらやりたい放題な見た目をしている、クラスメイトの園崎まゆりだった。
また、その取り巻きであろう他クラスの女子が二、三人背後に控えている。
その全てが、怒り心頭といった表情で真っ直ぐ陽太を見つめていた。
先日の翔もそうだが、権力や魅力がある人物にはこうして人が付いてくるということなのだろうか――などとかんがえていると、まゆりが「ちょっと確かめたいことあるんだけど」とスマホを見せつけてきた。
「これ、あんただよね?」
スマホの画面に映し出されていたのは、陽太と同じ成望高校の制服を着た男子生徒だった。
背景は、どこかのスーパーかコンビニだろうか。
商品が陳列されている。
なんのこと、と口から出る前にまゆりが画面の真ん中をタップすると、画が動き出した。
動画だ、と思った瞬間、画面の中にいる男子生徒が懐に商品を懐に忍ばせた。
成望高校の生徒が行った、万引きの現行犯の映像だ。
「え……?」
ただ、身に覚えが無く、陽太は首を傾げる。
確かに背格好は似ているが、ここ最近コンビニやスーパーなどにも寄った記憶は無い。
もちろん、万引きなんてことをした経験も無い。
一通り記憶の中を洗い出し、自分の中でも心当たりがないことを確信してから改めて「な、なんのこと?」と声を上げるが、「ネタは上がってんのよ!」と後ろの取り巻きAが声を荒げ、取り巻きBが「言い逃れできないわよ!」と追随してきた。
そんなことを言われても、知らないものは知らない。
ひたすら困惑する陽太に「残念だったわね」と中心人物のまゆりが、悪魔のような笑みを浮かべてスマホをスクロールして見せた。
次に見せてきたのは,画像。
今度は動く様子は無い。
同じシーンの続きだろうか、店外に出た万引き犯の顔がばっちり映っている写真だ。
そして、そこには、陽太の顔が映り込んでいた。
身に覚えが無いとはいっても、いざこうして犯罪者扱いされると心臓がどくんと跳ねる。
そんなはずは――と写真を凝視していると、陽太は違和感を覚えた。
――これ……。
確かに自分の顔なのだが、体の向きと顔の向きが不自然な……はめ込んだように見えた。
見れば見るほど違和感しかない。
腕利きのコラ画像職人ならばもう少し上手く作るだろうというレベルのものだ。
電子機器関連に疎いご老人や、だましているという感覚が分からない純粋な子供だったらだまされるだろうが、日頃スマホを触りネットの文化が根付いている同世代くらいの人間であれば見抜けるレベルの出来だ。
つまり、これは誰かに仕組まれた物。
「……誰がこの写真を撮ったの?」
「昨日、私が撮った」とまゆりが言うと「私達も見てるから!」と取り巻きも同調を見せる。
あからさまに、盲信しているようなその表情を見て、陽太は確信を持った。
――彼女たちは、僕を陥れようとしている。
理由はまるでわからない。
クラスにいる間は何も問題を起こしたことはないし、何か気に障るような言動も交わした覚えがないし、なにより会話をしたのだって初めてくらいだ。
恨まれる覚えなんてない。
陽太が言葉を失っていると、始まったのはギャル複数人によるまくし立てだった。
「何でこんなコトしたのかなぁ」
「奏音と再会できたからって、舞い上がってたんじゃない?」
「あー、なるほど。あの子可愛いもんね、そら舞い上がっちゃうわ」
「なぁんでこんなのと奏音が幼なじみなんだろ、超絶似合わなくない?」
「わかるぅ!」
教室に入ったときに浴びた奇異の視線は、この画像を目にした上の物だったのだろう。
それなら、敵意や悪意ではなく、哀れみや蔑みだった視線に納得がいく。
恐らく、誰もが〝作り物〟だと気づいたはず。
だけれど、クラスメイトが考えたのは〝何かまゆり一派の琴線に触れたからターゲットにされた〟という予想だっただろう。
彼女たちは、クラス内のヒエラルキーでは頂点に位置するようなグループ。
毎日もそれなりに充実させているはず。
そんな彼女たちが、意味もなくリスクがあるようなことをするわけがないという、関わりが故の帰結は、当然と言えば当然だ。
そんな、理解に苦しむようなハブり、もしくはイジメが正に今始まろうとしている時に、わざわざ擁護でもしようものならこちらに飛び火する可能性もある。
それなら、自分は関係ないですよと言わんばかりに避けようとしていつもよりも距離を空けている。
こんな理不尽なことでも、普段コミュニケーションを交わし友人と呼べるような存在がいればリスクを背負ってでも庇ってくれるのだろうが、まゆりと同じように、ほとんどのクラスメイトと〝消しゴム落としたよ〟などといった業務連絡以外で話したことがないというほど関係が薄い。
一方まゆりはクラスの中心人物で、人気者。
どちらに付こうと考えるかは火を見るよりも明らかだ。
「これ、バレたらマズいのわかるよね?」
「ねえ、なにか言ったらどうなの? 何のために口があんのよ」
矢継ぎ早に飛んでくる辛辣な言葉を耐えながら、そんな主観的に見ても大敗するような戦いをなぜわざわざ彼女たちは仕掛けてきたのだろうと、思考を巡らせる……が、出てくるような選択肢は〝遊び〟や〝からかい〟、〝罰ゲーム〟などといった、神経を逆なでするような選択肢ばかり。
無性に腹が立ち、火山が噴火するような形で「……だからやってないって!」と、高校に入学してから一番じゃないかと思うくらいの大声が心の底から漏れた。
瞬間、静寂。
教室中が、まるで水の中に引き込まれたかのような静けさに包まれた。
壁に掛けた時計のちっ、ちっと秒針の鳴る音が妙に耳に響く。
「い、いきなり大きな声出さないでよ。ビックリするじゃん」
数秒後、ようやく取り巻きの一人が口を開いたが、そこから担任が「さ、ホームルーム始めるぞ」と入室するまで誰一人として口を利くことはなかった。
やりすぎかとは思う一方で、これくらいはっきりと否定しないとあられもない罪を被ることになる。
そんな馬鹿らしいことはゴメンだ。
――こんな時、ゼノスなら……。
架空の、理想の、妄想の中の自分ならどう決着をつけるのだろうか。
そんなことを考えながら始まる一日は、昨日とは打って変わって最悪な予感がした。
そんな思いを振り払うべく、気持ちを晴らすために、ホームルームを無視してノートを開くと、今日も妄想の世界に潜り込んだ。
――徹底的にやってやる。
決意を新たに、シャーペンを走らせる。
奏音が発案した奇策に胸を躍らせて、気持ち新たに登校した翌日のこと。
まず気になったのは、向けられる視線だ。
いつもならば誰にも気にされることはなく、気づいたらいないぞなんて言われるような限りなく空気に近い存在。
毒にも薬にもならないことがウリであり、そうあるように努めていた。
そんな毎日を過ごしてきた結果、向けられるのは無関心な視線だった。
時折自分という存在がここにないという感覚に苛まれるが、だいたいは面倒事に巻き込まれなくて良かった、という結論にいたる。
そんな、静かで平穏な毎日を過ごすことができていた。
しかし、今向けられている視線は、まるで汚物でもみるような訝しげな視線だ。
軽蔑、蔑み、その他諸々。心がざわめくのを感じながら自分の席に着くと、静かに時間が立つのを待った。
何か粗相があったのか、それとも妙な噂でも出回っているのか――思考を巡らせていると、「ねえ、ちょっと」と教室では聞き慣れない声が陽太を襲いかかった。
「な。なに?」
話しかけてきたのは、茶髪にピアスと学生でありながらやりたい放題な見た目をしている、クラスメイトの園崎まゆりだった。
また、その取り巻きであろう他クラスの女子が二、三人背後に控えている。
その全てが、怒り心頭といった表情で真っ直ぐ陽太を見つめていた。
先日の翔もそうだが、権力や魅力がある人物にはこうして人が付いてくるということなのだろうか――などとかんがえていると、まゆりが「ちょっと確かめたいことあるんだけど」とスマホを見せつけてきた。
「これ、あんただよね?」
スマホの画面に映し出されていたのは、陽太と同じ成望高校の制服を着た男子生徒だった。
背景は、どこかのスーパーかコンビニだろうか。
商品が陳列されている。
なんのこと、と口から出る前にまゆりが画面の真ん中をタップすると、画が動き出した。
動画だ、と思った瞬間、画面の中にいる男子生徒が懐に商品を懐に忍ばせた。
成望高校の生徒が行った、万引きの現行犯の映像だ。
「え……?」
ただ、身に覚えが無く、陽太は首を傾げる。
確かに背格好は似ているが、ここ最近コンビニやスーパーなどにも寄った記憶は無い。
もちろん、万引きなんてことをした経験も無い。
一通り記憶の中を洗い出し、自分の中でも心当たりがないことを確信してから改めて「な、なんのこと?」と声を上げるが、「ネタは上がってんのよ!」と後ろの取り巻きAが声を荒げ、取り巻きBが「言い逃れできないわよ!」と追随してきた。
そんなことを言われても、知らないものは知らない。
ひたすら困惑する陽太に「残念だったわね」と中心人物のまゆりが、悪魔のような笑みを浮かべてスマホをスクロールして見せた。
次に見せてきたのは,画像。
今度は動く様子は無い。
同じシーンの続きだろうか、店外に出た万引き犯の顔がばっちり映っている写真だ。
そして、そこには、陽太の顔が映り込んでいた。
身に覚えが無いとはいっても、いざこうして犯罪者扱いされると心臓がどくんと跳ねる。
そんなはずは――と写真を凝視していると、陽太は違和感を覚えた。
――これ……。
確かに自分の顔なのだが、体の向きと顔の向きが不自然な……はめ込んだように見えた。
見れば見るほど違和感しかない。
腕利きのコラ画像職人ならばもう少し上手く作るだろうというレベルのものだ。
電子機器関連に疎いご老人や、だましているという感覚が分からない純粋な子供だったらだまされるだろうが、日頃スマホを触りネットの文化が根付いている同世代くらいの人間であれば見抜けるレベルの出来だ。
つまり、これは誰かに仕組まれた物。
「……誰がこの写真を撮ったの?」
「昨日、私が撮った」とまゆりが言うと「私達も見てるから!」と取り巻きも同調を見せる。
あからさまに、盲信しているようなその表情を見て、陽太は確信を持った。
――彼女たちは、僕を陥れようとしている。
理由はまるでわからない。
クラスにいる間は何も問題を起こしたことはないし、何か気に障るような言動も交わした覚えがないし、なにより会話をしたのだって初めてくらいだ。
恨まれる覚えなんてない。
陽太が言葉を失っていると、始まったのはギャル複数人によるまくし立てだった。
「何でこんなコトしたのかなぁ」
「奏音と再会できたからって、舞い上がってたんじゃない?」
「あー、なるほど。あの子可愛いもんね、そら舞い上がっちゃうわ」
「なぁんでこんなのと奏音が幼なじみなんだろ、超絶似合わなくない?」
「わかるぅ!」
教室に入ったときに浴びた奇異の視線は、この画像を目にした上の物だったのだろう。
それなら、敵意や悪意ではなく、哀れみや蔑みだった視線に納得がいく。
恐らく、誰もが〝作り物〟だと気づいたはず。
だけれど、クラスメイトが考えたのは〝何かまゆり一派の琴線に触れたからターゲットにされた〟という予想だっただろう。
彼女たちは、クラス内のヒエラルキーでは頂点に位置するようなグループ。
毎日もそれなりに充実させているはず。
そんな彼女たちが、意味もなくリスクがあるようなことをするわけがないという、関わりが故の帰結は、当然と言えば当然だ。
そんな、理解に苦しむようなハブり、もしくはイジメが正に今始まろうとしている時に、わざわざ擁護でもしようものならこちらに飛び火する可能性もある。
それなら、自分は関係ないですよと言わんばかりに避けようとしていつもよりも距離を空けている。
こんな理不尽なことでも、普段コミュニケーションを交わし友人と呼べるような存在がいればリスクを背負ってでも庇ってくれるのだろうが、まゆりと同じように、ほとんどのクラスメイトと〝消しゴム落としたよ〟などといった業務連絡以外で話したことがないというほど関係が薄い。
一方まゆりはクラスの中心人物で、人気者。
どちらに付こうと考えるかは火を見るよりも明らかだ。
「これ、バレたらマズいのわかるよね?」
「ねえ、なにか言ったらどうなの? 何のために口があんのよ」
矢継ぎ早に飛んでくる辛辣な言葉を耐えながら、そんな主観的に見ても大敗するような戦いをなぜわざわざ彼女たちは仕掛けてきたのだろうと、思考を巡らせる……が、出てくるような選択肢は〝遊び〟や〝からかい〟、〝罰ゲーム〟などといった、神経を逆なでするような選択肢ばかり。
無性に腹が立ち、火山が噴火するような形で「……だからやってないって!」と、高校に入学してから一番じゃないかと思うくらいの大声が心の底から漏れた。
瞬間、静寂。
教室中が、まるで水の中に引き込まれたかのような静けさに包まれた。
壁に掛けた時計のちっ、ちっと秒針の鳴る音が妙に耳に響く。
「い、いきなり大きな声出さないでよ。ビックリするじゃん」
数秒後、ようやく取り巻きの一人が口を開いたが、そこから担任が「さ、ホームルーム始めるぞ」と入室するまで誰一人として口を利くことはなかった。
やりすぎかとは思う一方で、これくらいはっきりと否定しないとあられもない罪を被ることになる。
そんな馬鹿らしいことはゴメンだ。
――こんな時、ゼノスなら……。
架空の、理想の、妄想の中の自分ならどう決着をつけるのだろうか。
そんなことを考えながら始まる一日は、昨日とは打って変わって最悪な予感がした。
そんな思いを振り払うべく、気持ちを晴らすために、ホームルームを無視してノートを開くと、今日も妄想の世界に潜り込んだ。
――徹底的にやってやる。
決意を新たに、シャーペンを走らせる。
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