妄想の中のテロリストはいつも学校を襲っている

エルトリア

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第一章 コードネーム”ゼノス”

第10話

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「今更いいのかな……?」

 ベッドの中で奏音かのんは苦悶していた。
 握りしめているのは、スマホ。
 開いているのは、電話帳のページにある〝サ行〟。
 その中の一人、瀬野陽太をタップすれば、電話が繋がる。
 文明の利器に感謝する一方で、簡単すぎるのも考え物だ。
 いざ電話するとなると〝どうしてすぐに連絡しなかったの?〟なんてことになったりするし、メッセージアプリでは既読が付いた付いてないの問題で仲違いすることもある。

 なんにしてもほどほどで充分なのに、などと愚痴を零すのも束の間。
 すぐに我に返った奏音は「あのとき思いついてればなぁ」と悔しさを滲ませた。

 どういうわけか、風呂上がりに急に沸いたアイデアがある。
 根本的な解決にはならないが、その場しのぎで時間を稼ぐことが出来る。
 我ながら良く思いついたと思うほどの妙案だ。

 本当ならすぐにでも伝えたいが、今の自分は生徒会副会長。
 陽太にとっての敵である以上、話を訊いて貰えないかもしれない。

 昔の陽太ならばそんなことで怒るなんてことはなかっただろうが、今どうかはわからない。
 せっかくの再会を果たしたのに、嫌われてまた疎遠にでもなったら――悲しい結末に蓋をするように奏音は毛布を頭から被った。

「何かきっかけがあればなぁ……」

 その言葉を最後に、うつらうつらと奏音は眠りにつく。

       ※

「はっ⁉」

 小鳥のさえずりで目を覚ました奏音は、空が明るくなっていることにようやく気づいた。

 ――あのまま眠っちゃったのか……。

 スフィンクスのようなポーズで寝てしまったため、体の節々、特に腰が痛い。
 どうせ寝るならちゃんと横になればよかった、ともう既に遅い後悔をしていると、ピンポーンと家のベルが鳴った。

「こんな時間に……」とまで渇いた口で呟いてから、壁に掛けた時計をみて納得した。
 もう十時、宅配便や近所の人が来てもおかしくない時間だ。

 ――そんな疲れてたのかな……。

 頭をポリポリとかきながら部屋を出て、一階のリビングへ向かう。
 とりあえずはこののどの渇きを潤そうと冷蔵庫を空けたタイミングで、母が「あ、ちょうど良かった」と話しかけてきた。

「ん?」

 寝ぼけ眼でお茶をコップに注いでいると「お客さんだよ。アンタに」と母がにやつく。

「私に?」
「そう。ほら、入って」
「んんっ⁉」

 誰、と聞く間もなく、母が少しずれる。
 その背後から、お客さんが入ってきた。

 昔、幼少のころに来て以来の彼は、懐かしそうに部屋を一回り見てから「おはよ」と目を伏せがちに話しかけてくる。

「よ、ヨウくん⁉」

 お客さんは、先日久方ぶりの再会を果たした陽太だった。

「ちょ、えっ――」

 寝起きで髪もボサボサ、だらけた寝間着と最悪な取り合わせ。
 仲が悪くなるかもなんてことを考えていたことがばからしくなるくらいの展開に焦った奏音は「五分だけ待ってて! お母さん、私の部屋にお茶とかよろしく!」とだけ断ってから洗面台に走った。

 超速で顔を洗ってから寝間着であることに気づき、リビングで昨日の洗濯物だった部屋着を見つけ着替えると、歯を磨いていないことにも気づいた。
 今更磨くなんて余裕はなく、マウスウォッシュでなんとか整えてから、自分の部屋に戻る。

「……お、お待たせ」

 陽太は居心地悪そうに一人がけのソファーに座っていた。

「ごめん、昨日の今日で」
「ん、別に……大丈夫」

 何が目的だ、と身構えていた奏音。
 そんな彼女に、陽太は背負っていたバッグから一つのぬいぐるみを取り出した。

「あっ、コレ!」

 陽太が出したのは、小学生のころに毎週見ていて、今でも好きなハートブレイクピュアキュアというアニメに出てくる、〝ラクス〟というキャラクターだ。
 人の言葉を話せて主人公の相談役にもなるという万能キャラで、時折毒を吐くその姿が昔から好きで、筆箱も買って貰ったという思い出もある。

 早速抱き上げてみると、結構成功できていて思い出そのままという感じだ。
 確かな重量感も感じる。

「どうしたの、これ」
「いや、今朝さ、暇つぶしでゲーセン行ったんだけど、偶然見かけてさ。もしかしたら欲しいかなと思って、獲ってみた」
「クレーンゲームで⁉ すごいね、私アレ取れたことないや……」
「ま、数少ない特技だからね。あげるよ、それ」
「え、いいの?」
「あぁ。双葉さ、生徒会で立候補してただろ? そのときに実は僕さ、同じ学校にいるってこと知ってたんだ。それでも話しかけようとしなかったから、それのお詫びって感じ」
「へー……それじゃ遠慮なく!」

 ぬいぐるみがある女子の部屋に憧れていた奏音は、ぎゅっと抱きしめて笑顔を浮かべた。
 いざ買おうとしても、場所を取るし、持ち帰るのに手間もかかってしまうからなかなか手を出せなかった、まさにかゆいところに手が届かなかったところだ。

 昔のように、気配りをするところは変わっていない。
 そのことも妙に嬉しかったのか、ふとテレビの近くに置いてある鏡に映った自分があまりにも満面の笑みだったことに気づいた奏音は、気恥ずかしさから我に返って「ま、お礼ってワケじゃないけど」とソファーに座る陽太の隣に座ると「一つ、提案があるんだ」と陽太に話しかけた。

「提案?」

 昨日思いついた妙案を伝える、またとない機会。
 お礼って形でいい感じだし、と腹をくくってから奏音は大きく息を吸って、言い放った。

「ね、私を空想研究会に入れてよ」
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