妄想の中のテロリストはいつも学校を襲っている

エルトリア

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第一章 コードネーム”ゼノス”

第8話

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 特殊ベルトによって換装した戦闘服は、見てくれの変化だけで無く身体能力も向上させてくれる。
 跳躍力、瞬発力、筋力、持久力それぞれが生身の十倍以上となっている。

 瞬く間に球体との距離は縮まり、もう数十メートルというところまで来たところで、ゼノスはぐっとしゃがみ込んだ。
 全身をバネのように縮める。
 溜めて、溜めて――キリキリと筋肉の悲鳴が聞こえたところで、全てを爆発させた。
 バゴン、と爆発したような音と共に地面をえぐったかと思えば、次の瞬間には、文字通り弾丸のようにゼノスの体が空中へ投げ出される。

 風を切り裂く音を感じながら、ゼノスはムラマサブレードを構えた。
 新幹線にでも乗っているかのように視界が移り変わるが、視力も反射神経も十倍以上に強化されているため、速すぎるなどと言った心配は全く無い。
 スローモーションのようにも感じる世界で、ゼノスはムラマサブレードを振り抜く。

「おらっ……!」

 赤熱する刀身は、まるでプリンを切るかの如く球体を容易く両断した。
 この球体は、端的に言えば遠くにいる場所から物質を転送する装置だ。
 ゼノスがもつムラマサブレードを取り出した機器と似たようなものだが、生物を転送することが出来るという点においてはこの球体の方が上の性能であると言える。

 この生物を転移させることが出来る機能を使って、〝やつら〟は日本の侵略をもくろんでいる。
 これまで何度も対応していたが、今日は予想以上に避難が早く終わり、素早く移動したからか、まだ敵は出てきていない。

 今のうちに破壊しておけば、侵略を防げるかも――少しでも危険が及ばないように、任務が簡単になるようにと考えて取ったゼノスの行動だった。

 ……が、思い虚しく。
 ぱっくりと割れた断面が、若干の白みを帯びてきた。
 ムラマサブレードの時と同じ光――転送が開始された証拠だ。

「やっぱだめか……」

 残念ではあるが、失敗するのは想定済みではある。
 気を取り直して、ゼノスは身構えた。

 物々しい雰囲気と共に、光の中から影が見えてくる。

 これまで戦ってきたのは、動物を模したようないわゆるモンスターチックな敵だった。
 今回もその類いだろうと身構えていたがゼノスだが、光の中から現れた影に悪寒が走る。

「人?」

 口を突いて出た言葉が表すように、それは人の形をしていた。
 遠目だが、大きさは成人男性と同じくらい。
 見てくれは特段脅威を感じないが、問題はその影の数にあった。

 淡い光の中から一つ、また一つと増えていく。
 明滅が終わり、転送が完了したことを確認するころには数え切れないほどの人影が球体から出現していた。

「随分と多いな」

 視界いっぱいに出現したそれは、まさしく〝影〟という言葉が相応しいほど全身が真っ黒だった。
 ただのマネキンと言った方が説得力はあるが、各々がコミュニケーションを交わしている仕草をしていたり、こちらに敵意を向けていることから彼らもまたモンスターであることがわかる。

「人海戦術か……」

 これまでの数回の襲撃でことごとく撃退していたため、向こうも方向性を変えてきたのだろう。
 先の戦闘で見せていた大艦巨砲主義も悪くは無かったが、これはこれで楽しめるな、とゼノスは唇をぺろりと嘗めてから「上等じゃん」と呟いた。

 四方に散らばっていく人影たち。
 どこかで指揮をしているコマンダーでもいるのか、雑にではなく確かな意思を持って扇情的に広がっていく。

「流石に後ろを取られたらマズいな」

 校舎に背を付けていると、秘密通信機からラクスの『敵の数が判明。総勢五十、右に偏ってる。背後の状況とかは私が逐一知らせるから、存分に』というオペレートが聞こえてきた。

「存分に、か。やる方の身にもなってみろって」

 向こうに通じないことをいいことに、愚痴を零してからゼノスは大きく息を吸い込み、敵に聞こえるように、自分を奮い立たせるように、腹の底から声を出した。

「ゼノス、戦闘を開始。奴らの罪を断罪する!」

 腰に刀を携え、低い姿勢のままゼノスは走り出した。
 右へ左へ駆け回り、モンスター達を翻弄していく。
 時には校舎を足場にして急な方向転換を見せた。
 人影立ちはそのスピードについていくのが精一杯という形で虚空に攻撃らしき行動を取っているが、どれも余裕で見切れた。

 これなら――様子をうかがうのはそこで終了。
 長い時間をかけると、体育館に避難していた生徒達に怪しまれることになる。
 任務は完璧に、且つ迅速に、と教えられてきたゼノスは、この場面でもそれを実行しようと攻撃に入った。

 ――まずは一体。

 右足首を九十度変え、無理矢理の方向転換を見せる。
 もしこれがラグビーやサッカーならば極上のフェイントだろうスピードでモンスター達の中に突っ込むと、腰に携えたムラマサブレードで一体を両断した。
 「グッ」と言葉にならない声を漏らし、それは絶命する。

 以前のモンスターに比べると迫力に欠け、倒されることを前提に作られていた物かと思ったが、死体は両断されたまま特に爆発するわけでも毒を出すわけでも無く、ただグラウンドに転がっているだけ。
 しかも、一秒か二秒するとその肉塊は霧のようにさらさらとした粒子となり、上空へ煙のように消えていった。

 これなら大丈夫だ――ゼノスはその勢いのまま、周囲のモンスターを切り刻んでいった。

 一体、また一体―と順調にシカバネを積み重ねていく。
 十体を超えたところから数えなくなり、ただ目の前に立ちふさがるそれを斬るだけの作業と化していた。

 ――どっちが化け物なんだか。

 ひたすら無心で殺戮行為をしている自分を笑いながら、ゼノスは仕事をこなしていく。

「こんなもんか」

 五分もすると、すっかり学校のグラウンドからモンスターはいなくなり、すっきりとした日常が戻ってきていた。

 若干焦げ臭い臭いがするのは、ムラマサブレードがその熱を帯びた刀身で〝焼き切っている〟から。
 時間が経てば消えるはずでそこは気にしていないが、いつもとは違う〝肉が焼けたような臭い〟がすることにゼノスは首をひねった。

「一体何なんだか……」

 あれは、動物では無い。
 そして、人間でも無い。
 考えられるのは、人工的に作られた、生物兵器。

 道徳的な問題があることは理解しているが、根本的な問題はそこではなく、何度も失敗しているのに何で侵略することを止めないのかにある。

 基本的に侵略行為は明らかな実力差があり、狙っている土地に眠る資源がある場合に発生する。

 昔の日本であれば、その侵略に値するような価値があった。
 黄金の国と呼ばれるほど資源が豊かだったり、鎖国時代には新しい貿易先としてペリーが黒船に乗ってやってきたりもしたが、はっきり言って今、この国にそんな旨味は無い。

 どちらかと言えば技術や歴史を買って貰うことで日本という国が成り立っている。
 一応、海洋資源や水資源が豊富ではあるが、それならばこんな街の中心にある学校のグラウンドを標的にせず、海から直接盗み取ればいいだけのこと。

 一体なんで――最後の一体が消えかかっているのを眺めながらひたすら疑問に耽っていると、ゼノスの鼓膜を「危ない!」という甲高い声が貫いた。

「なっ⁉」

 周辺の一般人は全員避難しているはず。
 学校の周辺は〝結界〟を張ってごたごたが外に漏れないようにしているし、特に体育館の周りには、臭いや音などを遮断するより強い結界を張って、安全のため一度閉めてからは出られないような仕組みになっている。
 つまり、この非常事態下において聞こえるのは、オペレーターのラクスの声と、敵が発する音とだけのはず。

 この声はそれ以外の音――振り返ると、ゼノスの視線の先にはクラスメイトの奏音が立っていた。

「なんでここに――」

 疑問を投げかけようとしたが、奏音はそれを遮って「そこの人、上っ!」と上空を指差している。
 切羽詰まった表情に促されるように、ゼノスは視線を上げた。

「――危ねっ!」

 その視線の先から、巨大な何かが降ってきた。
 オレンジ色のまがまがしい光。それが炎の塊だと認識し、ゼノスは踵を返して奏音の方へ走り出した。
 彼女を保護しながら駆ける。
 自身の体をクッション代わりにして衝撃を吸収しながら地面に滑り込むと、ぼんっ、という音と共に火球が地面に衝突して弾けた。

 正に間一髪。
 イレギュラーだった彼女の一言が無ければ巻き込まれていたかも知れない。

 ただ、お礼を言うにはまだ早い。
 あの火球を放った敵を倒さなければ安全が確保されないことは明白だ。

「ここでじっとしてて」

 彼女に言い聞かせてから、ゼノスは少し離れながら上空を見た。

「……なるほどね」

 質の低いモンスターだから何かあると疑ってはいたが、こうくるか――自分の観察眼が鈍っているのではと疑いながら、ゼノスは生唾を飲み込んだ。

 上空にいるのは、先程よりもほんの少し大きな人影だ。
 若干形状が変わって、普通の影に何か角のような物が生えており、体系も若干スタイリッシュに成り、より明確に〝強敵だ〟と認識できた。

 上空にいた新しい影は、自分の存在がバレたことに気づいたのか、背中を見せて逃走を図っていた。

「逃がすかよ!」

 相手は高い知性を持ったモンスター。
 結界を張ってはいるが、もし学校の外に逃げでもしたらどんな被害が出るかわからない。

 ここで、仕留めるほかない。
 より一層、ゼノスは足に力を込めた。

 先程なぎ倒した手応えの無い人型のモンスター達は、言わば時間稼ぎと情報収集のための存在だったのだろう。
 どのような動きをするか、どのような速さで動くのかを情報収集し、どのタイミングで大技を決めれば勝てるのかを計る指針としてまずは活動し、その後、倒されても煙となって火球の素材となる。

 それらの計画を指示していたのが、おそらくあの空にいる影だ。
 裏を返せば、あの現況を倒せば今日の任務は成功。
 なんとしてでも、倒さないとならない。
 もし取り逃がしてしまい、球体の中に戻られたらまたいつあの知性を持った敵が来るのかわからない。

 ここで、仕留める必要がある。
 しかし、スピード的にはほぼ互角。
 追いつくことが出来ない。

 このままでは――意を決してゼノスは「非常事態だ、アレを使う!」と叫んだ。

 ピコン、と戦闘服の音声認識が作動したのを確認してからゼノスは「エネルギー解放!」と叫んだ。

 超常現象と戦うために開発された特別製のスーツには、使用している武器に応じた特別な技、いわゆる必殺技がある。
 一日に一回しか使うことが出来ず、使用してしまうとエネルギー切れが起こり五分以内に変身が解けてしまうという、諸刃の剣だ。

 ムラマサブレードに設定してあるのは、カイザースラッシュという必殺技。
 効果は単純。
 ムラマサブレードの切っ先から、全てのエネルギーを斬撃として放つ技だ。
 つまり、距離は関係ない。

『承知しました。エネルギーを完全解放します』

 認証されたメッセージを聞くと、ゼノスは抜刀の構えを取った。
 威力・距離共に抜群の性能を誇るカイザースラッシュだが、唯一の欠点が、狙いを付けづらいということ。
 これまで近接攻撃をしていたのにもかかわらず、突然の遠隔攻撃で目が慣れていなかったり、動く相手にぶつけることが難しいという点がある。

 そこで辿り着いたのが、この抜刀の構え。
 心を落ち着かせ、狙いを定められる上、軸も視線もぶれない。
 ただ、それでも一発勝負なことは変わりない。

 柄を握る手に汗が滲む。
 長い時間にも感じられる数秒の中、ひたすら対象を見つめていたゼノスは抜刀の構えから刀を振り抜いた。

「カイザースラッシュ!」

 確かな自信と声に乗って、斬撃が放たれる。
 赤い炎のようなエネルギーが、刀の軌跡状に放たれる。
 真っ直ぐ、対象まで飛んでいった斬撃は、とうとう敵の両断に成功した。
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