妄想の中のテロリストはいつも学校を襲っている

エルトリア

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第一章 コードネーム”ゼノス”

第4話

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 見せひけらかすように胸を張っているのは、先日の生徒会選挙で副会長に就任した奏音と共に、生徒会会長となった桜井翔さくらいしょうだ。

 彼もまた、陽太の幼なじみに当たる。
 当時は陽太、奏音とこの翔の三人で野山を駆けまわり、時にはイタズラをしたりとよく遊んだものだが、今、目の前にいる彼は、当時の面影はない。
 昔はどちらかと言えば臆病で、引っ込み思案だった。
 しかし今は自信満々で、向かうところ敵ナシという雰囲気を醸し出している。

 実際、そのイメージは間違っていない。
 年一回行われる体力テストでは二年連続でトップテン入りしているし、期末試験や中間試験などでは常に上位に名前を見る。
 加えて、整った顔立ちに、生徒達ほぼ全員から慕われて生徒会長にまでなっている。
 奇しくも、妄想の中で理想の自分として描いた〝ゼノス〟そのままだった。

 そんな現実世界にいる完璧超人である翔は、ある意味では王様のようだ。
 彼の背後にいる取り巻きの生徒達が金魚の糞のように見えて、よりその思いが加速する。

 会長という壁に隠れて言葉を発している様に苛つき「ご一行様の登場ってワケだ」と眉を震わせる……が、そんな陽太に構うことなく、表情を変えぬまま「失礼するよ」と形だけの詫びを入れてから翔は部室にづけづけと入り込んだ。

 鍵をしておけば良かった、なんて思う暇すらない早業に、慌てて「ちょっ……!」と制止しようとするが、取り巻き連中が肩を掴み阻んでくる。

「ちょ、桜井くん⁉」

 同じ生徒会のメンバーだというのに、虚を突かれたような奏音が動揺を見せた一方で、翔の背後にいる取り巻きがまるで小鳥の雛のように「大人しくしろ!」や「抵抗するとロクなことないわよ」などと声を上げていた。

 まさに手も足も出ず。
 そんな情けない状態の陽太を見て鼻で笑ってから「偉そうに冷房使ってたのか」と、まずは温度差に苦言を呈した。

「そら使うだろ。外の気温は三〇度超えてるんだし、何も規則破ってるわけじゃない」
「一人しか使用していないのに冷房を使用すること自体がナンセンスなんだよ。効率が悪いだろう?」
「効率云々じゃなくて、危機管理の問題だろ。例えば僕がここで熱中症にでもなったらお前ら的にもマズいだろ?」
「それは確かに困るね。こんな学校の外れなんて誰も来ないから、ミイラ化するまで気づかないかもしれないし、それならやっぱりこんな場所の部活なんて無い方がいいかもしれないな」

 ああ言えばこう言う、という汚い言葉の応酬。
 話している内容的にはどっこいどっこいに思えるが、取り巻きの連中が「そうだそうだ!」などと声を上げるために劣勢に聞こえる。
 民主主義の仕組みを痛感しながら、陽太はちらりと奏音の方へ視線をやった。

 苦虫をかみつぶしたような憂い顔で震えていた。
 翔やその取り巻きとは違う、ただひたすら口を噤むしか成す術がないという苦しみが伝わってくる。

 ――なるほどね。

 その表情を見て、陽太は全てのことに合点がいった。
 奏音は、生徒会として動く内に、空想研究会と昔なじみの自分を発見。
 このような状況になることを予期していた。
 それを伝えるため単独で〝警告〟をしに来たが、同じタイミングで生徒会の連中も動いていたということだろう。

 つまるところ、失敗したという表情だ。
 幼いころには見せなかった、上と下の関係に挟まれているが故の悲しみ。
 彼女にそんな思いをさせてしまっている自分に腹立ちながら「何が言いたい」とため息混じりに呟いた。

 今の状況で話し合いをしても、互いに悪口を言い合っても平行線を辿るだけで、限りある時間を無駄に浪費してしまうことになる。
 どちらかが歩み寄らなければ、という意識の元、非生産的な時間を防ぐと言った腹づもりだったが、

「ふん……観念したか」

 誇らしげに呟く翔の声色は、勝利を確信している人のものに聞こえた。
 同時に、取り巻き達の拘束も解ける。

 何か勘違いしているんじゃないの、とのどから出かけた言葉を生唾と共に飲み込み、続けてという目配せをすると、翔は「今日部室を拝見させて貰ったが、活動内容はともかく人数が一人しかいないのに部室を持つのは非効率。よって、廃部とさせていただきたい」と言い切り、懐から一枚の紙を机の上に置いた。

「これは?」
「廃部了承書ってやつさ。部員全員と生徒会の代表……俺の署名があれば、廃部の手続きを進めることが出来る優れものだ」

「署名?」と首を傾げながら、陽太はその紙を持ち上げて中身に目を通した。
 いろいろな文言がつらつらと記されているが、要約すると〝部活動を廃止することに同意する旨〟を示す物だ。

「別にこんな物なくても処理は出来るんだけどね。一応、〝生徒の自主性を育む〟って教育学校の方針があるから、あくまで〝君の意思で〟って呈にしたくてね」
「へー……こんな紙がね」
「別にこんな物無くても、活動していないことや部員が少ないことを理由に部活自体は潰すこと出来るんだけどね。ま、瀬野の顔も立ててってこと」
「僕の、顔を立てて?」
「そっ。お世辞にも、瀬野の頭は良くないだろう? 来年には大学受験だったりさ、どんな進路に進もうとするか考えた方がいいかなと思ってね。そのためには不要だから部室を返上したい、って流れが一番いいんじゃないかなと思ってね」

 いちいち、翔の言葉は癪に障る。
 確かに学力は褒められたものではないし、将来の夢だって不安定。
 そんな自分が将来のことを考える時間を持てるのは悪いことではない。

 けれど――この幼なじみの言いなりで全て事を運ぶのは、微かにまだ残っていた陽太のプライドが許さなかった。

「受験勉強に専念するため部活が必要ないって名目だったら恥ずかしくないでしょ? いい点数もこんなことに時間割かれるのもお互いナンセンスじゃないかなって思ってね。お互いスマートに――」

 相変わらずご高説を続ける翔を「なあ」と語気を強めて陽太は遮った。
 一瞬むっとしたが、気にすることなく陽太は「もし僕がこれに署名しなかったらどうなる?」と質問を投げかけた。

「署名しなかったら? そうだね、俺たちの方で〝人数が相応しくない〟って内容の書類でも作って、先生方に了承を貰って強制的に潰すこととなる。ま、二週間くらいかかるけど、結局同じだよ。無駄な努力ってヤツだね」
「時間はかかる、ってことだな?」
「それはまあ、そうだね」
「なら安心だ」

 翔の答えを聞いた陽太は、久方ぶりに自分でもわかるくらいな満面の笑みを作って「お断りだ」と、廃部了承書を破り捨てた。

 突然の反乱に、思わず固まる翔とその取り巻き達。奏音も面食らったようで、目を丸くしている。

「な、何を……」

 混乱の最中、ようやく翔が口を開いた。
 自分が正しいと思っていたところに予想外の反応をされ、彼も何が起きたのかわかっていないのだろう。
 だから、はっきりと陽太は言い放った。

「署名はお断りだって言ってんだよ」
「だ、だが、部活が無くなるのは変わらないだろう? それならお互い手間も少ない方が――」
「わかってないなぁ。この〝空想研究会〟を潰させないって言ってんだよ」
「潰させないって……人数も質もダメダメじゃないか」
「要はそこがクリアできてればいいんだろ? 簡単だ、お前らが書類とか全部整えるまでに、僕が立派な部活にしておいてやるよ。文句ないくらいにね」
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