上 下
26 / 48

25 ショッピングエリアにて

しおりを挟む
 シェル湖を中心とするリゾートエリアには、煉瓦造りの小さな家が建ち並んでいる。高台には湖の景観を楽しむルーフバルコニーが備えられたこぢんまりとした別荘が、比較的湖に近い場所には、観光に訪れた人々向けのショッピングエリアが広がっている。

 ショッピングエリアに立ち並ぶ店は、芸術都市アーカンシェルならではの芸術性を備えた衣服やアクセサリーを多く取扱い、久しぶりにこの場所を訪れたリーリエは目を輝かせて店の軒先を見て回った。

「そのバングルなんてどうだ?」

 敷き布の上に丁寧に並べられたアクセサリーを眺めるリーリエの背後から、エドガーが声を掛ける。

「どうしてわかったの?」

 ちょうどそのバングルを見ていたリーリエは、はっとしてエドガーを振り返った。

「お前が好きそうだなと思って見てた。やっぱりそれ、好きなんだな」

 エドガーがアクセサリー屋の店主に断り、敷き布の上からバングルを取ってリーリエの手首に嵌める。細かな宝石の欠片を幾つも組み合わせたバングルは、朝露に濡れるような煌めきを宿し、リーリエの透き通るような肌に良く馴染んだ。

「ぴったりだ。……これ、もらえるか?」

「ありがとうございます」

 リーリエの返事も聞かずにエドガーは店主に金貨を渡して会計を済ませ、リーリエの手を引いてそっと立ち上がらせた。

「エドガー――」

「俺も気に入った」

 戸惑うリーリエに片目を瞑って見せ、エドガーがリーリエの手首のバングルを指先でなぞる。

「俺がつける訳にも行かないが、お前が着けてるのを見るのは単純に楽しい。これは俺のためだ」

「もうっ」

 そう言われると断れないのをわかった上で、エドガーは言葉を選んでいる。それがほとんど無意識に発せられるのがリーリエには心地良かった。

「細かいことは気にしないで楽しめよ」

「そうさせてもらってるわ」

 厚意に素直に甘えることができるのも、幼なじみという関係性のせいだろう。リーリエはその後もエドガーに連れられてショッピングエリアを存分に楽しんだ。
 若い作家による新しいデザインの服やアクセサリーが、柔らかく吹く風に揺れ、眩く輝く太陽の下で煌めいている。
 何を買うわけでもなく、ただエドガーと並んで歩き、ひとつひとつの作品であり商品である品物を見ているだけでも、胸が躍り、足取りは軽くなった。

「楽しそうだな」

「ええ。ずっとこんな風に過ごしてみたかったの」

 エドガーに指摘され、リーリエは素直に認めた。自分の境遇から許されないと思っていたことが、思いがけないかたちで実現している。そのことが、素直に嬉しく、リーリエは気がつくとエドガーの手を引いて自分の行きたいところへと誘っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!** 「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」  侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。 「あなたの侍女になります」 「本気か?」    匿ってもらうだけの女になりたくない。  レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。  一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。  レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。 ※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません) ※設定はゆるふわ。 ※3万文字で終わります ※全話投稿済です

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました

葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。 前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ! だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます! 「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」 ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?  私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー! ※約六万字で完結するので、長編というより中編です。 ※他サイトにも投稿しています。

前世で薬師だったことを思い出したので、今度こそ愛する人を救います

柚木ゆず
恋愛
 公爵令嬢ソフィアの婚約者である王太子アシルは、原因不明の体調不良によって突然倒れてしまいます。  日に日に衰弱していっていて、このままではアシルは死んでしまう――。なんとかして助けたい――。  そんな想いがソフィアの前世の記憶を蘇らせ、自分はかつてフィアナという有名な薬師だったことに気が付きます。    早速ソフィアは前世の記憶を使い、大切な人を救おうとするのですが――。薬師の知識を取り戻したことにより、やがてソフィアはあることに気付くのでした。  

[完結]妹にパーティ追放された私。優秀すぎな商人の護衛として海外に行くそうです

雨宮ユウリ
恋愛
癒しやサポート系の魔法に優れ、精度の高いオリジナルの鑑定魔法を使えるサポート魔法師クレア。クレアは妹のエリカとともに孤児として彷徨っていたところ、エドワードという冒険者に拾われ冒険者となっていた。しかし、クレアはエリカに仕組まれ冤罪でパーティを追放されてしまう。打ちのめされるクレアに馴染みの商人ヒューゴが護衛としての仕事を依頼する。人間不信敬語商人と追放された鑑定魔法を持つ魔法使いの二人旅。

妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています

今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。 それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。 そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。 当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。 一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。

【完結】あなたの色に染める〜無色の私が聖女になるまで〜

白崎りか
恋愛
色なしのアリアには、従兄のギルベルトが全てだった。 「ギルベルト様は私の婚約者よ! 近づかないで。色なしのくせに!」 (お兄様の婚約者に嫌われてしまった。もう、お兄様には会えないの? 私はかわいそうな「妹」でしかないから) ギルベルトと距離を置こうとすると、彼は「一緒に暮らそう」と言いだした。 「婚約者に愛情などない。大切なのは、アリアだけだ」  色なしは魔力がないはずなのに、アリアは魔法が使えることが分かった。 糸を染める魔法だ。染めた糸で刺繍したハンカチは、不思議な力を持っていた。 「こんな魔法は初めてだ」 薔薇の迷路で出会った王子は、アリアに手を差し伸べる。 「今のままでいいの? これは君にとって良い機会だよ」 アリアは魔法の力で聖女になる。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。

紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。 「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」 最愛の娘が冤罪で処刑された。 時を巻き戻し、復讐を誓う家族。 娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

処理中です...