上 下
25 / 48

24 パトロンの申し出

しおりを挟む
 街中を抜け、高速道路へと上った蒸気バイクは速度を上げて北へと向かっていく。明るい陽の光を受けるエドガーの背にしがみつきながら、リーリエは弧を描くように続いている高速道路の擁壁ようへきを眺めた。

 修復を終えた高速道路には、アルフレッドのあの事故の痕跡はもう残ってはいない。現場近くを通り過ぎたのを確認しながら、リーリエはエドガーの背から少しだけ身体を起こした。
 再会した幼なじみの背中は頼もしく広く、胴に回した腕からも逞しさが伝わってくる。アルフレッドには何度も抱き締められたが、こうして背中に抱きつくことはなかったと思うと、不思議な感覚があった。

 背中からそっとエドガーの顔を覗き込むと、ヘルメットカバーの向こうで真摯な視線がしっかりと前を見据えているのが見えた。いつものように軽口を叩く訳でもなく、余所見をする訳でもないエドガーは、真剣な表情で蒸気バイクを巧みに操る。長い曲線を描くカーブを車体を倒すようにしながら進む技術に、リーリエは従機に乗って移動するような感覚を覚えていた。

 広い壁やキャンバスを前に、自由になにかを描けたら――。

 心の奥に追いやられてしまっていた創作意欲が、少しずつ芽吹き始めている。心に大輪の花を咲かせ、あの輝きを纏わせるような予感にリーリエは頬を緩め、エドガーの背に安堵の表情で身体を預けた。





 高速道路を一時間ほど走行すると、アーカンシェルの北にあるシェル湖を中心としたリゾートエリアが見えてくる。エドガーは蒸気バイクを高速道路から下道に向けて走らせると、湖畔にあるカフェの前で停車した。

 あらかじめ予約されていたというカフェには、湖が一望出来るテラス席に二人の席が用意されていた。テーブルには、すぐに名物のプレートが運ばれ、美しく盛り付けられた野菜たっぷりの彩り豊かなサラダとパン、自家製ハムと新鮮な卵を使った朝食は、味はもちろん、リーリエの目と鼻も大いに楽しませた。

 エドガーは他愛もない会話でリーリエを和ませ続ける。食後の紅茶とスイーツを楽しむ頃には、すっかりとはいかないまでも明るい笑顔を取り戻していた。

「ありがとう、エドガー。いい気分転換になったわ」

「まだまだ、これからが本番だぜ」

 エドガーがグラスの水を飲み干して立ち上がり、リーリエの前に手のひらを差し出す。

「一日使い切るつもりで来たんだ。今日は好きなように過ごしてくれ」

「……好きなように?」

 申し出にリーリエが目を瞬くと、エドガーはもどかしそうにリーリエの手を取って立ち上がらせた。

「ああ。リーリエの好きなように。ショッピングでも、スイーツ巡りでもなんでも構わない。全部俺が出す」

「そんな、悪いわ」

「俺がしたいからいいの」

 テーブルの上に会計分よりも少し多い銀貨と銅貨を置き、エドガーがリーリエの手を引く。

「でも、どうして――」

「それは、俺がお前が……」

 言いかけたエドガーはそこで言葉を切り、改まったようにリーリエを振り返って見つめた。

「いや、芸術家のパトロンなら当然だろ」

 芸術家の経済的な支援者を指すその言葉に、リーリエは目を瞬かせた。自分にそうした支援者がつくとは夢にも思っていなかったのだ。

「……パトロン? 私の?」

「お前以外に誰がいるんだよ。言っただろ、俺はお前に惚れてるんだ」

 リーリエの問いかけにエドガーは右手で後頭部を掻き、口早に言って踵を返した。

「……あ、ありがとう……」

「とにかく、そういうわけだから遠慮は無用だ。なんでも言ってくれ」

 見送りに出てきたカフェの店員に笑顔を振りまきながら、エドガーがいつもの口調に戻る。

「じゃあ、色々お願いしちゃおうかな」

 短い階段を降り、石畳の道を進みながら、リーリエもエドガーに合わせて明るい声を発した。

「望むところだぜ」

 エドガーはリーリエの手を柔らかく握り直しながら、リゾートエリアの街並の中へと誘った。
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!** 「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」  侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。 「あなたの侍女になります」 「本気か?」    匿ってもらうだけの女になりたくない。  レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。  一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。  レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。 ※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません) ※設定はゆるふわ。 ※3万文字で終わります ※全話投稿済です

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

国外追放者、聖女の護衛となって祖国に舞い戻る

はにわ
ファンタジー
ランドール王国最東端のルード地方。そこは敵国や魔族領と隣接する危険区域。 そのルードを治めるルーデル辺境伯家の嫡男ショウは、一年後に成人を迎えるとともに先立った父の跡を継ぎ、辺境伯の椅子に就くことが決定していた。幼い頃からランドール最強とされる『黒の騎士団』こと辺境騎士団に混ざり生活し、団員からの支持も厚く、若大将として武勇を轟かせるショウは、若くして国の英雄扱いであった。 幼馴染の婚約者もおり、将来は約束された身だった。 だが、ショウと不仲だった王太子と実兄達の謀略により冤罪をかけられ、彼は廃嫡と婚約者との婚約破棄、そして国外追放を余儀なくされてしまう。彼の将来は真っ暗になった。 はずだったが、2年後・・・ショウは隣国で得意の剣術で日銭を稼ぎ、自由気ままに暮らしていた。だが、そんな彼はひょんなことから、旅をしている聖女と呼ばれる世界的要人である少女の命を助けることになる。 彼女の目的地は祖国のランドール王国であり、またその命を狙ったのもランドールの手の者であることを悟ったショウ。 いつの間にか彼は聖女の護衛をさせられることになり、それについて思うこともあったが、祖国の現状について気になることもあり、再び祖国ランドールの地に足を踏み入れることを決意した。

王太子に婚約破棄され塔に幽閉されてしまい、守護神に祈れません。このままでは国が滅んでしまいます。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 リドス公爵家の長女ダイアナは、ラステ王国の守護神に選ばれた聖女だった。 守護神との契約で、穢れない乙女が毎日祈りを行うことになっていた。 だがダイアナの婚約者チャールズ王太子は守護神を蔑ろにして、ダイアナに婚前交渉を迫り平手打ちを喰らった。 それを逆恨みしたチャールズ王太子は、ダイアナの妹で愛人のカミラと謀り、ダイアナが守護神との契約を蔑ろにして、リドス公爵家で入りの庭師と不義密通したと罪を捏造し、何の罪もない庭師を殺害して反論を封じたうえで、ダイアナを塔に幽閉してしまった。

【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される

中山紡希
恋愛
父の再婚後、絶世の美女と名高きアイリーンは意地悪な継母と義妹に虐げられる日々を送っていた。 実は、彼女の目元にはある事件をキッカケに痛々しい傷ができてしまった。 それ以来「傷モノ」として扱われ、屋敷に軟禁されて過ごしてきた。 ある日、ひょんなことから仮面舞踏会に参加することに。 目元の傷を隠して参加するアイリーンだが、義妹のソニアによって仮面が剥がされてしまう。 すると、なぜか冷徹辺境伯と呼ばれているエドガーが跪まずき、アイリーンに「結婚してください」と求婚する。 抜群の容姿の良さで社交界で人気のあるエドガーだが、実はある重要な秘密を抱えていて……? 傷モノになったアイリーンが冷徹辺境伯のエドガーに たっぷり愛され甘やかされるお話。 このお話は書き終えていますので、最後までお楽しみ頂けます。 修正をしながら順次更新していきます。 また、この作品は全年齢ですが、私の他の作品はRシーンありのものがあります。 もし御覧頂けた際にはご注意ください。 ※注意※他サイトにも別名義で投稿しています。

悪役令嬢のお姉様が、今日追放されます。ざまぁ――え? 追放されるのは、あたし?

柚木ゆず
恋愛
 猫かぶり姉さんの悪事がバレて、ついに追放されることになりました。  これでやっと――え。レビン王太子が姉さんを気に入って、あたしに罪を擦り付けた!?  突然、追放される羽目になったあたし。だけどその時、仮面をつけた男の人が颯爽と助けてくれたの。  優しく助けてくれた、素敵な人。この方は、一体誰なんだろう――え。  仮面の人は……。恋をしちゃった相手は、あたしが苦手なユリオス先輩!? ※4月17日 本編完結いたしました。明日より、番外編を数話投稿いたします。

婚約破棄から始まる恋~捕獲された地味令嬢は王子様に溺愛されています

きさらぎ
恋愛
テンネル侯爵家の嫡男エドガーに真実の愛を見つけたと言われ、ブルーバーグ侯爵家の令嬢フローラは婚約破棄された。フローラにはとても良い結婚条件だったのだが……しかし、これを機に結婚よりも大好きな研究に打ち込もうと思っていたら、ガーデンパーティーで新たな出会いが待っていた。一方、テンネル侯爵家はエドガー達のやらかしが重なり、気づいた時には―。 ※『婚約破棄された地味令嬢は、あっという間に王子様に捕獲されました。』(現在は非公開です)をタイトルを変更して改稿をしています。  お気に入り登録・しおり等読んで頂いている皆様申し訳ございません。こちらの方を読んで頂ければと思います。

処理中です...