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20 突然の来訪者

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 スランプに陥ってから一週間。
 リーリエは、リハビリを兼ねて仕事に復帰した。

 バンクシー・ペイントサービスの鎧戸シャッターから、『休業中』の張り紙が外され、アーカンシェルの商業区を従機で走るリーリエの姿に、街の人々は安堵に胸を撫で下ろしていた。
 誰もが、リーリエがあの酷い仕打ちを乗り越え、元の生活に戻ったことを歓迎していた。ただ一人、リーリエの本当の不調を知るアスカを除いて。

「……その後はどう?」

「まだスランプ中、かな」

 差し入れのジェラートを頬に当てながら、従機の操縦席でリーリエは描きかけの看板を眺めている。古くなった看板の新しい塗装に合わせて店名を入れた絵を描いてほしいという依頼をそつなくこなしながら、リーリエは三角に盛り付けられた木苺のジェラートに齧り付いた。
 ひんやりとしたジェラートが、高揚して熱くなっていた口の中で溶けていく。甘酸っぱい味を喉を鳴らして楽しみながら、リーリエは舌先と唇を使って溶けかけたアイスを器用に舐め取っていった。

「仕事は出来るのにね」

「仕事だからだよ」

 依頼者の希望がある絵は、自分の意思とは切り離されているので、それほど影響はなかったが、自分が心から描きたいと思うものがなくなってしまっているのだ。それだけに、今描いている仕事の絵にも、どことなく自分らしさを感じられないような気がして、リーリエは眉を下げた。

「でも、その仕事もなんだか上手く行ってないかも」

「え!? これで!?」

 ジェラートの容れ物を兼ねている固焼きのワッフルを驚きで噛み砕いたアスカが、慌てた様子ではみ出したジェラートを口に頬張っている。何か言いたげにもごもごと口を動かしながらリーリエを見つめているアスカの言わんとすることを察し、リーリエは付け加えた。

「何かが違う気がするんだよね……」

 仕事である以上、自分のベストは尽くしている。だが、感じたことのない違和感のようなものがずっとつきまとっている感覚があった。
それがなんであるのか、どうすれば払拭出来るかがわからず、リーリエは顔を歪めて空を仰いだ。
 西に傾き始めた太陽が、橙色の光で街を照らしている。

 夕刻になり、大通りを走る蒸気車両の数も増え始めた。と、見慣れない真っ赤な車体の蒸気バイクが大通りを横切り、こちらに近づいてくるのが見えた。
 まるでリーリエの従機を目指しているかのように進んできた蒸気バイクは、その予感の通り目の前に停まった。

「バンクシー・ペイントサービスだな?」

 ライダースジャケットの青年が問いかけてくる。頭部を覆うヘルメットのせいで顔は見えなかったが、リーリエは頷いた。

「絵を描いてもらいたい。店主のお任せで、どーんとやってほしいんだ! 頼めるか!?」

「ごめんなさい、今は――」

 立ち上がり、依頼を断ろうとしたリーリエは、ヘルメットを外した青年の姿に思わず息を呑んだ。

「え? もしかして――」

 アスカも同じように、青年の顔をまじまじと見つめている。
 すらりと伸びた背丈が象徴する見違えるようなその容姿に、すぐには信じられない気持ちだった。最後に彼を見たのは、七歳の頃だ。
 それでも、笑うとえくぼが出来る、屈託のない笑顔は変わらない。

「エドガー!」

 驚きのあまり、リーリエは従機から飛び降り、幼なじみのエドガーに駆け寄った。

「久しぶりだな、リーリエ」

 八重歯を覗かせて笑うエドガーは、昔のようにリーリエを抱きしめてくる。
 アスカとは違う、逞しい青年の腕。その腕の中はあたたかかく、懐かしい匂いがした。
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