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3 差し入れ

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 バンクシー・ペイントサービスの店先には、ピンクとスカイブルーの塗装が施されたビビットなベンチがある。リーリエとアスカが幼い頃に塗装したもので、二人のお気に入りの場所だ。

「んーっ、美味しいっ」

 アスカと並んでベンチに腰かけたリーリエは、まだ温かいツナバーガーに齧り付き、頬を緩ませた。
 鉄骨の足場に残された塗装作業用の従機フェイド・ファミリーズは、濃い影となって夕闇に浮かんでいる。刻一刻と夜の色に変わっていく空を仰ぐように静止している愛機に目を細め、リーリエは大口を開けてツナバーガーを食べ進めた。

「まーたお昼ごはん返上で働いてたでしょ?」

 細いポテトをちまちまと囓りながら、アスカがリーリエの顔を覗き込む。

「え、なんで?」

「リーリエのことだから、そうかなって」

 言い当てられて目を瞬くリーリエの口に、アスカはにこりと笑ってポテトを差し込んだ。

「……むぐ……、ん……それで差し入れ?」

 ポテトを咀嚼しながら、アスカに訊ねる。

「そっ。夕方まで仕事って言ってたでしょ?」

「さすが、わかってる……!」

 リーリエが顔を綻ばせると、アスカは誇らしげに胸を張り、ポテトを唇で咥えた。

「なんといっても、幼なじみだからね」

 そう言いながら、アスカがネオンに彩られた明るい街を見渡すように首を巡らせる。その横顔を見つめながらリーリエは、ツナバーガーからタルタルソースのたっぷりとかかったレタスを唇で器用に抜き取って口に運んだ。

「……新しい看板も、なかなかいいね」

 アスカの呟きに促され、リーリエも出来たばかりの看板を仰いだ。

「ネオンもつけた方が良いかな」

「いいと思う。街も明るくなるからね」

 アスカは即答し、店先の美大生らしき一行に手を振った。知り合いらしく、彼らはアスカに手を振り返し、店内に誘うような仕草をしたが、アスカは緩く首を振るだけで応じなかった。

「行かないの?」

「大学の課題、残ってるんだ」

「……そっか、残念」

 大学、と聞いて素直に羨ましいと思ってしまったリーリエは、それを悟られまいと俯いてツナバーガーを食べ進める。アスカは何も言わず、別の紙袋から飲み物の入ったカップを取り出してリーリエの太腿のそばに置いた。

「ありがと」

 ツナバーガーを食べ終わったリーリエが、包装紙を畳みながらカップを受け取る。細かな氷が入ったカップにあらかじめ挿されていたストローに口を付けると、甘い紅茶の味がした。

「アスカ、ありがとう」

「それ、さっきも聞いたよ。リーリエもお疲れ」

 アスカが飲み物を一気に啜りながら、リーリエの肩を叩く。リーリエは曖昧に笑って、空を見上げた。南の方角に上限の月が見える。その月に照らされて、街を囲む高い壁の上がいつもより良く見えた。
 壁の上に設けられた高速道路を、黒や白の蒸気車両が走っている。渋滞でも起こっているのか、警笛のような音が遠く響いていたが、その音は少し強くなった風に流れていった。

「月と高速道路か……いいかも」

 リーリエの視線を追っていたのか、アスカが同じところを見ながら呟いている。

「課題、出来そう?」

「うん。これだって感じのが、見つかりそう」

 アスカはにこりと笑って頷き、紙袋をまとめはじめた。

「じゃ――」

「うん」

 帰路につくアスカを見送り、リーリエも少し歩く。
 酒場の扉が開かれ、店内の明るい光と賑やかな声が響いている。恰幅の良い給仕の女性がリーリエと目を合わせて微笑み、風を通すためか、扉を開け放したまま店内に戻っていった。

「あー、美味しそう! 課題、終わったら、ごはん行こっか」

「いいね」

 名残惜しそうにアスカが酒場の方を振り返りながら言う。リーリエが頷いたその刹那。
 激しい警笛音とブレーキ音が辺りに響き渡り、行き交う人々は、弾かれたように高速道路を見上げた。

「事故だ!!」

 誰かが叫び、それと同時に人々の悲鳴が上がる。高速道路の上では蒸気車両同士が衝突したと思しき煙が上がっており、壁の一部が大きく破損していた。破損した壁からは、前面フロントひしゃげた蒸気車両がはみ出している。

「ああっ!」

 そこで微かに動いたものに、リーリエも思わず悲鳴を上げた。

「人が……っ!」

 事故に巻き込まれた人が、蒸気車両の扉に辛うじてぶら下がっている。だが、その蒸気車両は、今にも崩れた壁から落下しそうになっていたのだ。
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