純愛ヒート

かねざね

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4(統星視点)

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「こちらが話していた逢沢さん」
「どうも」

兄の友人でもある宇佐美 良一からそう紹介されたのは良一よりも少し小柄な普通の男だった。
落ち着かないのかソワソワとした態度の千紘を統星は無言で観察する。

事前にΩだと聞いていたが、千紘は統星が想像していた容姿とは少々異なっていた。
今まで付き合いのある人間からの偏見かもしれないが、統星の中のΩは総じて小柄で華奢なイメージが固まってしまっていた。
だが、目の前に居る千紘は線は細めだが華奢とまではいかない。

後ろを刈り上げ全体的に短く揃えられた黒い髪に前職が営業だったからだろうか健康そうな肌色。
顔は聞いていた年齢よりも、どことなく幼く見えるのは顔の全体的なパーツと千紘の雰囲気のせいだろう。
相性を見るための軽い顔合わせとの話だったのに、千紘はシャツのボタンをきっちりと上まで締めてピシッと就活の面接さながらに準備をして来た。
明らかに万全な体制にまで準備してきたのにも関わらず、千紘は通されたテーブルの向かい側に縮こまって座り、隣で話す良一の勢いに完全に飲み込まれてしまっていた。

何時もならばただ煩わしくなく、邪魔さえしなければどんな人間でもいいと思っていた統星だったが、こうも短期間に使用人が入れ替わりするのも面倒と感じ始めていた。
だから今日はきちんと見定めようと思っていた。
相手がどんな人間なのか知ろうとも。


知ろう、そう思っては居たが、実際こうも良一のペースで進んでいくその話を統星は聞いていても詰まらない。
寧ろなぜそこまで他人に言われて何か言わないのか、と曖昧な返事をする千紘へ妙な苛立ちまでこみ上がってくる。

「……Ωなのに?」

Ωの自尊心を煽るような事を吐けば明らかに細い肩が揺れた。
普段余り口を挟まない統星が口を出したことが余程可笑しいのか、良一の目が見張ったことがわかる。
なぜだかヒートアップしていく報告内容に、余計良一を悦ばせてしまったのを察するが、嬉々とした良一とは反対に千紘の顔色は赤みが抜けていく。

これ以上良一に勝手に喋らせておくのも統星は駄目だと思うが、俯いた身体から聞くことは難しそうだと視線を外すと若い給仕と視線が合った。
小柄で華奢な、庇護欲を掻き立てられるような容姿。
目が合っただけだというのに、なぜか頬を赤くし大きな瞳を見開いて凝視してくる姿には仕事をしろ。と思うが、統星のよく知るΩの反応とはこういうものだ。

ひょっとすると統星の匂いで目の前の千紘も、薬が効きにくい体質なだけでそんな姿を見せて来るんじゃないのか。
ニセモノの香りなんかでは効かなかっただけなのではないのか…

どうやら色々と頭の中で考え過ぎていたらしい、フワッと香ってきた匂いに対して反応するのが遅くれてしまった。
僅かだが甘く痺れるようなそれはαを誘う香りだった。

鼻腔から脳神経へ燻るような刺激を与えられ、不意な事に頭よりも早く身体が反応してしまう。
見知らぬ人間でも誘うのか。
卑しい、更にそれに反応してしまった自分自身も卑しいと、その不快感に統星の眉間に皺が寄る。


上條 統星は二次性徴を過ぎてから起こる発情が上手く調整が出来なかった。
これは生まれつきの体質だと医者に診断されたが、Ωと違いある一定期間で起きる訳では無いこの発情は、ある程度ヌいてしまったり薬で抑えることが出来るとはいえ面倒なものだ。
だが完全に調整が効かない訳じゃない。
寧ろ抑えるよりも解放するのは楽なものなのだ。

知らないΩに公共の場でわざわざ匂わされたことに腹が立ち、自身のリミッターを外す。
それは下手すると問題になるかもしれないが、ここには良一も居るしどうにかなるだろう。


思っていた通り、良一の行動は早かった。
恨めしい声を上げて居たが、そこは昔からの馴染みで知らんぷりをして突き通してやる。
先にやったのはアッチだ、と言ってもこの場では余計に拗らせてしまうだけだから黙っておく。
黙ってことが収拾するのを待とうと思っていたが、とんでもない提案をされた。
この目の前にいるΩを取っている部屋まで連れて行けという。

「迎えに行くので」

そう言って立ち去って行く良一に今度は統星が恨み言を吐きたくなった。
確かにラットを抑える薬は部屋に行けばあるが、なんでこのΩまで連れて行かなくちゃいけない?
立ち去る背中に無言で投げつけたが、あの給仕を抱き上げた良一が返したことは無言で上の客室を示すだけだった。

仕方ない、ここで愚図っても余計な面倒が起きそうではあるし、この事態にどうしようかと見守る挙動不審なΩも、巻き込まれてしまったうちの1人だと腹を括ってソファから立ち上がる。

正面のソファから引きあげた腕は掴んでも折れそうなものでは無かった。


ラットを引き起こした身体は正直辛い。
欲望のまま貪りたくなる衝動を抑え、兎に角早く部屋まで戻りたい一心で心が埋まる。
大股で歩いていく統星の後ろを、腕を離した千紘は一定の距離を空けて着いてくる。
……ヒヨコか。

鏡のように反射するエレベーターの前、キョロキョロと周りを物珍しそうに見ている千紘を伺い見ると、その顔色は何一つ変わっていない。
本当に何も感じないのか、と思ったら口に出ていた。
声に弾かれるように顔を上げたのを見て視線を降りてきたエレベーターの表示に移す。
理由を聞きたそうな顔が統星を見ているのは分かってはいるが、誘われた調子に返り討ちにしたなど言う説明をするのも何だか癪な事だ。
千紘を試したんだと言えばきっと想像が出来るだろう。
予想通りに千紘は驚いたような顔をしている。
仕掛けられたのは統星の方とはいえ、事を面倒にしたのは統星だ。
巻き込まれただけの千紘に細かに教えるつもりは統星には無かった。
それよりも平静を装ってここに立っている事に限界が近い。
早くこの燻るような熱を吐き出してしまいたい。
気を抜くと荒くなる呼吸への苛立ちは増して、自分はこんなにも悩まされる熱を持っているのに、平然と反応一つ返さない千紘は恵まれたものだと思ってしまう。
欲望のひとつやふたつ、誰にでもあるモノだろう。
欲なんて無いのか、見開いた焦茶色をした双眸を覗き込んだ。

密室になったことで気が緩んでしまったのか、気付いたら壁に押しやっていた。
初めて身近に見る顔は少し垂れ下がった瞳は大きく見開かれその双眸に統星を映している。
何秒だろうか、喉が大きく上下する音を聞きつけて統星はハッと我に返った。

期待に熱く潤むような瞳ではない、驚きを隠せていないその瞳に、欲に塗れた手では触れてはいけない様気がして統星は壁に押しやった手で理性を握り締めて堪える。
ー大丈夫、部屋はすぐそこだ、と頭に念じて。




「統星、煽られたからって煽り返すのはどうかと思うよ」
「悪かった」

鳴らされた呼び鈴に扉を開くと開口一番に吐かれた恨み言に即座に謝るが、それは小姑のように止まらない。

「なんで抑制剤を持ち歩いてないのかなぁ…」
「部屋にはあったから必要ないと思ってた」
「だからって…はぁ…」

溜息から察するに、とても面倒だったんだろう。
乱癡気騒ぎにならなかっただけ良いけどね、と結局軽く片付けてしまうなら上手く収拾はきっとついたんだろう。

「にしても…この部屋の匂いといい、なんですかその格好」

先程のトラブルのことよりも胡乱げな目で良一が統星の胸元から足元を見る。
千紘と部屋に戻ってから統星はすぐにシャワーを浴びた。
発情してしまった身体はヌいてしまった方が薬もより早く効くからだ。
再び同じ服を着るのも面倒で備え付けのバスローブに着替えたが、どうやら良一は疚しい想像をしたらしい。

え、ちょ…まさか、とか勝手に暴走して妄想を働かせる良一に大きく溜息が零れるが、部屋の奥を見えるように身体を退かせばベッドに転がる身体が見えるだろう。

「…統星がここまで手が早いとは思って無かったなぁ…」
「アホか、そいつがソファで寝落ちていたから邪魔でベッドに投げた」
「え、投げたの?」

ベッドで眠る姿は横にしたせいで多少の乱れはあるが事後だと思うようなものでは無い。
密室で発情したαと一緒に居るΩとは思えないほど、当人は規則的な寝息を立てている。

投げたの、と信じられない目で良一に見られたが仕方ない。
発散しようとシャワーを浴びるついでにヌいて戻ってみたら、危機感も無くソファで眠りこける姿に力が抜けたのは統星だ。
始めはそのまま寝かせて置こうかとも思ったが、溜めた仕事は滞っているし、何故自分の部屋で遠慮しなくちゃいけないのか、との思いに至った。
半分、自己処理をする羽目になった事への八つ当たりもあったが。

始めは声掛けしていたものの、それだけでは目を覚まさないと言うことで段々と揺すったり叩いたりして起こそうともしたが、寝入ってしまったのか千紘はむにゃむにゃと寝言を言うだけで起きる気配が無く、仕方なく抱き上げたところで無意識だろうがぐっと身を寄せてきた。
あろうことか統星の首に腕を絡ませて首筋に顔を埋めるオプションつきで。

いくら反射的とはいえ、その反応に思わず無意識な千紘を引き剥がして投げたのは悪かったが、幸いベッドのスプリングに上手く衝撃が吸収されたのか結局千紘が起きることは無かった。
一連のこの話を聞いた良一の目が、疑うものから何だか憐れむようなものに変わった事だけは腑に落ちないが。

空いたソファに座り良一が戻ってくる前と同じ様に仕事をこなす。
やる事が無い訳でも無い癖に、やる気が起きないとの理由で良一は寝ている千紘の隣に腰掛けて髪を撫でてみたり、頬をつついてみたり、とやりたい放題にやっている。

流石に寝ている千紘の手を触り反射的に握り返してきたのを「見て見て、なんか赤ちゃんみたい」と喜ぶ良一の反応に、俺の部屋で一体何しているんだ…と思って口を開こうとも思ったが、言ったところでどうせ良一は面白そうにからかってくるだけだ。

正面に位置するせいで視界の隅に入ってくるのを無理やり見ない振りをしてキーボードを叩き込む。
そのうちに「うぅん、」と小さく唸る声が聞こえてきた。
やっと起きたのか、と思い画面から顔を上げるとその顔を良一が覗き込んでいた。
大丈夫かという問い掛け声に寝惚けているのか緩さを含んだ返答をする姿を良一の背中越しに見る。
寝起きの甘さの残った声が妙に印象的だった。


千紘が起きてからはまた、良一の独壇場だった。
先程は邪魔が入って出来なかった説明を改めて始めるのを、まだ千紘は寝惚けているんじゃないか、と思ったが、どうやら良一は敢えてそこを狙っているらしい。
千紘はそれだけ良一にとって好条件な相手だったのだ。
まず千紘には統星のラットが効いていない、流されないというそこは統星にとってもメリットが見えた。
そしてΩらしく、というのも変だが媚を売らない態度も好ましいと言える。
だから良一の邪魔はせず、ただ千紘の反応だけを窺うことに統星は専念をした。

仕事の内容を予め伝えて居なかったのか、一通り説明された千紘の声に戸惑う色が浮ぶ。
確かに普通の会社員として働いてきた経歴のある人間が、突然他人の世話をしろなんて言われて戸惑うのもよくわかる。
統星を茶化して説明をする良一に思わず声を挟んでしまったが、人に仕えるために仕込まれてきた訳でも無い人間が、そんなに簡単に受け入れられるものでは無いだろう。
今回は縁が無かったか…そう過ぎった統星の考えはただの杞憂だったらしい。
所詮千紘も人間か、良一の出した契約の金額にすぐ様飛び付いていた。

「……そこで釣られるのか」

まぁ、よくも知らない相手の世話を自ら買って出るのは、下心を持ち合わせた者しか居ないというのは統星もよく知っている。
下心といっても千紘のそれは現金だ。
賃金の発生する契約で千紘が快諾をするのであれば、統星自身も都合がいい。
だから統星にそれ以上に口を挟むつもりは無かった。
新たに雇う人間を面倒でも時間を割いて自ら見たのだ、この手間からも千紘との契約が短期間で終わら無いことだけを統星は思った。

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