メタモ

さくら

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「冬彦。こいつ、メタモっていうらしい。買ってきたから、今日からこの家で飼うぞ」
 帰宅早々、犬猫を連れてきたのと変わらない様子で、綾人はメタモを冬彦の眼前に持ち上げてみせた。
 ぎょろりとした不気味な目玉と視線が交わり、思わず冬彦は後退する。
「なんだよ、そいつ……」
「恐竜の赤ん坊みたいで可愛いだろう?」
「恐竜の赤ん坊がどんなだか知らないよ。メタモなんて聞いたことないし……こんな気味の悪い生き物、テレビでもネットでも見たことないぞ」
「店主が新種だって言ってたからな。他にもちゃんと、飼い方とか聞いてきたぞ」
 メタモとは店主が付けた名前で、メタモルフォーゼの略であるらしい。餌は人間の食事と同じ。気温や健康の管理も人間と大差なく、小学生の子どもを面倒見るのと同じ感覚で育てればいい。なによりメタモは人の言葉を理解しているから、手が掛からない――というのが、綾人が店主から聞いてきたという情報のほとんどだ。
「なにそれ。こんな正体不明の生き物、そんなテキトウな説明だけで育てられるわけないじゃん」
 綾人が恐竜の赤ん坊みたいだと言う生き物は、冬彦の目にはときかく気味の悪いものにしか映らない。
 これを小学生の子どものように面倒を看る? 今日からこの家で飼う? どう考えても無理だろう、と判断して冬彦は綾人を縋るような責めるような気持ちで見つめた。
「なんで睨むんだよ。家族が増えたほうが、お前も寂しくないだろ。それにさ、店主がなにやら面白そうなことを言ってたんだよ」
「面白そうなこと?」
「えっと、確か……『ペットは主人に似るというけれど、こいつは主人になっていく』とかなんとかだったかな?」
「はあ? なんだそりゃ」
 意味がわからない。改めてメタモを見やると、そいつはぎょろりと爬虫類のような目玉でこちらを見つめていた。気味が悪い。
「こんな、日本では見たことも聞いたこともない生き物……病気にでもなったらどうすればいいんだ」
 と呆れて物を言う冬彦に、綾人は「動物病院でいいんじゃねえの?」とあっけらかんと答える。これ以上、冬彦はなにも言う気にはなれなかった。
 それからたったひと月で、メタモは冬彦によく懐いた。世話をしてくれる人間に懐いただけなのか、冬彦個人が気に入られたのかはわからないが。メタモは部屋の中を移動する冬彦の足元をぴったりと付いて回り、けれど仕草や性格は日に日に綾人に似ていった。
 生活習慣は不規則で、昼過ぎに起きてくることもあれば、早朝に飯を寄越せと冬彦を起こしてくることもある。手伝ってくれることも多いが、テレビや雑誌に夢中になっているときは頼みごとをしても無視だ。料理の最中でも傍にべったり張り付いて邪魔してくることもあれば、気分じゃないからと離れて、声をかけても鬱陶しそうにされることも日常茶飯事。優しいけれど我儘で、甘えたなのに薄情な、要するに気分屋。本当に自分勝手な、冬彦の一人と一匹の同居人である。
 二人と一匹で暮らし始めて半年が経つ頃、綾人がどこかへ出掛けたまま帰ってこなくなった。置手紙だけを残して前触れもなくいなくなるのは、彼の悪癖の一つだ。
 綾人は放浪癖のある男で、よくこうして家を空けた。賃貸マンションの部屋を無人にしているのは物騒だし、なにより支払っている家賃が勿体ない。海外で暮らす親の金で好き勝手に生きている綾人には、金の無駄遣いなど気にならないようだったが。必死にバイトした金がボロアパートの家賃と生活費に消えていく生活を送っていた冬彦には、見過ごせるはずもなかった。
「それなら、お前の面倒みてやるから俺もそこに住ませろ。ついでに放浪中の留守番もしてやるよ」と冬彦から提案し、あっさり受け入れられ、同居を始めたのが五年前。当時は二人とも大学生だった。
 結局、綾人は大学を中退した。いまでも彼の資金源は親であり、放浪先で工芸品を作ったり売ったりして自分でも稼いでいると言っていたが、詳しくは知らない。斯く言う冬彦もネットでの稼ぎが主で、胸を張って名乗れる職業などないのだが。
 洋室のカーペットにうつ伏せに寝転がりながら、ノートパソコンの画面を眺める。ヘッドホンから聞こえてくる音と、コマ送りの映像を頼りにマウスを操作していく。そうして動画の編集に集中していると、突然、腰に重量を感じた。
 首だけで背後を振り返ると、腰の上で薄桃色の物体が動いているのが見える。和室に敷いた綾人の布団で昼寝をしていたメタモが、いつの間にか起きてきたようだ。
「なんだよ。構ってほしいのか?」
 問うと、肯定のようで、嬉々として背中を登ってくる。かと思いきや滑り落ちて、メタモはカーペットの上に転がった。
「なにしてんだよ、お前」
 笑う冬彦の視線の先で、慌てて起き上がったメタモは、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。急に世界が反転したので、驚いたのだろう。現状を理解すると、彼は再び冬彦の背中によじ登ろうと手を伸ばしてくる。
「悪いけど、遊ぶのはあとちょっとだけ待ってくれ」
 登らせまいと身をよじると、ぎょろりとした目玉が恨みがましそうに見つめてきた。小さな手が、ぎゅっとシャツを掴んだまま離そうとしない。哀愁が漂って見えるのは、気のせいだろうか。
 冬彦は溜息を吐き、ノートパソコンを閉じた。
「わかったよ。遊ぼう。なにがしたいんだ? ゲーム?」
 メタモは歯を剥くと、開けっ放しの襖から和室へと駆けこんだ。あれはたぶん、彼の笑顔なのだろうと冬彦は解釈している。
 後を追いかけて、一応は綾人の部屋ということになっている和室に踏み入る。テレビにコードを繋ぎっぱなしのゲーム機の前で、メタモは早く準備しろとばかりに待っていた。
 冬彦は普段、ゲームをしない。たまに綾人やメタモに付き合ってすることもあるが、得意でないどころか下手くそだ。綾人には「成長のない奴だな」といつも笑われている。内心ではメタモも同じことを思っているはずだ。それなのに綾人もメタモも、すぐに冬彦を誘いたがるのだから不思議だ。
 
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