カガスタ!~元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト~

中務 善菜

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第六章:役割

幕間30:星、集う

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「……やれやれ、僕が最後だったか」

 自宅から荷物の搬入を終え、一息。荷解きにはもう少し時間がかかるだろうが、ベッドだけでも用意しておいて正解だった。寝転がり、天井を仰ぐ。

 ――知らない天井。牢獄の外で初めて見たそれはすすけていた。

 ランドルフ邸に比べれば、狭く、窮屈な部屋。長い間使われていなかったのだろう、掃除をしても埃っぽさは残っている。窓枠に指を這わせれば、その部分だけが明るくなった。

 だが、悪くないと思える。親の庇護下を離れ、一人。僕は夢のための一歩を踏み出せた。アレンやリオの協力あってこそ、だが。二人には感謝しなければならない。

「アーサー、いるか?」

 扉の向こうから聞こえてきた声。アレンのものだった。僕よりも早く着いていたから、もう荷解きも終わっていたのだろう。返事をすると扉が開けられたが、アレンの表情はどこか固い。

「どうした、そんな顔をして」

「ああ、いや……こんな相談、お前にしかできないんだけどさ」

「なんだ改まって……話してみろ」

 僕にしかできない相談? いったいどんな話だ。アイドル関連の話だとしたら、僕よりリオに相談するべきだと思うが……。

 いまだ言い出せずにいるアレン。本当になにを話すつもりなんだ。固唾を飲んで見守っていると、重々しく口を開いた。

「……オレ、家族以外の人と暮らすの初めてでさ……」

「リオと一緒に暮らしていただろう」

「リオは家族みたいなものだから違うんだよ。お前とかギルとか……全然違う環境で育ってきた奴らと一緒に暮らすのが、楽しみだけどちょっと不安でさ。いろいろ考えちゃって」

 珍しく弱腰のアレン。気の利いた言葉でも言えたならいいのだが……こいつの機嫌を取れるような言葉は? 気まずい沈黙の中、頭を必死に働かせる。

 不安げな心を和らげるにはどうすればいい? 僕はどうしていた? 思い返せば、母が寄り添ってくれていた。だが待て、アレンはもう子供じゃない。一緒に寝るか? なんて言ったところで馬鹿にされるのが目に見えている。

「……ぬいぐるみを、抱いて寝るとか……」

「オレのことなんだと思ってるんだお前、やっぱり馬鹿だな」

「気を遣ってやったのにその言い草はなんだ!?」

「子供扱いが気遣うことかよ!?」

 鼻の先が触れるほど肉薄して言い合う。こいつ、昔に比べて本当に可愛げがなくなった。もっと素直な子供だったと思うが、変に大人でいようとするからこうやって言い合いになるんだ。

 僕が大人にならなければ……と、思いはする。だが、僕だって子供だ。伯爵子息とはいえ、たかが十七歳。同年代の友人なんていなかったからか、アレンといると自分の未熟さを思い知らされる。

 ――こういうのも、悪くないか。

「……ふ、ははっ!」

「なに笑ってるんだよ」

「いや、なんだ。おかしくてな。貴族の僕が友人と口論しているなんて、考えられなかったから」

「貴族のアーサーなんてここにはいないだろ、自分で言ったことも覚えてないのか? やっぱり馬鹿じゃん」

 あっけらかんと言ってのける。頭に来る……こともなかった。こいつは最初から、僕を貴族ではなく“アーサー”として扱ってくれる。わかっていたのに、忘れていた。

「……ありがとう、アレン」

「急にお礼言うなよ……調子狂うな。ま、貸しってことにしておくな」

「そうしてくれ、借りは必ず返す」

 アレンも笑う。少し前なら考えられなかった現実が、目の前にある。これも全て、こいつとリオのおかげか。ありがとう、は、まだ取っておく。アイドル活動が成功したときまで。

 =====

「はー、さてさて。荷解き終わって……なにすっかねぇ」

 引っ越しの作業も一段落、部屋の隅には段ボールの山。全て手品の道具だ。受け継いだものから、自分で作ったものまで。よくもまあ、続けたものだと思う。

 ――確かに、言われたからってだけでここまでやらねぇよなぁ。

 オルフェは見透かしていた。俺が楽しんでいたことを、喜びさえ感じていたことを。この道具たちが突き付けてくる。本当の俺を。根っこから、エンターテイナーだったってことかね。

「……ほんと、よくやったよ」

 あいつは、いまの俺を見てどう思うだろう。笑ってくれるのか、礼でもくれるのか。僻んだりはしてこないと思う。凄いなぁ、と感心してくれるだろう。あいつはそういう奴だ。

 競争とかが苦手で、他所は他所、うちはうち、なんて言っていた。他人がどれだけ面白いことをしていても、脚光を浴びようとも、いつだって自分が持ってるもので楽しませてくれた。

 その意志を、ちゃんと受け継いでいられただろうか。受け継ぐことができたから、リオちゃんは勧誘したんだとも思う。

「今度は道具もない……丸裸だ。俺にできることって、なんなんだか」

 手品の道具は武器だ。ナイフで、剣で、弓矢で、銃だ。いままで、精一杯の武装をして戦ってきた。アイドルは歌って踊るグループだ、手品を挟む隙なんてない。文字通り、丸腰で臨むことになる。

 怖い、と思ってしまう。俺自身がエンターテイメントになる? 俺になんの魅力があるのか。リオちゃんには見えているのかもしれないけど、自分では皆目見当もつかない。

 ――困ったねぇ。

 ため息が漏れる。その矢先、部屋の扉が叩かれた。呼び込むと、姿を現したのはエリオットだった。

「お疲れ様です、ギルさん」

「サンキュ。なに、荷解き手伝いに来てくれた感じ?」

「はい! それもあるんですけど……」

 含みのある言い方。手伝い以外の目的ってなんだ? 待っていると、エリオットは急に腰を折った。なんで?

「お疲れのところ申し訳ありません、手品を……見せていただけませんか!」

「あー、そういうこと。オッケーオッケー、ちょっと待っててな」

 段ボールの山から適当に道具を見繕う。エリオットは孤児院の子供と比べて年上に見えるから、簡単なものより少し手の込んだものの方がいいか?

 唸りながら漁っていると、エリオットが「あの」と声をかけてきた。

「怒らないんですか?」

「は? 怒らなきゃいけないとこあった?」

 どうして怒られると思ったのがまったくわからない。いったいなにに怯えてそんなこと言ったんだ?

 不思議に思って見つめていると、エリオットは俯いた。

「……あんまりわがまま言ったら、いなくなっちゃう気がして……」

「どこに?」

「……どこか、ぼくの知らないところに」

 語れば語るほど語気を沈ませていく。そういや、孤児院の幽霊だったんだっけ。リオちゃんにしか見えてなかったみたいだけど。あのとき、リオちゃんなんて言ってた? お姉さんを探してる、とか言ってなかったっけ。

 ――なんとなく想像できたわ。

「いなくなったりしねーよ」

 だから、頭を撫でてやった。エリオットはきょとんと俺を見上げる。いなくなられるのが怖い、その気持ちはよくわかる。こいつには、絶対にいなくならない、安心して寄りかかれる存在が必要なんだ。かつて、姉貴がそうだったように。

「ま、なんだ。俺らは勝手にいなくなったりしねーさ。お前がなにしたって誰もいなくならねーよ。みんな目的があってアイドルになったんだから」

「ギルさん……」

「姉貴の代わりはできねーけど、お前最年少だろ。お兄さんたちに甘えな、頼りな。俺らにとっちゃ、可愛い弟分が出来たってだけの話だからさ」

「エリオット様は私の友人ですよ」

「うおおっ!?」

 突然聞こえてきた声に飛び退くが、別に外敵が忍び込むような環境でもなかったわな。姿を見せたのはネイトさんだった。音も気配もなくてびっくりしちまったよ。

「ネイトさんだ、こんにちは! どうしてここに?」

「ギル様にご挨拶を、と思いまして」

「あーそっか、そういやちゃんと挨拶してなかったっすね。ギル・ミラーです、これからよろしくお願いします」

「ネイト・イザードです。どうぞよろしくお願い致します」

 仲間になっても敬語かい、生真面目な人だな。この人にとっては堅苦しい口調が自然体なんだろう。人間として至らないって自称してたけど、一本芯が通ってる、そんな感じ。

 ――こういう人の砕けた顔、見てみたいんだよな。

「ネイトさん、試しに砕けて話してみてくれません?」

「は……?」

「いやぁ、深い意味はないっすよ。見てみたいなって思って」

「ぼくも見てみたいです!」

 エリオットが便乗する。ネイトさんとしては砕けて話すというのがどういうことかもピンと来ないだろうけど、人で在りたいと願うなら試してみようと思えるはずだ。

 ネイトさんはしばし考えるような素振りを見せ、唸る。やっぱ難しいか。待っていると、険しい表情で俺を睨んだ。やべ、怒らせた……?

「――私の砕けた喋りが見たいなんて、お前ら変わってんな」

「すっげぇ違和感……」

「ネイトさんじゃないみたいです……」

「左様ですか……」

 しゅん、と肩を竦めるネイトさん。これは俺が悪いわ。

「無茶言ってすみませんでした……」

「いえ、私もまだまだですね……」

「でも、ネイトさんはネイトさんらしく喋るのが一番かっこいいって思いました」

 フォローのつもりか、エリオットの声は上ずっている。言ってることはめちゃくちゃわかる。この人は固すぎるくらい丁寧な言葉がよく似合う。育ちの違いかねぇ。

 その言葉に救われたか、ネイトさんは微かに表情を綻ばせた。本当、表情筋が固いな。笑えばもっと男前なのに。

 ――それなら、あるじゃん。

「んじゃ、ネイトさんもそこ座ってください」

「は、なにを……?」

「手品っすよ。あんたの笑顔を貰いたいと思っちまったんで、エリオットと一緒に観てってくださいな」

「やったぁ! 一緒に観ましょう、ネイトさん!」

 困っている……というより、戸惑っているみたいだ。固くなるなってのも無茶な話だろうけど、手品を観るときくらいはお客さんであってくれとは思う。

 適当な道具を見繕い、不敵に微笑む。ああ、なんか久し振りに感じるわ。意図せず浮かぶ手品師の顔。俺、腐ってもエンターテイナーだ。

「――さて、始めましょうか。ギル・ミラーのショータイム。なんも考えず、幸せな夢見て笑っちまいな」
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