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第五章:“星”の欠片
幕間25:誰かのためじゃなく
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店も閉め、夕食も終えた。父さんも母さんも、各々の時間を過ごしている。オレはというと、珍しく本を読んでいた。発声の教本だ。アイドルとして歌うと決めてから、歌に対して真剣に取り込むことにした。
いままでずっと、感覚でやってきたから。歌って踊るなら、きっといままで通りじゃいられない。本格的に活動する前に出来ることはやっておきたかった。じゃないと、アーサーにがっかりされそうで。
あいつはずっとオレを応援してくれていた。嫌がらせをしていても、変わっていなかったんだ。お互い、どうしていいかわからなかっただけで。昔からなにも変わっていない。
だから怖い。あいつ“まで”いなくなってしまうことが。がっかりされたら、オレの前からいなくなってしまう気がする。そうならないように頑張らないと。本気で、死ぬ気で。
本を読み込み、実践して、体に染み込ませる。何度も何度も繰り返して、ベースを作り替える。アーティストの体にするんだ。
意気込んだ矢先、部屋のドアが叩かれる。呼び込むと、顔を見せたのは父さんだった。
「どうしたの?」
「ああ、最近頑張ってるなぁと思って」
「うん、頑張らないといけないんだ。真ん中に立たせてもらえるからさ、中途半端じゃいられないよ」
父さんは微笑む。優しい顔だ。でも――まだ、申し訳なく思う。
「……ねえ、父さん」
「うん?」
「本当に歌っていいの?」
「勿論。どうしてそんなことを聞くんだい?」
「だって、足が悪いんだろ? 無理させてない?」
冒険者だった父さんは、その途中で足を悪くしたのだ。それから母さんに提案されて、店を開いた。どれくらい悪くなったのかは知らないけど、あまり長くは動けないはずなんだ。
オレが頑張れば、父さんだって少しは楽できるだろう。そう思って生きてきたのに、今更自由を貰っている。本当に良かったのかなって、やっぱり思う。
父さんはなにも言わない。優しい笑顔を湛えたままだ。そうして、オレの頭を撫でた。
「え、なに……?」
「僕は情けない父親だな。息子にそんな心配をさせるなんて」
「なんだよ……心配するのは悪いことじゃないだろ?」
「それは勿論。優しい子に育ってくれて僕たちは嬉しいよ」
その声音に嘘はなかった。本当にオレの成長を喜んでくれている。それはわかる。わからないのは、心配されることに対して情けないと思うことだ。なんでそんなこと思うんだろう。
黙るオレに、父さんは一瞬リビングの方を見た。母さんの様子でも窺ってるのかな。すぐに向き直り、笑ってくれた。
「子供はね、自由でいいんだ。自分のためだけに生きていいんだよ。僕も母さんも、アレンがやりたいことに正直にいてくれることがなにより嬉しいんだ」
「……自分のためだけに? 我儘じゃない?」
「我儘でいてくれないと困るよ、子供なんだから。背伸びして親の役目を奪わないでほしいな。もっと甘えなさい、母さんだって寂しがっていたよ」
「嘘だ……マジ?」
「マジ。言うと恥ずかしがるから、これは男と男の秘密」
口元に人差し指を立てる父さん。確かに、これは秘密にするべきだ。バレたときのことを考えると背筋が粟立つ。オレも倣って指を添える。
思えば、父さんの足のことを知ってから甘えるのを止めていた気がする。父さんの言う通り、背伸びしてたんだろうな。優しいから、なのかはわからないけど。
――いまだけは、甘えちゃおうかな。
「……父さん、もう一個、聞いてほしいことがあるんだ」
「いいよ、話してごらん」
「……オレ、怖いんだ。がっかりされることが」
口に出すと、堰が壊れる。声は震えて、視線も下がった。体の芯も冷えて、内側から全身を掻き毟るような感覚が走った。
「アーサーはオレに期待してくれてる。だから頑張らなきゃいけないって思ってる。でも、もしあいつの期待に応えられなかったら……? そう考えると、すごく怖いんだよ。あいつがいなくなったら、オレは誰のために頑張ればいいんだろうって……そう思ったら、怖いんだ」
父さんは黙って聞いてくれる。前にリオと話したときのことを思い出した。考えてみれば、こうして頼ることも忘れてた。子供じゃいられない、大人にならなきゃ、諦めなきゃって。そうやって強がってたんだ。
こんな風に弱音を吐いて、父さんはどう思うんだろう。恐る恐る顔を上げると、父さんはやっぱり柔らかい笑顔のままだった。
「アーサーくんのために歌うのをやめればいいんだよ」
「は……?」
予想外の角度からアドバイスが飛んできた。期待してくれるアーサーに応えなくていいのか? それって失礼じゃないのか? 言葉を失うオレに、父さんは続けた。
「さっきも言っただろう? 自分のために生きていいんだ。アレンが自由に、思うがままに歌えばいい。それはきっと、アーサー君が望んでいることだよ」
「……そうなのかな?」
「うん。ここで僕から質問だ、アーサーくんはアレンに『期待に応えろ』って言ったのかい? 振り返ってみて」
言われるがまま、アーサーとのやり取りを思い出していく。そうして、気づいた。初めて出会ったときから、いままでずっと――あいつはオレに『夢を叶えてほしい』って言ってた。
――オレ、勝手に期待を背負いこんでただけだったんだ。
「……わかった。ちょっと、考えてみる」
「そうしなさい。自分じゃない誰かのために生きるのは、もう少し強くなってからにするといい。母さんの人生を背負った僕みたいにね」
「なんだよそれ、惚気?」
「うん、惚気。母さんには内緒だよ」
「全部聞こえてんだよバカだねぇ!」
父さんの肩が跳ねた。ついでにオレも飛び跳ねた。全部聞こえてたのか……全部ってどこから? 親子は目と目で語り、苦笑する。
「……棚卸の刑かなぁ?」
「照れ隠しだよ、可愛いじゃないか。さあ、覚悟を決めて謝りに行こう」
「リオがやってた、なんだっけ……ドゲザ? 試してみようかな……」
ため息交じりに、リビングへ。母さん、こっちを見てくれない。なるほど、照れ隠しかぁ……笑っちゃいそう。バレたら棚卸じゃ済まなさそうだけど。
案の定、棚卸の刑が執行されることになった。父さんと一緒だけど、いつもより少しだけ気合が入ったのは内緒だ。
いままでずっと、感覚でやってきたから。歌って踊るなら、きっといままで通りじゃいられない。本格的に活動する前に出来ることはやっておきたかった。じゃないと、アーサーにがっかりされそうで。
あいつはずっとオレを応援してくれていた。嫌がらせをしていても、変わっていなかったんだ。お互い、どうしていいかわからなかっただけで。昔からなにも変わっていない。
だから怖い。あいつ“まで”いなくなってしまうことが。がっかりされたら、オレの前からいなくなってしまう気がする。そうならないように頑張らないと。本気で、死ぬ気で。
本を読み込み、実践して、体に染み込ませる。何度も何度も繰り返して、ベースを作り替える。アーティストの体にするんだ。
意気込んだ矢先、部屋のドアが叩かれる。呼び込むと、顔を見せたのは父さんだった。
「どうしたの?」
「ああ、最近頑張ってるなぁと思って」
「うん、頑張らないといけないんだ。真ん中に立たせてもらえるからさ、中途半端じゃいられないよ」
父さんは微笑む。優しい顔だ。でも――まだ、申し訳なく思う。
「……ねえ、父さん」
「うん?」
「本当に歌っていいの?」
「勿論。どうしてそんなことを聞くんだい?」
「だって、足が悪いんだろ? 無理させてない?」
冒険者だった父さんは、その途中で足を悪くしたのだ。それから母さんに提案されて、店を開いた。どれくらい悪くなったのかは知らないけど、あまり長くは動けないはずなんだ。
オレが頑張れば、父さんだって少しは楽できるだろう。そう思って生きてきたのに、今更自由を貰っている。本当に良かったのかなって、やっぱり思う。
父さんはなにも言わない。優しい笑顔を湛えたままだ。そうして、オレの頭を撫でた。
「え、なに……?」
「僕は情けない父親だな。息子にそんな心配をさせるなんて」
「なんだよ……心配するのは悪いことじゃないだろ?」
「それは勿論。優しい子に育ってくれて僕たちは嬉しいよ」
その声音に嘘はなかった。本当にオレの成長を喜んでくれている。それはわかる。わからないのは、心配されることに対して情けないと思うことだ。なんでそんなこと思うんだろう。
黙るオレに、父さんは一瞬リビングの方を見た。母さんの様子でも窺ってるのかな。すぐに向き直り、笑ってくれた。
「子供はね、自由でいいんだ。自分のためだけに生きていいんだよ。僕も母さんも、アレンがやりたいことに正直にいてくれることがなにより嬉しいんだ」
「……自分のためだけに? 我儘じゃない?」
「我儘でいてくれないと困るよ、子供なんだから。背伸びして親の役目を奪わないでほしいな。もっと甘えなさい、母さんだって寂しがっていたよ」
「嘘だ……マジ?」
「マジ。言うと恥ずかしがるから、これは男と男の秘密」
口元に人差し指を立てる父さん。確かに、これは秘密にするべきだ。バレたときのことを考えると背筋が粟立つ。オレも倣って指を添える。
思えば、父さんの足のことを知ってから甘えるのを止めていた気がする。父さんの言う通り、背伸びしてたんだろうな。優しいから、なのかはわからないけど。
――いまだけは、甘えちゃおうかな。
「……父さん、もう一個、聞いてほしいことがあるんだ」
「いいよ、話してごらん」
「……オレ、怖いんだ。がっかりされることが」
口に出すと、堰が壊れる。声は震えて、視線も下がった。体の芯も冷えて、内側から全身を掻き毟るような感覚が走った。
「アーサーはオレに期待してくれてる。だから頑張らなきゃいけないって思ってる。でも、もしあいつの期待に応えられなかったら……? そう考えると、すごく怖いんだよ。あいつがいなくなったら、オレは誰のために頑張ればいいんだろうって……そう思ったら、怖いんだ」
父さんは黙って聞いてくれる。前にリオと話したときのことを思い出した。考えてみれば、こうして頼ることも忘れてた。子供じゃいられない、大人にならなきゃ、諦めなきゃって。そうやって強がってたんだ。
こんな風に弱音を吐いて、父さんはどう思うんだろう。恐る恐る顔を上げると、父さんはやっぱり柔らかい笑顔のままだった。
「アーサーくんのために歌うのをやめればいいんだよ」
「は……?」
予想外の角度からアドバイスが飛んできた。期待してくれるアーサーに応えなくていいのか? それって失礼じゃないのか? 言葉を失うオレに、父さんは続けた。
「さっきも言っただろう? 自分のために生きていいんだ。アレンが自由に、思うがままに歌えばいい。それはきっと、アーサー君が望んでいることだよ」
「……そうなのかな?」
「うん。ここで僕から質問だ、アーサーくんはアレンに『期待に応えろ』って言ったのかい? 振り返ってみて」
言われるがまま、アーサーとのやり取りを思い出していく。そうして、気づいた。初めて出会ったときから、いままでずっと――あいつはオレに『夢を叶えてほしい』って言ってた。
――オレ、勝手に期待を背負いこんでただけだったんだ。
「……わかった。ちょっと、考えてみる」
「そうしなさい。自分じゃない誰かのために生きるのは、もう少し強くなってからにするといい。母さんの人生を背負った僕みたいにね」
「なんだよそれ、惚気?」
「うん、惚気。母さんには内緒だよ」
「全部聞こえてんだよバカだねぇ!」
父さんの肩が跳ねた。ついでにオレも飛び跳ねた。全部聞こえてたのか……全部ってどこから? 親子は目と目で語り、苦笑する。
「……棚卸の刑かなぁ?」
「照れ隠しだよ、可愛いじゃないか。さあ、覚悟を決めて謝りに行こう」
「リオがやってた、なんだっけ……ドゲザ? 試してみようかな……」
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