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第四章:一世一代の商談
幕間14:背に負うもの
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リオさんが帰ってきたらしい。昼間に出て行って、こんな時間に帰ってくるなんて、ちょっと心配だった。姉さんと別れたのも、日が暮れた頃だったから。ぼくを置いて、どこかへ行っちゃわないか、不安だった。
でも、リオさんは帰ってきてくれた。すごくくたびれていたけど、ただいま、って言ってくれた。それがすごく嬉しかった。おかえりなさい、って言えることが幸せに感じる。文化開発庁の本部へ向かう足は自然と弾んでいた。
――そういえば、ネイトさんが迎えに行ったって言ってた。またお話しできるかな。
この間は、ちょっとひどいことを言っちゃったから。謝りたいなぁって思う。
でも、ネイトさんはきっとそれを望まない。ぼくらの言葉もきちんと受け止めるのが騎士の務めです、って言われそう。だとしても、やっぱり謝りたい。ありがとうとごめんなさいはちゃんと言う。姉さんがそう教えてくれたから。
北の尖塔に到着したところで、イアンさんと鉢合わせた。上から降りてきたみたいだ。白い棒を咥えてる。煙草かな。ぼくに気付いて、煙草を箱に戻した。
「おう、エリオット。リオに会いに来たのか?」
「はい、イアンさんはどちらに?」
「ちっと遅いが夕飯の買い出しだ。あいつ、飯食ってねぇからな」
リオさん、ご飯食べてないんだ。なんだろう、今朝のことがあるから心配だなぁ。疲れてるのかな、おいしいもの食べて元気になってくれたらいいな。ぼくもなにかできないかなぁ……。
イアンさんがじーっとぼくを見つめている。あ、やっちゃった。いま、イアンさんのことじーっと見てた。だから見つめ返してくれたんだ。それも少し安心する。拒絶されてるわけじゃないんだって思うから。
「……あー、なんだ。一緒に行くか?」
「えっ、いいんですか?」
「ああ。あいつも疲れてるだろうし、いろいろ買っていってやりたい。暇なら付き合ってくれ」
「はい、勿論!」
ぼくにもできることがある。できることを作ってくれた。イアンさんはパパみたいだ。ちょっと不器用で、でもあったかい。顔は怖いけど、悪い人じゃないって、ちゃんとわかる。元フィンマ騎士団の人たちとは全然違う。
イアンさんは目を逸らして、頭を乱暴に掻いていた。どうしてそんな顔するんだろう。ネイトさんもそうだけど、もっと素直に笑えばいいのにな。
=====
それからイアンさんと城下町に出て、ご飯やお惣菜をたくさん買った。ぼくが持つ袋はそう大きくないけれど、イアンさんはもっと大きな袋を片方の手に一つずつ持っている。力持ちな男の人ってかっこいい。
「うし、こんなもんだろ。さ、帰るぞ」
「はいっ、リオさん喜んでくれるかな?」
「こんだけありゃあ選り取り見取りだろ。喜ぶだろうさ」
「えへへ……楽しみだなぁ」
リオさんが喜んでくれるのは嬉しい。ぼくにとっては命の恩人みたいなものだから。少しでも恩返しをしていきたい。そのためにも、アイドルとして一人前になれたらいいな。先んじてお城への道を辿る。
「――なあ、エリオット」
「はい?」
足を止め、振り返る。イアンさんの表情は固かった。いつかの会議で見た、真面目な顔。なにを話すんだろう、意図したわけでもなく、後退りしてしまう。イアンさんはハッと表情を緩め、苦笑した。
「悪い、怖い顔してたか?」
「あ、いえ、そうじゃなくて……真面目な顔してたから、会議のときを思い出してしまって……」
「ああ……いや、大した話じゃねぇんだ。頼みがあってよ」
イアンさんからの頼み事。なんだろう、まったく想像できない。首を傾げていると言いにくそうに口を開けた。
「まあ、なんだ。リオのこと、頼んだぞって話だ」
「うん……?」
「あいつ、昔っから向こう見ずなところがあってな。現状、アイドルって確定してんのはお前だけだから、最初に頼んでおこうと思ってよ」
リオさんとは昔知り合いだったみたい。心配してるんだ。やっぱりイアンさんって悪い人じゃない。素直じゃないだけで、ちゃんと優しい人。
でも、気になる。アイドルって確定してるのは、ぼくだけ? よくわからないから、問いかける。
「イアンさんはアイドルじゃないんですか?」
「は?」
「ぼく、てっきりイアンさんが最初の一人だと思ってました……」
驚いたのはぼくもそう。でもイアンさんも、ぽかーんとしていた。自分がアイドルにカウントされていないと思ってたみたい。どうしてだろう。
「いや、俺は文化開発庁の長官で……」
「アイドルって、かっこいい人がなるものだと思うんです。イアンさんは、かっこいいから。アイドルになるんだろうなって思ってました」
「かっこいい……? そりゃどうも。けど、俺には務まらねぇよ」
「どうしてですか?」
イアンさんはなにも言わず、ぼくの頭をくしゃっと撫でた。そのまま先に行ってしまう。どうして答えてくれなかったんだろう。言えない理由があるのかな。それとも、なにか負い目を感じているとか? 考えたって、わかりっこない。
遠ざかる背中を追って走り出す。なんでだろう、イアンさんの背中は、周りより少しだけ暗く見えた。
でも、リオさんは帰ってきてくれた。すごくくたびれていたけど、ただいま、って言ってくれた。それがすごく嬉しかった。おかえりなさい、って言えることが幸せに感じる。文化開発庁の本部へ向かう足は自然と弾んでいた。
――そういえば、ネイトさんが迎えに行ったって言ってた。またお話しできるかな。
この間は、ちょっとひどいことを言っちゃったから。謝りたいなぁって思う。
でも、ネイトさんはきっとそれを望まない。ぼくらの言葉もきちんと受け止めるのが騎士の務めです、って言われそう。だとしても、やっぱり謝りたい。ありがとうとごめんなさいはちゃんと言う。姉さんがそう教えてくれたから。
北の尖塔に到着したところで、イアンさんと鉢合わせた。上から降りてきたみたいだ。白い棒を咥えてる。煙草かな。ぼくに気付いて、煙草を箱に戻した。
「おう、エリオット。リオに会いに来たのか?」
「はい、イアンさんはどちらに?」
「ちっと遅いが夕飯の買い出しだ。あいつ、飯食ってねぇからな」
リオさん、ご飯食べてないんだ。なんだろう、今朝のことがあるから心配だなぁ。疲れてるのかな、おいしいもの食べて元気になってくれたらいいな。ぼくもなにかできないかなぁ……。
イアンさんがじーっとぼくを見つめている。あ、やっちゃった。いま、イアンさんのことじーっと見てた。だから見つめ返してくれたんだ。それも少し安心する。拒絶されてるわけじゃないんだって思うから。
「……あー、なんだ。一緒に行くか?」
「えっ、いいんですか?」
「ああ。あいつも疲れてるだろうし、いろいろ買っていってやりたい。暇なら付き合ってくれ」
「はい、勿論!」
ぼくにもできることがある。できることを作ってくれた。イアンさんはパパみたいだ。ちょっと不器用で、でもあったかい。顔は怖いけど、悪い人じゃないって、ちゃんとわかる。元フィンマ騎士団の人たちとは全然違う。
イアンさんは目を逸らして、頭を乱暴に掻いていた。どうしてそんな顔するんだろう。ネイトさんもそうだけど、もっと素直に笑えばいいのにな。
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それからイアンさんと城下町に出て、ご飯やお惣菜をたくさん買った。ぼくが持つ袋はそう大きくないけれど、イアンさんはもっと大きな袋を片方の手に一つずつ持っている。力持ちな男の人ってかっこいい。
「うし、こんなもんだろ。さ、帰るぞ」
「はいっ、リオさん喜んでくれるかな?」
「こんだけありゃあ選り取り見取りだろ。喜ぶだろうさ」
「えへへ……楽しみだなぁ」
リオさんが喜んでくれるのは嬉しい。ぼくにとっては命の恩人みたいなものだから。少しでも恩返しをしていきたい。そのためにも、アイドルとして一人前になれたらいいな。先んじてお城への道を辿る。
「――なあ、エリオット」
「はい?」
足を止め、振り返る。イアンさんの表情は固かった。いつかの会議で見た、真面目な顔。なにを話すんだろう、意図したわけでもなく、後退りしてしまう。イアンさんはハッと表情を緩め、苦笑した。
「悪い、怖い顔してたか?」
「あ、いえ、そうじゃなくて……真面目な顔してたから、会議のときを思い出してしまって……」
「ああ……いや、大した話じゃねぇんだ。頼みがあってよ」
イアンさんからの頼み事。なんだろう、まったく想像できない。首を傾げていると言いにくそうに口を開けた。
「まあ、なんだ。リオのこと、頼んだぞって話だ」
「うん……?」
「あいつ、昔っから向こう見ずなところがあってな。現状、アイドルって確定してんのはお前だけだから、最初に頼んでおこうと思ってよ」
リオさんとは昔知り合いだったみたい。心配してるんだ。やっぱりイアンさんって悪い人じゃない。素直じゃないだけで、ちゃんと優しい人。
でも、気になる。アイドルって確定してるのは、ぼくだけ? よくわからないから、問いかける。
「イアンさんはアイドルじゃないんですか?」
「は?」
「ぼく、てっきりイアンさんが最初の一人だと思ってました……」
驚いたのはぼくもそう。でもイアンさんも、ぽかーんとしていた。自分がアイドルにカウントされていないと思ってたみたい。どうしてだろう。
「いや、俺は文化開発庁の長官で……」
「アイドルって、かっこいい人がなるものだと思うんです。イアンさんは、かっこいいから。アイドルになるんだろうなって思ってました」
「かっこいい……? そりゃどうも。けど、俺には務まらねぇよ」
「どうしてですか?」
イアンさんはなにも言わず、ぼくの頭をくしゃっと撫でた。そのまま先に行ってしまう。どうして答えてくれなかったんだろう。言えない理由があるのかな。それとも、なにか負い目を感じているとか? 考えたって、わかりっこない。
遠ざかる背中を追って走り出す。なんでだろう、イアンさんの背中は、周りより少しだけ暗く見えた。
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