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第三章:正々堂々

29:よくやった

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「ああ……? どういうつもりだ」

「エリオットくんの誠意を伝えたいという気持ちに嘘はない、そう思いました。だから私が手伝いたいです。元々、私も彼のためにお手伝いさせていただいた身ですので。彼の気持ちを大事にしたい、それだけです」

 私が名乗りを挙げたのには理由がある。一つは言葉通り、エリオットくんの気持ちを無駄にしたくなかったから。

 もう一つは、信用を勝ち取るため。彼が密偵と疑われているのなら、イアンさんから信用されている私の申し出は強い一押しになるはずだ。疑いを信用で中和するイメージ。本当は信用してもらう気なんてさらさらなかったけれど。

 想定外だったのだろう、イアンさんは言葉を失っている。ネイトさんも、他の騎士様も同様だった。部外者の私が協力を申し出たことで、再び会議室がざわめく。あと一押し、私は告げる。

「協力するに際して、騎士団から二つほど道具を支給していただきたいのですが」

「……言ってみろ」

「一つは通信機のようなもの。私とエリオットくんが先行して入店し、中の様子をお伝えします。もう一つは、ナイトアラート。私たちに危害を加えそうになった場合、現行犯で取り押さえるためです。そのため、店の付近に優秀な騎士様を少人数、配置していただきたいです」

 私の提案にイアンさんは顔をしかめる。どうしてそこまでする、とでも言いたげに。この場に私を呼んだ時点で、巻き込んだようなものだ。エリオットくんが勇気を出したのなら、私が足踏みする理由はない。

 ナイトアラートは事件現場に居合わせたとき、アーサーが鳴らしたものだ。現代日本で言う防犯アラームみたいなものだろう。近場の騎士様に通知が飛ぶような仕組みなのかもしれない。

 通信機も、言うなれば無線みたいなものだ。連絡手段が二つもあれば、騎士様だって柔軟に動けるだろう。イアンさんが渋る理由もないはずだ。

「……本気か?」

「はい、本気です。エリオットくん一人では行かせられません、私も同行させていただきます。許可できないのであれば、私が持ち込んだ資料はこの場で破棄していただきます」

 エリオットくんに視線をやる。彼もまた驚いているようだった。自分一人でやろうとしたその気概は買えるよ。でもね、人だもん。一人じゃできないこともある。だから助けて、助けられるんだよ。そういうもの。有名な先生も言ってた。この世界では通じないんだけど。

 観念したらしい、イアンさんが深いため息を漏らす。彼のいままでの様子から判断する“リオ”もこうだったはずだ。“私”を知っているなら、こうなることも想定の範囲内だっただろうに。

「……なら、いいだろう。お前とエリオット、二人で“火ノ元亭”に行け。店付近で待機する騎士はネイトに選ばせる」

「さ、宰相閣下! お言葉ですが、このような素性の知れない者共に作戦を委ねるなど……!」

 若い騎士様が異議を申し立てた。当然だと思う。部外者の私たちに作戦の、言わば最前線を担わせるなんてどうかしている。でも、エリオットくんの決意は固い。ならば手助けするのが人情というものだ。

 焦りの滲む騎士様をイアンさんが睨み付ける。本当、顔はいいんだけど凄みがあるな。宰相よりも若頭という表現がとてもよく似合う。

「黙れ、決定権は俺にある。責任を取るのも俺だ。失敗したとき、こいつらのどっちかが死んだとき、すべての責任は俺が負う。文句は言わせねぇ、お前らがごちゃごちゃ言ってもねじ伏せる権利がある」

 全ての責任は自分で負う。この言葉で、少なくとも私は安心した。理想の上司が言える言葉だからだ。部下がなにか失敗を犯した場合、責任は自分にあると言える度量。部下を思いやれるからこその言葉なのだ。若い騎士様はそれ以上なにも言えず、すごすごと引き下がるだけだった。

 エリオットくんは安心したような、不安そうな、なんて言葉にしていいのかわからないといった様子だ。笑顔を向けてみても、俯くばかり。うーん、きみも美少年の雰囲気があるんだけどな。顎を引かせて、姿勢を矯正したら絶対化ける。私は信じているよ。

 =====

「リオさんっ、ごめんなさい、ぼくがあんなこと言わなかったら……」

「大丈夫、大丈夫だよ。だから顔上げて、ね?」

 社畜の私もびっくりな反復動作で頭を下げるエリオットくん。この子、実体を得てから本当に変わったな。でも、ここまで卑屈になってしまうのはどうかと思う。いや、昔の自分と重なってしまうから見たくないというのが本音ではあるんだけど。

 会議が終わり、残ったのは私とエリオットくん、そしてアーサーとネイトさん、イアンさんだ。彼らはいつ動き出すか、現場に待機させる騎士の選抜に頭を悩ませていた。って、プレゼンターは私なんだからそっちに頭を割く必要があるか。

「エリオットくん、今日はもう遅いから寝よっか。いつ実行に移すかはこれから決めるみたいだし、いまはゆっくり休んでて?」

「でも……」

「リオ、ちょっと待て」

 イアンさんの声はどこか尖っている。まあ、ごり押しで通した計画だから、多少機嫌が悪くなるのも仕方がないか。実年齢では私の方が上、落ち着いて対処しなければ。

「いかがなさいましたか?」

「エリオットを部屋に帰す前に、俺から言っておくことがある」

 びくりと肩を跳ねさせるエリオットくん。わかるよ、怖いよねこの人。なに考えてるかわかりにくいし。隣にもっとわからない人もいるけど。

 イアンさんは威圧的な歩みでエリオットくんに迫る。ゲンコツとかしないだろうか、すごく不安。ってちょっと待って! 本当に手を掲げてる!?

「待っ――って、え?」

「……え……?」

 私も、エリオットくんも、ぽかーん。アーサーですら、ぽかーんだった。予想外の出来事にも一切動じないのは、やっぱりネイトさんだけだった。

 イアンさんは、エリオットくんの頭を撫でていた。あれだけ警戒していた子を、どうしていま撫でた? 彼の意図がまったく掴めない。

 ほーらやっぱり、強面はなにするかわかったもんじゃない。あなたは捨て犬を放っておけないタイプと見た。これもまたギャップか、ネイトさんの笑顔ほどの衝撃はなかったけれど。

「あー、なんだ……まあ、大した度胸だ」

「え、え……? あの、ぼく……」

「乗せられてやろう、って思わされたんだよ。なんの小細工もねぇ、小細工もできねぇ不器用さにな。乗せられたのは俺だけじゃねぇし」

 私を一瞥するイアンさん。仰る通り。エリオットくんの不器用な、だからこそ真摯に伝わる誠意に心を動かされた。彼もきっと、人の心を動かす力があるような気がする。

 安心させるように、彼の目を見て微笑んでみる。当のエリオットくんには、イアンさんの言葉も私の笑みの意味も伝わっていないようだった。

「あ……え? うーんと……?」

「だから……まあ、よくやった。ってことだ。いまはお前のこと、信じておいてやるよ。一時的に、な」

「あ……ありがとう、ございます……!」

 素直に頭を下げるエリオットくん。イアンさんは居た堪れなさそうに頬を掻いていた。

 なんだこの人、本当によくわからないな。厳つい雰囲気があるのに可愛いと思ってしまう。ポテンシャル高いな……この世界の美形はみんなドス持ってるものなの? 物騒過ぎる。任侠映画以上に殺伐としている。観たことないけど。

 ――気持ちを切り替えなさい。これから真面目な話をするんだから……。

 宰相閣下の意外な顔にほだされそうになったが、これからは仕事の話をするのだ。ビジネスモードに切り替えます。よしよし、いいぞ。表情筋が意のままだ。ビジネスシーンの凛々しい顔になっている。素晴らしい。

 私はリオ、元社畜。あの忌まわしき日々を努々ゆめゆめ忘れないように。
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